ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

二章 お世話係はいりませんか?(8)

 武闘館に現れた三人目の勇者が、長大な木槌を肩に担いでゆっくりと歩み寄ってくる。その威圧的な姿は勇者などではなく、寧ろ敵の大ボスを思わせる風格が――
「ちょっとなんとかくん! なに邪魔してくれてんのよ! 風穴開けるわよ!」
「なんとかじゃねえ!? 相楽浩平だ!!」
 狙撃を妨害されて大変お冠の夏音に一瞬で台無しにされた。
「チッ……用があるのはあんたじゃない」
 相楽は小さく舌打ちすると、担いでいた木槌の先端を地面に突き立ててアリベルトを、そして稜真を見る。
「弱い者イジメは楽しいか、霧生稜真? 楽しいわけねえよなぁ?」
「……なん……だと?」
 アリベルトがピクリと眉を震わせた。弱い者発言は貴族としてプライドに障ったのかもしれない。動けていれば剣を突きつけていただろう彼を庇うように、稜真は相楽の前に出る。
「相楽、なにをしに来た?」
「決着をつけに来た」
「決着だと?」
 相楽は再び木槌を持ち上げ、片手でくるくると弄びながら稜真の周囲を歩き始める。
「霧生稜真、どういうわけか知らねえが、オレとてめえは異世界で同じ勇者になったんだ。テロリストだったオレ。悪党の護衛だったてめえ。オレたちは別に憎み合ってるわけじゃねえ。一方的に恨んでるわけでもねえ。一瞬敵だったって話だ。そうだろ?」
「……」
 否定する要素はない。確かに稜真にとって相楽の存在はただの『敵』だった。振りかかってきた火の粉だった。故に戦った。そこに私怨は塵一つもない。
「だから、ここらで決着つけてチャラにしようっつってんだ」
「なるほどな」
 出会いが違っていれば友になれていた可能性。元の世界じゃ手遅れでも、異世界に飛ばされたのだから話は違う。ここではボディーガードもテロリストも関係ない。
 いや、その関係をなくして、新たに築く。
 そういうことだ。
「お前、ただの不良じゃなかったんだな」
「オレはこれでも仲間想いなんだよ。てめえがオレの仲間になるってんなら、しがらみは取っ払っとかねえと気持ち悪ぃんだ。主にオレが」
「お前の仲間っていうのは引っかかるが……まあ、顔を合わす度に喧嘩するわけにもいかないよな」
 教室では茉莉先生が止めてくれたからよかったが、そうでなければ勇者棟は半壊じゃ済まなかっただろう。そんな大迷惑を毎度毎度かけていたら稜真たちこそ魔王認定されてしまう。
 稜真は相楽を睨んだまま夏音に言う。
「夏音、フィールド内にいる俺と相楽以外の人間全員を避難させてくれないか? あと、念のため観客席の前列も」
 これだけ広いフィールドなら観客まで巻き込むことはないと思うが、一応だ。
 夏音は稜真と相楽を交互に見て、呆れたように小さく溜息をついた。
「いいけど……仲直りなら別に今そこで握手でもすればいい話じゃないの?」
「はあ? んなんで決着になるかよ! わかってねえなぁ」
「……ムカッ」
 やれやれこれだから女は、とでも言うように肩を竦める相楽に、夏音は額に青筋を浮かべて魔導狙撃銃の銃口を向けた。
「稜真くん、悪いけどこのなんとかくんあたしが殺っちゃってもいいかしら?」
「なんとかじゃねえ!? 相楽浩平だっつってんだろ!?」
「稜真くん、悪いけどこのかいわれ大根あたしが殺っちゃってもいいかしら?」
「言い直したけど一文字たりともあってねえ!? って誰がかいわれ大根だ!?」
 二人の遣り取りはひとまず置いといて、稜真はシェリルを探す。
 フィールドの隅っこで祈るように胸の前で手を組んでいた。心配しているようだ。稜真は手招きして彼女を呼ぶ。
 とたたたたたっと小走りで駆け寄ってきた彼女は、夏音と言い争っている相楽を見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。やはり相楽は外見だけで恐いらしい。
「どうして……エリザちゃんが召喚した勇者様が……?」
 別の理由もあったようだが、とにかく今は皆の避難が先だ。
「シェリル、夏音と一緒にみんなの避難を頼む。これから勇者同士の決闘が始まるんだ」
「え? ……は、はい。わかりました。あの、勇者カノン様……?」
「あー、はいはい。わかったわよ。稜真くん、負けたら承知しないからね!」
 状況は理解してくれたようで、シェリルはすぐに夏音を連れて行動してくれた。審判をしていた教師、貴族チームのメンバーに声をかけてフィールド外へ誘導していく。
 間もなくして混乱していた観客たちにも情報が伝達した。勇者VS勇者の対戦だと知れ渡るや否や、その盛り上がり様と言えばまるで甲子園の決勝だ。
「はっはーっ! いい感じにギャラリーが沸いてきたじゃねえか!」
 周囲からの歓声を吸収するように両腕を大きく広げてテンション高く相楽は笑った。稜真もこういう表舞台には憧れもあったが、職業柄か相楽ほど熱くはなれそうにない。
「勝敗はどう決める? フラッグの破壊か?」
「いいや、そんなスポーツ・・・・で決着つける気はねえ。オレとてめえは殺し合いをしてたんだぜ? だったら、せめてどっちかが動けなくなるまで戦り合うのが妥当だ」
「遊びはなしってことか」
「どっちが勝っても文句は言わねえ。負けた方がどうこうするっつう罰ゲームもなしだ」
 関係を白紙にすることが目的なのだから、そういう野暮な条件は加えない。
 あくまで対等に、正々堂々と、己の全力を持って相手する。
 無論、負けるつもりなど微塵もない。
「いくぜ、霧生稜真。覚悟はいいか?」
「訊くな。そんなものはいつだってできている」
「上等だっ!」
 お互いに武器を構え――そして、消えた・・・


 他の観客にはそう見えたことだろう。
 夏音は客席からフィールドを眺めつつそう思った。本気を出した〝超人〟の速度について行ける者が一体何人いるか。元の世界でも〝超人〟対策をした〝異能者〟〝術士〟〝妖〟くらいなものだ。この場で視えて・・・いる者は夏音しかいないかもしれない。
 二人が衝突するまでコンマ一秒と間はなかった。
 爆風。
 地面が大きく抉れ、障害物として設置されていた大岩が紙切れのように吹っ飛んだ。観客の歓声が悲鳴に変わる。
 木剣と木鎚は衝突と同時に壊れた。
 そんな想定済みな結果に彼らはいちいち動揺しない。お互い即座に拳を握り、相手の顔面を狙って撃ち出した。
 クロスカウンター。
 ――極まったわね。
「がっ……」
「ぐっ……」
 相手の拳が頬に減り込んだ稜真と相楽は、そのまま砲弾のように後方へ吹っ飛び武闘館の壁に激突した。粉塵が舞い上がって夏音の視力でも様子はわからないが、二人が立ち上がってくるような気配はない。
 二人とも肉体が超化した〝超人〟だ。アレくらいじゃくたばらない。だが、その常人だと頭が爆ぜるレベルの拳打がクリティカルヒットすれば、いくら脳筋の〝超人〟でも死ぬほど脳が揺さぶられて立ち上がることは困難である。
 つまり、戦闘はそこで終了。
 この間、僅か一コンマ五秒だった。
「でも、まだね」
 そう、『決着』はまだつかない。彼らの勝負に引き分けはない。勝敗はどちらかが動けなくなるまでと聞こえた。どちらも動けないなら、先に動けるようになった方が勝ちだ。
 十秒……二十秒……三十秒……。
 戦闘が一瞬だった分、時間が恐ろしくゆっくり経過していく。観客たちの歓声や悲鳴も収まり、今はただ皆が息を呑んでフィールドを凝視している。
「リョウマ様……」
 隣のシェリルは今にも泣きそうだった。あんなのは見世物になるような決闘じゃない。彼女たちにはなにが起こったのかすら認識できないのだから……。
「待ってなさい、今、確認してみるわ」
 夏音は聴力をさらに引き上げる。見えないなら聴けばいい。
 ――ドクン。――ドクン。――ドクン。
 二人の心臓の音・・・・を拾った夏音はとりあえずほっとする。
「大丈夫よ、シェリルさん。やっぱりあのくらいじゃ二人は死なないわ」
「あのくらい……?」
「あ、そうよね。そこもわかんないわね」
 無事ではないかもしれないが、生きていることだけは伝えた。このまま起きてこなければ夏音が勝負を預かって無理やりにでも引き分けにしてやろう。
 そう考えたところで、夏音の聴覚がそれを捉えた。
「なんだ、ちゃんと約束守ったじゃない」
 一方的な押しつけだった気もするが、そんな些細な話は決着がついたのだからどうでもいい。
 片側の粉塵の中から現れる人影。
 先に立ち上がったのは、霧生稜真だった。

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