友達になろう、君が消えてしまうまで。

巫夏希

00.プロローグ

 死のうと思ったことはないだろうか。
 少なくとも、私には一度はある。
 それは、今だ。
 吹き付ける風が私の頬に当たる。この寒さも、最早死んでいく私には心地よくも思えた。
 
「もう、全てを諦めてしまおう」
 
 そう呟いて、私は金網に手をかけ、ゆっくりと登り始める。
 そして、ようやく金網という最後のダンジョンを突破した。
 ここは、学校の屋上だ。五階である。まずここから落ちればひとたまりもないだろう。私をここまで追い詰めた人間に、最後に驚かせてやるのだ。
 
「……あれれ。どうしてこんなところに居るんだろう?」
 
 不意に、声をかけられ、私は振り返った。
 そこには、ひとりの少女が座っていた。頭には白のリストバンドをつけ、肩には文鳥が載っている。さらには彼女が背負っているリュックからはマジックハンドがはみ出ており、しかし彼女はそれを気にせず弁当を頬張っていた。
 
「何しているの……?」
 
 さすがに、驚いた。
 屋上に人がいるだなんて、思いもしなかったからだ。
 だって、この時間は放課後でも昼休みでもない。午前六時、まだ誰もいない時間なのだ。どうしてこの時間に入れるのかと謂えば疑問になるけれど、まあ、その辺は曖昧にしてしまおう。私だけのルートってものがあるのだ。
 けれど、どうして居るのだろう。しかも、食べている感じからすれば私より前にここに居たことになる。どうして?
 
「……どうしてここに居るのかなって思っちゃった?」
「!」
 
 どうして、知っているのだ。
 いや、どうして私の思っていることが解ったのだ。
 私は考えても、考えても、考えても考えられなかった。
 
「私、心が読めちゃうんだ。だから、あなたの思っていることも丸分かりダヨ?」
 
 なんということだ、そいつは困る。
 つまりは私が今からする行為にも、理解しているってことだ。
 
「うん、これから死ぬんでしょ。頑張ってね」
 
 止めないのか。
 
「だって、ここまできたんでしょう。ちゃんと。計画も立てて。だったら止めても意味はないじゃない。さあ、どうぞ。ああ、けれど、私に害のないように死んでもらいたいというか、私も暇じゃないというか」
「だったらさっさとそれを果たしに行けばいいじゃない」
「面倒くさいというか、一人じゃ無理なんだよなあ。ああ、もうひとりくらいいればなあ。せめて同年代の女子がいればなあ」
 
 明らかに私を狙っている。
 ……なんだか、冷めてしまった。
 そう思うと、私は金網を登り、彼女のいる方へ戻ってきた。
 
「あれ。踏みとどまった?」
「やる気が出なくなったよ。また機会のあるときに」
「それが何時だろうなあ」
 
 彼女はずっとニヤニヤしている。正直気持ち悪い。
 
「やだなあ。気持ち悪くも、思わないでよ。ほら、それに『彼女』じゃ呼びづらいでしょ? だから、私は梓生って呼んでくれればいいからさ。ね、とりあえず君も名前を言ってよ」
「どうしてよ」
「うーん……仲良くなるため?」
「今から死ぬ人と?」
「今からは死なないでしょ?」
 
 それもそうだ。
 だけれど、機会があれば死ぬ。私は必ずや死んでやる。
 
「そう言っている人こそ、あまり死なないんだよ」
 
 そうかな。
 とりあえず、楽しいことは見つかった。
 
「協力してくれる?」
「なんだか知らないけれど。協力くらいしてあげるよ。だけど、終わったらその時は」
「わかった。遠慮なく死んでいいよ」
 
 それなら、いいさ。
 
「さあ。握手しようぜ、トモダチ」
「私のことは亜美って呼んでよ」
「わかった、亜美」
 
 そう言って、梓生は手を差し出した。握手、ってことかな。
 
「そうだよ、握手しようや」
 
 そして、私もそれに従った。

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