雨模様の終礼、隠されたスピリット

些稚絃羽

Epilogue

「あぁ、それから皆さんに伝える時は探し物探偵と……って、切ってるし」

 高橋さんとの電話を終え、やるせない気持ちを抱えながら歩き出す。

 肝心な部分を聞いてくれないから困るんだよな。今日も朝から既に三件の電話があったものの、それぞれ電気屋、ガス屋、鍵屋への依頼を僕にしようとしていて断るのが大変だった。何でもするんじゃないの、と言ってくるけれど、そもそも僕は何でもはできないのでどうしようもない。丁重にお断りしたが、これからも似たような電話がかかり続けるんだろうか。そのせいで株が下がって、正式な依頼も来なくなりそうな気がして不安は募る。……まぁ、大して来てはいないんだけど。
 年末に近付くと、依頼はとんと来なくなる。原因は分かっている、大掃除だ。大掃除をすれば無くなっていたものは大抵見つかるし、綺麗にした家で物を無くすことは殆どない。良いことなんだろうけど、それを生業にしている者としてはそれでは仕事にならない。家以外で無くす場合は当然あるが、年の瀬はどうしてだか諦めてしまう人が多いんだ。断捨離のつもりだろうか。そこを何とか探す気になってほしい。

 依頼の来ない事務所に居ても自堕落な生活を送ることは目に見えているから、今日も午後になってから近所をぶらぶらと歩き回っている。
 雲ひとつない晴天で背中に当たる陽が心地良い。ここ数日、あの日の雨が嘘のように清々しい晴れが続いていた。

 輝英高校も近所の学校の例に漏れず、冬休みを迎えている。校舎ばかりの裏門側を通るとあまりにひっそりとしていて、不思議な感覚を受ける。ここだけ違う時間が流れていて、僕が見たものは全部夢か幻だったような――――。



 夢や幻なんかで片付けられる訳がない。たった数日前のことだ、忘れるには時間が圧倒的に足りない。
 高校で起きた殺人事件でありながら、地方新聞の一角に小さく取り上げられただけだった。どんな根回しがあったのかは分からないが、そうなったのは在校生やその家族の心情を気遣ってのことだと信じたいと思う。あの時校長がしたのはその場しのぎの謝罪ではなかった筈だから。

 その後皆がどうしているかを僕は全く知らない。いつの間にか冬休みに入っていた。でもそれでいいと思っている。
 僕が入り込んだのはとてもイレギュラーなことで、それ以上彼等に干渉するのは何か違う気がする。僕の存在が気を乱すとまでは思わないけれど、偶然会えたら挨拶を交わすくらいがきっと丁度いい。
 伊岡さんのことも気にかかってはいるが、あの日ひとりで行くと決めた彼女にできることは僕にはないだろう。校門から見えなくなった彼女の華奢な背中は、何の躊躇いもなく凛としていたのだから。

 もう随分遠くに見える輝英の校舎の屋根に、あの日のことを思い出す。
 彼女を見送った後、僕達は暫くそこから動かないまま、何を話すでもなく時間を過ごしていた。最後に交わされたのはこんな会話だったと思う。

「恥じない生き方をしよう。自分にも人にも」
「そうだな。おし、勉強するかぁ。了、教えて」
「それ、恥じた方がいいんじゃない?」

 容赦ない言葉に呻きながら胸を押さえる望月君。それを見て新垣さんが手伝うよと言うと、手のひらを返して勉強に誘う渡瀬君が可笑しかった。
 ひとり声のしない隣を見上げれば、穏やかな表情でじっと校門を見つめながらゆっくりと口が開かれる。

「めぐちゃん、卒業できたんだね」
「卒業?」
「……やっと、この学校から」

 卒業、という言葉を使う香田さんがとても微笑ましかった。警察官を目指すなら得るべき知識は山のようにあるだろうし、今持つ感情は優しすぎるかもしれない。でも今はそれが何よりも伊岡さんにとっての支えになるだろう。そしてその優しさを忘れない、「香田さんのままで居てほしい」。僕もそう思う。


 どんなに偽ろうとしても、どんなに蓋をしようとしても、慕う真剣な眼差しの前では何もかも無意味なんだ。そこに込められた思いは強く、逃れることなんてできない。求めたとして簡単に現れるものではないからこそ、慕ってくれた彼等の存在を忘れてはいけない。……きっと忘れられる筈なんかないけれど。

 誰しも様々な苦しみやトラウマを抱えながら生きている。自分以外は信じられないような、自分さえ信じられなくなるような過去に涙を呑む人もひとりやふたりじゃない。
 だけど少し顔を上げて深呼吸したらきっと、代償なしに寄り添ってくれる人が居る。その手を取って、大切だと伝えてくれる人が居る。目を伏せては見えないものが沢山ある。
 声にしなければ届かないことも、声にしても上手く伝わらないこともある。それでも、伝えることを諦めてはいけないんだ。
 校長室を後にして彼女は言った、「どうして届かないと決めつけてしまったんだろう」と。もし自分をもっと信じられたなら、彼女はきっと踏み間違うことはなかっただろう。手にした罪を消し去る魔法はないけれど、自分を信じ未来を望む力が、今の彼女にはある筈だ。
 だからこの場所から、ただそんな未来を信じたいと思う。



 探偵稼業に向いていない僕は、探し物をしている方が性に合っている。あまり金にはならないが、これが僕の天職だ。


 しかし。折角動いてもらっているのにこんなことを言うのは申し訳ないけど、高橋さんのせいで電話恐怖症になりそうだよ。たまにはまともな電話を取りたい。そして大口の依頼が欲しい、切実に。やっぱりそろそろ名刺とかポスター、作った方がいいだろうか。
 そう考えながら建設中の一軒家の様子を眺めていると、手の中で着信音が鳴って、その震えに思わず携帯電話を落としそうになる。今日はよく電話のかかってくる日だ。今度こそ正式な依頼の電話であれと渇望して、鳴り続く電話に戦々恐々と出るのだった。

「はい、‟探し物探偵”神咲歩です……」



En…



「……神咲、くん……?」
「えっ……?」



END

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