異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

シュプレヒコール

夕暮れ時。
まだ晩御飯にはまだ早い、それくらいの時間。教会に戻ると、食堂から軽く素材の匂いが漂ってきていた。ここからハイリ達はしばらく出番は無いので、今頃二人は外で息抜きがてらに散歩でもしている事だろう。
コンディションは完璧だ。この時間帯、人々が空腹な時間はこれから俺が村人から話を聞きだすのにもっていこいだ。何せ空腹人の心をむしばむ。
しばらくと歩くと、負の感情がにじみ出す扉が目の前に現れた。
まだちょっと早かったか? いや、これくらいがちょうどいいかもしれない。

「失礼しまーす」

 扉をノックし中へ入ると、またしても生気の無い目線がこちらに向けられるが、今度はもう少し感情が一つで分かりやすい目だった。怒りといった感情だ。

「何しにきたんだい?」

 開口一番これだ。でも予想通り。案の定怒りの感情が目には宿っている。最初着た時に感じた事は間違いでは無かったようだ。

「何って、話を聞きに来たんですよ。あなた方が起こった事について」

 言うと、腕っぷしのよさそうな男がテーブルを叩きつけた。

「ふざけるな! あれほど言ってもまだ」
「ふざけてんのはお前らだろ?」
「なっ……」

 あえて言葉は最後まで聞かない。張られた声に負けない声音で遮る。一瞬動揺が見て取れるが、すぐに目には怒りの感情が現れる。

「なんだその口の利き方は! やはり騎士団と言うのは酷い組織だったんだな!」
「あーはいはい、そうですね、ひどいひどい。それに守られてたあんたらも相当酷いけどな」
「てめぇ……!」

 叫びながら男が殴り掛かって来たので、それを躱す。
 避けられた男からにじみ出る怒りの感情。それは男だけではなく村人全体から浴びせられていた。

「暴力はよせよ? 公務執行妨害で刑に処すぞ?」
「くっ……」

 悔しそうに下唇を噛む男。
 怒りの感情がヘドロのように体内に流れ込んでくる。予定調和だ。

「ハッ、それくらいで黙るとは情けないな。実に無力だ」
「この、言わせおけば!」

 俺の挑発に堪忍袋の緒が切れたか、男が再度殴り掛かるのを素手で受け止める。

「ほら見ろよ、あんたはこの中でも一番強そうだけど、俺にいともたやすくその拳を止められた。なんて無力なんだ。この男でこのザマじゃ他の村人なんか俺にとっちゃ塵にも等しいんだろうよ。なんなら束でかかってきてもいいぞ? ただし流石に剣は抜く事になるだろうけどな」

 ザラムソラスをちらつかせると、場の感情が怒りから一転、悔しさや失意で満たされていく。

「ほらな、やっぱり非力だ。なんて無力なんだ」

 その言葉に誰も反応を示さない。

「だからこそお前らはあの紅槍の女に家族や友人、恋人を殺された」

 悲哀、絶望、遺憾、負の感情が溢れに溢れ吐き気すら催しそうだ。精神的にも参っているときに現実を突きつけられたらまぁこうなるよな。

「だから憎いよな? 紅槍の女が」

 言うと、また場の感情が少しずつ変わっていく。空気が人々の怒りで刺々しい物に。でもまだまだ足りない。

「憎くないわけが無いんだ。大切な人を奪われて、楽しかった日々を奪われて、恨めしく思わないわけないよな?」

 場の空気は未だ失意の方が勝っている。ちょっとさっきのは煽り過ぎたか……。

「確かに、憎いさ……」

 ふと、声と共に刺々しい感情がこちらに突き刺さった。見ると、先ほどハイリの言葉に叫んだ子供を奪われた母だった。

「でもどうしろっていうんだい? 悔しいけどあんたの言う通り私たちは無力さ……どうしようも」
「できるさ」

 怒りと失意が入り混じった感情が、ふっと消え去る。無の境地、あるいは俺に感じ取れない希望とかそう言った感情でも抱いてるのだろうか? まぁそれはどうでもいい。

「俺ならできるんだよ。紅槍の女を殺すことがさ」

 場の空気が急激に平穏、いや平坦なものになる。負の感情と言う感情が渦巻いていただけにそれは大変気味が悪く、同時に堕ちたと確信する事が出来た。

「俺ならあの憎い、最低なあの女を殺すことが出来る! 見たろ? 俺の強さ。そこのおっさんよりも十分な力がある。それは他に来てた騎士団の奴らも同様さ! それが束になれば向かう所敵なし、そうは思わないか? そう、俺にはお前らに無い力がある。だったらお前らは力のある奴に一言、あいつを殺してくれと言うだけで復讐が果たせるんだ! なんて魅力的だとは思わないか!? そんな簡単な方法で復讐が叶うんだぞ、復讐が!」

 畳みかけるように、できるだけ力強く、心を揺さぶる。
 同時に、場の空気が一気に刺々しく真っ赤な感情、憤怒で満たされていく。だが先ほどとは打って変わって、これは俺に向けられたものではなく、憎い相手にへと向けられたものだ。

「ほ、本当に復讐が……」
「ああできる! 俺なら奴を殺すことが出来るんだよ!」
「仇を討てるんだな!?」
「当然さ!」

 周りが狂喜で満たされていく。皆が笑顔を見せ、ざわめく。
 うまく言ったことが確認できたと同時にどうしようも無い吐き気が全身に襲い掛かって来た。でもここで出るわけには行かない。情報をできるだけ聞き出す。

「でもそのためには情報が必要だ! 復讐のために、協力してくれるよなぁ!?」
「ああ! あいつを殺せるんならなんでも話してやる!」

 村人の誰かが言うと、皆が口々にあの時の状況について話し出す。あいつは最後どこに行ったのか、どんな奴だったのか、要らない情報も要る情報も憤怒と共に頭になだれ込んでくる。

 簡単な事だった。怒りという感情がこの人たちの中でふつふつと溢れていたのは最初に確認していた。自分の無力さを知り、何もできないと理解しながら、それでも際限なく湧き出る怒りを俺達にぶつけて八つ当たりしてるのも分かった。俺はその怒りのベクトルを本来あった所へと軌道修正しただけだ。これができたのも全部この体質のおかげだ。いつの間にか負の感情が読み取れるようになったこの体質の。

 身体がふらつく。頭がぼやける。吐き気がする。最低の空気だ。何より俺自身あいつを殺すなんていう言葉を吐いてしまった。本当は殺したくない。殺せる気もしない。でもすらすらと言葉は出た。出すしかなかった。
 最悪の気分の中、ある程度情報を頭に叩き込んだところでそろそろ引き上げようと声を張る。

「よーし分かった! その情報はしっかりと記憶したからな! あとは朗報を待っといてくれ!」
「頼んだよ騎士団様!」
「あの女なんか殺しちまえ!」
「そうだ殺せ殺せ」
「殺せ!!!!!!!」

 俺は憎しみという憎しみが神経を突き刺すのを背中に感じながらそっと扉を閉めると、洗い場まで疾走した。何より、一刻も早くこの空間から離れたかった。


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