異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

昂揚

 寝ず休まず馬を走らせ続ける事一日半、山の向こうでは厚い雲に覆われてはいたものの、ほんのわずかに光が見えたことから、太陽が顔を覗かせているようだ。普通に行けば三日は少なくともかかる道のりをよく頑張ったと思う。もっとも、関所は破られていて手間は省けたわけだが、当然喜んでいい事ではない。

 既に城壁は見えている。しばらく馬に街道を走らせていると、やがて城門の前でキアラと衛兵二名が対峙している場面が目に飛び込んだ。
 馬を乗り捨てるとフェルドフルークで一気に間合いを詰め、その両者の間に割って入る。すぐさま、衛兵二名を視認。俺の突然の登場のせいか呆気にとられているようだ。

 気付けばザラムソラスに手をかけていた。すかさず抜刀。その首元めがけて斬撃を、放つ。赤い鮮血と共に衛兵二名は崩れ落ちた。
 同時に、カンカンカンと高い鐘の音が鳴り響く。どうやら城壁の上で誰かが警鐘を鳴らしたらしい。いやあるいは俺の心中の音なのか?

「なんで……」

 キアラが少し驚いた様子で声を発する。
 そういや久しぶりに表情の変化を見る事が出来た気がするな。

「別に大したことじゃないだろ。ただここからは俺にまかせろ。ミアは俺が助ける」

 意に反して冷たい声が出てしまった。俺は今何を思って言葉を紡いでいるんだろう。

「でも怪術師は強いんでしょ? いくらアキでも……」
「そのまま返してやるよキアラ」

 冷淡に口が動くと、キアラがどうにも答える言葉がすぐに見つからなかったようだ。
 それでもなんとか絞り出したようで、すがるように声を出す。

「じゃ、じゃあ私も行くよ! その方が絶対いいって!」
「いらん。邪魔だ」

 キアラの瞳が少し揺らめいた気がした。同時に心の中で本当にこれでいいのかという疑問が生じる。
 でもさっきのは確かに本心からの言葉だった。キアラが血で穢れていく傍で戦うなんて俺には絶対できない。邪魔なのは本当だ。

「……そっか」

 キアラは小さく呟くと、顔を伏せる。

「私、騎士団の人斬っちゃったんだよね……だから怒るのは当然か」
「待て、それは違う、俺はただ純粋にお前に血で穢れてほしくないだけで……」

 誤解を招いたようなので慌てて弁明するが、キアラは何も言わず顔を伏せるだけ。
 やがてキアラが顔を上げた。その目には鋭い光が宿っていた気がする。不帰の森で魔物を斬り伏せた時と同じ、目。

「アキは優しいからそう言ってくれるだけだよね? 本当は憎いでしょ? 仲間を殺した私が」
「おま、何を……そんなわけ無いだろ?」
「いいよ。もう私には何も残ってないから。ここまで来ちゃったからもう戻る事はできない」

 キアラが俺に槍を向ける。
 こちらの話がまるで伝わっていない。でも焦るな俺。形は少し違ったものの、キアラが引き下がらないのは目に見えてただろ? 

「待て!」
「なに」

 ようやく俺の声が届いたらしい、キアラが淡白ながらも反応してくれた。

「俺ら、まだ学院卒業してないんだよな?」
「確かにそうなるけど、それがどうかした?」

 あっけらかんとキアラが言い放つ。その口元はささやかな笑みすら浮かんでいた。

決闘モバラザで決着をつけないか?」
決闘モバラザ?」
「ああ。ただ、加護が無いから純粋な斬り合いはできない。だから勝利条件を提示する事が必要だ」

 ザラムソラスに劣らない強さを誇るであろう紅い槍、あいつさえどうにかできれば元のキアラに戻ってくれるかもしれない。思い出せばその槍が何かがおかしい。銀髪の正体は分からないが、急に音が鳴ったり、宙を浮いたり、何より色が完全に血だ。
 ファンタジー脳の俺からすればあの紅いのは十中八九魔槍なんだよな……。

「本当にり合う?」
「勘弁してくれ。俺が提案したい勝利条件は相手の武器を壊すことだ」
「武器を壊す、か……。確かにそれがなきゃ負けたも同然になるもんね」
「ああ、俺としてはそれで納得してくれると嬉しいんだけど」

 これは賭けだ。まずキアラがこの条件を受け入れてくれることが必要最低条件な上に、あれは今まで散々鉄を豆腐のように切り裂いてきたザラムソラスの刃を受けても無傷だった槍だ。そもそも壊れるかどうかも怪しい。下手すればザラムソラスの方が……なんて事もあり得る。
 キアラは少し考えるかのように目を閉じると、やがて挑戦的な笑みを浮かべながらこちらを正視した。

「オッケーいいよ、それで」
「ッ……!」

 キィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイン

 突如、耳を貫く高音。同時にキアラがこめかみのあたりを抑える。

「どうした!?」
「ぐ……」

 キアラが呻き声をあげた刹那。目の前には大口を開けた魔物のような、獣のような、未曽有みぞうの異形。
 生暖かく生臭い吐息に全身の身の毛がよだつ。
 どれくらい立ち尽くしていたのか、気付けばその異形はの姿は消え、キアラの姿もまた無くなっていた。

「キアラ……?」

 名を呼ぶが聞こえるのは草原の草を風が揺らす音だけ。
 しばらく呆然としていると、背後から騒がしい足音が聞こえてきた。
 振り返ると、十数名はいそうなウィンクルム軍の人間達がこちらへ走ってきていた。キアラの事は気にかかるが、そもそもどこにいるかの見当がつかない。ここは目先の事が先か。

「かかって来いよ雑魚ども!」

 何故かは分からない、ただ自然と悪態が口をついた。
 地面を踏み込み、人の群れに飛び込む。前方の兵士が非常に薄そうな盾を構える。俺もなめられたもんだ。間髪入れずに剣を薙ぐ。不快な金属音と共に盾は破れるとさらに踏み込み、上段斬り。
 ザラムソラスの前では鎧も布きれだ。鎧ごと引き裂かれた兵士の一人が倒れた。

 続いて目の前の兵士を捕捉。装備しているのは魔力の宿る布きれのようだ。後衛の魔術師と言ったところか。

 前方の敵を排除するため踏み込もうとした刹那、左右から刃が迫ってきた。咄嗟に身体をよじり、踏み込んだ足の方向を転換。収束させていた力を一気に放ち身体を高速回転させる。
 あわせて、迫りくる刃はザラムソラスにより斬り裂かれた。
 ウィンクルム式剣術【旋空斬り】、地面と平行状態に回転と同時に飛躍し、左右から来た剣戟を凌ぐ技だ。こんな動きは現実世界ではまずやらないので苦手としていた剣術の一つだったがなんとか成功した。

「なんなんだよその剣……!」

 己の剣があまりにあっさり折られたからか左右の兵士は狼狽し、士気は低下していそうだ。
 それで、だいたい兵士の配置がこんな感じか……そして斜め左、斜め右、いずれも前衛装備だけど斬撃を加えてくるには少し距離がある。恐らく二歩ほど踏み込まないといけないだろう、となると最優先標的はすぐに俺を攻撃できる位置にある正面の魔術師だけか。

「クーゲ……」
「くたばれ!」

 前方の魔術師の詠唱と同時、俺はザラムソラスを、投擲とうてき。切っ先が深く相手の身体を貫いたのを確認し、地面に手を置く。

「ウノス……」

 俺が言葉を発するのとタイミングを同じくして。斜め二方向から兵士が剣を振り上げこちらへ迫ろうとした。
 一歩、二歩。敵は近づき、すぐそばで天を向いた剣が空を覆う雲を映し出す。予想通りのタイミングだった。

「ゾイレ!」

 詠唱の終局と共に、俺を囲む生きた兵士全員の足元からは紺色の火柱が吹き上げた。辺りに巻き起こる熱風が俺の神経を刺す。やがて、魔術継続時間が過ぎると、周りには風に乗って灰が飛び交っていた。
 火をも焼き尽くす火はあっという間に人を灰と変貌させたのだ。

「汚れるのは俺だけでいい……」

 王城奪還作戦の時、城の見取り図は頭に叩き込まれたのでだいたいの位置は把握している。ミアは恐らく城の地下にある牢屋にいるのだろう。あそこもタラッタリアと同じように罪人をダスクレーステに送る前に仮収監する場所だから今は誰もいないはずだ。閉じ込めるには最適だろう。

 前方からまた別の兵が走ってくる。夢中で気付かなかったが、先ほどの大技のせいか、周りは非常に騒然としていた。泣き叫ぶ声や怒鳴る声、人が喚き喚き負の感情が辺りに渦巻いているのを感じる。
 胸には一点の黒。そして高揚感。
 ふと、自分の口元が緩んでいることに気付いた。

「……さて、反旗の焔と行きますか」

 知ったこっちゃない、俺はミアを助ける、それだけだ。

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