奥六郡の天女姫

京城香龍

6話「徳水園」

奥州市江刺区米里の兼業農家、小原家。
その小原家の家の居間の炬燵でノートPCと向き合っている少女。
少女は退屈そうにため息をつきながら炬燵に横たわる。
「はぁ~退屈とじぇんだで…やれ「いいね!」だの「マイミク」だの「オフ会」だの「フォロー」だの「お気に入り」だの「リツイート」だの……チッ…ららほらくだらないだで……んだども、こいつがいればは、退屈すねぇで済む…」
少女はそう言うと起き上がり、再びノートPCを開く。
その画面には先日えさし藤原の郷で撮影され、拡散された小夜姫の写真が映っていた。
―ピローン
スマートフォンのLINEの着信音が鳴る。
えさし藤原の郷に勤める沼里愛梨からだった。
LINEでのチャットのやり取りがはじまる。
愛梨「小夜ちゃんは徳水園の桜見に行ったみてぇだで」
少女「え、徳水園?胆沢区?」
愛梨「んだ!オラだもあばい?」
少女「小夜姫と引き合わせてけんなら…」
愛梨「任せらい!」
愛梨「てことで亭主ごでに車っこ頼むで」
少女「わがった」
「父っちゃ!」
「なしただ~?」
少女の呼びつけに居間に亭主の小原康英おばら・やすひでがやってくる。
「悪ぃけんども胆沢区の徳水園さ車っこ出してけらい!」
「徳水園!?胆沢さまで!?」
「んだ!愛梨ちゃんが会わせでぇ人さ会いてぇのっしゃ!その人が今徳水園さ向かってるのっしゃ!」
「あんやほに…よりによって遠くの胆沢区かや…」
「父っちゃも水沢みんつぁわ方面さ用事あるべ?」
「ん…まぁな……」
「んだば決まりだじゃ」
「ひょっとしてその会いてぇ人ってこの前オラさ競馬仲間通じて教ぇでけろ、つったあのおなごの事かや?」
「当たり!まさか愛梨ちゃんとも友達だっただとは、何だれ縁っこ!」
「オラもその事聞いてどでんしたで!愛梨ちゃんと繋がっていたとはな。まぁおめさんがあんたに会いたがってたおなごならししゃねぇしょうがないな。わがった、車っこ出すぞ!」
「ありがとあんす!あと愛宕で愛梨ちゃん拾ってあべ!」
「あいよ」
康英は少女の要望に応えて車を出した。

その頃、真美と瑞希と小夜姫の3人は真美の父親の運転で国道397号線の桜並木、通称「桜の回廊」の下を車で走り抜けていた。
「うわぁーきれー!」
「冬の時にバスで通った時には咲いてねがったからわかんねがったかもしゃんねけど、ひめかゆさまで桜並木が続いているだ」
「桜の木の下をトンネルのように車で走り抜けられるなんて東京じゃありえないなー」
「だろー?車で花見ができるなんて胆沢の桜の回廊だけだー」
「オラだの為さ車っこ出してけで本当におもさげねがんす」
「いいって、俺の趣味はドライブだからよ。東京にいたときは車なんて持てなかったから、今は奥州市や金ヶ崎町を走り回れて楽しいよ」
「やっぱ東京は車っこ多くて渋滞ばりでがすぺ?」
「いいや、そうじゃなくて、車通勤禁止の職場ばっかりだし、駐車場を作れるスペースもないし、何よりバスや電車で移動が常識だからな、自家用車は敬遠されちゃうんだよ」
「んなのすか!?車っこ使えねぇ暮らしなんて岩手こっちでは常識では考えられねがんす…」
「みんな当たり前に車っこ何台も持ってるしな」
「バスは1時間はおろか、1日に片手で数えるほどしか本数ねぇし、東北本線は1時間に1本だし…」
「東京と比べないでよ!」
「真美も車社会の奥州市こっちにきて東京とのギャップに驚いてばかりだったろ?車が無いと何もできない土地なんだと」
「そうだね。私は運転できないから伯父さんやおじいちゃんにいつも車出してもらって」
「車社会の奥州市と車が敬遠されるバス・電車社会の東京とは常識も環境も正反対になる。互いに移り住んできた人間が戸惑う一番の場面だよ」
「それまでの常識が否定されるのって何だかおっがねぇな」
「そうだな」
真美の父の車の中で瑞希と小夜姫が真美の父と会話する。
奥州市に限らず岩手県は車社会である。
自家用車が一家に1台ではなく、1人に1台なければ生活が成り立たない土地柄なのだ。
東京都など車を運転する必要のない環境で生きてきた人間が岩手県で生きるためには、1にも2にも普通自動車運転免許の取得と自家用車の購入である。
「で、胆沢ダムで折り返して徳水園に戻るのでいいんだな?」
「はい、桜の回廊をもう一回見ながら!」
「はいよ」
真美の父の運転する車は桜の回廊を抜け、ひめかゆの先にある胆沢ダムの前の広場でUターンし、再び国道397号線の桜の回廊に入った。
「桜の回廊」、国道397号線の徳水園からひめかゆ温泉まで約7kmにも及ぶ桜並木である。
その為少しずつ開花の時期もずれているのが特徴である。
西に進むにつれて5部、3部咲きといった具合だが、GWも目前となると7kmの桜並木は全て満開になり、桜のトンネルが形成される。
そのため奥州市では水沢競馬場と並んで桜の名所として有名である。
直線の国道に植えられた満開の桜の花の下を車で駆け抜ける優雅な花見を楽しめる。

再び7kmの桜の回廊を抜け、真美の父の車は徳水園に到着した。
徳水園、それは日本のアラビア砂漠と呼ばれた胆沢平野の水争いを解決するために建設された日本一の円筒分水工である。
胆沢川から取水した水を胆沢平野を網羅する茂井羅堰と寿安堰に平等に水を分け流し、500年に及ぶ胆沢平野の水争いに終止符を打った最終兵器である。
日本一の円筒分水工の周りには胆沢平野を開拓した北郷茂井羅きたざともいら後藤寿安ごとうじゅあん千田左馬せんださま遠藤大学えんどうたいがくら四人のをはじめとする先駆者の功績を讃えた石碑や、水の歴史公園がある。
車から真美と瑞希と小夜姫が降りてくる。
「お父さん運転ありがとー!」
「ありがとあんす!」
「いいって。それで迎えに来るのは夜でいいんだな?」
「うん、夜桜がとてもきれいだからって見たいから…」
「そうだな。そんじゃ、夜になったら迎えに来るから、それまでいい子にしてるんだぞー!」
「はーい!」
そう言い残して真美の父は車を走り去らせた。
「うん、いい匂い?」
真美が徳水園の香ばしい食べ物の臭いに気づく。
「あれ!?祭り!?出店!?」
徳水園の駐車場と397号を隔てて向かいにある「胆沢まるごと案内所」の周辺には食べ物の屋台と産直の屋台が並んでいた。
「おーい!こっちー!」
真美を呼ぶ声。
「はーい」
真美が呼ばれてきたところには、史学部の真澄と義香と江刺高校の愛梨が待っていた。
「お待たせしましたー」
「先に徳水園で待っていてよかったですね」
「桜の回廊はなんじょでがした?」
「うん!とっても綺麗だった!あんなの東京じゃ体験できない!」
でがえそうでしょ?」
「岩手から秋田へ、あの焼石山地を超える道に続く桜並木、他では見られない“桜の回廊”です」
「奥州市のもう一つの桜の名所なのだ」
「本当に桜のトンネルですね…」
合流して6人になった一行は「さくらまつり」で賑わう徳水園の園内を見て回る。
徳水園の広場には多数の石碑が建てられ、それを一つ一つ見て歩いていた。
「命水悠久 報恩謝徳?」
「胆沢ダムの前身、石淵ダムができる前の胆沢川とそこに広がる胆沢平野は恒常的水不足だったのっしゃ」
「豊かな水と肥沃な大地を意味する“水陸万頃”はここ胆沢平野の代名詞だったのだ」
「肥沃な大地とは裏腹に日照りが続くと極端に減水し、深刻な水不足になるのっしゃ」
「つまり冷害とか酷暑とかにらずもねぇ弱ぇのっしゃ」
「この広い胆沢平野を開拓するため、旧穴山堰・茂井羅堰・寿安堰・開拓幹線用水路と数多の農業用水路が張り巡らされ、なんとか胆沢平野を日本屈指の穀倉地帯にしようとしましたが、それでも胆沢川から流れてくる農水用の水の量をめぐって堰の住民の対立、水争いは収まりませんでした」
「その水争奪戦さ終止符を打つために作られたのが、こっから上流さある胆沢ダムとこの円筒分水工なのっしゃ!」
「胆沢ダムについては前にひめかゆで瑞希ちゃんが話していたよね!?」
「んだ、石淵ダムの高さだけでは水不足と水争いは収まらなかったで、胆沢ダムを造ってパワーアップを図っただ」
「下流には円筒分水工を作って胆沢川の水をみんなさ平等に分けんべ!となったのっしゃ!」
「悠久の胆沢川の水は奥州市民の命!その命の水を平等に分けてくれる努力を積み重ねてきた数多の偉人に感謝しましょう。というのがこの徳水園の碑です」
「なるほど…」
「本物の円筒分水工を見さあべ」
6人は石碑から離れ、円筒分水工を間近に見に行く。

「わぁ~…」
円筒分水工は胆沢川から取水された水を農業用水として中央の筒からあふれ出して周囲の円形の中に流し入れていた。
「す、すごい…すごい迫力だ…」
ざぁざぁと円筒分水工の真ん中から絶え間なくあふれ出てくる水の流れに真美はびっくりする。
「んだえ?すげぇべ?このおかげで胆沢川の水は茂井羅堰と寿安堰に平等に流れていくようになったのっしゃ」
「ほらあの二つの赤え水門、あれが茂井羅堰の水門であっちが寿安堰のだ」
円筒分水工には取水口が二つ設けられており、茂井羅堰・寿安堰の2系統の用水路に平等に分け流れていくようにできている。
「八筋の流れに一筋の想いを寄せて、水陸万頃の胆沢平野は今年も豊作だじゃ!」
「そう言えばひめかゆで小夜ちゃん歌っていたよね?胆沢平野小唄」
「んだ、想いは一筋~流れは八筋~♪照れば旱ばつ 曇れば出水~それも昔の語り草~見やれ自慢の石淵ダムは~のびる胆沢の底力~♪」
小夜姫はひめかゆで覚えた「胆沢平野小唄」を歌いだした。
そこへ―
―ガッ
「やっと見っけたで!」
胆沢平野小唄を歌う小夜姫の腕を掴む少女。
それこそ江刺区米里から愛梨と一緒に来た少女であった。
少女の姿は小夜姫のそれと同じく奈良時代の女性朝服、天平装束であった。
色違いで黄色い筒袖の衣に紅の背子はいしを黒の紕帯そえひもで留めて領巾を両肩にかけ、橙色の裳裙を巻いた、はなたかぐつを履いてさしはを持つところまでは同じだが、髪型が金髪のウェーブのかかったセミロングと現代風な顔立ちだった。
「おめさん誰でがすか?」
「オラの名前は小原加子おばら・かこ!本当の名前は籠姫かごひめ!平泉の鬘石かつらいし姫待滝ひめまちのたきの天女だ!!」
小夜姫の問いに籠姫は掴んでいた小夜姫の腕を払い、小夜姫に指を指して自己紹介をした。
(この子も奈良時代の衣装だあぁぁぁぁ~でも髪は金髪だしどこか現代っぽいし小夜ちゃんと違うタイプの天女?)
真美が籠姫の姿を一目見て思った。
「生まれは京都!だども千年以上に蝦夷の悪党ささらわれてこっちゃ暮らしているうちにこっちの言葉が移っちまっただ」
(それで訛ってるの!?)
「平泉町!?」
「―ってどこ?姫待滝に鬘石ってどこだ~?」
「毛越寺と達谷窟の間っこ!太田川の中流だで!!」
籠姫が全員のボケに突っ込みを入れる。
「平泉の籠姫が衣川のオラさ何じょな用なのす?」
小夜姫が籠姫に尋ねる。
「オラ、おめさんさ会いでがったのっしゃ!えさし藤原の郷で撮られたあの画像をTwitterで見た途端「あ、こいつ衣の滝の…」ってわがって、んでおめさんが水沢競馬場で馬っこ的中させたっつぅ話を父っちゃから聞いて、衣の滝から降りてきたのは本物だったのだなって…んでおめさんさ会いでくなって徳水園ここさまで来ただ!」
「お、オラさだか?」
「んだ!」
「すみません、ここじゃ何ですし、場所変えましょう」

籠姫を加えた7人は徳水園内の水の歴史公園の東屋に移動する。
東屋からは蒲が植えられた沼と水車の列が見える。
「にしても小夜ちゃんが徳水園ここさいるってよくわがったな?」
「そ…それは…オラが教えただ」
愛梨がおどおどとした態度で打ち明けた。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「オラと籠姫、加子ちゃんは江刺高校のおんなすクラスなのっしゃ。友達なのっしゃ」
「えぇぇぇぇぇ!?」
「ほんだってやぁ!?」
あっぺとっぺめちゃくちゃだじゃ~」
「何じょして江刺高校さ?まさか小夜ちゃんと同じ手口で、誰かと養子縁組してかや?」
つがう、入籍だじゃ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「姫待滝を降りて平泉の街中さ出はってきたっけ、“世界遺産街コン”なる張り紙を見て、それさ参加したっけ、農家の跡取りの嫁が欲しいと嘆いていた今の父っちゃの話を聞いて、オラが小原家さ嫁げば人間界の戸籍が手に入るし父っちゃもいえもづ家長として人目いぐよくなるし、2人の利害が一致して父っちゃの家のある奥州市の江刺区の市役所の支所さ婚姻届出して受理されたじゃ」
「それって偽装結婚でしょ!?」
「偽装だなんてばが大げさ語るなで、今流行りの“契約結婚”なのっしゃ!」
「契約結婚んんんん!?」
(偽装結婚と変わりないんじゃ?)
真美が籠姫の真実の告白に突っ込みを入れる。
「こうして人間界では“小原加子”の戸籍を手にしたオラは父っちゃと同じく人目よくするため地元の江刺高校さ転入学し、そこで愛梨ちゃんと知り合ったのっしゃ」
「以来オラだは秘密を共有しあう仲となったのっしゃ」
(ずいぶんとグレーゾーンな手を使うんだね)
籠姫が出自を一通り語り終える。
「語るの戻してそれで愛梨ちゃんと友達だったから、今日小夜ちゃんが徳水園ここさいるって事愛梨ちゃんから教えてもらったっつぅ事か?」
「んだ」
「ただオラさ一目会いてぇわけではねかべ?」
「んだども、オラが姫待滝から降りてきたように、おめさんも衣の滝から降りてきた理由忘れてねかべ?」
「降りてきた…理由…」
小夜姫の脳裏には正月に毛越寺の薬師如来からも同じことを尋ねられていた光景が浮かんできた。
「まぁそのうち思い出すべ、今日は徳水園のさくらまつりを楽しむべじゃ!」
「は、はぁ…」
籠姫の真面目なムードから一転してお花見モードに変わってしまった。

7人は無料でふるまわれる黄な粉餅の列に並び、黄な粉餅を受け取り、さらには同じく無料でふるまわれていた奥州市のB級グルメ“奥州はっと(すいとん)”を受け取り、先ほどの水の歴史公園の東屋に戻った。
そして黄な粉餅と奥州はっとを口にする。
「はぁ~うめぇ~」
「この奥州はっとも暖かくなるね」
「奥州はっとなんつ言葉最近出来たばりだで。オラだには“とってなげ”って呼んでる」
「取って投げ…?」
真美はとってなげの言葉を聞いて相撲の技を連想した。
「“とってなげ”っつぅのは小麦粉をこねて丸めた生地をちぎって鍋さ投げ入れた事から“とってなげ”って言われてだ」
「なんだ、そういう事か…」
真美はどこか安堵した様子だった。
「この黄な粉餅も胆沢川の水が円筒分水工によって分けられた用水路の水で潤された胆沢平野の田んぼの米から出来てら」
「先人の水争いがこの円筒分水工で解決し、おいしいお米が取れるようになってよかったね」
「ああ」
「徳水園はその先人の水を巡る争いの歴史を後世に伝え、偉人たちを讃えるために、忘れないようにするための公園なのですよ」
「そうだったんですね」
(水を巡る争いを解決するために作られた円筒分水工。それによって胆沢平野に平等に水がいきわたるようになった。私も、自分の空いた心に円筒分水工から分けられる胆沢川の水のようにスキマを埋めてくれる何かを小夜ちゃん達からもらっていたんだ)
真美は徳水園の成り立ちを聞いて自分の立場を徳水園から供水される堰の水に例えた。
(でもそもそもさっき籠姫…加子ちゃんが言いかけようとしていたけど、そもそもなんで小夜ちゃんはあの時私のところに現れたの?小夜ちゃん、瑞希ちゃん、愛梨ちゃん、先輩…私は…東京には私の居場所はないと思って奥州市に来たはずなのに、今は…)
「ええーっ!?小夜姫スマホはおろかガラケーも持ってねぇのかや!?」
「持っていだってちょしいじり方わがんねぇし、電話は家の電話でやり取りしてっから…」
「何言ってんのっしゃ!今の時代スマホ持たねぇと絶対んざねはぐど苦労するよ!格安スマホとか契約すらい!」
「そ…そのうちな…」
見分森での出会いがフラッシュバックする真美を遮るように籠姫は小夜姫の携帯電話を持っていないことに驚きに遮られた。
「あんやほに…おめだず普段何じょして連絡取り合ってるのっしゃ?」
「小夜ちゃんちの家電」
全員が即答する。
「家電だけかや!」
「普段あんます家から出ねぇもんや、いつでも電話には出れるのす」
「そうでねくて、今日みでぇに出た先で待ち合わせとかよくできるもんじゃやな?」
「こういう時は私か瑞希ちゃんが窓口になっているから、小夜ちゃんに何か連絡したいことがあったら私か瑞希ちゃんにLINEしてよ」
「わがった。何かあったらおめさんさLINEする」
そういって真美と瑞希は籠姫のLINEの連絡先を交換した。

日も暮れだし、徳水園も暗くなりはじめた18時過ぎ、国道397号線のひめかゆ方面に向かって1.5キロの区間の桜並木がライトアップされた。
ライトアップされた桜並木は桜のトンネルというよりは桜の滝が連綿と続いている様子で、昼間のトンネルとは趣を別にしていた。
「すごーい!桜のトンネルのライトアップだ!」
「ぼんぼりの明るさも相まってらずもねくきれいだじゃ~」
「だからばんげ夕方以降さあべって言ったのっしゃ」
「きれい…東京でも桜並木のライトアップとかあるけど、いっつも人人人でろくに身動き取れないから桜どころじゃないんだよね。それに引き換えここは適度に人はいるし、車を運転しながら楽しめるし、ライトアップの仕方もきれいだし本当に見とれてしまうよ」
「んだえ?ここは夜の花見、夜桜の名所なのっしゃ!」
「そうだ!ライトアップされた桜を背に二人の天女の写真を撮りましょう!」
「え?」
「小夜ちゃん、加子さん、その桜並木に立ってさしはを持って構えてください」
「わがった」
「へ?こ…こうだか?」
義香の指示に従ってライトアップされた桜の木の下に天平装束を身にまとった小夜姫と籠姫は並んで両手でさしはを持ち、ポーズを取った。
その領巾と衣は散りゆく桜の花びら舞う風景にとても溶け込み、この上なく絵になっていた。
「いいですね!写真撮りますね!はい、チーズ!」
―パシャ
情景的なその2人と桜並木は義香の1眼レフのデジタルカメラに収められた。
「ありがとうございます」
「あ、ついでにオラのスマホのカメラさも撮ってほすがんす」
「わかりました」
義香は籠姫のスマートフォンでも同じポーズ、同じ立ち位置で撮影した。
―カシャ
「ありがとがんす」
「いえいえ」
「せっかくだから小夜ちゃんも加子さんも何枚か副部長のカメラで撮ってみるのだ」
「そうですね。何枚か行きますか」
―カシャカシャ
こうしてライトアップされた桜並木と徳水園を背景に奥州高校史学部の4人と江刺高校の2人の記念撮影が行われた。
「義香先輩すっごくカメラの扱い上手ですね」
「フッ…えさし藤原の郷でコスプレイヤー相手に鍛えられていますから!」
「ああ…なるほど」
ドヤ顔で義香が答える。
「撮った写真のデータの何枚かはメールにまとめて圧縮ファイルにして添付して送りますね」
「ありがとあんす」

「買ってきたのだ―!」
真澄がさくらまつりの屋台からモツ煮込みとトッポギとやきそばと屋台の食べ物を7人分買ってきた後、義香は胆沢まるごと案内所の中に入り、案内所の職員に声をかける。
「すみません、実行委員会の本部はこちらですか?」
「ええ、でも委員長は今あのテントに出払っていますよ。今から私も行くんで案内しますよ」
「そうですか。助かります」
「義香先輩?」
義香の意図がつかめぬまま、7人は実行委員会のテントに案内される。
「会長今日は車っこでねがんすのな?」
「当たり前だで。この桜っこのきれいな日さビール飲めねぇなんてなんたらなんてごった苦行だべ」
実行委員会のテントでは既に実行委員長はじめ少人数の大人たちが飲み始めていた。
もうしすみませんなんかこのわらすたづ子達が委員長さ差し入れしでぇって来てるんだけんども…」
「あ?差し入れ?」
「あの…すみません。本部テントがこちらとご案内されたのですが?」
「んだけんどもおめだづは?何の用なのっしゃ?」
「よかったら皆さんでどうぞ!私の母の故郷、雫石のじゅっこ料理3重折!」
義香は実行委員会の大人の前に風呂敷に包んだ3つのお重を差し出した。
「えーいがすのすか!?」
「どうぞどうぞ!」
「差し入れは雫石のお重っこだどみんな!」
ーわっ…
テントの中は一斉に湧いた。
お重っこ料理は岩手県の県央、雫石町に伝わる郷土料理である。
奥州市より北に位置する雫石町では冠婚葬祭や田植え・稲刈りなどの農村行事に、それぞれの過程で作った地もの、和え物などの料理を「重っこ」に入れて持ち寄り、みんなで食べる。
食べ方は、お重を隣の人に回して各自で自分のお皿に自分の食べる分をとりわけ、次の人に重っこを渡していく、といった作法がある。
実行委員の一人が風呂敷を解くと3つのお重が現れ、それぞれ1つずつ取り外すとキムンパ(韓国風海苔巻き)、ピーマンの肉詰め、弁慶のホロホロ漬が詰まっていた。
「おおーうめそうだじゃー!」
「いただきまーす!」
(ちょっと…何のことなの?義香先輩がせっかくここで皆で食べるために作ってきたお重の料理を、それを丸ごと…見ず知らずの人たちに差し入れ…私にはもう何が何やら…)
―スッ
「?」
義香のとった行動に疑問を感じていた真美の前に実行委員の大人からコップが手渡される。
「いがったらおめだづもここでけぇって飲んでくか?ジュースかお茶さなるけんども」
「え!?」
「ええ~そんな~いいんですか?」
「!」
「ではお言葉に甘えて…」
「え…!?」
7人は実行委員会のテントの中に案内された。
―トクトク
「まままま…」
コップになみなみと注がれるウーロン茶。
(まさかこれが…義香先輩の狙い!?)
こうして、義香のファインプレーにより、7人は屋台の食べ物と義香手作りのお重っこ料理にありつくことができ、かつ、生み出したプラスα!
「胆沢の桜にカンパーイ!!」
夜桜と飲み物と飲み仲間!
八筋の流れが一筋の流れとなった瞬間だった!
「―って事で初恋の人を取られた私は奥州市に引っ越してきてみんなと出会ってから…」
「まぁまぁ人の運命っつぅのはこの胆沢川の用水路の流れのようになんじょして変わっていくのか誰さもわがんねぇ」
げぇねつまらない人生なんてねぇのっしゃ」
奥州市こっちゃきて正解だったと思うぞ」
「みなさん…」
酒の入った実行委員会のメンバーに勇気づけられて真美は元気を取り戻した。

ライトアップの時間が終わりに差し掛かり、さくらまつりの屋台も撤収作業に入ったころ、アルコールが入っていない真美と籠姫と真澄のスマートフォンに電話がかかってくる。
―プルルル
「はい!ああ、父さん?そろそろ着く?うん、徳水園の駐車場で瑞希ちゃんと小夜ちゃんと待ってるから」
「父っちゃ?そろそろ着く?うんわがった」
「はい、お母さん?もうすぐ着くのね、義香ちゃんもよろしくー」
「それじゃあそろそろお別れだね」
「また奥州市のどこかで会うべし!」
「八筋の流れが一筋のになったもん!私たちも、住んでいる地区は遠いし学校も違うけど友達だよ!!」
「んだな」
「んだば今度から小夜姫さ何かあったらおめさんさLINEするから、それから小夜姫に取り次いでけらしぇ」
「うん、わかった!」
こうして水の流れに感謝する徳水園にてあらたな友情を築いた真美と籠姫はそれぞれ迎えに来た父と康英の車に乗って、真澄もまた迎えに来た母の車に乗って、瑞希・小夜姫・義香・愛梨もそれぞれ乗せて国道397号線の桜並木の下を走りながら徳水園を後にした。

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