ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

三章 聖剣は簡単に使えない(6)

「みんな忘れちゃったの? ボクたちがさっきなにを生み出したのか」
 大沢はそう言ってタッチパネル式の携帯端末を取り出した。
 聖剣だ。
「いや、ハリセンと輪ゴム鉄砲でどうしろと?」
「そうよ、水鉄砲でアレを消火しろっていうの?」
「オレなんてピコピコハンマーだぞ?」
 口々に自分の聖剣の不満を垂らす稜真たちに、大沢はいつになく自信に満ちた笑みを浮かべ、携帯端末を操作する。
「まさかと思ってやってみたんだけど、これ、使えるんだよ」
「いやいや、大沢くん気は確か? この状況で電話やメールができてどうすんのよ? 助けでも呼ぶつもり?」
 電話をかける相手もいない異世界でそんな機能は使えても意味がない。本当に。
「そうじゃなくって、これはボクの『杖』になるんだ」
 大沢は携帯を操作しながら、
「ボクも神凪さんと同じ〝術士〟。だけど術式を組むには電子演算機が必要なんだ。プログラム化した術式をコンパイルし実行する。本当はパソコンとかもっとスペックのいい機械がよかったんだけど、この端末でもある程度の術式は組めるみたいでよかったよ」
「あっ、まさか大沢は……」
 それは普通なら相容れることのない科学を基盤とした新世代の魔術。扱う〝術士〟の絶対数が少ないため稜真も話でしか聞いたことがない。
「電脳魔術師」
「正解だよ、霧生くん。正直、ボクはこの世界じゃ役に立てないと思ってたんだ。でも、『杖』が手に入ったからにはみんなと同じように戦える」
 自分のことくらい自分で護れるんじゃないのか?
 そう訊ねた時に大沢が陰った表情をした理由を稜真は今ようやく知った。大沢にとってあの携帯端末は〝術士〟として必須のアイテムだ。それがなければ一般人と変わらない。そこが自分の肉体が武器になる〝超人〟〝異能者〟〝妖〟と〝術士〟の決定的に異なる部分である。アナログの緋彩はこの世界でも護符を作ることができたようだが、大沢はそうじゃなかったのだ。
「見てて」
 この短時間で術式プログラムを組み上げたらしい大沢は、画面を操作して最後に中央部をタッチ。すると次の瞬間、巨人戦士に変身した侠加と押し合い圧し合いしていた炎の巨人の頭上に、青色に輝く魔法陣がいくつも展開された。
 魔法陣から大量の水が滝のごとく流れ落ちる。侠加は即座に対応して後ろに下がったが、炎の巨人はその大質量の水を思いっ切り浴びてしまった。
 じゅわああああああぁ! 一瞬で蒸発した水が水蒸気となって視界を白く染める。
 その中で、巨人はまだ動いていた。
 だが、その巨体に纏う炎は半分以上が消化されている。ほとんど土塊と化した巨人はどことなく苦しそうにもがき、闇雲に巨腕を振るっていた。
 稜真は右手に握るハリセンに視線をやる。
「聖剣……見てくれはこんなんでも、ちゃんと戦いには使えるんじゃないか?」
 たった今、大沢がそれを証明した。
「いよっしゃあっ! そうとわかれば行くわよ稜真くん! 浩平くん! お荷物扱いはここで返上してやるわ!」
「ああ!」
「おうとも!」
 夏音が水鉄砲を構え、稜真と相楽が左右から巨人に肉薄する。暴れる巨人の腕を掻い潜り、極限まで接近して各々の聖剣を振るった。
 ペチッ! 
 ピュッ!
 ピコッ!
「「「ダメじゃん!?」」」
 三人声をハモらせて絶叫する。聖剣での攻撃は愉快な音が鳴っただけで巨人を欠片も削ることができなかった。夏音の水鉄砲なんて届いてすらいない。
 巨人が虫を払うように腕を薙ぐ。稜真たちは舌打ちをして飛び退った。
「どういうことよ大沢くん!?」
「ご、ごめん! ボクがたまたま聖剣を利用できただけだったみたい!」
 よくよく思えば大沢のやったことは聖剣の力じゃない。大沢自身の〝術士〟としての技量だ。携帯端末で術式を組んで発動させただけに過ぎない。
「マズいわ。巨人に炎が戻ってきた」
 夏音が苦々しく奥歯を鳴らす。向こうでは緋彩が「鎮まりたまえ! 鎮まりたまえ!」と頑張っているが、そっちは期待できない。今枝と侠加と大沢が応戦していればそのうち倒せるだろうが……。
「倒すなら早い方がいいな」
 今のところグラウンドだけで済んでいるが、時間が経てばそれだけ被害は拡大する。
「相楽! もう直接ぶん殴るぞ!」
「ああ、最初からそうすりゃよかったんだ!」
 炎さえ弱まっていればさっきのように接近できる。あとは武器なんかなくても〝超人〟の力を遠慮なくぶつければいい。
 稜真と相楽が同時に地面を蹴る。
 と、稜真たちを追随する二つの影があった。〝超人〟の速度に余裕でついてくる二人は――
「……にゃ、手伝う」
「……」
 獅子ヶ谷紗々と辻村だった。
「お前ら……」
 稜真が言いかけたところで、僅かに炎を復活させた巨人が拳を振り下ろしてきた。〝超人〟の速度にも自動的に反応できるように式が編まれているようだ。稜真たちは左右に散ったが、辻村だけが拳の直撃コースに残った。
「辻む――ッ!?」
 逃げ遅れたのかと焦りそうになった稜真だが、そこで見た光景に別の意味で絶句した。
 辻村は隕石の落下にも等しい巨人の拳を受け止めていたのだ。
 片手で・・・
「……」
 糸目を僅かに見開いた辻村は、人ならざる姿をしていた。いや九割は元の姿のままだが、その額からは二本の角が生え、口からは牙が覗き、爪が鋭く伸び、そして人魂に似た青白い炎を纏っていた。
 その姿はまさに――
「〝妖〟……辻村の奴『鬼』だったのか!?」
 相楽も瞠目する。鬼――それも退治物の昔話で語られるような位の低い悪鬼とは違う。あの存在感と力の波動は、神話レベルと言っても過言ではない。
「……余所見は禁物」
 小柄な白い影が飛び出した。獅子ヶ谷紗々は辻村が受け止めた巨人の腕をスタタタタっと軽快に駆け昇っていく。
 頭から獣の耳を、腰から二本の丸っこい尻尾を生やした〝妖〟の姿で。
「ね、『猫又』って……紗々ちゃん本当に猫だったの!?」
 遠くで夏音が愕然として巨人を駆け昇る紗々を見上げていた。
「……柔い。にゃ」
 巨人の肩で立ち止まった紗々は――シャキン。そんな効果音が聞こえそうな仕草で片手の爪を広げた。
 刹那、彼女の駆け抜けた巨人の腕が微塵に切り裂かれてバラバラと崩れ落ちた。
 人間よりも高位の存在である〝妖〟は、超人的身体能力に加えて『妖術』と呼ばれる特殊能力まで持っている。〝超人〟〝異能者〟〝術士〟、それらを合成したハイブリットな存在だと思って間違いではない。できれば敵に回したくない相手だ。
「――ってなにぼんやりしてんのよ二人とも!? これじゃあたしたち完全に引き立て役じゃない!?」
 未だ『現状役立たず』のレッテルを払拭できていないことに夏音がお冠だった。拳で殴る戦法を取れない彼女が一番残念なのだが、それを口にすれば後が恐いのでやめておく。
 と、隻腕となった巨人がぐらついた。今枝が巨人の足元に念動力を集中させたのだ。
「侠加、今だ押さえろ!」
「へい、お任せデスヨ! あ、じゃなかった――ジュワッ!」
 普通に喋れるなら言い直さないでほしい。
 侠加がサブミッションをかけて巨人の動きを封じる。
「ほら今よ! 稜真くん、浩平くん、さくっとトドメを刺しちゃいなさい!」
「つかてめえ龍泉寺! さっきからなんでオレらの指揮官みてえになってんだよ!?」
「噛みつきたいのはわかるが後にしとけ、相楽」
「わーったよくそっ!」
 稜真と相楽は改めて、侠加に間接を極められて「ギブ! ギブ!」と言うようにジタバタしている巨人へと突進する。ロケットが発射台から撃ち出されたような加速で間合いを詰めた二人は、拳を硬く握って腕を引き――
「はぁッ!!」
「らぁあッ!!」
 同時の一撃で巨人を胸部から粉々に粉砕した。〝超人〟二人による衝撃の威力は、巨人を封じていた侠加が「ダァッ!?」と悲鳴を上げながら後ろにゴロゴロと転がって行くほどだった。
 流石に再生能力までは備わっていないようで、ただの瓦礫となった巨人に復活の気配はない。
「終わった……のかしら?」
 静謐さを取り戻したグラウンドに夏音の呟きが浸透する。元の姿に戻った侠加も輪に加わり、ひとまず全員が胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった。一時はどうなるかと思ったぜ」
「これも全部あたしの指揮の賜物ね!」
「いやてめえは実際なんもしてねえだろうげふっ!?」
「やーね、なんか言ったかしら浩平くん?」
「ヤハハ、勇者クラス初の共同モンスター討伐は成功ってことデスヨ! みんなもっとテンション上げてこうよ!」
「あの、モンスターって……私の召喚した式神ですが」
「おい緋彩、制御できねえならもうあんなん出すなよ。ウチらが疲れる」
「で、ですから向こうの世界だったらちゃんと言うこと聞いてくれたんですよぅ!」
「俺は〝超人〟だからわからないが、こっちの世界ってそんなに〝術士〟にとってやり難いのか?」
「ボクはそうでもなかったけど、あーいう術式は『場』の力が諸に影響するからね」
「……にゃ。お腹すいた」
「……」
「まあ、とにかくアレよ。あたしたち勇者クラスが一段階結束できたってことで。これにて一件落着ね!」
 緊張が途切れ、稜真たち勇者クラスは思い思いの感想を口にしていた。このクラスは非常人――それもとんでもないレベルの人間ばかりだったが、根本的なところは普通の少年少女と変わらない。仲間としてやっていけるだけの信頼は見えた気がする。
 もっとも、ボディーガードとしての技術を培った稜真は、他人を無条件でどこまでも信用できるほどのお人好しではないが……。
 それでも、このクラスは稜真にとって気の置けない居場所になりつつあった。
「あれ? そういや、なんか忘れてるような……」
 ふとなにかが稜真の頭の隅っこに引っかかったその時――

「勝手に盛り上がっているのは結構だけれど」

 ぞわっ。
 静かな、しかし確実に耳に響く冷たい殺気を孕んだ声音に全員の背筋が凍りついた。
「君たちは、先生がちょっと外してる間に一体なぁーにを騒いでいたのかなぁ?」
 振り返る。
 茉莉先生が片眉をピクつかせながら、不機嫌そうに腕を組んでグラウンドを見下ろしていた。彼女の後ろには勇者たちがドッカンドッカンやっていたせいか、武芸部の野次馬たちがぞろぞろと溢れ返っている。
「とりあえず、君たちグラウンド千週ね。あとちゃんと整備しておくこと。いいわね!」
 本当の地獄はこれからだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品