突然ですが、死んでください。

巫夏希

突然ですが、死んでください。

「こんにちは、突然ですが死んでください」
「……これは、また唐突な」

 今、俺の目の前に立っているのは――幼女だった。大体小学校一年生くらいの感じ。まだ舌足らずな感じが彼女のあどけなさを引き立てている。
 そして、俺はそんな人に殺される、況してや幼女なんかに、筋合いなどない。

「だから、死んでくださいよ。そのほうが世界のためになるんですから」
「どうして俺が死ななくてはいけないのか、二百文字以内で答えろ」
「ええとですね、『メビウス』という特務機関がありまして、そこがある調査結果を発表したんですね。それが言うには、世界はもうすぐ滅んでしまう。その原因は隕石の追突によるもので、そのためには勇気ある若者を、隕石へと送り込み隕石の軌道を変更させるほどの勢いの爆弾を設置しなくてはならないんです。ですが、それを実施すると一切戻れません。だから死んでくださいというわけです。ここまでで多分百七十文字くらいですかね?」

 ああ、確かにそうかもしれないが、だが、それがどうした。
 結局、俺は死ぬのか。

「ええ、ですから死んでもらいます。これは義務です。ちなみに逆らうと、国賊と認定されまして、あなたの生きる道が完全に途絶えますのでそのおつもりで」
「結局おれは逆らえる道なんてない、一択じゃねえか」
「そうなりますね?」

 爽やかな笑顔で言われても困る。

「一先ず、隕石の軌道を、ぜひ変えていただきましょうか。いや、変えろ」
「嫌だね。そんなの」

 俺はそう言って、ドアを閉めた――――








「はいカァット! どうしてそこで断るのー! もっと勢いよく、『お願いします!』とでも言っちゃってよ!」

 ――――セットの外から、嗄れた男の声が聞こえて、俺は小さくため息をついた。

「だっておかしいでしょ!? 普通あんなん聞いて『ああそうですか、よろしくお願いします』なんていいますか!? いいませんよ!!」
「うるせえ! 脚本だ! フィクションなんだよ!! なんだ?! それともてめえは便所の落書きに書かれた感動的なお話を読んで涙を流したと思ったら、そいつがフィクションだと判明した瞬間に手のひら返して、『俺の感動返せ』とでも呟くネトウヨか?!」
「ネトウヨの意味ちげーから! ちゃんとぐぐれ監督!」

 そう。
 これを読んでいる人ならば、もう解ったかもしれない。
 今までのは、セットだ。
 映画だ。
 フィクションだ。
 だから、隕石が落ちてくるなんて、そんなことは当然有り得ない。

「つーかさ、変な脚本だよなー。え? 突然現れた幼女が『死んでください』と来てさ、俺はホイホイ従っちゃってわけわからんメンツと隕石に飛ばされてさ、最後に隕石を破壊してさ。それが爆発する姿を地球から眺める家族の姿を背景にエアロスミスの『I Don't Want To Miss A Thing』が流れてエンディングだろ? アルマゲドンじゃあるまいし」
「僕の傑作脚本を馬鹿にする気かね!!!! 僕だって、きちんと執筆したんだよ! 夢の中でふわっと浮かんできたのさ、ちょうど今君が言ったようなストーリーがさ!!」

 監督は洋楽が好きすぎる。中でもエアロスミスが好きらしくて、今回の映画を作ったらしいが、正直、俺の知ったことではない。

「ねえ」

 ぐい、と裾を引っ張られた。なんだよいったい……と俺は振り向くと、そこには先ほどの幼女が立っていた。どうして休憩中(仮定)においても演技やらなきゃいけねえんだ、とため息をついて、俺は応える。

「なあ、今は休憩中ですぜ? 一一演技する必要もないのでは?」
「あなた、死んでください」
「だから」
「死んでください」
「……ねえ?」
「どうしましたー?」

 その時。
 俺は背筋が凍った。
 だって、そこに立っていたのは、先程まで共演していた小学生女優だったからだ。彼女と瓜二つな存在が、そこにたっていたんだ。

「……え?」
「……もう一度、申し上げます」

 そして、その幼女は小さく呟いた。

「こんにちは、突然ですが死んでください」
「……これはフィクションじゃないってことなのか? え?」

 窓から空を見ると、昨日は小さかった星が少しだけ大きく輝いているように見えた。

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