ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

二章 お世話係はいりませんか?(5)

 武芸部には多彩な学科が存在するらしい。
 剣術科、槍術科、弓術科、体術科、銃術科、エトセトラエトセトラ……。武器の分類の数だけ学科があるようなイメージだ。
 そのため生徒数も他の学部に比べて多い。シェリルの話だと魔法学部の五倍はあるという。その総勢六千人が全員参加で武芸大会に出場しているのかと思いきや、そういうわけでもなかった。
 各学科が三年生の中から代表選手を数名選出し、四人のチームを組んで総当たり戦を行っている形式だ。
 場所は武芸部中央に鎮座する円形の施設――名前は体育館ならぬ武闘館。どことなくイタリアのコロッセオに似た雰囲気がある。
 熱気溢れる会場に入ると、まさに激しい剣戟の音が嵐となって耳朶を打った。
 大岩などの障害物が設置されたフィールド上では、二チームの生徒たちが競い合っている。剣術科や槍術科といった前衛職が接敵し、弓術科や銃術科の後衛職が援護を行っている様子だ。実にオーソドックスな戦術である。もちろん武器は木剣など殺傷性の低いものを使っていた。
「おお、やってるな」
「もう終盤みたいね。まったく、稜真くんが暢気にごはん食べてるからよ?」
「出されたもんを残すわけにはいかないだろ」
 あと魔法学部からだと距離もあった。ほとんど反対側である。稜真だけなら数分とかからないだろうが――
「あの、私が歩くの遅かったせいです。すみません」
 シェリルの速度に合わせる必要があったのだ。
「いや、誰のせいでもないさ。一応は間に合ったんだし、よしとすればいいだろ」
「そうね。あたしも稜真くんほど足速くないし、移動時間はあなたがいなくても変わらないわ」
 二人でフォローするも、シェリルはまだ申し訳なさそうにしゅんとしていた。稜真も夏音も彼女に責任を押しつけたいわけじゃないのだが……とりあえずこの話は打ち切りにすべきだ。
「そういや、龍泉寺家の〝超人〟は運動能力特化型じゃないもんな」
「あら? 気づいてるとは思ってたけど、ちょっと言うの遅くないかしら?」
「そっちこそ言ってこなかっただろ。詮索段階では口を閉じるべきだ」
 つまり、稜真は既に詮索を終えて確信に至ったということである。武芸部までの道中でそれとなく観察させてもらったが、夏音は稜真が知覚できないものを確実に捉えていた。
 龍泉寺家は霧生家と同じく〝超人〟の家系。だがその役割は全く異なる。直接戦闘に特化された霧生家と違い、龍泉寺家は諜報や探索、そして暗殺を得意としている。敵対したことはないが、もし戦うことになれば厄介な相手だ。それ相応の対応が必要になるだろう。
 同じ勇者でよかったと、心底思う。
 それもなんとなく可笑しな響きではあるが。
「お二人は、お知り合いだったのですか?」
 うまく話題を逸らせたようで、シェリルは少し遠慮気味にだが会話に入ってきた。
「いいえ、今日初めて会ったわ。お互い家のことだけ知ってた感じね」
「え? でも、ずいぶんと仲良さそうですが」
「え? なに? シェリルさん、嫉妬? ふふっ、モテる男はツライわね稜真くん」
「ひえっ!? ち、違っ……違いまっ……」
 発火したように高速で赤面して首をぶんぶん振るシェリル。蒼銀のツインテールが鞭のように暴れ狂って傍にいた稜真の顔を往復ビンタした。痛くはなかったがくすぐったかった。あと甘い匂いもした。
「あああっ!? も、申し訳ありませんリョウマ様!?」
「大丈夫よ。稜真くんの業界だとご褒美に分類されるわ」
「なんの業界だそれ!?」
 ボディーガード業界に女の子の髪でペチペチされるご褒美なんて聞いたこともない。もしこれからそれが当たり前になるなら、もうあっちの世界は終わりだろう。稜真はこの世界に来て本当によかったと思うことになる。
「とまあ、こんな感じで夏音は最初から馴れ馴れしかったからな。このくらい無遠慮だとこっちも礼儀とか遠慮とかどうでもよくなるってもんだ」
「んまあ、失礼ね。稜真くんこそあたしを下の名前で呼び捨てとか馴れ馴れしいわよ」
「自分でそう呼べって言ったよね!?」
「あら? そうだったかしら? 昔過ぎて覚えてないわ」
「お前の記憶は何時間だ!?」
「……ぷっ」
 必死に堪えた笑い声は、喧噪に包まれた武闘館の中でもしっかり稜真の耳に届いた。
「シェリル?」
「ようやく笑ってくれたわね」
 俯いた彼女は掌を口元にあててプルプルしていた。どうやら稜真も夏音にまんまと乗せられてしまったようだ。漫才じみたツッコミがすらすら出る辺り、稜真には芸人の才能でもあるのだろうか? いや目指す気はないが。
「す、すみません。で、でも……」
「なんで謝るの? 遠慮がちで辛気臭い顔なんてしてないで、そうやって楽しく笑ってなさい。その方が断然可愛いわ。ね? 稜真くん?」
「え?」
 弾かれたようにシェリルは稜真を見た。
「まあ、そうだな。すぐにとは言わんが、もっと普通に接してくれると俺も気が楽で助かる」
 青い瞳で見詰めてくるシェリルはお世辞抜きにしても可愛いと思う。だがそれを素直に口にするのは、なんというかこう、憚るものがある。
「いい、シェリルさん? これが男の照れ隠しってやつよ。稜真くんの脳内では『シェリルさんマジ天使今夜一緒のベッドで寝たいぜゲヘヘ』って思ってるに違いないわ」
「え?」
「違いありまくりだ!? あとそんな不審者を見たように一歩下がらないで貰えますかシェリルさん!?」
 夏音はシェリルを笑わせたいのか怯えさせたいのかハッキリさせてほしい。たぶん、稜真やシェリルを弄って遊んでいるんだろうとは思う。
「と、とにかく場所を移動しよう。こんな入口じゃ観戦しづらいだろ。えーと、空いてる席は……なさそうだな」
 ざっと見回しても満席。明らかに六千人以上の人々が集まっている。今気づいたが、武芸部だけでなく他の学部の生徒も少なくない数が見物に来ているようだ。
「他の学部の奴ら授業はどうしたんだ? フケたのか?」
「あ、大会の見物は許可されているのです。魔法学部でも月に一度、魔法の実演会を行っていまして、武芸部の人たちもたくさん見に来られます」
「祭好きの奴らが多いんだな」
 イベントが多彩で賑やかな学園なのだろう。ここにいる限り退屈はしなさそうだ。
「それもあると思いますが……将来、勇者様のお仲間として共に戦うことになるかもしれない人を見ておくことも重要かと」
 魔王のいないこの世界でなにと戦うんだ、と稜真は思ったが、言えばシェリルがまた謝りそうなのでツッコミは控えた。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
 とその時、武闘館内が地鳴りのような歓声に包まれた。
 どうやら今行われていた試合が終了したらしい。
「もしかして最後の試合じゃないでしょうね? あたしたち全然見れてないんだけど」
「すみません! すみません!」
「だからなんでシェリルが謝るんだ。とりあえず座れなくても見易い位置に――」
 言いかけ、稜真は武闘館内の様子が少しおかしいことに気づいた。
 試合終了の舞い上がったムードは一瞬だけ。今は戸惑っているようなざわざわとした空気が武闘館内に満ちつつある。
 夏音が試合の行われていたフィールドを見下ろし――
「なんか、もめてるみたいね」
「なにかあったのでしょうか?」
 シェリルも不安そうに呟いた。
 稜真も見下ろすと、フィールドの中央に対戦していた両チームが集まってなにやら言い争っていた。
 目を閉じて聞き耳を立てる。
「平民……馬鹿にするな……貴族……愚弄……ヴィタ―ハウゼン……誇り……? なんだ、階級制度の厄介事か?」
 実にめんどくさそうである。
「え? リョウマ様、聞こえるのですか?」
 驚いたシェリルが稜真を振り向いた。当然だろう、普通の人間の聴力ならとても聞こえない距離である。加えて客席も騒がしいため掻き消されて視覚でしか状況を把握できない。
 だが、〝超人〟の稜真は断片的にではあるがフィールド上の音を拾うことができた。
「少しだけどな。夏音ならはっきり聞こえてるんじゃないか?」
「まあね」
 霧生家の〝超人〟でできるのだ、龍泉寺家の〝超人〟ならおちゃのこさいさいだろう。
「『吠えるな平民。我々が稽古をつけてやったのだからありがたく思え』『なんだと、馬鹿にするな! 貴族だからってなんでも言っていいことにはならんぞ!』『まったく、なぜ貴様ら平民のような雑魚が選出されたのか理解に苦しむ』『俺たちがいなきゃ滅びるような貴族連中のくせに……』『なんだと貴様……我がヴィターハウゼン家を愚弄するとタダでは済まんぞ』『卑怯な手を使って勝つことが貴族の誇りか? これは勉強になる』『やめんかお前たち!』……ま、だいたいこんな感じね」
 夏音は仲裁に入った教師の言葉まで正確にリプレイしてみせた。流石の超聴力である。どうでもいいが、別に口調まで似せなくてもよかったと思う。
「どうしたもんかな」
 教師が止めに入っているが、すぐには収まりそうにない。諍いは徐々にヒートアップしている。このままでは試合とは無関係の乱闘が始まってしまいそうな勢いだ。
「ねえ、さっきの話だけど、ここの人たちって勇者の仲間になる可能性がある人を見に来てるのよね?」
「は、はい、一つの理由としてですが」
 なにか考えがあるのか、夏音がシェリルに確認を取った。
「だったら、一番見ておかなきゃいけないのは勇者の実力だと思うのよねぇ」
 悪戯を思いついたようにニヤリと笑う夏音。その顔を見ればなにを考えているのかわかってしまう稜真も、結局『そういうこと』が好きなのだと思う。
 だってさっきから、体が疼いて仕方がないのだ。
「ふふっ。察しがいいわね、稜真くん。やっぱりあなたにも『そういう不満』があったのね」
「まあ、少しはな。不満というよりは憧れか。あっちじゃ普通の人間が楽しそうにやってることを、力を隠さなきゃならん俺たちは見物しかできなかったんだ」
「え? え? あっち? こっち?」
 企んだ笑みを見せ合う稜真と夏音。二人の会話についてこれないシェリルだけが、頭上に何個も疑問符を浮かべてオロオロしていた。
「一応聞いておくわ。やる気はある? あなたがやらないならあたしも大人しくしてるけど」
「いや、いいんじゃないか。根本は解決しないが、少なくともこの場は収められる。それになにより、面白そうだ」
「決まりね♪」
「あの、勇者カノン様……なにを……?」
 どうもわかっていないシェリルが不安げに訊ねる。
「この大会がもっともーっと盛り上がるようなことよ」
 確かに、勇者棟前での騒動を思い出せば勇者がそれをすれば武闘館内のテンションは爆発的に跳ね上がるだろう。
 つまり――
「あたしと稜真くんで、大会に乱入するの」
 エキシビションマッチは、闘技場の華だ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品