七夕のねがいごと
七夕のねがいごと
「オメデトウゴザイマス! あなたは『七夕特別キャンペーン』の当選者に選ばれました!」
「ごめんちょっと何を言っているのか解らない」
短冊の願いを書いてそれを笹につけたちょうどそのタイミングで、笹から電子的な音声が聞こえてきた。プログラムでもすればこんな声は簡単に作ることができるので、だからそれは嘘だと思っていた。
だが、音声は続く。
「このキャンペーンは全国各地につけられる短冊のうち一名の願いを本当に叶えてあげよう! というババーンと素晴らしいキャンペーンなのです!! すごいでしょう? すごいでしょう……?」
「いや、まあ……確かにすごいけど。で? ほんとうに願いを叶えてくれるのか?」
「ええ、それはもう」
電子音声の割に感情がこもっている。
そう思いながら、俺は小さく溜息を吐く。
「……じゃあ、叶えてくれよ。この短冊に書かれた願いを」
「ええ、それはもう。ただし条件がありますが……」
「条件? 聞いてないぞ、そういうの」
「いえいえ、そんな難しい条件ではありません。願いは凡て『七夕にまつわる』雰囲気で実施されます、ということです」
「ふーん……まあ、それくらいなら……」
「構いませんか?」
念を押されたので若干不安になる俺。
だが、俺はそれにゆっくりと頷いた。
「それでは――ドーン!!」
爆発音があった。
俺の背後からだ。振り返ると、そこには――何もなかった。
舌打ちして元の位置に戻ると、そこにひとりの女性が立っていた。わすれるはずがない。忘れたくない。今までずっと忘れたくなかった存在。
「……ユリ」
それが彼女の名前だった。
ユリ。俺の彼女だ。一年前に、病気で死んでしまった彼女に、俺は会いたかった。
「あなたの短冊の願いは叶えられました」
俺は電子音声が何を言ったのか、もはや聞いていなかった。彼女に、ユリに会えたことが嬉しかったから。
「……どうして……私……」
俺はユリの身体を抱きしめた。いろんな人が集まっているようにも見えたが、そんなことどうでもよかった。
ただ、ユリが戻ってきてくれた、それだけで俺は嬉しかったんだ。
それから俺はユリと他愛もない会話をし続けた。一年という時間はあまりにも長かった。ユリと話したい言葉がたくさんあった。そのひとつひとつにユリは何も苦言を呈すことなどなくきいてくれた。
ユリは白いワンピースを着ていた。ユリのお気に入りのワンピースだ。そのワンピースは俺も好きだった。だから俺と出会う時はいつもこれを着るんだって、ユリは言っていた。
話をしていると時間はあっという間に過ぎてしまった。
時計を見ると、時刻はもう二十三時を回ったくらい。俺は話し込んでいたファミレスを出て、ある場所へと彼女を連れて行った。
しばらく歩いて着いた、その場所は小さな公園だった。その公園は景色がよく、そこから海が見れたり停泊している船を見ることが出来る。しかも夜なので夜景も抜群だ。あたりを見るとカップルがいた。やっぱり、ここはカップルが集まる場所だ、そう俺は思った。
「ユリ……ここ好きだったろ。だから俺はユリとまた出会ってすぐここに連れてこようと思ったんだよ」
ユリは頷いた。その表情はどこか儚げだった。もしかしてここに来るのが嫌だったのだろうか。
「ユリ、もしかして嫌だったか?」
ユリは首を振る。
「違うよ、違うんだ。けどね……」
たどたどしくユリは言葉を紡いでいく。
ユリは一瞬考えて、俺に言った。
「――私はもうすぐ消えちゃうんだ。また、あの場所に戻らなくちゃいけないの」
「あの……場所?」
俺は質問を投げかけた。別にそんなことをしなくても、解っているはずなのに。
ユリは「座ろっか」とだけ言って唯一空いているベンチに腰掛けた。俺もそれに従って、ユリの隣に座る。
「私ね、一日しかこっちに戻っちゃいけないよーって偉い人に言われたんだ。どれくらい偉い人なのか解らないけど……でも、そう言われてしまったからそれに従わないといけないの」
「偉い人って――」
――もしかして七夕の、あのキャンペーンの……。
俺の言いたかったことを察したのか、ユリは頷いた。
「うん。たぶんそうだと思う。その偉い人が私に『一日だけだよ』って言ったんだと思う」
「じゃあ明日からはまた……」
「いや、それは違うって」
俺とユリの会話に割り入るように、聞き覚えのある声が聞こえた。
そう。
笹の場所で聞こえた、あの電子音声だ。
「本当は凡て教えてからあれしようと思ったんだけど、まさかこんなにもはやく出るとは思わなくてついつい焦っちゃってね。まあ、彼女が言ってくれたからよかったのだけど」
そこにあったのは、小さなボールだった。そのボールから直接俺の脳内に声が聞こえてくる。ユリも似たような反応をしていることから、ユリにもその声が聞こえているのだろう。
「彼女が言ったとおり彼女がこの世界に戻ってこれるのは僅か一日だけ。ただし、それは永遠に戻ってこないわけではなくて、一年に一回。ちょうど織姫と彦星が一年に一回しか会えないのと同じようにね」
「それじゃ……またユリに会えるんだな」
「ああ」
ボールは表情を映し出さないのに、なんだか笑ったような気がした。
「ただし、また一年経ってから……の話だけどね。有効期限は君がこの世界からいなくなる時……即ち死ぬまでだ」
何だそりゃ。
最高じゃないか。
「なんだか……満更でもない表情だね。だけど考えてみてくれ。君が仮に結婚しても、彼女は舞い降りる。君の居る世界にね。それを考えて行動して欲しい。あと、彼女が降り立ったことによって何か君に損害が発生しても何も責任は取らないからそのつもりで。いいだろう?」
「ああ、構わない」
俺はそれにはっきりと頷いた。
それと同時にユリの身体が淡い光に包まれる。
俺は急いで時計を見た。時刻は二十三時五十八分。もう、時間まであと少しだった。
「かーくん」
ユリは、俺をいつもそう呼ぶ。いつもの呼び方で、いつもの笑顔で俺に語りかけた。消えていく彼女の身体を、俺は抱き寄せる。
彼女の身体は、ひどく冷たかった。
彼女がほんとうに死んだんだ、と俺は思ってしまった。自覚させられてしまった。
悲しい。ひどく悲しい。気が付けば俺の目からは……涙が溢れ出ていた。
「ユリ……ずっと離れ離れじゃないんだよな」
こくり、とユリは頷く。
「また、会えるんだよな……」
こくり、とまた頷く。ユリの身体はどんどん淡い光に包まれていく。もう時間はない。
ユリが最後に、俺の顔を見た。
そして、優しい、彼女のその笑顔で。
くちづける。
瞬間、彼女は淡い光となって、姿を消した。
それじゃまた来年、とあの電子音声が聞こえたような気もした。
空には、綺麗な天の川がその姿を俺たちに見せつけていた。
「ごめんちょっと何を言っているのか解らない」
短冊の願いを書いてそれを笹につけたちょうどそのタイミングで、笹から電子的な音声が聞こえてきた。プログラムでもすればこんな声は簡単に作ることができるので、だからそれは嘘だと思っていた。
だが、音声は続く。
「このキャンペーンは全国各地につけられる短冊のうち一名の願いを本当に叶えてあげよう! というババーンと素晴らしいキャンペーンなのです!! すごいでしょう? すごいでしょう……?」
「いや、まあ……確かにすごいけど。で? ほんとうに願いを叶えてくれるのか?」
「ええ、それはもう」
電子音声の割に感情がこもっている。
そう思いながら、俺は小さく溜息を吐く。
「……じゃあ、叶えてくれよ。この短冊に書かれた願いを」
「ええ、それはもう。ただし条件がありますが……」
「条件? 聞いてないぞ、そういうの」
「いえいえ、そんな難しい条件ではありません。願いは凡て『七夕にまつわる』雰囲気で実施されます、ということです」
「ふーん……まあ、それくらいなら……」
「構いませんか?」
念を押されたので若干不安になる俺。
だが、俺はそれにゆっくりと頷いた。
「それでは――ドーン!!」
爆発音があった。
俺の背後からだ。振り返ると、そこには――何もなかった。
舌打ちして元の位置に戻ると、そこにひとりの女性が立っていた。わすれるはずがない。忘れたくない。今までずっと忘れたくなかった存在。
「……ユリ」
それが彼女の名前だった。
ユリ。俺の彼女だ。一年前に、病気で死んでしまった彼女に、俺は会いたかった。
「あなたの短冊の願いは叶えられました」
俺は電子音声が何を言ったのか、もはや聞いていなかった。彼女に、ユリに会えたことが嬉しかったから。
「……どうして……私……」
俺はユリの身体を抱きしめた。いろんな人が集まっているようにも見えたが、そんなことどうでもよかった。
ただ、ユリが戻ってきてくれた、それだけで俺は嬉しかったんだ。
それから俺はユリと他愛もない会話をし続けた。一年という時間はあまりにも長かった。ユリと話したい言葉がたくさんあった。そのひとつひとつにユリは何も苦言を呈すことなどなくきいてくれた。
ユリは白いワンピースを着ていた。ユリのお気に入りのワンピースだ。そのワンピースは俺も好きだった。だから俺と出会う時はいつもこれを着るんだって、ユリは言っていた。
話をしていると時間はあっという間に過ぎてしまった。
時計を見ると、時刻はもう二十三時を回ったくらい。俺は話し込んでいたファミレスを出て、ある場所へと彼女を連れて行った。
しばらく歩いて着いた、その場所は小さな公園だった。その公園は景色がよく、そこから海が見れたり停泊している船を見ることが出来る。しかも夜なので夜景も抜群だ。あたりを見るとカップルがいた。やっぱり、ここはカップルが集まる場所だ、そう俺は思った。
「ユリ……ここ好きだったろ。だから俺はユリとまた出会ってすぐここに連れてこようと思ったんだよ」
ユリは頷いた。その表情はどこか儚げだった。もしかしてここに来るのが嫌だったのだろうか。
「ユリ、もしかして嫌だったか?」
ユリは首を振る。
「違うよ、違うんだ。けどね……」
たどたどしくユリは言葉を紡いでいく。
ユリは一瞬考えて、俺に言った。
「――私はもうすぐ消えちゃうんだ。また、あの場所に戻らなくちゃいけないの」
「あの……場所?」
俺は質問を投げかけた。別にそんなことをしなくても、解っているはずなのに。
ユリは「座ろっか」とだけ言って唯一空いているベンチに腰掛けた。俺もそれに従って、ユリの隣に座る。
「私ね、一日しかこっちに戻っちゃいけないよーって偉い人に言われたんだ。どれくらい偉い人なのか解らないけど……でも、そう言われてしまったからそれに従わないといけないの」
「偉い人って――」
――もしかして七夕の、あのキャンペーンの……。
俺の言いたかったことを察したのか、ユリは頷いた。
「うん。たぶんそうだと思う。その偉い人が私に『一日だけだよ』って言ったんだと思う」
「じゃあ明日からはまた……」
「いや、それは違うって」
俺とユリの会話に割り入るように、聞き覚えのある声が聞こえた。
そう。
笹の場所で聞こえた、あの電子音声だ。
「本当は凡て教えてからあれしようと思ったんだけど、まさかこんなにもはやく出るとは思わなくてついつい焦っちゃってね。まあ、彼女が言ってくれたからよかったのだけど」
そこにあったのは、小さなボールだった。そのボールから直接俺の脳内に声が聞こえてくる。ユリも似たような反応をしていることから、ユリにもその声が聞こえているのだろう。
「彼女が言ったとおり彼女がこの世界に戻ってこれるのは僅か一日だけ。ただし、それは永遠に戻ってこないわけではなくて、一年に一回。ちょうど織姫と彦星が一年に一回しか会えないのと同じようにね」
「それじゃ……またユリに会えるんだな」
「ああ」
ボールは表情を映し出さないのに、なんだか笑ったような気がした。
「ただし、また一年経ってから……の話だけどね。有効期限は君がこの世界からいなくなる時……即ち死ぬまでだ」
何だそりゃ。
最高じゃないか。
「なんだか……満更でもない表情だね。だけど考えてみてくれ。君が仮に結婚しても、彼女は舞い降りる。君の居る世界にね。それを考えて行動して欲しい。あと、彼女が降り立ったことによって何か君に損害が発生しても何も責任は取らないからそのつもりで。いいだろう?」
「ああ、構わない」
俺はそれにはっきりと頷いた。
それと同時にユリの身体が淡い光に包まれる。
俺は急いで時計を見た。時刻は二十三時五十八分。もう、時間まであと少しだった。
「かーくん」
ユリは、俺をいつもそう呼ぶ。いつもの呼び方で、いつもの笑顔で俺に語りかけた。消えていく彼女の身体を、俺は抱き寄せる。
彼女の身体は、ひどく冷たかった。
彼女がほんとうに死んだんだ、と俺は思ってしまった。自覚させられてしまった。
悲しい。ひどく悲しい。気が付けば俺の目からは……涙が溢れ出ていた。
「ユリ……ずっと離れ離れじゃないんだよな」
こくり、とユリは頷く。
「また、会えるんだよな……」
こくり、とまた頷く。ユリの身体はどんどん淡い光に包まれていく。もう時間はない。
ユリが最後に、俺の顔を見た。
そして、優しい、彼女のその笑顔で。
くちづける。
瞬間、彼女は淡い光となって、姿を消した。
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コメント
ノベルバユーザー603850
どうな方向でラストを迎えるんだろう?
謎な展開に目が離せなかったです。
ノベルバユーザー601496
あい変わらず素晴らしい。
あっという間に読み終わってしまいました。
ありがとうございました。