友達になろう、君が消えてしまうまで。

巫夏希

03.エンディング、またはハッピーエンド

「で、きたあ」
 
 二つ目の千羽鶴が完成したのは、それから三時間あまりたったときのことだった。
 ちなみに完成割合は、私が693羽、梓生は307羽だった。頑張れよ、もっととは思ったけれど、そこまでは言わなかった。
 
「……んで、どうする?」
「どうする、って?」
「死ぬ?」
「これまた直球な」
「死ぬの? 死んでも別に構わないよ。もう凡て終わったのだし」
 
 梓生ははっきりと物事を言いすぎである。
 だが、その通りだった。
 もともと、「手伝ってくれ」としか言われていない。そのあとに、助けてもらう権利など、なかった。
 
「そうだ。何でも一つ持って行きなよ。ここにあるのはハサミ、セロテープ、キットカット、『赤ずきん』の絵本、型紙が何十枚か余っているのくらいだけれど」
「キットカットと、赤ずきんの絵本をもらっていくよ」
「そうかい。それじゃ、有意義な死を」
「そうするよ」
 
 そう言って、梓生は敬礼した。
 なんだか、変なことだなあと失笑してしまいそうになったけれど、それをこらえて、私も敬礼を返した。



 久しぶりに立つ、屋上。
 感じる風は、いつもと同じはずなのに、いつもと違っていた。なんというか、よくわからないけれど、いつもと違っていると感じるのはどうしてだか、私には解らなかった。
 
「……赤ずきん、かあ」
 
 赤ずきんという絵本は、嫌いだった。
 けれど、なぜか持ってきてしまった。ちなみに嫌いだったのは、オオカミが赤ずきんを食べちゃうことだ。それを見て、以後トラウマとなってしまい、私はそれから先を読んでいない。
 つまり、私は『赤ずきん』という絵本の結末を知らなかった。
 ぺらり。私は赤ずきんの絵本を読んでみることにした。
 すらすらと読んでいった。意外とハッピーエンドだったことを知った。
 
「こんな話だったんだなあ……知らなかった」
 
 私はひとり呟くと、梓生からもらったキットカットの袋を開けた。直ぐにチョコのいい香りが広がった。
 澄んだ青空が広がっていた。私が死んでも、誰も気付かないだろう――なんて、ちっぽけなことを考えていた。
 誰かに気付いてもらいたくて自殺するんじゃない、誰にも気付かれずに自殺する。恐らくこの意味は、誰にも解らないと思う。私にだって、解らなかったのだから。
 生きる意味を理解出来ずに、死ぬ。
 それはひどく滑稽なことでもあるし、よくよく見ればそれは自嘲していることにほかならない。
 私だって、生きている理由が知りたかった。意味を知りたかった。
 けれど、誰も教えてくれなかった。訊いても、「それは自分が掴み取るものだ」としか言わなかった。だけど、せめて指標くらいは、目印くらいは欲しかった。見せてもらいたかった。
 生きる、とは何か。
 死ぬ、とは何か。
 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。
 朽ちていくなら、生きる意味はないのではないか。
 哲学じみたことを考える余裕も、なぜか今の私には不思議と出てきた。
 そして私は考える。
 さらに考える。
 考えて、考えて――。
 結局、訳がわからないから。
 
 
 ――ふと、私はなぜここに来たのかを考える。
 
 
 そして、思い出した。そうだった。これをするんだった。
 私はゆっくりと塀をよじ登る。
 登りきって、反対側へと立つ。
 一歩踏み出せば、そこは空中。
 ここは五階だ。落ちれば死ぬ。
 想像に難くないし、解ってる。
 眼下に広がるミニチュア世界。
 そこへ飛び込む私という身体。
 今感じている気持ちは、絶望。
 それとも、今から死ねる希望。
 そのどれかは私には解らない。
 生きていても、意味などない。
 ならば、飛び込んで、消える。
 私の存在など、みんな忘れる。
 私がいなくても、回っていく。
 世界は、それでも、回ってく。
 醜くも脆く、時には必要なく。
 だけれど、世界は回っている。
 私という存在を、必要とせず。
 今更後戻りをする必要はない。
 今すぐそのミニチュア世界へ。
 そして、私は一歩を踏み出し。
 

 
 トン、と――
 
 
 世界が暗転した。

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