ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

二章 お世話係はいりませんか?(7)

 ルールは簡単だ。
 フィールド内は自陣と敵陣に分断され、相手の陣地にあるフラッグを破壊すれば勝利。そのための行動は自由となる。最初からフラッグだけを狙うもよし、相手チームを殲滅してから安全に破壊するもよし、徹底的に自陣を守るもよし。
 無論、魔法の使用は禁止されていない。かといって使用してよいとも言われていない。要するに、使えるものなら使っても問題にはならないということだ。
「リョウマ様、ヴィターハウゼン公爵家は東国アルポリア帝国で軍務の一端を担う名門貴族です。アリベルト様の剣術の腕は魔法学部でもよく耳にします。お気をつけてください」
 武器を選んでフィールドに戻ろうとすると、シェリルが心配そうに忠告してくれた。
「ありがとう、シェリル。大丈夫、俺は負けないさ」
 俯き加減の彼女の頭を軽く撫でてから、稜真は武器庫を出てフィールドに戻る。
 夏音がムスッとした様子で待っていた。
「遅い! 武器選びにいつまでかかってるのよ!」
「悪い悪い、なかなか日本刀に近い剣が見つからなくてな」
 稜真の選んだ武器は身幅の短い木製の片刃長剣と、もう一つ。
「あなた、銃も使えるのね」
 拳銃だ。ただし、日本にいた頃に使っていたオートマチック・ハンドガンとは根本的に違う。
 弾がないのだ。
 マガジンはあるが、そこに込めるものは水晶のような透明な結晶体である。〈魔力結晶〉と呼ばれるそれは、その名の通り魔力が結晶化した物質だ。トリガーを引くことで結晶から魔力を吸い上げ、銃に編み込まれた魔法を発動させる。
 魔導銃。
 ゴム弾を用いた普通の銃もあったが、ゲームでよく見かけるこういう武器を稜真は一度でいいから使ってみたかったのだ。既に試射も済ましている。人を吹っ飛ばす程度の衝撃波が射出された。
 魔法を利用した武器もあるのに、本人が魔法を使えば卑怯とはおかしな話である。いよいよ持って平民チームの負けよしみ感が半端ない。
「そっちこそ、この世界に狙撃銃なんて代物があったんだな」
 夏音の背には物々しい無骨なフォルムをしたスナイパー・ライフルが背負われていた。感覚超化型の〝超人〟である夏音が持つならば最高クラスの武器だろう。
強襲兵アサルト狙撃手スナイパー……悪くない組み合わせね。援護は任せなさい」
「ああ、任せた」
 言って、稜真は敵チームに視線をやる。向こうの陣地の初期位置でなにやら作戦会議をしている様子だ。誰か二人を外すとか聞こえたので、稜真は大声で告げる。
「こっちは見ての通り二人だが、そっちは四人でいいぜ!」
 敵チームの貴族たちがぎょっとした目でこちらを見た。そしてすぐに作戦会議を取りやめる。
 正解だ。稜真でも視認できる距離で話し合えば、こちらにいる夏音には声を潜めても一字一句違わず傍受されてしまう。ある意味、魔法よりもチートだ。
「……くそっ、舐められたものだ」
 アリベルトが悔しげに歯噛みしている様子がちょっと面白かった。
 間もなくして両陣営の準備が整った。
 審判が配置につき、全員が武器を構える。アリベルトのチームは剣士三人、弓兵一人と偏ったバランスだった。
 試合開始のブザーが鳴り響く。
「右翼、左翼に展開! 敵前衛を引きつけ、先に後衛を叩く!」
 間髪入れずアリベルトが指示を飛ばすが――
「遅い」
「――なっ!?」
 稜真は何百メートルもある距離を一瞬で走破してアリベルトに接敵していた。
「初手の指示は開戦前に伝えておけ」
 それをさせなかったのも稜真であるが。
 木剣を横薙ぎに振るう。間一髪でアリベルトは受け止めたが、〝超人〟の膂力を計り間違えたのか後方に吹っ飛んだ。
「このっ!?」
「いつの間にっ!?」
 左右に散ろうとしていた剣術科の二人が慌てて稜真を挟撃してくる。振るわれた剣閃をしゃがんでかわし、左手を軸に回転して足払いをかけた。
 転倒した二人に追撃は仕掛けない。持ち直したアリベルトが払い斬りを繰り出してきたので、稜真は後方に大きく飛んで回避した。
「今だ! 射抜け!」
 アリベルトの指示。彼らのチーム唯一の後衛が、機械的なフォルムをした弓に三本の矢を番え――射出。ボウガンのような勢いで発射された三本の矢が稜真を襲う。
 しかし、不可視の衝撃波が飛矢を三本纏めて弾き飛ばした。
 夏音の援護だ。
「馬鹿な……あの距離で矢を撃ち落とすのか……」
 アリベルトが驚愕している。夏音は自陣の最後位置――フラッグの手前にある大岩の陰から銃口を向けていた。距離にして五百メートル以上。その程度であれば、彼女は蟻の頭でも正確に撃ち抜くだろう。
「貴様ら、事前に魔法を使っていたのか!」
「まさか。魔導銃しか使ってないよ。悪いが、これが俺たちのデフォなんでな」
 稜真はその場で足踏みをする。
 それだけで粉塵が高々と舞い上がった。
 魔導銃を抜き、トリガーを二度引く。放たれた衝撃波が確かな手応えを得、二人の悲鳴がフィールド内に響いた。
「――調子に」
 なにかが粉塵を突き破った。
「乗るなぁあッ!?」
 アリベルトだ。先ほどまでとは比較にならない速度。稜真との間合いが一鼓動のうちに縮まった。加速の勢いを乗せた刺突を木剣で捌き、魔導銃のトリガーを引く。
 が、アリベルトは難なく射出された衝撃波を横に飛んでかわした。
「囲め!」
 アリベルトが叫ぶ。すると魔導銃で吹っ飛ばしたはずの二人が、やはり同じように加速して稜真の左右から突撃してきた。足払いは二度と効かないだろう。稜真は地を蹴って高く飛び、三人の剣閃から逃れる。
 ヒュオオオオ! という音を耳にする。
「……魔法か」
 間違いないだろう。明らかに動きが常人を逸している。
「黒魔法の付加呪文エンチャントスペルです! リョウマ様! お気をつけて!」
 シェリルが声を張って教えてくれた。どんな効果の魔法を使われたのかは、今の攻防でだいたい把握している。風による継続的な加速だろう。
 敵の弓兵が飛ばす矢も速度と飛距離が跳ね上がっている。空中では身動きが取れないため木剣で叩き落とすが、矢の周囲に発生していた鎌鼬で手の甲が浅く切れた。
 いくら〝超人〟でも重力には逆らえず当たり前に落下する。
 着地時を囲まれると思ったが、彼らはそんな『あからさまな隙』に突っ込むほど愚かではなかった。前衛三人は撹乱するためかフィールド内を縦横無尽に駆け回っている。大気の状態が不自然に狂わされ、妙な気流まで発生していた。これでは夏音も狙いを定められない。
「ぐあっ!?」
 そんなことはなかった。
 貴族少年の一人が錐揉み状に回転しながら飛んで行く。空気の流れ、敵の動き、全てが視えている夏音はこの程度の加速で照準を狂わされたりしなかった。彼女が引き金を引けば必中の衝撃弾が確実に狙った獲物を捉える。
 その一人を犠牲にして残り二人の前衛が稜真たちの陣地へ踏み込んだ。稜真を倒すことは諦め、風で加速しているうちに夏音、もしくは直接フラッグを破壊する算段だろう。
 悪くない判断だ。勝つ方法が定められているのだから、いちいち敵兵を殲滅する意味はない。
「させるか」
 ただし、相手が悪かった。
「――なにッ!?」
 稜真はアリベルトの進路に回り込み、一瞬の競り合いで弾き飛ばしたのだ。同時に魔導銃も放ち、もう一人を牽制。動きを止めざるを得なくなったそいつは夏音の狙撃で吹っ飛ばされた。
「俺を抜くならその十倍の速度でも足りないぜ」
 所詮は風速が上乗せされた『この程度』の加速だ。
 音速を超える〝超人〟や、点と点の座標移動なんかをやらかす〝異能者〟や〝術士〟を相手に戦ってきた稜真にとっては止まってすら見える。
「経験の差ってやつかな」
 たぶん間違いなくそれだけじゃないが……。
「そろそろ蹴りをつけるか」
「了解よ、稜真くん!」
 呼びかけたつもりはなかったのに背中に届いた返事は、今まで組んだどんな狙撃手よりも頼もしく聞こえた。

 ありえなかった。
 これほどとは思っていなかった。
 自分に侮りがあったことは素直に認めよう。だが、それでも、四人がかりで魔法まで使って逆に圧倒される想像など誰ができるだろうか。
「これが勇者だというのか……」
 アリベルトは初めて敵に対する得体の知れないおぞましさを感じていた。
 黒魔法付加呪文――〈疾風の足鎧ヴィントシュトース〉。
 アルポリア帝国の軍系貴族が義務教育課程で習得する魔法とはいえ、使用すれば一般兵士を十人単位で殲滅できる力がある。現に平民どもはこの魔法の前に手も足も出せなかった。
 だのに、あのリョウマとかいう勇者は『ついてくる』どころか『遥か先』を走っている。扱いづらい魔導狙撃銃で精密な射撃を行うカノンも同様だ。こちらの動きを全て掌握されているようで気分が悪い。
 ついでに言えば、彼らにコンビネーションは恐らく、ない。
 一見すると息がピッタリに見えるが、互いが互いに最良の行動を選択しているだけだ。
 アリベルトとてただ翻弄されていたわけではない。向こうの方が上手とはいえ、数はこちらが勝っているのだ。敵の撃破に拘らず、フラッグ破壊を早々に優先させた判断は間違っていない自負さえある。
 魔法で加速し、三人と一人の援護で突撃すれば誰かが届くと見積もった。
 甘かった。
 あの二人は決してアリベルトたちに一定のラインを越えさせないのだ。まるで見えない城壁でも聳えているかのように、そこから先へは一歩も踏み込めていない。
 遊ばれている。
 そうとさえ感じた。
「本気で来いと、どの口が言えたものか」
 こちらが死ぬ気にならねば、いやなっても勝てるか怪しい相手だ。本気など見せられた日には試合にすらならないだろう。
「ぐはぁあっ!?」
「ぎゃふっ!?」
 アリベルト以外の前衛二人がやられた。目にも留まらぬ速度で鳩尾に木剣を叩き込まれた彼らは、膝をついて崩れ、それっきり立ち上がらない。
「ふふっ、どうせならパーフェクトで勝たないとね」
 カノンの狙撃。
 衝撃に吹き飛んだのはアリベルトではなく、今まさに弓を引いていた後衛の仲間だった。広大なフィールドの直径、そのほとんど端と端に両者は位置していたのだが……そこでアリベルトはもう考えるのも驚くのもやめた。
 立ち止まり、風の加速を解除する。
 諦めたわけじゃない。
 貴族として、それ以前に一人の剣士として、無様な姿を晒すわけにはいかない。

「――我が身に宿すは刹那の力。紅蓮の輝き、空を爆ぜ、彼の者を貫き砕く槍と成らん!」

 素早く呪文を唱えると、アリベルトの身体に真紅の輝きが纏った。だが別に力が湧いたりはしない。これも基本的に先程まで使っていた〈疾風の足鎧ヴィントシュトース〉と同じ加速魔法である。
 ただし、持続的な加速ではなく瞬発的な加速となる。
 進める方向は直線のみ。制御はできない上に、下手をすれば自身も無事では済まない諸刃の剣。だが、故にその爆発力は加速系付加呪文の中でも絶大だ。
 黒魔法付加呪文――〈烈煌駆グランツ〉。
 捨て身の覚悟がなければ使えない、使ってはいけない魔法。
「防げるものなら防いでみせろ! 『勇者』!」
 地を蹴り、地が爆ぜ、地の上空を一直線に飛翔する。文字通りの死ぬ気、もとい本気で死ぬつもりはないが、フラッグの破壊と引き換えに骨の一本でも折れば名誉の負傷だ。
 仮にも『勇者』に勝利したことにな――
「防いでやるさ」
 進行方向にリョウマが立ちはだかった。
 ――この速度でも足りないのか?
 いや、これでようやく同等だ。
 衝突。リョウマは勢いを相殺し切れず、両足で地面を抉りながら後方へ押されていく。
「くっ」
 呻いたのはアリベルトだった。
 爆発的な加速の勢いが確実に殺がれている。
「……貴様は化け物か?」
「よく言われるな」
 危機感など全く感じさせない飄々とした口調で返された。
 やがて二人が完全に停止すると、そこはフラッグの寸前だった。
 アリベルトにはもはや立ち上がる力も残っていない。結果的に自滅とは……最高に滑稽で無様だ。穴があればそこを墓場にしてもいい。
「まさかここまで必死になられるとは思わなかった」
「なっ……貴様、端から本気を出すつもりなどなかったのか!」
「悪い、舐めてたわけじゃないんだ。〝超人〟の俺が本気なんて出したら、木の剣なんて振っただけで壊れるんだよ」
「化け物め」
「……確定された」
 認めざるを得ない。化け物扱いされて諦念の溜息吐く少年は、確かに自分たちとは違う存在だと。しかし、実力は認めても功績がなければアリベルトが彼らを『勇者』と呼ぶことはないだろう。
 と、すぐ近くの大岩に腰かけていたカノンが眠そうに欠伸をした。
「ふわぁ……あ、話済んだ? じゃあ、決着つけるわね」
 ガチャリ、と。
 カノンは結局一歩もその大岩から動かず、作業とも言えない仕草でアリベルトたちのフラッグを狙って銃を構えた。理論上で武器の飛距離は問題ないとしても、この距離からでは銃術科のエースでもフラッグを撃つことはできまい。だが、彼女はその遠く離れたフラッグを問答無用で撃ち抜くだろう。
「初めから勝ち目などなかったではないかっ!」
 恥も外聞も金繰り捨てて抑え切れない悔しさと怒りに叫ぶアリベルトを無視し、カノンは躊躇うことなくトリガーを引いた。
 魔法の衝撃波が疾る。
 が、フラッグは破壊されなかった。
「は?」
 カノンが眉を顰める。外したのではない。彼女の狙撃は寸分違わなかった。
 防がれたのだ。唐突に割り込んできた、訓練用の長大な木槌を握った何者かに――

「よう、楽しそうなことしてんじゃねえか霧生稜真! オレも混ぜろよ!」

 凶悪な笑みを浮かべたそいつは、アリベルト以外の目から見てもとても『勇者』には見えなかった。

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