ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

四章 精霊の泉の大騒動(9)

 森の中で戦っているうちに目的地である精霊の泉まで辿り着いてしまったようだ。
 しかし、その美しい景色に見惚れている暇など稜真にはなかった。
「まだ立ち上がるのか」
 拳を握った殻咲・・が〝超人〟の速度で襲いかかってくる。今までは殺さないようにわざと急所を外して戦っていた稜真だが、どんなに叩きのめしても起き上がって攻撃してくる敵に戦術を変えることにした。
 敵が死んでも稜真を殺す気ならば、こちらも同じ覚悟で相手をする。
 元よりあまり加減のできない相手だ。これ以上戦いが長引けば稜真の方が危なくなる。
 殻咲は正気を失っているのか?
 何者かに操られているのか?
 そもそも本当に殻咲本人なのか?
 奴には聞きたいことが山ほどある。だが、会話を試みてもゲヒゲヒとした嗤いを返すだけで全く成立しなかった。誰かが操っているとしても、その操っている者の気配はどこにも感じない。
 この場には、泉の周辺には稜真と殻咲しかいない・・・・・・・・・・
 ――夏音たちがまだ来てないうちにこいつをどうにかしないとな。
 刃を振るい、銃弾を撃ち込む。
 それらを巧みにかわして拳打を叩き込んでくる殻咲。稜真も最小限の動作でかわして蹴りを入れる。その足を掴まれてジャイアントスイングの要領で投げ飛ばされたが、空中で体勢を整えて着地。そこを狙って疾走してくる殻咲に、稜真は日本刀を素振りして斬撃を乗せた風圧を飛ばす。だが獣のような直感で避けられ、風圧は地面を抉り森の木々を斬り裂くだけに終わった。
「チッ」
 舌打ちが漏れる。さらにお互い肉迫しての攻防が続く。
「しぶとい……」
 どうやらまだ戦闘は長引きそうだった。

        †

 精霊の泉っぽい場所に吹っ飛ばされた。
 他に誰もいない・・・・・・・広々とした場所だと戦い易いが、素手で相手をするには些か敵が強過ぎる。
 どうもあの殻咲・・は相楽をすぐには殺さず甚振りたいらしい。さっきからわざと急所を外して戦っていることがその証拠だ。
「舐めやがって……」
 が、それもここまでのようだ。奴の蛮刀・・に本物の殺気が乗った。これから先は一手でも間違えればその瞬間に首を掻っ切られる。
「上等だ!! その下卑た面ぁもう二度と治んねえくらいボコボコに整形してやんよ!!」
 殻咲の蛮刀の一閃を、銃弾をかわして拳を叩き込む。だがやはりそう簡単には当たらない。拳圧で掠り傷程度を与えることしかできなかった。
 相楽は地面を踏み砕いて爆散させる。しかし殻咲は軽快なバックステップで距離を取り回避した。穿たれた大穴に泉の水が流れ込む。
 殻咲は余裕そうにゲヒゲヒと嗤っている。
「このタヌキジジイが、ぜってえ潰してやる!」
 まずは、どうにかして奴から武器を奪った方がよさそうだ。

        †

「どういうこと!? 二人ともあたしたちが見えてないの!?」
 泉の景観が台無しになるほどの熾烈な激闘を繰り広げる二人に、夏音は意味がわからず声を荒げた。
 あの二人は敵同士だったと聞いてはいたが、それは武闘館での決闘でチャラになったはずだ。ついさっきまで昔からの友人のように接していた二人が、どうして本気の殺し合いをしているのか。
「リョウマ様! やめてください! リョウマ様!」
 シェリルも必死に呼びかけているが、稜真も相楽も聞こえていないのか見向きもしない。
『彼らは魔の者の幻惑魔法に囚われている』
 夏音たちの頭に精霊の声が響く。
『恐らくはお互いがお互いを別のなにか――敵として認識しているのだろう』
「幻術ということですか? だとすれば、二人を気絶させるか術者を見つけて倒すしか……」
 困苦の表情で緋彩が言う。稜真と相楽の戦いに割り込むことは容易ではないし、術者は一体どこにいるのかわからない。どう対処すべきか非常に難しい状況だった。
 今枝が舌打ちする。
「迷ってる暇はねえぞ。早く止めねえとどっちかが死ぬぞありゃあ」
「……にゃ。あなたにも術者の居場所はわからないの?」
 紗々が精霊に訊くが、それがわかれば彼女だってとっくに教えているはずだ。
「やっぱりダメだ。魔術の発信元を探知する術式を走らせてみたけど、魔法は適用外だよ」
 携帯端末を操作しながら大沢が苦い顔をする。ここには優秀な〝術士〟が二人もいるが、対魔法用に新しく術式を組まないことには意味がなさそうだ。
「こうなったらみんなであの二人を抑えるわよ! 二人にはあたしたちが見えないようだし、これだけ実力者が揃っていればちょっと怪我するくらいで済むはずよ!」
 言いながら夏音は狙撃銃を取り出した。弾数は残り少ないが、あの二人の足を撃つ分くらいなら残って――

「……不要だ……」

 聞こえた声は一瞬、誰のものかわからなかった。
 夏音の横を人影が駆け抜ける。何度目かもわからない衝突をしようとしている霧生稜真と相楽浩平。そこへ向かう後姿は――
「辻村くん!?」
 だった。
 糸目を開き、角と人魂を出現させた〝妖〟の姿で〝超人〟二人の争いに割り込んだ辻村は――ガシッ。衝突寸前だった稜真と相楽の顔面を鷲掴みにする。
 そして――ドゴォン!!
 両腕の人間離れした膂力で、二人を思いっ切り地面に叩きつけた。
「かっ……」
「がっ……」
 吐血して呻いた稜真と相楽は、白目を剥いて陥没した地面に横たわった。ピクピクと僅かに痙攣する二人が今の一撃で意識を失ったことは明白だった。
「これが『鬼』……すごい」
 まさに一瞬のできごとだった。誰もが飛び込むことを躊躇うほどの激闘を、たった一人であっさり鎮圧してみせたのだ。恐らく、戦闘能力において勇者クラス最強は間違いなく辻村だろう。
「……にゃ。見つけた」
 紗々がいつの間にか出していた猫耳をピクリとさせた。それから傍にいた今枝の袖を掴んで虚空を指差す。
「……來咲、あの辺りに感情の揺らぎがあった。たぶん、今ので敵が動揺した」
「よし! ナイスだ紗々! 意外と近くにいやがったんだな!」
 歯を剥いて笑う今枝が紗々の指差した付近の空間を念動力で圧縮する。ぐにゃっと歪んだ空間から舌打ちのような音が聞こえ、今まで見えなかった『敵』がその姿を現した。
 そいつはいかにも怪しげなフード付きローブで顔を隠していた。今枝が圧縮している空間の真横に現れたたため彼女の攻撃は避けられてしまったようだが、それでも隠蔽魔法が解けるくらいには焦ったようだ。
「おやおや、見つかってしまったようですね」
 粘っこく絡みついてくるような男の声だった。
「あなたが魔人ね? 勇者の首でも狙いに来たの?」
 夏音が狙撃銃の銃口を向けると、男はクツクツと嗤って口を開く。
「いえいえ、今回はただの様子見のつもりです。まあ、あわよくば同士討ちでもしてもらおうと思っていたことは否定しませんがねぇ」
 慇懃な口調に虫唾が走った。夏音は次の質問をせず無言でトリガーを引く。威嚇でもなく脳天に風穴を開けるつもりで射出した弾丸は、しかし翳された二本の指の間に挟まれて受け止められた。
「なっ!?」
 その指は爪が長く、青い肌をしていた。
「ククッ、いけませんねぇ。そんなオモチャじゃ私に傷をつけることなんてできませんよ」
 魔人は指の力だけで銃弾を潰して捨てると、ローブの中からなにかを取り出した。
「お返しに少し遊んであげましょう」
 それは禍々しい紫色をした植物の種だった。
 魔人は三つの種を適当に放り投げる。すると種は即座に芽吹き、周囲の草花を枯らしながらあっという間に成長した。
 先程まで夏音たちが戦っていた、花の魔物に。
「ひえっ!?」
「ひ、ヒカリ様はわたくしの後ろに!」
 稜真と相楽を治療していたシェリルが腰を抜かし、フロリーヌが足を震わせながらも大沢を庇う位置に立つ。
「フロリーヌこそ下がってて」
「みんな気をつけて! あの魔物、かなり強いわよ!」
「チッ、三体もいんのかよ」
「うひゃあ、これは侠加ちゃんもビックリなキモさデスヨ」
「戦うしか、ないようですね」
「……戦闘開始。にゃ」
「……」
 戦える者が戦闘態勢を取る中、花の魔物は根っこを足にして迫ってくる。一体でも異常なプレッシャーを感じたのに、三体もいてはその迫力も三倍である。
 魔人が愉快そうに高々と哄笑する。
「クハハ! 聖剣も使えぬ勇者様が魔物をどう蹴散らすか見物ですねぇ!」

「なら、聖剣を使える勇者の参戦って展開はどう?」

 一陣の風が吹いた。
 銀光を閃かせる赤い影が三体の魔物を擦り抜け、夏音たちの目の前に立った。
 この場の人間を殲滅しようとしていた花の魔物が三体とも動きを止める。そして数瞬後、苦しげな断末魔を上げて呆気なく斬り崩れた。
 一瞬で魔物を屠ったのは、身幅の広い大剣二本を構えた赤髪の女性。
「こそこそと隠れてこんな場所で勇者の卵たちを襲おうだなんて、そんなに私が恐かったのかな?」
 初代勇者――舞太刀茉莉は凛とした笑みを魔人に向けた。
「「「茉莉先生!?」」」
「「ゆ、勇者マツリ様!?」」
 想定外の人物の登場に勇者クラス一同は驚き、お世話係二人も別の意味を含んで瞠目した。
「君たちは後で説教よ!」
 言うと、舞太刀茉莉は視線を鋭くさせて魔人を睨む。
「現れましたね、勇者マツリ」
 だが、魔人は予想の範疇だとでも言うように落ち着き払っていた。
「本来ならあなたが現れてから私も姿を見せるつもりだったのですがねぇ」
「ふふっ、うちの生徒が優秀でごめんなさいね」
「まったくですよ」
 魔人がフードを取る。青い肌に白い髪をした、端整な顔立ちの美青年だった。その額には切り傷と思われる古い傷跡があり、魔人の青年は指でそこを示しながら粘っこく告げる。
「勇者マツリ、この私の顔を忘れたとは言わせませんよ」
「ああ、ごめんなさい。魔王軍の幹部未満は顔も名前も覚えてないの」
「……」
「……」
「……」
「……まあ、いいでしょう」
 流した。
「ならば覚えておきなさい。私は新生魔王軍の幹部が一人、『幻悪』のベルンハード。彼の『現夢の魔王』には足下にも及びませんが、私の幻惑魔法の威力はそこでくたばっている彼らが身を持って知っていますよ」
「うわぁ、二つ名とか名乗っちゃいましたよ。侠加ちゃん的にたぶんあの人右手になにか宿してると思うデスヨ」
「や、やかましい!? 私が自分でつけたわけではないのです!?」
 自分で言って恥ずかしいらしい。ずいぶんと人間臭い魔人である。
「前の魔王軍もそんな感じだったから私にとっては今さらだけれど、あなたの名前は覚えることにするわ。これからゆっくりじっくり拷問を楽しむ仲になるのだからね」
 嗜虐的な笑みで口元を歪める舞太刀茉莉。勇者の台詞とは思えなかった。
「そう簡単に捕まるようならば、私はこの場にいませんよ。勇者マツリ、あなたの実力は嫌というほど思い知らされていますからねぇ。――詰めが甘いことも」
 ニヤリとベルンハードが笑った。
 途端、地面から魔物の根っこが出現。暴れ狂う根っこは夏音たちに対処する暇も与えず強襲を仕掛ける。
 倒れている稜真と相楽、そして二人を介抱していたシェリルに。
「まずっ……!?」
「少々数が多いので減らせるところから減らしておきましょうかねぇ!」
 暴力的な根っこが迫る。
 シェリルが悲鳴を上げる。
 全てを粉砕するがごとく振るわれた根っこの一撃が、無力なシェリルたちを紙屑同然に薙ぎ払う――ことはなかった。
 ザシュッ! と。
 シェリルの前に飛び出した霧生稜真が、刃の一振りで根っこを斬断したのだ。
「リョウマ様!」
 シェリルが感激の声で勇者の名を呼んだ。魔物の根っこを斬った稜真は彼女に振り向くことはしなかったが、代わりにもう一人の勇者に呼びかける。
「相楽!」
「おうよ!」
 応えた相楽浩平は天高く飛び上がり、ダイナミックな踵落としで魔物の根っこの残りを踏み潰した。
「神凪さん! 炎は使える?」
「はい! 得意分野です!」
 魔物の残骸が炎上する。大沢と緋彩が起動させた炎の術式は、一瞬で塵芥も残さず魔物の残骸を焼失させた。
「これは意外でしたね……」
 忌々しげに呟く魔人ベルンハード。稜真と相楽はありったけの敵意を込めた視線で彼を睥睨する。
「俺たちに幻術をかけたのはあんたか」
「霧生を殻咲に見せるとか、性格悪ぃことしやがるな」
「え?」
 相楽が口にした苗字に夏音は心当たりがあった。
 ――殻咲って……?
 いや、夏音だけではない。この場にいる勇者クラスの全員がなにかしらの反応を示した。
 全員が知っていても不思議はない。殻咲と言えば、元の世界で頭のおかしいことを唱えていた政治家だ。表の世界の一般人にだって広く知れ渡っている。
 ――あの殻咲隆史が関係しているの?
 夏音はこの世界に召喚される直前まで、別の政治家からの依頼で殻咲の調査を行っていた。あの時、目の前で友人がトラックに撥ねられそうになったのが故意だとすれば……ようやく、繋がりが見えてきた。
 たった二週間で九人も勇者が召喚されたこと。
 その勇者クラス全員がトラックに轢かれていること。
 これだけの実力者がそんなマヌケな死に方をしていること。
「やはり、もっと早く気づくべきでしたねぇ」
 魔人が表情を酷薄に歪める。

「私が彼に殺させた向こうの世界の人間が、まさか勇者として召喚されていたなんて思いませんでしたよ!」

 衝撃が走る。
 全員が驚愕に目を見開いた。 
「なんのためにそんなことを? あなたは向こうの世界に行く方法を知ってるの?」
 夏音が訊くと、ベルンハードは自慢でもするように嫌らしく笑いながら事実を告げる。
「魔族には次元を渡る術があるのですよ」
 舞太刀茉莉が十年探して見つからなかった方法は、彼女がその手で殲滅した魔族の中にあった。これはなんたる皮肉だろうか。
「なんのためにかと言えば、決まっています。新たなる魔王を選定するためです。一人の魔王を選ぶために、九人の勇者を生み出してしまったことは大誤算ですが……」
 パチン、とベルンハードが指を鳴らす。彼の背後に禍々しい気配を漂わせる巨大な魔法陣が出現した。
『!?』
 身構える勇者たちに、ベルンハードは両腕を大きく開いて声高に告げる。

「紹介しましょう。我らが新たなる主――〝魔王〟カラザキ様です!」

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