ひみつの宝石

柳 一

第十七話  訓練

 
 綾の部屋に呼ばれた後、それぞれ思い思いに部屋で過ごしていたが午後からは訓練をすると言われてトレーニングルームに全員が集合した。
 それぞれ動きやすい服で、と言われていたので美琴は学校のジャージを着ている。
「護人はウェイト系のトレーニングをします。それぞれの筋力に合わせて私が重さを設定しますので」
 ユキが無機質な声音でそう告げると、反して綾はニコニコと愛想よく石人の群れに声をかけた。
「石人は座禅と筋トレね。拳を石化すると強い武器になったりもするけど、それを操る筋力も必要よー」
 綾は簡単に言ってくれるが、内容はきつかった。学校の体育の授業なんて比べものにならない。美琴が休憩スペースでグッタリとしていたら、中島がスポーツドリンクを差し出してくれる。
「地下だから空気循環悪いよね。脱水症状起こしてない?」
「大丈夫…です」
「見てよ、あの体力バカ二人。休憩時間だってのに組手やるんだってさ」
 中島の指す方向を見ると、尾関と須見が向かい合っていた。二人とも汗をびっしょりかいていたが、息一つ乱れていない。ピリッとした空気が部屋全体に充満している。
「須見くん、うちの高校では空手部で一番強いらしいけど、修吾も空手強いからねぇ~。どうなるやら」
「…でもなんか…二人とも嬉しそう」
「…そうだね。本物のバカだ」
 中島のふふっという笑い声につられて美琴も微笑む。中島は一瞬見惚れていた。ここに来てから緊張し通しのようだったが、笑顔が見られたので安心した。


 夕食のために食堂に行くと、須見や中島や尾関が固まって座っていて、美琴に向かって手招きをしていた。食堂には大きなテレビがついていて、他のみんなはそれに釘づけになっている。
 流れているのは音楽番組のようだった。美琴が食べながらテレビに目を向けると、尾関が低い声で笑い、美琴の口元あたりに指を伸ばす。
「美琴、ついてるぞ」
 尾関の指は器用にご飯粒を取り去り、自分で食べてしまった。あまりに自然にその一連の動作をするので誰もが咎める隙もない。というか、中島も須見も咎める気はあまりなかったらしい。
 須見がテレビを見て頬杖をついた。
「…このアイドル、杜田が好きなヤツだな」
「え?そうなの?美琴ちゃん」
「す、須見くん!?」
「だってお前…ポスターを部屋に飾ってるし、鼻歌歌うときこいつらの曲だし、出てるドラマ録画してるじゃねぇか」
「よく知ってるな」
「伊達に三日間一緒に暮らしてないからな」
 須見が胸を張るようにして言った台詞に、中島が珍しく眉を寄せた。尾関の表情も険しい。
「一緒に暮らした?どういう事?美琴ちゃん」
「そ、それは…あの…須見くん!誤解招く言い方は…」
「事実だろ?なんなら三日間同じ布団で寝たぜ?」
「だからそれは…」
 真赤になって慌てる美琴が可愛くて、珍しく表情を変えて妬く中島が面白くて、須見はつい調子にのってしまった。
 メリメリっという木材のきしむ音と、ビリビリと衣類の裂ける音。
 それらに驚いて尾関を見ると、尾関は白い大きな熊に変化していた。2メートルは超えようかという巨体に椅子が悲鳴を上げている。シロクマからは尾関の低い声がした。
『…どういう事だ、須見』
「ど…どういうって…まあその…獣化して…ペットとして一緒にいたっつーか…」
『…誓ってやましいことはないな?』
「ないっ!ないです!」
 シロクマの尾関はコクコク頷く須見に納得したのか、次に美琴を見下した。美琴は最初は驚いた顔をしたが、そのキラキラした白い毛に触りたくてたまらないようである。
『…触っていいぞ』
「ありがとう…ございます」
 触ってみるとその体毛は少し堅そうだったが、チクチクするわけでもない。思い切って抱きついてみると予想外にフワフワで気持ち良かった。美琴がうっとりとした表情を浮かべると、中島が唸る。
「いいなぁ、修吾も須見くんも。僕はちょっと不利だなぁ…」
 なんの獣なのだろうと思っていたら、尾関が自分から美琴を優しく引き離した。名残惜しそうな美琴の頬あたりをやさしく撫でる。
『美琴、食事を済ませろ。俺は部屋に戻る』
「…はい」
 言って須見に食器を頼むと、巨大なシロクマは四足歩行で食堂から出て行った。不思議そうに眺める美琴に中島が細くする。
「修吾が獣化すると、力の弱い護人は怯えちゃうんだ。本能には勝てないみたいで」
「じゃあ…皆を気遣って部屋に…?」
「そ。だから修吾は滅多なことじゃ獣化しないんだけど、今回は美琴ちゃん絡みだからかアッサリ獣化しちゃったなぁ」
 中島はケラケラと笑いながら食事の続きを頬張った。須見が見渡すと、何人かの目線が尾関の出て行った方角に向いている。
 須見自身はそこまで恐怖には思わなかった。美琴のことで凄まれた時は怖かったが、それ以外は本能で感じる恐怖も特にない。それは自分の獣としての本能が未熟だからだと、須見は思い込んでいたのだった。




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