ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

五章 魔王の襲撃(6)

 魔法学部。白魔法科の敷地内。
「らぁあああああああああああああああああああッ!!」
 裂帛の気合いと共に放たれた拳打が、一撃で花の魔物の根元を豪快に引き千切った。それ以上はピクリとも動かなくなった魔物を見下げ、相楽浩平は溜息をつく。
「こんな簡単な弱点があったなんてな。あの時苦戦したオレらはなんだったんだ?」
 日が沈んでから魔物が光線を放つことはなくなったし、蔓や根の直撃さえ気をつければ素手でも倒せる。相楽たち勇者でなくとも協力して戦えばどうとでもなる程度の強さだった。
 妙だ。まるで最初から学園を滅ぼす気などないような感じに思える。
 この学園が『どの程度』かを測っているようにも――
「勇者様ごわがっただぁあっ!?」
「おぶぅ!?」
 考え事をしていた相楽の背中に、砲弾のごとき神速の突進が直撃した。巌のような巨体がゴツゴツした腕で相楽をがっしりとホールドする。
 ギシギシ。ミシミシ。
「勇者様がごながったら、おらたちみんなおっ死んでただよぉ!?」
「やめろエリザ!? オレが死ぬお前にトドメ刺されて殺される!?」
 ギシギシ。ミシミシ。
「ふぇええええええええええええええええええええええええええええん!?」
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
〝超人〟の相楽でも振り解けない怪力での抱擁。白目を剥いた相楽の視界にそろそろ天使が舞い降り始めた頃になって、ようやく他の白魔法科の生徒たちによって彼女は宥められた。
 相楽を召喚した白魔法使いでお世話係の少女――エリザベータ・ブルメル。
 白魔法で甲斐甲斐しく相楽の手当てを始める彼女だが……もう素手で戦った方が強いのでは? 地面にうつ伏せに倒れてピクピク痙攣しながら相楽はそう思った。
 その間にも相楽の助けた白魔法科の生徒たちが忙しなく辺りを駆け回っている。
「怪我人の手当てを! 重傷者から優先して!」「使えそうな担架を見つけました!」「解毒魔法が使える子はこっちに来て!」「向こうで戦闘が行われています! 手の空いている人は援護に!」
 いつの間にか他の学科の生徒や教師たちも合流し、一つの避難所が完成しつつあった。魔物を前にした時のように怯え続けている者などおらず、皆が自分のできることを全力で行っている。
「……ハッ、なんだよ。みんな強えじゃねえか」
 彼女たちはただ護られるだけの一般人ではない。そうでなければなんのためにこの学園の、それも魔族との戦闘に直接関わりそうな学部学科に在籍しているのかわからない。
「あだりめえですだ。なんとなくで来た子もいるかもしれねえだが、ここにいるみんなは十年前を経験した上でこの学園に入っただよ」
 何百年も前なら話は違っただろうが、魔王討伐からたった十年しか経っていないのだ。当時の恐ろしさを知りながら『勇者の仲間』に志願した彼らの心が弱いわけがない。教師の中には実際に魔族と戦ったことのある者だって少なくないだろう。
 十年振りの魔族の襲撃に最初は震え上がったかもしれない。
 だが、いつまでも震えているだけではダメだと皆が知っている。
 立ち上がる勇気。それを示す旗印となるのが、相楽たち勇者の役目だ。
 ならば――
「魔物だ! 群れで来るぞ!」
 彼らの負担を減らし、士気を高めるために。
 魔王となったクソ野郎をぶん殴るために。
「――〈抜剣シュウェート〉」
 今こそ必要な時だ。

「――〈起きやがれウェイク〉」

        †

 武芸部。武闘館周辺。
 魔族との戦闘経験がある元兵士や元傭兵の教師を中心に討伐部隊が編成され、あちこちで花の魔物の駆逐が始まっている。
「恐ければ下がっていろ、平民」
 剣術科三年のアリベルト・フォン・ヴィターハウゼンは、足が震えている平民の少年に襲いかかる魔物の蔓を斬り落として告げた。
「前線に立って貴様らを護ることが貴族の務めだ。戦えないと言って逃げても咎めはせん」
「ば、馬鹿にするな! 俺だって、勇者様と一緒に戦うためにここにいるんだ!」
 平民の少年の瞳から戦意が喪失していないことを認め、アリベルトは薄く笑う。
「ならばしっかりと立て! 武器を力いっぱい握り決して放すな! 貴様で対処できない部分は私がカバーしてやる!」
「貴族って奴はどんなときでも偉そうだな」
「無駄口叩く余裕があるなら充分だ。足手纏いにならないことを祈るぞ」
 アリベルトたちは襲い来る魔物の蔓を慎重に捌き、徐々に、しかし確かな傷を与えていく。
 だが、数がやや多い。一体の魔物を十数人で取り囲んで戦えばやがて倒せるが、そうしている間に次々と増えてくる。減っていく数より増えていく数の方が多くなっている気がした。
 いや、気のせいではない。こっちだって無傷ではないのだ。魔物にやられて退場する者だって少なくない。寧ろ時間が経てば経つほど戦闘不能者は増えていく。考えたくないが、死亡者も出たかもしれない。
 せめて魔法学部と連携できればもっと楽になるのだが……。
「くそっ、また新手だ!」
 視界の端に新しく現れた花の魔物を見てアリベルトは悪態をつく。全部で何体倒せば終わるのだ。アリベルトも含め、そろそろ武芸部の疲労も士気も限界を迎えようとしていた。
 と、新しく現れた魔物の蔓がアリベルトたちが戦っていた魔物の根元を絡め取り、ブチリと嫌な音を立てて引き千切った。
「は?」
 仲間割れか?
 そう思ったアリベルトの目の前で、新しく現れた魔物は次々と別の魔物を千切っては投げる。困惑する武芸部の面々はどう対処すればいいかわからず立ち竦んでしまった。
 すると、仲間割れを起こした魔物の姿が縮み、一人の少女に変化する。
「コラコラコラ! 手を止めちゃいかんデスヨ!」
 青みがかった黒髪をサイドテールに結った彼女は、この場にいる全員に向けて叱咤した。
「「「勇者キョウカ!?」」」
 誰のものかわからない驚愕の声が重なる。既にフラフラになっていた平民の少年も目を見開いていた。
 変身魔法かなんかだろうか? よくわからないが、とにかく増援ということには違いない。
「ヒイロっち! 準備はいいデスヨ?」
 勇者キョウカが武闘館を見上げる。そこには白と赤のゆったりとした装束を纏う黒髪の少女が立っていた。
「うおぉおおおおヒイロ様ぁあッ!!」「ヒイロ様だぁあッ!!」「勇者ヒイロ!!」「俺たちのために来てくれたんですね!!」「感激だ!!」「やっぱ胸でけえ!!」「可愛え!!」「ヒャッホー!!」「ヒイロ様が来てくれたならもう大丈夫だ!!」「ちょ!? 侠加ちゃんの時と全然反応が違うデスヨ!?」
 周囲の男性陣から並々ならぬ熱狂の声援が送られる。目をハートマークにしているものまでいて、正直アリベルトはちょっと引いた。魅了魔法でも使っているのだろうか?
「皆さん! 少し下がっていてください! 巻き込まれますよ!」
 勇者ヒイロが言うと、多くの男性陣たちが疑問な顔一つせず指示に従った。困惑していた女性陣や少数派も彼らに合わせて一時撤退する。無論、一人で魔物と戦うなど自殺行為なのでアリベルトも下がった。
「行きます!」
 妙な文字の書かれた紙を空中にばら撒いた勇者ヒイロは、大きな胸の前で両手を絡ませ――

オン! エン! ライ! バク! シュン! テン! ! ゲキ! カイ!」

 一応魔法を習得しているアリベルトでも理解できない呪文を唱えた。ばら撒かれた紙が不自然に空を飛び、武闘館を囲むように上空で円形に整列する。その紙を始点とし、赤く輝く魔法陣が暗天に描かれていく。
「神凪の巫女が奉ります! 神魔撃滅! 雷覇焔らいはえん!」
 瞬間――轟!! と。
 赤い魔法陣から、幾本もの炎の稲妻が地上に降り注いだ。それらは周囲に蔓延っていた魔物だけを的確に貫き、塵も残さず消滅させる。
 圧巻の一言だった。
 こんな魔法は見たことがない。
「流石だねぇ、ヒイロっち! こりゃ侠加ちゃんも負けてられませんな!」
 カラコロと笑った勇者キョウカの体が燃え上がった。比喩ではなく、実際に彼女は燃えている。いやそれも違う。炎そのもの・・・・・となって、勇者キョウカは新たに湧いてきた魔物へと突撃した。
「勇者様に続けぇええええええッ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』
 鬨の声が大気を振動させる。彼女たちが味方だという安心感と心強さが、場の士気を一気に加速させたのだ。
「……勇者か。どこかで奴も戦っているのだろうな」
 自分を打ち倒した勇者の少年を思い浮かべながら、アリベルトも戦場に戻った。

        †

 魔法学部。中央広場。
 ここでは黒魔法科と精霊魔法科が中心となり、押し寄せる花の魔物の群れに応戦していた。魔法学部には前衛として戦える者が少なく、最初はよかったが徐々に戦線が押され始めている。
 そんな炎や氷や電撃が飛び交う戦場に、大沢光とお供のフロリーヌは風に乗って舞い降りた。
「さっそく行きますのよヒカリ様!」
「うん、よろしくフロリーヌ!」
 携帯端末を操作した大沢が炎の槍を、精霊に命じたフロリーヌが風の槍を同時に撃ち放つ。ニ属性の槍は飛翔しながら一つに融合し、相乗効果で威力を跳ね上げて数体の魔物を纏めて貫いた。
「ヒカリ様と初めての共同作業ですのよ! お姉さん感激ですのよ!」
「ふ、フロリーヌ! うっとりしてないで次やるよ!」
「はいですのよ!」
 魔術と魔法の合体攻撃。咄嗟の思いつきだったが悪くはなかった。聖剣として覚醒していない携帯端末だと大沢は神凪緋彩ほど大規模な術式を使えない。けれど、その分だけ速度と連射性に優れているため連携に向いているのだ。
 漫画みたいに上手く合体技が成功してよかった。
「ここをどうにか押し切って、他のみんなのところにも魔法使いの援軍を送れば戦いはかなり有利になるはずだよ」
 恐らく武芸部の主力も一箇所に固まっている。そこと合流さえできれば一気に魔物を蹴散らすことだってできるだろう。
 大沢は――恐らく勇者クラスの中で現状最も力の弱い勇者は、そうすることで戦局を動かそうと懸命に術式を発動させ続けた。

        †

 魔法学部。魔法薬学科付近。
 不自然に浮遊する瓦礫の山が一斉に周辺を徘徊している魔物へと降り注いだ。ぐしゃりと潰された魔物は急所を外していても身動きが取れなくなり、脱出する前に魔法薬学科の生徒や教師が怪しい薬で仕留めていく。
「なんだこいつら雑魚じゃねえか。夏音らはこんなのに苦戦したってのか?」
 なんの情報もない初見に加えて、まともな武器を持っていない〝超人〟と〝術士〟のチームだったという状況は理解している。事前情報を得ていようがいまいが、今枝來咲にとっては魔物に手応えがなさ過ぎたのだ。
 そんな彼女の視界をぴょんぴょん飛び跳ねる白い影があった。
「……にゃ。単純作業」
 猫耳と二股の尻尾を生やした獅子ヶ谷紗々は淡々と魔物を狩り続けている。ほとんどが一撃だ。弱点を教えてもらっているからだが、彼女の言う通り作業感が半端ない。
「あー、早く終わらせてえ」
 ついつい愚痴りながらも、今枝は念動力を集中させた。

        †

 魔法工学科正門前。
 勇者棟から最も離れた区画の最奥にあるこの学部は、武芸部や魔法学部に比べてやけに静かだった。
 いや、別に沈黙しているわけではない。最大の避難所にもなっている魔法工学部は、各方面から逃げてきた人々の不安げなざわつきで寧ろうるさいくらいだ。
 しかし、戦闘音は学部のどこからも聞こえなかった。
 一番遠かったから被害を免れた――のではない。ベルンハードによって解き放たれた魔物群が、人の集まるこの場所を狙わないはずがなかった。
 つまり、間に合ったのだ。
 正門前には魔物の残骸が死屍累々と積み上げられている。そしてその頂上には、鬼神のごとき威圧を放って佇む存在がいた。
「……」
 無言で構える鬼化した辻村は、魔王にも劣らぬ気迫を纏って周囲に睨みを利かせている。それだけでこの学部に魔物が近寄ることはなくなった。
 たまに寄ってくる魔物もいるが、だいたいは辻村を見た途端に怖気づいたように慌てて進路を変えてしまうのだ。もちろん逃がすわけもなく、辻村は一瞬で追いついて魔物を引き裂き、死屍累々の山をまた一段と高くする。
 寡黙な勇者に守られる魔法工学部が、もしかすると最も安全な場所かもしれなかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品