勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第五十四話

「……止まって」

闇の中を慎重に進んでいた最中、骸が唐突にストップをかける。普段の彼女らしくない深刻な声色に躊躇いつつも、水樹達はその声に従った。

「や、やっぱり何かいるの?」

「……微かに唸り声。空気が淀んでて大きさまでは把握出来ないけど……獣型の何かだと思う」

闇に包まれた行先を、骸はじっと目を細くして見つめる。水樹達にはまず見えないが、彼女ならば辛うじて先の光景を確認する事が出来る為だ。

「……どうする? あんまり先に行きたくないけど」

「ええ、決まっています。この先に司祭様がいらっしゃるというのなら、ええ」

言うが早いか、ドローレンは唐突にメイスを取り出し腰溜めに構える。その動作に呼応するように、暗闇の奥から何者かの唸り声が響いて来た。

「この雰囲気、魔獣か……!」

「いくら地下とは言っても、ここ街中なのに!」

「くっ、毒を使うには空間が……!」

慌てて武器を構え直す一同。だが、暗闇からの奇襲においてはそれに適した魔獣の方に利がある。態勢が整いきる前に高速で接近して来た魔獣は彼女らに飛びかかりーー

「フッ!!」

ーードローレンに敢え無く吹き飛ばされた。

全力の一撃を一切の容赦なく喰らわされた魔獣は、まるでそこらの犬のように情けない悲鳴を上げながら洞窟の壁面へと叩きつけられる。そのまま地面へずり落ちるとそれきり身動きを取らず、やがてその身を虚空へと散らした。

一瞬で起こった出来事にポカンと口を開ける水樹達。取り回しが重いメイスが目にも留まらぬ速さで振り抜かれ、飛びかかってきた魔獣を叩き飛ばしたという事実を理解したのは、その数瞬の後である。

「早い……!」

「こ、これ私達必要無いんじゃ……」

「ーーいえ、まだです!」

未だ蠢く複数の魔獣の気配。ドローレンは予断なく構えるが、次に動いたのは骸の方だった。

闇の門を展開し、その中に手を突っ込むと、思い切り中から闇で出来た鎖を何本か引っ張り上げる。すると、洞窟の向こうから何かに抵抗するような音と唸り声が響いて来た。

「……射出」

背後にいくつも展開した門から、様々な武器が飛んでいく。いずれも闇で出来ており、それが全て能力で生成されたものであることは想像に難く無い。

武具が地面に突き刺さる音と、微かに響く肉を裂く音。魔獣の悲鳴は掻き消され、骸の攻撃が止むとそれきり何の音も聞こえなくなった。

「……闇の中で戦いを挑んだのが間違い」

骸がポツリと呟くと、何事もなかったかのように虚空へと消えていく闇の門。改めて彼女の能力の強力さを水樹達は実感した。

「流石はムクロさん。大した殲滅力ですね」

「……でも、まだ残ってる」

奥に広がる魔獣の気配は未だ消えていない。それどころか、むしろ禍々しい気配がどんどん強まっている様にも感じ取れる。

まだまだ同じような魔獣が潜んでいるのか、それとも強大な親玉が控えているのか。少なくとも、洞窟の闇には脅威となり得る存在が潜んでいるというのは間違い無さそうだ。

「ええ、斯くなる上は仕方ありません。照らせーー『聖句詠唱:光輝天照ホーリーシャイン』!」

メイスを地に刺しドローレンが呪文を唱えると、その地点を中心に光が広がり、一気に洞窟内が眩く照らされる。先程まで見えなかった洞窟の先も、今では完全に丸裸だ。

一気に広がった視界に驚きの声を上げる水樹達。

「うわ、眩しい!」

「……闇が無くなっちゃった」

「流石の術ですわね……ですが、初めからこれを使えばよかったのでは?」

奏の疑問は最もだが、いかに便利に見える術だとしても、そこにはしっかりとメリットデメリットが存在する。

「確かにそう出来れば良かったのですが、これを使うとメイスを動かす事が出来ないのですよ。私の様な神の祝福を受けている存在は、祝福を受けた得物がないと聖句詠唱を扱えないのです」

魔術の詠唱とは変わった原理によって動く聖句詠唱。扱う為にいくつか制限がかかっており、そのうちの一つとして聖なる力によって祝福された触媒を必要とするという条件がある。

その為、この術を使っては聖句詠唱が扱えない。すなわち、魔獣に対しての有効な攻撃手段を失うという事である。魔獣が潜んでいるこの空間においては出来るだけ避けたかったが、闇の中から不意打ちされるというリスクには変えられない。

「ただ、お陰で敵の姿ははっきりとしたようです」

一同の視線ーー洞窟の先には、やけに開けた空間。そして強烈な光源に目を焼かれたのか、その場で伏せて蹲る狼型魔獣の群れ。

「……多い」

「ああもう、でもここで倒しておかないと……!」

「ああ、こいつらが街に出たらパニックになる!」

「骨が折れそうですわね……ですが、放って置く訳にも行きません」

「私も武器はありませんが、協力はさせてもらいますわ」

幸いにして、偶然にしろ魔獣達に対し先手を掛けた状況である。暫し行動不能となっているこの瞬間こそが殲滅するチャンスだ。

水樹達は一斉に駆け出し、その手に握られた武器を魔獣達に叩き付けた。





◆◇◆





「……ここまでは狙い通り。予定には無い同行者達も居るが、まあ許容範囲か」

  水樹達が魔獣と交戦する中、一人黒衣の男が洞窟の奥から歩いてくる。

  首に下げられたアミュレットをチャリン、と鳴らしながら彼は水樹らの方を見やり、一つ鼻を鳴らした。

「フン、何者かは知らんが、全く鬱陶しい。我ーー嫌、我らの大願の邪魔をするなら、女子供とて排除せねばな」

  彼は地面に刺さったままのメイスに手を掛ける。未だ洞窟全体に術を発動させているそれの柄を握ると、一気に力を込め、それを引き抜いた。

  術を発動させるには触媒が必要だ。その触媒が消えたならばーーどうなるかは分かるだろう?

  瞬間、闇に包まれる洞窟。先程まで続いていた戦闘音は消え、代わりに響くのは少女らの当惑の声だ。

「さてーーこれで下準備は上々、後は奴らの末期まつごを見届けるだけ。精々何が起きたのかも分からぬまま、そこで食い散らされるといい」

  ゴトン、と重い音を立てながらメイスを投げ捨てる。最後にそう言い残し、男は洞窟の闇に溶けていった。

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