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夙多史

五章 魔王の襲撃(8)

 聖剣の覚醒について、龍泉寺夏音は一つの仮説を導き出した。
「稜真くんも茉莉先生も、なんとなくになるわけよね」
 場所は魔法工学部。最も高い研究棟の屋上である。この建物内にあった研究資料を読んで仮説を立てたわけではなく、屋上から相楽浩平の聖剣覚醒を直に目撃したことで『まさか』と思い、その後に『やはり』と確信に近づいた。
 夏音の考えだと、聖剣を覚醒させる方法は――ない・・
 霧生稜真も相楽浩平も、彼らの聖剣がなければどうしようもない場面で覚醒している。
 彼らが願ったから? 違う。そんな単純かつ簡単過ぎる方法なら勇者クラス全員が既に覚醒させているだろう。森で魔物と戦った時に夏音だっていくらでも欲した。
 聖剣は目覚めさせるのではなく、真に必要な時に勝手に目覚める・・・・・・・のだ。
 言い方を変えれば、都合がいい時に都合よく覚醒する。
 そんな馬鹿なと思いたい。
「でも」
 夏音は武芸部から拝借したものとは違う狙撃銃のスコープを覗き、トリガーを引いた。鼓膜に響く射出音と共に銃弾が走り、遥か彼方で暴れる魔王と思われる化け物の中心に見事命中した。
「あの状況でシェリルさんを助けられる可能性のある唯一の存在だったあたしが、覚醒できたのよね」
 この狙撃銃こそ夏音の聖剣だった。向こうの世界で使っていた銃は威力と飛距離を伸ばすために魔改造していたが、この聖剣はそれを遥かに上回る性能である。実際に手に持った時には思わずうっとりしそうになったが、シェリルが危ない状態だったことを思い出して自制心を高めた。
「ああ、やっぱりマイマスターは流石だね! 狙撃をしているマイマスターは実に優美だ。見る度に僕の心は痺れてついあらぬ妄想に耽ってしまいえへへ……えへへぇ……」
「気持ち悪いこと喋ってないでしっかり護衛しときなさいよ、シルヴィオ!」
 夏音は背後に仕方なく置いている召喚者に背中を冷たくしながらも、スコープから目を離さない。別にこの程度の距離なら肉眼でも視認できるが、余計なものまで視界に入ってしまうためやはりスコープは必須なのだ。
「とは言うけれど、マイマスター。勇者ツジムラ殿のおかげで魔法工学部に魔物は侵入していないから暇で」
「だったら魔法学部か武芸部にでも援軍に行きなさいよ! あんたはヘンタイだけど実力だけはあるんだから!」
「わーい、マイマスターに厄介払いされたー♪」
「死ね!」
 夏音は後ろのヘンタイ男をもう無視することにして、右の掌を開く。すると、少しの疲労と引き換えに大口径のライフル弾がそこに出現した。
 銃弾を装填し、射出する。
 聖剣の力は確かに魔王に効果抜群のようだが、あちらのトドメは彼らに任せる。夏音はあくまで援護だ。
 本当に狙うべき者が誰なのかは、上空の会話を盗み聞いていればだいたいわかった。
「なにが実験よ。あったまに来たわ」
 そんなことのために自分たちの居場所を破壊された怒りを次の銃弾に籠め、夏音は天を仰いだ。

        †

 何発もの弾丸がどこからか飛来し、その全てが的確に魔王の体を撃ち抜いていく。その度にオーラで作られた魔王の体が爆ぜ、耳障りな絶叫が轟く。
「夏音だ」
 稜真でも知覚できない範囲からの狙撃をなせる存在は、この世界で知る限り彼女だけだ。
「龍泉寺には違いねえだろうが、あの弾丸は普通じゃねえぞ? 対魔族用の狙撃銃でも見つけたのか?」
「それとも、聖剣の力か」
 稜真も相楽も覚醒できたのだ。夏音だってこの戦いの最中に聖剣を使えるようになっていたって不思議はない。
「なんにしても今がチャンスだ。シェリル、もう一度さっきの魔法をかけてくれないか? 俺と、相楽にも」
「は、はい! わかりました!」
 シェリルは力強く返事すると、杖を握って呪文を素早く唱えた。すると稜真と相楽の体が白く輝き、力が漲って来るのを体感する。
「よし、行くぞ!」
「おう!」
 疾走はしる。疾走る。疾走る。
 風よりも、音よりも速く。
 かつて敵同士だった二人が肩を並べて戦う。
「殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊すぅおわアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああッッッ!!」
 狂った絶叫を吐き散らす人面花の魔王の触手を蹴散らし、どうしても避けられない死角からの攻撃は夏音が狙撃で対処してくれる。
 乱れ動く触手に遠距離から絶妙なタイミングでヒットさせる夏音の技術に舌を巻きつつ、稜真と相楽はノンストップで宙に浮く魔王の直下へと到達した。
 元は殻咲隆史という人間だった魔王。
 もはや不要な感慨に浸ることもあるまい。
 先に相楽が飛んだ。
「殻咲さんよぉ! まさか初めてぶっ飛ばすてめえがこんな化け物になってるとは思わなかったぜ! ハッ、さんざんオレらのこと化け物扱いしたバチだな! せいぜいあの世で自分の行いを悔いてやがれ!」
 相楽が文字通りの鉄槌を下す。ハンマーで殴打された魔王はぐしゃりと潰れて稜真の方へと落ちていく。
「霧生! トドメはくれてやるよ!」
 別に譲って欲しいと頼んだわけではないが……稜真は日本刀を構えた。魔王の醜い姿が高速で迫ってくる。
「今度こそ本当の終わりだ、魔王!」

 斬ッ!!

 気合い一閃。
 魔王の体は真っ二つに割れ、聞くに堪えない呪われそうな断末魔を残し、睡蓮のような花弁が一枚一枚散り落ちる。
 その後は静かに、魔王だった塊は闇へと溶けて消えた。

        †

「かつて、どこかの世界に『黒き劫火の魔王』と呼ばれる魔王がいました」
 勇者棟前の戦いを上空から眺めていたベルンハードが昔話でも語りかけるように言葉を紡いだ。
「いきなりなんの話?」
 彼の幻惑魔法を打ち破ったばかりの舞太刀茉莉は、なにが言いたいのかわからず聖剣を構えたまま眉を顰める。
「その魔王の魔力を食らった人間がいたのですよ。その人間がどうなったかわかりますか?」
「魔王になったんでしょ。あの殻咲なんとかさんみたいに」
「ええ、他の魔王よりも遥かに強大な力を持った魔王にねぇ」
「……」
 魔族がなぜ自分たちの同族ではなく、人間を魔王に仕立て上げようとしているのか。
 その疑問がたった今晴れた。
「我々はその混ざり物の魔王であり現〝魔帝〟――『千のつるぎの魔王』すら越えうる魔王を作り出し、再びこの世界に進攻するつもりです」
 聞いたことのない名だった。茉莉は『睡蓮花の魔王』しか知らないのだから当然だ。〝魔帝〟というのは恐らく、魔王の中の魔王。つまり最強の魔王という意味に解釈して問題あるまい。
 それを越えるとこの魔人は豪語した。
「……宣戦布告ってことね」
「いつになるかの目途は立っていませんが、そこまで遠い未来ではないと見積もっています。出来損ないとはいえ、既に魔王もどきは生み出せますから」
 言うと、ベルンハードは踵を返した。その先には魔法陣が描かれ、空間の揺らぎが発生している。恐らく向こうの世界か別の空間に繋がっているのだろう。
「逃がすわけ――」
 追おうとした茉莉だが、それに気づいて飛行を中断した。勇者が追ってこないと知ったベルンハードは最後に嫌味な笑みを茉莉へと向け――
「では、いずれまた。この世界に戦火が降り注ぐその日まで」
 わざわざ余裕ぶって魔法陣の中へと消えていった。
 もうなにも残っていない空間を見詰めながら、茉莉はニヒルに笑う。
「別に、私が追うまでもなかったってだけよ」
 ベルンハードが消えた直後、後を追いかけて消えた小さな物体があったのだ。

「こんな視界の悪い夜空に浮かぶ敵を狙撃・・するなんて、次代の勇者はとんでもないわね」

 ベルンハードの生死は確認できないが、少なくとも重症は免れまい。こんな場所を狙撃できる銃がこの世界にあるとしたら、それは聖剣だけだからだ。
 霧生稜真、相楽浩平、龍泉寺夏音。〝超人〟組が三人とも同じ日に聖剣覚醒に至るとは流石の茉莉も想定外だった。ある意味、ベルンハードが仕掛けて来てくれたおかげとも言える。
「ふふっ。あとで説教するつもりだったけれど、まずは労いが先かな」
 フォルティス総合学園は創立後初の魔族戦で勝利を掴んだ。感極まった鬨の声が上空まで届いたことに唇を緩め、ゆっくりと地上へ舞い降りていく初代勇者だった。

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