奥六郡の天女姫

京城香龍

第8話「水沢産業まつり」

芋の子汁。
それは南東北では“芋煮”と呼ばれる春のお花見と双璧を成す秋の風物詩である。
岩手では“芋の子汁”と呼び名を変えて宴の席の料理として饗される他、地域社会のレクリエーションとしても催される。
だが岩手県奥州市の芋の子会はとても違う。
それは毎年秋に開催される水沢産業まつりにあった。

奥州市の水沢公園で秋に開催される水沢産業まつり。
奥州市の農工商の物産が集まる産業まつりには岩手県立奥州高校のブースがあった。
公園敷地内の体育館がメイン会場となり、岩谷堂羊羹の回進堂、麺類の小山製麺、小沢商会、水沢スポーツクラブと言った奥州市の銘品を扱う名店のブースが立ち並び、来場者が試食の食品に手を伸ばし、質のいい品物を手に取り買い出す。
人がぎっしり集まってきた体育館の中の熱気はムンムンとし、人と物と金が行きかっていた。
それぞれの店が自慢の品物を並べてアピールしている中、奥州高校は家庭科部の手作りの「みずさわ弁当」と奥州高校の農業実習で作った野菜を使ったトッポギ入り野菜炒めを家庭科部と史学部の部員が総出で販売していた。
が、その服装は奥州高校の濃緑のブレザーの制服でもジャージでもなく、全員小袖に袴にブーツの上にエプロンとカチューシャを付けた大正時代の女給姿、所謂“和風メイド”の格好をして接客していた。
「ちょっと、なんでこの祭りの場で瑞希ちゃんみたいな大正時代の格好しなきゃいけないんですか!?」
真美が普段の瑞希と同じ格好をすることに驚きと恥じらいを感じていた。
「瑞希ちゃんと小夜ちゃんからヒントを得たのっしゃ。街の皆が見慣れている制服やジャージで販売するよりこの格好の方が皆見てけるからっしゃ」
「それに東京の方ではこんな格好した女の子が接客する店があるってテレビで見て一度、水沢こっちでやってみたかったんだよね~」
「どう?似合うでしょ?」
「ま、まぁ似合いますけど…」
家庭科部の部長である千田せんだ光子みつこ、副部長の和川わがわりんと部員の鎌田かまた梨恵りえが真美に和風メイド姿のコーディーネートの出来を聞く。
真美は似合っていることは認めつつもこの服装にした家庭科部の動機にやや引いていた。
「瑞希ちゃんには着付けで世話になったよ」
「和服の事は家庭科部だから知らないといないのに知らなくてさ。恥ずかしくて…」
「みっともない袴姿するわけにはいかないから、助かったよ」
「なんの!オラでいがばいいならいつでも着付けてすけるっす!」
同じく家庭科部員の芳賀はが雪絵ゆきえが光子と共に瑞希に着付けの礼を言い、瑞希がいつでも力になると返した。
今回の和服メイドと袴の着付けは全て普段から袴姿の瑞希が担当したのだった。
「僕たちも袴姿になってみたのだー!」
「久々に着付けましたね」
真澄と義香の史学部の2人も袴姿だ。
史学部は奥州高校のブースの一部を使って「奥州市の穴場観光スポット」と書いた紙をボードに張り付けて、これまで史学部が訪れた奥州市のスポットを紹介していた。
「オラだはオラだなりに奥州市をPRすねばわがね」
「だから史学部と家庭科部とで相談してこの衣装にしようって決めたんです」
「なるほど…」
「ようし!オラだの作った弁当を売るでー!」
「おー!!」
史学部と家庭科部は声をそろえて気合を入れた。
奥州高校の販売が始まった。
和服メイド姿に興味をひかれた祭りの通行人が次々と奥州高校のブースに駆け寄り、みずさわ弁当とトッポギ入り野菜炒めを手に取り買っていく。
「なんだれめんこい格好だべ。オラさも一つ」
「ありがとうございます!」
真美も産業まつりの興奮と熱気にまみれながらも弁当を手渡しで売っていく。
ある程度個数も捌けた頃、奥州高校のブースにあの女がやってきた。
「よぉ、やってるじゃな。見さ来たで」
「いらっしゃいませ…」
「あ、朱里さん!?」
「前沢の時以来だじゃ~」
オーラのマネージャー藤倉朱里だった。
今日も髪を盛って藍色の着物姿だ。
「和服と袴さエプロンか?なんだれめんこいごったれ!皆似合うじゃ!」
「ありがとうございます!」
朱里が奥州高校の和服メイド姿に賛美を送る。
「あのーどうしてここに?」
「今回の奥州市水沢産業まつりでオーラのステージが午後からあるのっしゃ。以前から実行委員会の人達と交渉して今回歌わしてける事さなったのっしゃ」
「すげぇ!」
(そういえば産業まつりのチラシに「アイドルのオンステージ」なんて書いてあったっけ!オーラの二人の事だったのか!)
真美が産業まつりのチラシの事を思い出す。
「え?今日歌うオーラのマネージャーさん!?わ、私ファンです!ライブよく行ってます!」
「ありがとあんす」
「ええ!?」
家庭科部の梨恵が朱里の前でオーラのファンだと打ち明けた。
「この後のステージの前の腹ごしらえの為さ弁当3人分買っていきてぇのすがいがんすか?」
「もちろん!どうぞ!」
朱里はオーラの小松姫と白糸姫と自分の分とみずさわ弁当を3個買って行った。
「ところで2週間後に一関市で“磐井河原いものこ会”っつぅのがあって、そこでオーラのファンと集まっていものこオフ会やるのっしゃ。いがったらおめぇたづも来るか?」
朱里は自分のスマホでインスタグラムの投稿を奥州高校の面々に見せた。
そこには“オーラファンの集い、芋の子会オフ”と称したオフ会の募集があった。
「ええ!?オフ会!?そ、そんなのいいんですか!?」
「んだ。これを伝えさここまで来たのっしゃ」
「一関市の芋の子会でオフ会か…変わった企画で面白そうですね」
「なんと!わざわざありがとうございます!是非とも参加します!」
「ちょ……梨恵ちゃん……」
オーラのファンを自称する梨恵が参加表明をした。
「ありがとあんす。んだば参加の詳細はインスタの投稿をよく見てけらいん」
「わかりました」
「ところで小夜姫はなじょしただ?さっきから姿見えねと思ったっけ」
「ああ、小夜ちゃんなら日本一のジャンボ鉄鍋、“水沢グルメまつり”の列に一番に乗り込んでいきましたよ」
「やっぱす!あの食いしん坊がすまげが…」
奥州高校のブースには小夜姫の姿は無かった。
「水沢グルメまつりの列には白糸姫も小松姫も並んでいるっす。多分列で一緒さなってるんでねかな」
「あの二人も水沢グルメまつりの列さ!?」
「歌っこまで時間あるからな。それに芋の子が作られる南部鉄器のジャンボ鉄鍋がなんじょなものか興味あるみてぇだからな」
「なるほど…」
「んだばオラは準備があるからこれで。歌っこ見さ来てけらいな」
「ありがとうございます!」
立ち去る朱里に奥州高校の面々は頭を下げて見送った。
「真美ちゃんアイドルのマネージャーとなして知り合いなのっしゃ?」
「ああ、実は以前前沢牛まつりの会場でね…」
真美が家庭科部に藤倉朱里との知り合ういきさつを説明するとそこへ、
「よぉ、前沢牛まつり以来だじゃ!」
「あ、康秀さん!」
「今日は袴さエプロンか。気合入ってるじゃ~」
「あ、ありがとあんす」
籠姫の夫、康秀がブースにやってきた。
「この人も知り合い?」
「んだ、オラの友達の友達の身内だで」
瑞希がすかさず雪絵に説明する。
「瑞希ちゃん達とはオラのおがだを通じて知り合いなのっしゃ」
おがだって事は……」
「キャ~!」
家庭科部が言葉尻から興奮して顔を赤らしめる。
「何かしただか?」
「そのおがだは今どちらに?」
「ジャンボ鉄鍋の芋の子汁の列さ並んでる」
「やっぱり加子ちゃんもか…!」
康秀と籠姫は別行動をとっていた。
「んでおがださ弁当持ってくっす。2つけらしぇ」
「はい、ありがとあんす!」
「また会うべし~」
康秀はみずさわ弁当を籠姫の分と2個買ってブースを去った。
その後もトントン拍子でみずさわ弁当とトッポギは売れていき、程なくして両方とも完売した。
「完売ー!!」
「やったー!!」
完売の喜びを史学部と家庭科部の計8人はハイタッチして分かち合った。
「そういや真美ちゃんは水沢産業まつり初めてだべ?」
「来てよ。この祭りのシンボルとなるもの見せてあげるから」
「ウチらも祭り見て歩きたかったし」
「それなら売るものぐなったし、見さあべ!」
「うん!それじゃあこのままだと恥ずかしいから、エプロンとカチューシャは外してっと…」
真美達8人はエプロンとカチューシャを袴から外し、ブースの隅に置いてブースを離れ、体育館を出た。

外に出た真美の目に飛び込んできたものは、
「な、なんじゃこりゃ~!!??」
真美はそれを見た途端目を疑った。
南部鉄器で作られた“日本一のジャンボ鉄鍋”だった。
直径3.5m
深さ0.8m
重量50t
容積10000?
その圧倒的に巨大な鉄鍋の中では芋の子と呼ばれる里芋、ネギ、ニンジン、大根がぐつぐつと煮えたぎり、出汁となる醤油の匂いを会場に漂わせていた。
また鉄鍋の真横では、
長さ19m
幅90㎝
厚さ30㎝
もある木製の“ジャンボまな板”で水沢中の調理師が材料を切り刻んでいた。
「これがジャンボ鉄鍋……」
真美がジャンボ鉄鍋を見てあわわと震え上がる。
「どう?すごいでしょ?」
「あれで6000人分の芋の子汁を作れるのっしゃ」
「この祭りのメインイベント“水沢グルメまつり”なんだ」
「6000人もあの鍋に並んでいるの?」
(何の炊き出しなの?)
真美が芋の子汁の列に仰天する。
ジャンボ鉄鍋の前にはすでに大規模な列が九十九折りに形成されていた。
「あの中に小夜ちゃんや加子ちゃんがいるんじゃないの?」
「白糸姫と小松姫も~」
「小夜ちゃんなら一番に並びに行ったのだ」
その瑞希と真澄の予想通り、小夜姫と籠姫、さらには白糸姫と小松姫は6000人はいる芋の子汁の列のほぼ前に立っていた。
そこでは小松姫のスマートフォンでオーラの過去のライブ動画をイヤホンを片方ずつ耳に付けて付けて小夜姫と籠姫が鑑賞していた。
「あんやほに!何だれいい歌っこだで!」
「いつ聞いてもいい曲だで~」
「オリジナルでねくて他人の歌っこだけんどな」
「そのうちオリジナルも出してぇな」
「お待たせしました!芋の子汁配布開始です!」
「お!」
「きたきた!」
係員の合図によって日本一のジャンボ鉄鍋から柄の長い柄杓によって芋の子汁が器に注がれる。
それをリレー形式で渡していく祭りの係員。
最終的に小さい使い捨ての小さいお椀に注ぎ、列順に並んでいた人たちに渡していく。
「熱いですからね~」
「気を付けてね~」
いよいよ小夜姫達の番となった。
「わぁ~これが芋の子汁だか!」
「いただきますっ!」
小夜姫達が列を離れ、渡された芋の子汁を口にする。
―ぱくっ
「あつっ……!」
「でもうめぇ!」
「じゃじゃじゃっ!」
「ねっとりホクホクとした芋の子と醤油と長ネギの相性がこれまだたまんねぇ!」
―ゴクゴク
「ぷはぁっ!」
4人は一斉に配布されたお椀の中の芋の子汁を飲み干した。
「おーい!」
「いたいたー!」
そこへ真美達史学部と家庭科部の8人が合流する。
「早速芋の子汁食べてるねー」
「んだ!らずもねぇうめぇがんす!」
「真美ちゃんは芋の子汁まだ食べたことないんだっけ?」
「今ならまだ間に合うから並んで来れば?」
「う、うん…並んでくる……」
真美は凛ら家庭科部に言われるがままジャンボ鉄鍋の列に並びに行った。
その後の列は滞りなく進み、ほぼ待たされることなく真美は芋の子汁を受け取ることができた。
「熱いですよーどうぞー」
「どうも」
そのまま小夜姫と瑞希達のところへ戻ってきた。
「お待たせー!」
「なんじょだ、芋の子汁の味は?」
―ぱくっ
真美が芋の子汁を口にする。
「甘い!けど里芋のねっとり感がたまらなくて…東京じゃまず口にできない食材だから新鮮な感じがして…」
「だべ?芋の子汁は東北地方の習慣だからな」
「寒くなるのが早い岩手では尚暖かい食べ物が求められるからね」
「うん。寒い中すする暖かい鍋料理、美味しい…」
真美は芋の子汁を完食した。
「そう言えば芋の子汁と言えばさっきオーラのマネージャーさんが来てファンのオフ会の事話してきたけど…」
「ああ、磐井河原いものこ会の事か?参加する事直接二人さ伝えたから」
籠姫はオフ会に参加することを既にオーラの二人に伝えていた。
「早っ!」
「もうそろそろ歌の時間だで。ステージの前さあばいん」
光子が水沢公園のテニス場と野球場の間に作られたミニステージの前に案内した。

ミニステージの前にはオーラの常連ファンと興味を引いて集まった通行人が立ち並んでいた。
そして歌の時間が始まった。
「どうもみなさん、はじめまして。胆沢弁で「自分たち」を意味する「オラ」と、エスペラント語で黄金を意味する「Oraオーラを掛け合わせたローカルアイドルユニットの「オーラ」です!」
「まってたよー!」
「梨恵ちゃん…!?」
梨恵の突然の合の手に真美達が驚く。
「何だれあのおなご?」
「変わった格好して何歌うのっしゃ?」
―ざわ…ざわ…
通行人がオーラの天平装束を見てざわめきだす。
「本日は奥州水沢産業まつりにおいでくださいまして、ありがとうございます」
「それでは聞いてください、SUPERVOYAGER!」
オーラの口上が終わると、CyberNationNetworkの「SUPERVOYAGER」を歌いだした。
「未来を切り裂くタフなハートで~♪宇宙の果てへ突き抜けるVOYAGER~♪何処までも追いかけていたい~♪」
「ハーイ!ハーイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
オーラの歌声にたまらず真美も小夜姫も籠姫も、梨恵とファンの合の手に交じってノリノリになっていた。
しかし史学部の真澄と義香と瑞希、家庭科部の光子と凛と雪絵はやや引いた面持ちでステージを見ていた。
「どうもありがとうございました~!」
「いがったでー!」
「白糸姫~!」
「小松姫~!」
「楽しかったぁ~!」
―パチパチパチ
オーラの2人がSUPERVOYAGERを歌い終わると、観客から拍手がわき、合の手が響く。
それまでオーラを変な目で見ていた通行人もオーラの歌声に魅了され、足を止めていた。
「それでは次のステージに移るので、記念撮影・チェキを希望される方はこちらへどうぞ~」
オーラの二人は次のステージの出演者にステージを譲るべく、観客の一部を水沢公園内の噴水の前に誘導する。
「一人一枚500円になります」
「何だれじぇんこ取んのか。あべ!」
チェキが有料だと聞かされた一般の観客はその場を後にした。
残ったのはいつもの常連のファンと小夜姫達10人と有料の撮影に応じた一般の観客数人であった。
「ねぇねぇ折角の産業まつりだからさぁ、奥州高校の全員の袴姿のチェキで一緒に撮ってもらおうよ!」
「はぁ?一人500円で10人で5000円でしょ?たかが写真一枚にそんな大金…」
「今日の祭りの売り上げの中から!経費ってことで…」
「ダーメ!」
梨恵の全員でチェキの提案は家庭科部全員の反対に遭った。
しかし、
「売り上げからは無理でも、一人500円ずつ出し合うのはどう?」
「うーんでもねぇ私は写真はねぇ…」
「ああ、おめさんたづなら学割っつぅ事で10人で半額の2500円さ負けてすける」
「え?いいの!?」
「んだば今回だけだで」
「売上金を使ったことについては私達から先生に「記念撮影代」ということで弁解しておきますから」
真美の提案を渋る凛に小松姫から学割の名目で全員で一枚のチェキを負けてもらうこととなり、家庭科部部長の光子も渋々ながら承諾した。
噴水を背に奥州高校の家庭科部・史学部・籠姫の10人が並び、小松姫と白糸姫が前に座り、ポーズをとって朱里にチェキを撮ってもらう。
―カシャ
―ジー
取り出したチェキの写真にオーラの二人がサインをスラスラと書き加えていく。
「やったー!わが校記念の一枚だー!」
「あんたに喜ぶでは、そんたにチェキっつぅもんが有難ぇのか?」
サインしてもらった全員集合写真に梨恵はハイテンションになるが、その様子を光子は冷ややかな目で見ていた。
「んだばオラだはあいさつ回りがあるからこれで。また2週間後な~」
「んでな~!」
「またね~!」
朱里とオーラの二人がその場を後にする。
「んではオラだづも産業まつりを楽しむべ!」
「やったー!」
10人は水沢公園の敷地内を回り始めた。

公園の敷地内には高所作業車の乗車体験、餅撒き、奥州市の姉妹都市・北海道長沼町物産展と岩手秋田交流物産展、復興海鮮市などを見て回り、産業まつりと併催している「奥州肉まつり」に辿り着いた。
奥州肉まつりとは水沢産業まつりから生まれた、奥州市内の農畜産物や代表的なグルメを食べられるイベントである。
敷地内のテントには、奥州牛もも肉の丸焼き、前沢牛の串焼き、水沢のソウルフードである深見屋の空揚げ、ミート小野寺のチューリップ、肉巻きおにぎりが山のようにでんっと積まれており、会場に食欲を刺激する香ばしい匂いを漂わせていた。
「なんじゃこりゃ~!!??」
圧倒的な肉の量に驚愕する真美。
「前沢牛に奥州牛、奥州市は畜産も盛んだから、肉系のグルメも盛りだくさんなのだ」
「こんなに大量に積みあがっている肉料理を見たことが無いよ…」
(胃がもたれそう…)
「あれ?」
「おお、おめだづは…!」
「竜助さん!」
「康秀さんも!」
「知り合い?」
「うん、6月に前沢牛まつりで知り合った前沢牛の人」
奥州肉まつりの前沢牛のテントで前沢牛の串焼きを黙々と焼き続けていたのは那須川竜助だった。
康秀も竜助と立ち話していたようでテントの前に立っていた。
「あんやほに!めんこい服着て、今日も友達と一緒かや?」
「竜助さんも、今日は産業まつりに来ていたんですか?」
「ああ、前沢商工会青年部を代表して前沢牛の串焼きを広めにな。俺は自分ワレの店持つ前に商工会の会長おやんつぁんに認められねばわがね。んだから親父の店をまずは地道に継いでいくことさした」
「それで今日の屋台に?」
「んだ。前沢牛の串焼き買って行ってけらしぇ」
「それじゃあ人数分…」
義香は竜助から前沢牛の串焼きを10人分購入した。
「また前沢牛を食べれるなんて…」
「前沢牛もだけど奥州牛もすごいのだ」
いわて奥州牛もも肉の丸焼きでは巨大な牛肉の塊が回転肉焼器にて炭火で回しながら油を垂らしながら焼かれていった。
焼かれていくもも肉の表面が水沢商工会の人の手によって切り落とされ、大量にパックの中に盛られていく。
「すごい量だ…」
「とりわけお勧めしたいのがこれ!」
「オラだが奥州市の味、深見屋の空揚げだじゃ!」
「空揚げ…!?」
(ていうより硬そうなフライドチキンだよ…)
大量の空揚げの山を見て真美が驚く。
深見屋の空揚げは見た目こそケンタッキー・フライド・チキンの表面を濃くしたような色合いだが、かすかに醤油の香りが漂っていた。
「真美ちゃんの分、買っておいたで」
「わぁ、ありがとう!」
瑞希から空揚げを受け取る真美。
「それじゃさっそくいただきますっ」
―ガブッ
空揚げに豪快に噛み付く真美。
皮を引き剥がし、中の肉を味わう。
(うん!ケンタッキーに比べると味わいはマイルドだけどジューシー。醤油の深くて甘い味わいが食欲をそそる…硬いと思った皮もパリパリで醤油がしみてて癖になる…肉身も締まっていて噛み応えがある…)
「うめぇがえ?ちゃっけぇ時から食い慣れてきたソウルフードだで!」
「ソウルフードか…チェーン店の味よりも記憶に残る、住人に愛され続けている証なんだね!ね、小夜ちゃん―」
「ふえ?なんの事だ~?」
―フゴフゴ
(既に食べ進めてるし!しかもあんな量の肉を次々と…!)
小夜姫に話を振ろうとした真美だが、小夜姫と籠姫はすでに空揚げと串焼きを平らげ、肉巻きおにぎりに手を出していた。

奥州肉まつりの会場から体育館の奥州高校のブースに戻る途中に、水沢競馬場の水沢食堂のジャンボ焼き鳥ともつ煮込みを食べたり、長沼町ブースのジンギスカンの味を堪能したりと、既に10人のお腹は満腹になっていた。
6000食を提供したジャンボ鉄鍋は祭りの後状態で、大型クレーンによって下ろされ、ホースで水洗いされていた。
「大量の芋の子汁を作っていたあんなでかい鍋が空っぽに…」
「私もあのジャンボまな板の上でジャンボ鉄鍋で芋の子を作る調理師になりたい!」
「え?」
「実は私たち家庭科部は元々奥州高校に統廃合される前にあった学校の調理科に通うつもりしていたの」
「でもその学校が統廃合で奥州高校になると同時に調理科も廃止されて……」
「かと言って他に調理科のある遠くの学校さまで通う気力もねぇ」
「それでも調理師の資格を取るために料理の事を学びたいって人と服飾や裁縫やりたい人とが合流して家庭科部が立ち上がったんだ」
「そんな経緯があったんだ…」
光子、凛、梨恵、雪絵の4人が奥州高校家庭科部創部の経緯を語る。
「だから私達は調理師の資格目指して放課後の調理室で料理の腕を磨いてる」
「目指すのはあの奥州水沢グルメまつりのジャンボ鉄鍋の上で芋の子を作る調理師に加えてもらう事!」
「す…すごいね……」
「ちなみに、私達史学部と家庭科部は和服の着付け関連で協力関係にあるんです」
「そうだったの!?」
「今回の祭りの依頼も協力関係あってこそ参加したのだ」
「んだなー」
真澄と義香が事の真相を明らかにする。
「今回の祭りも無事完売したしオラだの調理の腕前もみんなさ見て貰えていがったで!」
「うん!よかったね!」
「よぉし、調理師の資格目指して明日からまた修行だじゃあっ!」
「おーっ!」
家庭科部の4人は円陣を組んで腕を伸ばして拳を合わせて突き上げた。
「あ、そうだ!思いついたけんど、2週間後の磐井河原の芋の子会で、今日この祭りで販売されている奥州市の肉、野菜、お菓子。それらをみんなで買って持っていかねが?白糸姫と小松姫やみんなさ奥州市のうめぇもん、せであげてぇ!」
小夜姫が提案をする。
「賛成!いいね!それ!」
「産業まつりに来れなかったファンの皆さんに奥州市の特産品やソウルフードを知ってもらういい機会だね」
「その芋の子会の会費も家庭科部の部費と今日の売り上げから出してもいがすや」
「いいの!?」
「今回だけだじゃ。今後はあんまし公私混同すんなで」
「え~ローカルアイドルはファンが支えて上げなくちゃ~」
しぇづねしつこいっ!」
光子は小夜姫の提案を聞いてオフ会参加費の部費扱いを認めたものの、梨恵のあまりの公私混同っぷりに呆れて声を荒げる。
「まぁまぁ二人とも…」
「まんつまんつ、その持っていくもの買いさあべ!祭りの屋台さ!」
「うん!」
「そうだな」
真美が止めに入り、小夜姫の誘いで家庭科部と史学部は再び体育館の水沢産業まつりの会場に踵を返した。

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