ようこそ!異世界学園勇者クラスへ
二章 お世話係はいりませんか?(10)
結局夕食時になっても相楽は戻ってこなかったので、仕方なく、本当に仕方なーく彼を抜きにして勇者クラスは大広間で食事を取った。
食事はお世話係が当番制で作ることになっているらしく、今日はシルヴィオの番だった(だから彼は勇者寮にいた)。彼は新人お世話係のシェリルに仕事を教えながら、貴族のボンボンとは思えない巧みな調理技術を披露して次々とテーブルに料理を並べていった。
「ムフフ。聞いたよ、リョウマっち。武芸部ではご活躍だったそうだね」
「あたしも活躍したんだけど?」
「〝超人〟同士が戦って、大丈夫だったのですか?」
「暴れるのは勝手だが、ほどほどにしとかねえと死人が出るぞ」
「ていうか龍泉寺さん酷いよ! ボクずっとフロリーヌに捕まってたんだよ! ボクも霧生くんたちの試合見たかった!」
「オホホ、なんのことかしら?」
「あ、大沢、その件についてなんだが……」
「……にゃ。お肉おいしい」
「……」
「あーくそ、やっと泣き止んでくれ――っててめえらオレのメシは!?」
武闘館での決闘は既に話題になっていて、食事時のほとんどはその話で持ち切りだった。
そして夜は更け、騒がしかった勇者寮にも静けさがやってくる。
稜真に割り当てられた部屋は一〇五号室――一階の角部屋だった。余裕で剣の素振りができそうほど広いリビングに小キッチン。風呂とトイレは別で、寝室にはふかふかの高級そうなベッドがあった。
さらには専属のメイドさん付き。
そこがおかしい。
「あの、シェリルさんはなぜここにいるんですか?」
リビングのソファに腰かけた稜真の目の前では、制服にエプロン姿をした蒼銀ツインテールの少女がちょこんと正座していた。
「私はお世話係ですから。あ、これ学園から支給されたリョウマ様のお着替えです」
すっと差し出されたそれは、稜真が今も着ているブレザーやズボンと全く同じものだった。
「うん、ちょっと待って。なぜ同じ物がある?」
これは稜真が元の世界で通っていた高校の制服だ。この世界に同じものが存在するわけがない。だというのに、そこには確かに同一の制服が何着も揃えられていた。
「リョウマ様がお目覚めになられる前に学園の方で検査が――」
「はいストップ。それ以上聞いたら不幸になりそうな気がする」
要するに学園が稜真の服装をチェックして複製したのだろう。そこだけ理解できれば後は知らない方が幸せだ。
「振り出しに戻るけど、シェリルはいつまで俺の部屋にいるんだ?」
『ずっと』とか言われたら稜真は今すぐ学園長に抗議しに行く所存である。
「リョウマ様がお休みになられるまで……のつもりですが?」
「いや、それだと学園の敷地内とはいえ、女の子を夜一人で帰らせるってことになって危ないと思うんだが」
「あ、大丈夫です。私たちお世話係の寮は隣ですから。渡り廊下でこの勇者寮とも繋がっています。ですので、なにかあればすぐに駆けつけられますよ」
「ホントに住み込みの使用人みたいだな……」
「はい。魔法学部の寮から引っ越しもありましたが、それはリョウマ様を召喚してすぐに済ませました」
可愛らしく握り拳を作ってみせたシェリルは、もう稜真とはかなり自然に話ができるようになっていた。まだ出会って一日と経過していないが、恐らく夏音や他の勇者たちがよくしてくれたからだろう。
「わかった。じゃあ、俺はもう風呂に入って寝るから、シェリルは自分の部屋に戻っていいよ」
「お風呂……ですか? えっと、その……リョウマ様がお望みでしたら、私がお背中をお流しします」
「は?」
ぽっと頬を赤らめたシェリルがなにを言ったのか、稜真は理解できなかった。もとい、理解したくなかった。
「あの、シェリルさん? なにを言っているの?」
彼女が本物のシェリルかどうかというところから疑い始めた稜真である。
「え? でも、男の人はそうすると喜ぶと――」
「その発想ホントにこの世界の文化か?」
「勇者カノン様と勇者キョウカ様が」
「やっぱりあいつらか!? うん、なんか知ってた」
明日の朝一で「昨夜はどうだった?」とかニヤけた顔で聞いてくる姿がありありと浮かんだ。まだ会って間もな過ぎるのに……。
稜真は肩を落として溜息を吐いた。
「そういうのはいいから。シェリルも疲れてるだろ? 今日はもう休んだ方がいい」
「……ううぅ、わかりました」
心なしかしゅんとした様子のシェリルはゆっくりと立ち上がり、稜真に一礼してからドアの方へと歩いていく。
「あ、リョウマ様」
ドアを開け、彼女は出ていく前に思い出したように振り向いた。
「今度でよろしいので、リョウマ様の世界のお話を聞かせていただけませんか? その、リョウマ様のことをもっと知りたいので……あ、もちろんお世話係としてです!」
なにに対しての念押しかはわからないが、そこにはただの興味本意ではない真剣さを稜真は感じた。
「いいよ。異世界に来たんだ。俺に隠すことなんてないしな」
「や、約束ですよ!」
最後に可憐な笑顔を咲かせたシェリルは、気持ちルンルンとした雰囲気で退出していった。
彼女の気配が遠ざかっていくことを確認してから、稜真はソファから立ち上がって浴室へと向かう。
足を伸ばせる広さの浴槽があるのは、果たして元々の文化なのか、それとも日本人ばかりの勇者を考慮してのことなのか。決して新築ではない勇者寮や使い方を説明したシェリルの様子を鑑みるに、前者だと推測する。風呂は肩まで浸かりたい派の稜真にとっては嬉しい文化だ。
だが今日はシャワーで済ますことにした。のんびり風呂、という気分ではなかったのだ。
――これからどうなるんだろうな、俺。
不安はあるが、少なくともこの学園にいるうちは生活に困ることはなさそうだ。学園の文化水準が割と現代に近いことも正直かなり助かっている。このシャワーだって、お湯を沸かす燃料がガスか〈魔力結晶〉の違いくらいだ。
しかし、学園での生活も永遠ではない。
いつかは決めないといけない。
なにを? というところから今はまだわからないが……。
「ん?」
体を洗っていて気づいた。
左胸――心臓のある位置に小さな痣ができていた。
「なんだ、これ……?」
ただ青黒くなっているのではない。どう見ても五芒星にしか思えない紋様は、痣というよりは刺青だった。
触ってみるが、特に痛みがあるわけでもなかった。
事故や戦闘でできる痣とは違う。
「……俺、学園に体を検査されてるんだっけ?」
もしやその時になにかされたのではないか?
そんな恐ろしい不安を抱えながら、稜真の異世界での初日は終わりを迎えた。
食事はお世話係が当番制で作ることになっているらしく、今日はシルヴィオの番だった(だから彼は勇者寮にいた)。彼は新人お世話係のシェリルに仕事を教えながら、貴族のボンボンとは思えない巧みな調理技術を披露して次々とテーブルに料理を並べていった。
「ムフフ。聞いたよ、リョウマっち。武芸部ではご活躍だったそうだね」
「あたしも活躍したんだけど?」
「〝超人〟同士が戦って、大丈夫だったのですか?」
「暴れるのは勝手だが、ほどほどにしとかねえと死人が出るぞ」
「ていうか龍泉寺さん酷いよ! ボクずっとフロリーヌに捕まってたんだよ! ボクも霧生くんたちの試合見たかった!」
「オホホ、なんのことかしら?」
「あ、大沢、その件についてなんだが……」
「……にゃ。お肉おいしい」
「……」
「あーくそ、やっと泣き止んでくれ――っててめえらオレのメシは!?」
武闘館での決闘は既に話題になっていて、食事時のほとんどはその話で持ち切りだった。
そして夜は更け、騒がしかった勇者寮にも静けさがやってくる。
稜真に割り当てられた部屋は一〇五号室――一階の角部屋だった。余裕で剣の素振りができそうほど広いリビングに小キッチン。風呂とトイレは別で、寝室にはふかふかの高級そうなベッドがあった。
さらには専属のメイドさん付き。
そこがおかしい。
「あの、シェリルさんはなぜここにいるんですか?」
リビングのソファに腰かけた稜真の目の前では、制服にエプロン姿をした蒼銀ツインテールの少女がちょこんと正座していた。
「私はお世話係ですから。あ、これ学園から支給されたリョウマ様のお着替えです」
すっと差し出されたそれは、稜真が今も着ているブレザーやズボンと全く同じものだった。
「うん、ちょっと待って。なぜ同じ物がある?」
これは稜真が元の世界で通っていた高校の制服だ。この世界に同じものが存在するわけがない。だというのに、そこには確かに同一の制服が何着も揃えられていた。
「リョウマ様がお目覚めになられる前に学園の方で検査が――」
「はいストップ。それ以上聞いたら不幸になりそうな気がする」
要するに学園が稜真の服装をチェックして複製したのだろう。そこだけ理解できれば後は知らない方が幸せだ。
「振り出しに戻るけど、シェリルはいつまで俺の部屋にいるんだ?」
『ずっと』とか言われたら稜真は今すぐ学園長に抗議しに行く所存である。
「リョウマ様がお休みになられるまで……のつもりですが?」
「いや、それだと学園の敷地内とはいえ、女の子を夜一人で帰らせるってことになって危ないと思うんだが」
「あ、大丈夫です。私たちお世話係の寮は隣ですから。渡り廊下でこの勇者寮とも繋がっています。ですので、なにかあればすぐに駆けつけられますよ」
「ホントに住み込みの使用人みたいだな……」
「はい。魔法学部の寮から引っ越しもありましたが、それはリョウマ様を召喚してすぐに済ませました」
可愛らしく握り拳を作ってみせたシェリルは、もう稜真とはかなり自然に話ができるようになっていた。まだ出会って一日と経過していないが、恐らく夏音や他の勇者たちがよくしてくれたからだろう。
「わかった。じゃあ、俺はもう風呂に入って寝るから、シェリルは自分の部屋に戻っていいよ」
「お風呂……ですか? えっと、その……リョウマ様がお望みでしたら、私がお背中をお流しします」
「は?」
ぽっと頬を赤らめたシェリルがなにを言ったのか、稜真は理解できなかった。もとい、理解したくなかった。
「あの、シェリルさん? なにを言っているの?」
彼女が本物のシェリルかどうかというところから疑い始めた稜真である。
「え? でも、男の人はそうすると喜ぶと――」
「その発想ホントにこの世界の文化か?」
「勇者カノン様と勇者キョウカ様が」
「やっぱりあいつらか!? うん、なんか知ってた」
明日の朝一で「昨夜はどうだった?」とかニヤけた顔で聞いてくる姿がありありと浮かんだ。まだ会って間もな過ぎるのに……。
稜真は肩を落として溜息を吐いた。
「そういうのはいいから。シェリルも疲れてるだろ? 今日はもう休んだ方がいい」
「……ううぅ、わかりました」
心なしかしゅんとした様子のシェリルはゆっくりと立ち上がり、稜真に一礼してからドアの方へと歩いていく。
「あ、リョウマ様」
ドアを開け、彼女は出ていく前に思い出したように振り向いた。
「今度でよろしいので、リョウマ様の世界のお話を聞かせていただけませんか? その、リョウマ様のことをもっと知りたいので……あ、もちろんお世話係としてです!」
なにに対しての念押しかはわからないが、そこにはただの興味本意ではない真剣さを稜真は感じた。
「いいよ。異世界に来たんだ。俺に隠すことなんてないしな」
「や、約束ですよ!」
最後に可憐な笑顔を咲かせたシェリルは、気持ちルンルンとした雰囲気で退出していった。
彼女の気配が遠ざかっていくことを確認してから、稜真はソファから立ち上がって浴室へと向かう。
足を伸ばせる広さの浴槽があるのは、果たして元々の文化なのか、それとも日本人ばかりの勇者を考慮してのことなのか。決して新築ではない勇者寮や使い方を説明したシェリルの様子を鑑みるに、前者だと推測する。風呂は肩まで浸かりたい派の稜真にとっては嬉しい文化だ。
だが今日はシャワーで済ますことにした。のんびり風呂、という気分ではなかったのだ。
――これからどうなるんだろうな、俺。
不安はあるが、少なくともこの学園にいるうちは生活に困ることはなさそうだ。学園の文化水準が割と現代に近いことも正直かなり助かっている。このシャワーだって、お湯を沸かす燃料がガスか〈魔力結晶〉の違いくらいだ。
しかし、学園での生活も永遠ではない。
いつかは決めないといけない。
なにを? というところから今はまだわからないが……。
「ん?」
体を洗っていて気づいた。
左胸――心臓のある位置に小さな痣ができていた。
「なんだ、これ……?」
ただ青黒くなっているのではない。どう見ても五芒星にしか思えない紋様は、痣というよりは刺青だった。
触ってみるが、特に痛みがあるわけでもなかった。
事故や戦闘でできる痣とは違う。
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