ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

四章 精霊の泉の大騒動(8)

 稜真を追うことは無理だと判断した夏音たちは、ひとまずBチームと合流することにした。
「ここが精霊の泉です」
 シェリルの案内のおかげで泉には迷わず辿り着けた。
「わあ」
「へえ、思ってた以上に綺麗なところね」
 森の中にあるから小さな泉かと思えば、湖と呼べるほどの規模だ。エメラルド色の水面は陽光を神秘的に反射し、ところどころで水が湧いているらしくコポコポと澄んだ音が聞こえる。泉は擂鉢状になっているようで、中心の方は底が全く見えない。
 精霊どころか、斧でも落としたら女神が現れそうな泉だった。
 と――
「ご無事ですのよヒカリさまぁああああああああああああああああああっ!?」
 泉の反対側から金髪ソバージュの少女が猛ダッシュで迂回してきた。どうやらBチームも夏音たちとほとんど同じタイミングで泉に到着したらしい。
「ああ、ヒカリ様ですのよ! ちゃんと生きてますのよ!」
 血相を変えたフロリーヌ・ド・ベルモンドは夏音やシェリルには目を向けず、大沢に飛びついてぎゅむっとその豊かな胸に抱き寄せた。
「むごっ!?」
「ヒカリ様、リリから聞きましたのよ。魔物が現れたそうですわね。もう大丈夫ですのよ! ヒカリ様に害なすゴミ虫はお姉さんが全て駆逐してあげますのよ!!」
「むごごっ!?」
「あの、フロリーヌ様、そろそろ放してあげないと勇者ヒカリ様が苦しんで――」
 過激なハグで大沢を窒息させつつあるフロリーヌをシェリルが止めようとした時、森の中から凄まじい轟音が響いた。
 衝撃で木々が薙ぎ倒され、鳥たちが一斉に逃げ飛んでいく。
「なんなのよ、もう……」
 夏音は音がした方向、自分たちが来た方の森を見て顔を顰めた。これが一回目ではないのだ。稜真がどこかに走り去ってからというもの、今みたいな衝撃音が頻繁に発生している。
「おい夏音、ありゃ一体なにが起こってんだ?」
 怪訝そうな表情をした今枝來咲を筆頭にしてBチームの面々が集まった。
「……にゃ。誰かが戦ってる?」
「霧生さんと相楽さんの姿が見えませんが……?」
「……」
 眠そうな半眼で森を見詰める獅子ヶ谷紗々に、不安そうに辺りを見回す神凪緋彩。辻村は相変わらずだんまりだったが、糸目の片方を見開いてやはり森の方に視線を向けていた。
「魔物ってのと戦ってるんデスヨ?」
 夜倉侠加が首を傾げる。彼女たちの様子を見る限り、Bチームは魔物と遭遇しなかったようだ。Aチームの側にだけいて、今も稜真たちが戦っているとするならばなんとも運が悪い。
 ただの偶然なら、だが。
「わからないわ。稜真くんと浩平くんがなにかと戦ってることは確かだと思うけど……」
 夏音の視覚は数十キロ単位だが、それでも超能力的な千里眼ではない。遮蔽物があれば見えないし、薄暗ければ見えにくくなる。もっと見晴らしのいい場所から俯瞰しない限り、森の中で起きている事象の詳細を掴むことは難しい。
「でしたら、精霊に訊いてみればよろしいのよ」
 大沢を放したフロリーヌはそう言うと、夏音たちの反応も待たず泉の方へと身を向けた。
「なにをする気、フロリーヌさん?」
 夏音が問いかけるが、フロリーヌは無視して静かに瞼を閉じ、一つ深呼吸をする。

「深き蒼に眠る偉大なる主よ。我は契約の資格を持つ者。此の呼びかけに応じるならば、清らかなる御身を我が前に顕し賜え」

 フロリーヌが落ち着いた声で言葉を紡ぐ。今もなお森の方では爆音が轟いているが、彼女の言葉は不思議と鮮明に聞こえた。
 これまで物静かだった泉に異変が起こる。水面が風もなく波立ち、次第に荒れ、中央部には巨大な渦まで発生した。
 渦の中からなにかが浮上してくる。
 それは女性の形をした流水・・だった。頭から爪先へと絶え間なく流れる水は、どうなっているのか足下から先には零れ落ちることなく消えている。
「もしかして、アレが泉に住むすごい精霊?」
 窒息から回復した大沢が、浮遊したままこちらの方へと移動してくる精霊を見て呟いた。
「そうですのよ、ヒカリ様。わたくしたちは『泉の主』と呼んでいますのよ。精霊魔法科で彼女を呼べる者はわたくしを含めて三人だけですのよ」
 契約に成功した者はいませんが、とフロリーヌは苦微笑しつつ補足した。
「オゥ! フロリっちって実はすごい精霊使いさんデスヨ?」
「ふふん、当然ですのよ勇者キョウカ。わたくしは勇者召喚に成功した魔法使いの一人ですのよ?」
 尊大に胸を張るフロリーヌ。だが別に誇張ではない。勇者召喚は本来学生が使えるはずもない高度な魔法だ。並の魔法使いでは学生でなくても成功なんてしないだろう。フロリーヌと違って本人はひたすら謙遜するが、そこにいるシェリルだって間違いなく優秀な魔法使いなのだ。
 話している間に精霊が目の前までやってきた。『泉の主』は流水の顔で全員を見回し、最後にフロリーヌを見据える。
『フロリーヌよ。事情は言わずともわかっておる』
「え? なにこれ、テレパシー?」
 夏音は片手で頭を押さえた。精霊の言葉は直接頭に語りかけられるような感覚だったのだ。
「それなら話が早いのよ。この森でなにが起こっているのか教えてもらえませんのよ?」
『その前に、我から人間たちに伝えねばならんことがある。今起きている事態にも関係することだ』
「私たちに伝えたいこと……?」
 シェリルが不安げに表情を曇らせた。話を聞くには心の準備が必要そうだったが、『泉の主』は構わず淡々とその事実を夏音たちに告げる。
『気をつけよ。この学園に魔の者が入り込んでおる』
「魔物のことね」
 夏音は先程戦った花の魔物を思い出す。聖剣を覚醒させた稜真があっさり倒してくれたが、もしその奇跡が起こらなかったら夏音たちAチームは確実に全滅していた。
 夏音の答えに『泉の主』は流水の顔を横に振った。
『否。我の言う魔の者とは強い力を持つ魔人のことだ』
「ま、ままま魔人がこの学園に!?」
「……魔物とどう違う? にゃ?」
 目を回すほど狼狽するシェリルに紗々がキョトリと小首を傾げる。
『魔物は奴らが連れてきた獣に過ぎん。我らと同じく高度な知能を持つ魔族が魔人だ』
 紗々や辻村みたいな〝妖〟に近い感じなのだろうと夏音は予想する。
「じゃあ、稜真くんと浩平くんはその魔人と戦ってるってこと?」
『それは――』
 精霊が言いかけた時だった。
 泉のすぐ近くで轟音と共に木々が薙ぎ倒され、なにかが砲弾のように吹っ飛んできた。それは地面をバウンドしつつ転がり、泉に落ちたかと思えばすぐに立ち上がった。
「クソがっ!? てめえどこでそんな力手にしやがった!?」
「浩平くん!?」
 吹っ飛んできたのは行方不明になっていた相楽浩平だった。上半身裸な上に血塗れになっている彼は、夏音たちに気づいていないのか森の中に向かって咆える。
「出てきやがれ! ここでてめえを潰してやんよ!」
 パキリと小枝を踏み砕く音がし、薙ぎ倒された木々を跨ぎ越えるようにして相楽の戦っていた相手が飛び出してくる。
 ――えっ?
 夏音だけでなく、この場にいる相楽以外の全員が呆然とした。
「歯ぁ食い縛れッ!!」
 相楽が拳を握って飛びかかる。対する森から出てきた相手も、右手に日本刀・・・・・・左手に拳銃・・・・・を構えて同じように突進する。
「お前がなんなのか知らないが、そっちがその気ならこっちもその気で行かせてもらう!」
 霧生稜真と相楽浩平は、まるでお互いが怨敵だとでも言うかのように激突した。
「なんで……」
 衝撃波に顔を庇いながら、夏音は叫ぶ。
「どうして稜真くんと浩平くんが戦ってるのよ!?」

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