友達になろう、君が消えてしまうまで。

巫夏希

01.人間活動

 私たちの活動に話す前に、梓生という少女について簡単に話す必要があるだろう。梓生はなんというか変わった少女だった。いろいろな噂がある。例えば、死んだ祖母の遺骨を食べたとか、教室にある机を全て一つにまとめてその上で寝ていたとか、周りから見ればそれは変わり者にしか見えない。
 変わり者である理由も、どことなく解ったような気がする。
 心が読める――それは普通ではない。それは確かだ。間違っていない。間違っているのは、私ではなく、梓生ではなく、それ以外の人間なのかもしれない。
 私が私である所以も、梓生が梓生である所以もまた、誰にだって解らない。自分にしか解らない、だなんてことは嘘だ。自分しか解らない事だってあるんだ。なのに、それを解っていないと解らないから、解ろうとしないから、私は私として生きていられるのだろう。もし、私が私である所以を知ってしまったのならば、私は私で居られなくなるかもしれない。
 梓生という存在と、私という存在は乖離していて、全くの別人なのだけど、けれどもそれは嘘なのではないかと思うことすらある。梓生という少女が天才と表現出来るなら、私は馬鹿だ。ただの馬鹿。
 
「ただの馬鹿、とか自らを悲観するのは構わないけれど、作業を進めるなら進めてもらいたいものだね」
「私はちゃんと進めていたじゃない。それの、どこが?」
「私は心が読めるの。それくらいは、覚えていて欲しかった」
 
 そう言われると仕方ないので、私は作業を再開する。
 なんの作業をしているのかと謂えば、折り紙を折っている。
 目標は鶴、千羽。
 所謂、千羽鶴ってやつを二人で作るのだ。途方もない。ひとりノルマが五百羽。普通ならもう少し人員を追加するものだけれど、私たちはしょうがなくでも仕方なくでもなく、とりあえず二人だけでやっている。今私たちがいる教室はたまに授業をサボりたがる低偏差値の学生が入ってくる空き教室なのだけれど、偶に私たちを見ても無視するか見ないふりをするかのどちらかだ。
 そういえば、何故千羽鶴をつくるようになったかといえば、私にだって解りはしない。「暇なら、やって」とぶっきらぼうに言われたからやっているというだけだ。なんというか、つまらないというか。これなら死んでいたほうが良かったのではないかと思うほどだ。
 
「死んでいたほうがマシとか思ったでしょう。残念ね、今は死なせないから」
 
 心を読み取った梓生の声が聞こえて、私は現実へ引き戻された。
 
「もし、私がそれを振り切ったとしたら?」
「そりゃ、もう。『生き返らせよう』かしら。それも、永遠に痛みを感じるほど。私との約束を破ったことを、ひどく後悔させるほどにね……」
 
 その言葉を聞いて、私は背中に寒気を感じた。ああ、彼女は本気だ。思った。
 恐らく、私が今死ねば彼女は本気で私を生き返らせるのだろう。それくらいの『異能』ってやつがあるのかもしれない。解らないけれど。
 
「冗談。だから、さっさと鶴を折ってよ」
「いいけど……どうして鶴を折らなくちゃいけないの? せめて、理由を聞かせてよ」
「理由?」
 
 そう、理由だ。
 どうして私を、死ぬ直前だった私を、呼んでまでこれをするのか。
 
「――じゃあ、逆に理由がなかったら、何もしないの。亜美は」
「……え?」
 
 梓生の解答は予想外のものだった。
 
「そ、それは……」
 
 言えなかった。言えるわけがなかった。
 だって、そんなこと考えたことがないんだもの。
 
「逆に、梓生は考えたことがあるの?」
「考えたことを考えることは非常に難しいことだと思うの」
「何を言っているかわからないから、もうすこし日本語で喋って欲しいんだけど」
「これも、日本語だよ。スワヒリ語がいい? それとも、ドイツ語?」
「だから、日本語で話してって……」
 
 ああ、全く折り鶴製作が進まない。
 
「……冗談よ。ともかく、私の持論を言うならば、それは間違ってはいないかな。考えずに、行動することこそが正しいという人もいれば、その逆だって勿論のこといる。人の考え方はそれぞれで、それを批判することは出来ても、弾圧することだなんて出来ないのだから」
「なんだか解らないけれど、要するに『みんな違って、みんないい』ってことだね?」
 
 梓生は頷く。よく解らないけれど、つまりはそういうことらしい。
 
「――さあ、このままじゃ、いつになっても折り鶴が終わらない。さっさと折らなくちゃ」
「というか、理由は何なの」
 
 そう。
 まったくもって、話が進んでいないのだ。そして、私の鶴を折る手も進んでいないのだった。
 というか。
 いつになれば、この折り鶴は終わるのだろうか。二人で千羽……さっきも言ったけれど、つまりはあと一人四百八十羽折らなくてはならない。これはある意味精神的苦痛を伴う。だったら、死んだほうがマシだったかもしれない。
 ならば、なぜ、生きたのか。
 死ぬのを躊躇ったのか。
 理由も解らないけれど、なぜだろう。
 そこに、彼女が居たからかもしれない。
 
「……なんとなく、君の考えは卒塔婆が卒倒しそうだね」
「え!? 私、何か考えちゃまずいこと言ったっけ!?」
 
 どうしてさっきのことを、仮に聞いていたとしても、卒塔婆が卒倒するくらいだろうか。
 解らない。
 解りたくても、解るだけの知識が足りない。
 解ろうと思う努力が足りない。
 解る。
 のか?
 果たして、それは正しいのか。
 正しくないのか。
 そもそも卒塔婆が何なのか。
 
「卒塔婆が解らないとなれば、さっきのネタは解りはしないってことだね。要は仏塔のことだ。それ以上でも、それ以下でもない。猫かぶりをするような人間が、急に猫をかぶらなくなったような違いくらいの違いがある。間違ってもいないし、それを知っておけば人生為になるくらいのエネルギーは得られると思う。その程度の知識だ」
「その程度の知識を、そんな長ったらしく言われても」
「その程度の知識だけど、その程度の知識と言ってはいけない。知らなくていい知識は、この世には存在しないんだ。存在しない知識はないだろう? 人間が知っている知識は、人間が『理解しようとしない』知識であって、理解しなくてはならない知識では、ない。人間は人間らしく生きるために必要不可欠な知識はその中でも数少ない何かってやつだ」
「うーん……難しいなあ」
 
 そう言って、私は折った鶴をテーブルに置いた。
 なんというか、梓生の言葉は解らないなあ。

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