異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

海辺の街で

 メールタットにつくと既に陽は落ち、空は紺色になっていた。
 流石に表から入ると自警団に止められて検査されるので、馬を木につなげ、森側からこっそり街に入っていく。よくも悪くも自由な町だよほんと。

 昼間こそにぎやかなこの街も、閑静な街並みへと変貌している。商人の朝は早いらしいから何か店を出していても早々と閉めるんだろう。

「じゃ、とりあえず行って来いよキアラ。俺は別の場所で宿でもとるから。明日の九時くらいにここで落ち合おう」
「え、アキも来なよ?」
「いやいい、あまり一家団欒に水を差したくない」
「コリンも喜ぶと思うんだけど……」

 キアラには珍しく少ししり込みしているようだ。

「まぁ今晩はゆっくりしていけよ。……って俺が言うのも変か」

 別にここは俺の故郷じゃないからな。

「うーん……」
「らしくないぞキアラ。いつものあっけらかんとした感じで戻っていけばいいんだよ、たっだいまーってな」

 キアラは未だに少し気が進まないのか、しばらく迷うような素振りを見せると、やがて顔を上げた。

「そうだねっ! よし、分かった。ありがとうアキ、行ってくる!」

 颯爽と駆け出すと、キアラは建物の角に入っていった。
 さて、俺は一足早く情報収集でも始めるとしますか。
 閑静な街をしばらく歩く。やはりこの薄いオレンジがかった街灯は雰囲気が非常に良い。
 確かこのあたりだったっけか、シノビに襲われたのは――――

 気配。しかもなんだこの奇怪な感じは。

 咄嗟に身体を反転。剣を抜き、後方へ飛び退く。

「待ってください……! 私ですよアキヒサ君!」

 この声、どこかで聞いた覚えがある。透き通るような男の声。
 薄暗い中、大きなひさしが目立ち、その手元にはリュート。

「ダウジェスかよ……」
「お久しぶりですアキヒサ君」

 ダウジェスはひさしに手をかけ軽く礼をしてくる。

「お久しぶりじゃねぇよ……ほんとびびらせるのやめてくれ」

 てっきり妖狐仮面の暗殺者かと思っただろ。

「すみません。少々驚かせようかと」
「そういう気持ち悪い事はやめろ」
「ひどい事を言いますねアキヒサ君は」
「俺を半殺しにしようとした奴がいけしゃあしゃあと……」

 まだ異世界に転移したばかりの頃、謎の魔術を放たれて死にかけたことが頭をよぎる。

「ああちょっといいですか?」

 ダウジェスはこちらに歩み寄ってくると、まだ何もこっちは許可してないにも関わらず、俺の目の前で人差し指を立てる。

「……やはり」
「何がだよ?」
「いえいえ、あ、それよりちょうど良かった。アキヒサ君には丁度お渡ししたいものがありまして」

 話が通じてない……。たまにこいつなんかずれてるというかなんというか……完全に天然だよなもう。

「たまたま旅の途中で見つけたのですがね……」

 ダウジェスは肩にかけた袋から、何やら棒を取り出す。

「これです」

 少し平べったいにも関わらず、手渡されると重みを感じる。
 よく見れば側面には何やら装飾が施され、文字が刻まれていた。

「恐らくその剣の鞘です一度おさめてみてください」

 言われた通り、手に持つ剣を入れてみる。確かにぴったりだ。

「おお……」

 つい感嘆の息が漏れる。

「どうやら合っていたみたいですね」
「ああ。でもこんなのどこで見つけたんだよ?」

 ちゃんと鞘におさまるあたり、相当な技ものだと思う。何せ鉄なんか簡単に切り裂く剣だからな。

「街道に落ちてました」
「街道!?」
「はい」

 笑顔で答えるダウジェスについつい脱力しそうになる。
 誰かの落とし物だったりするんじゃないのこれ……。
 突き返そうかどうか迷っていると、おもむろにダウジェスが口を開いた。

「ザラムソラス。その剣の名称です」
「ザラムソラス……?」
「はい。とある文献に記載されていた剣と酷似していましてね、恐らく本物かと」
「へぇ」

 やっぱりただの剣じゃなかったのかこれは。まぁ他の剣とか斬り裂くくらいだからそりゃそうか。

「でもなんでそんなものが農具に使われてたんだよ……」
「まぁいくら名だたる剣とは言え、持ち主から離れれば時と共に風化するものですよ」
「そういうものなのかー」

 もはやこれについて言及しても仕方が無いだろう。この際納得しておく。

「宵の明星もそろそろ沈む頃でしょうか、風が呼んでいますので私はこれにて」
「おう」

 相変わらず自由人ぶりは変わらないらしい。
 ダウジェスは身を翻すと、そのままどこかへ歩いて行ってしまった。
 あ、そういやキアラの槍について聞くの忘れてたな。まぁ別に聞く必要も無いかそんな事。



 ************



 光が漏れだす扉を開けると、中は非常に騒がしかった。図体のでかいおっさんが自然と目に入る。
 酒場、情報集めの基本だよな。夜はやっぱりここに集まってくるか海の男は。
 とにかくまず掲示板に目を向ける。
 犯罪者の人相書きが貼られてあったが、俺の物は無いようなので手ごろなカウンター席に座る事にした。

「ラビの足と水で」
「あいよぉ!」

 店主の威勢の良く返事する。
 この世界では一応飲酒について規定は無いが、念のため飲まずに料理だけ頼んでおく。
 さてどうするかな。とりあえず隣の人にでも話しかけてみようか。

「でも王都けっこうやばかったんだろ?」

 これは後ろのテーブル席か。わざわざ聞くまでも無かった。
 逃さないように聞き耳を立てる。

「そうそう、騎士団がなんだっけ、怪術師? から王都守り切れなかったって」

 やはりそうだったか。

「所詮精鋭謳っててもその程度だよなぁ。聞く話によりゃあ魔物の被害もあったらしいじゃねぇか、しっかりしてくれよ警備って感じだよなぁ」
「ああまったくだ」

 言わせておけばこいつら……。ただここで俺が暴れて騎士団って事がバレようものなら色々と面倒な事になるので抑えておく。

「でもその点ウィンクルム軍には見直したね。戦争の無い平和なご時世に金だけ貰ってる乞食かと思ってたが、ちゃんと王都を守り切ったもんなぁ」
「ああまったくだ」

 軍が王都を守っただと? 馬鹿な、相手はあの怪術師だぞ?
 何か言いようの無いひっかかりを覚えていると、突如、後方で何かが重くのしかかるような鈍い音が聞こえる。

「おい、もうちょっとその話聞かせろよ?」

 おいおいマジかよ……。見間違い、じゃないよな?
 見れば、先ほど話してたであろう二人の机の上に己のブーツを乗せるツンツンしたオールバックの若者を視界の先に捉えた。

「なんだてめぇ?」
「教えろっつってんだよ? 聞こえなかったかおっさん?」
「ガキが舐めた口叩きやがってよ!」

 突如、男の一人がその若者に殴りかかる。太い腕に、当たればかなりの威力があると連想させられる。
 しかし若者は見切っていたらしい、その拳を軽く身体を反らし回避。身にまとう赤のコートがなびき、同時に丸いテーブルを蹴散らす。

「やんのかおっさん共? ならまとめてかかってこいよ」

 刹那の沈黙。

「おお! 久しぶりに喧嘩が見られるぞ!」
「おいどっちにかけるよ!」
「二対一だろ? そりゃあ二人の方がいいだろう!」
「よし、いいぞやれやれ!」

 空間がドッと沸き上がり、店にいた人たちがテーブルを横にどけながら端に寄っていくので、近い位置にいた俺も念のため避難しておく。
 簡易闘技場となった酒場内で、若者と腕っぷしの良い男が互いに間合いをとりだす。

「ほら来いよ?」
「言われなくてもなァ!」

 若者が挑発すると、それに乗った男が一人殴り掛かる。
 対する若者はポケットに手を突っ込んだまま楽し気に笑みを浮かべている。
 間合い近く、男の腕が引かれ、拳が突き出された。さっき以上に重そうな一撃だ。

 すかさず若者が身体をひねる。かわされ、勢いに従ってのめり気味になる男。
 若者はその隙を逃さなかった。突き出された男の腕を掴み、力強く投擲とうてき。バキリと鈍く乾いた音が辺りに響いた。会場がどよめく。

 そのさなか、若者の後方、もう一人の男が酒瓶を振りかざしていた。
 しかしそれも予測済みだったか、若者は身体をずらし殴打を回避。男の脇腹へと肘を突き刺し、のめり込ませた。なんて痛そうな……。

「ゴホッ」

 案の定、激しくせき込みうずくまる男。
 その少し先、先ほど投げられた男がおもむろに何かを懐から取り出す。
 銀色に光るそれは紛れも無い短剣だった。

「おいおい、刃物なんか使っていいのかよ?」
「喧嘩に決まりなんかねぇからなァ!」

 男が猛然と飛びかかる。

「確かに言ったな?」

 しかし若者は動じないどころか不敵な笑みを浮かべると、その手に何かをブチ切るような音を発する光が出現する。電気だ。
 突き出される短剣を軽やかな身のこなしで回避。背後に回り込み電気の纏う拳を叩きこんだ。

「ゴハッ」

 床にたたきつけられると、男は何かが切れたかのように倒れ伏す。
 同時、先ほどうずくまっていた男が起き上がろうとすると、若者は電気を纏った足でそれを一蹴。
 倒れる二人の男はピクリとも動かなくなった。
 静まり返る観衆。その中、やがて誰かが声を発する。

「まさか、殺して……」

 その言葉に全員が後ずさるかのような錯覚に至る。
 若者はというと面倒くさそうに頭を掻きながら口を開いた。

「んなわけあるかよ。ちゃんと加減はしてるさ、ほら起きてとっとと話聞かせろ」

 地面に沈む二人を軽く足蹴りすると、唸り声をあげながら目を開く。
 酒場内は安心した空気に包まれると同時に、わいわいと騒ぎ出す。

「いやぁ、やっぱ決まり無しって言っちまったからなぁ」
「でもどっちゃにせよあの若者の方が勝ったんだろうな」
「でもまさか魔術を扱える奴だったとは運がねぇなあいつらも」

 各々先ほどの喧嘩について話し合う中、俺もようやく息をつける。
 にしてもよかった、これでもし死んでたら頃俺があの紅いコートの男を殺していたかもしれない。

「まったく、やりすぎだよ」

 観衆の中、小太りの男が紅いコートの男の元へ歩み寄ってきた。
 おいマジかよ……ああこれもう確定だ。

「だってよカーター、こいつが決まり無しって言ってきたんだぜ?」
「これくらい、カルロスなら魔術無しでも十分だろう?」

 小太り野郎、もといカーターが男達に何やら話しかけるのを見ていると、不意にカルロスと目が合った。

「あ? まさかテンデルじゃねぇのか……?」

 カルロスの言葉にカーターが顔を上げこちらを見ると、やがて、少しまずそうな表情になる。

「ど、どうも……」

 なんとなく気まずいのでとりあえず愛想笑いで軽く手を振っておく。
 てか、ルーメリア学院中退コンビがこんなところで何してるんだよ……。

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