勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第四十三話




色々と一悶着はあったが、無事冒険者ギルドへと辿り着いたディーネ達。フィリスの案内で中へ入った一同は、初めて見るギルドの内装に興味を持ったようで仕切りに辺りを見回していた。

フィリスはまるでお上りさんのような彼等の行動に苦笑を浮かべる。

「そんなにギルドが珍しいか?」

「ええ、話には聞いた事がありましたけど……何というかこう、結構落ち着いた雰囲気なんですね」

春斗が意外そうな声を上げる。確かに、ギルドの中には良くお話に出て来る粗野な冒険者も、初心者をいびるような存在も見当たらない。受付に何人かの冒険者らしき人物が並んでおり、後は物の見事に事務的な格好をした職員ばかりだ。

ファンタジーを嗜んだことがある者なら一度なりとも思い浮かべる酒場のような雰囲気は欠片も無く、むしろ職員が忙しなく動いている様子は地球で言うところの役所に近い。それに彼は拍子抜けしたのだろう。

「フ、確かに私の様な粗野な冒険者は余り居ないな。ギルドは主に依頼の受注と達成報告、その他諸々の事務仕事を請け負っているから、その際少し立ち寄るくらいしか縁は無いのだよ」

「あ……すみません、そんなつもりじゃ」

「ククッ、冗談だ」

春斗を一通り揶揄った後、溜息をつく彼を他所にして開いていた窓口へと向かうフィリス。

「ようこそいらっしゃいました。本日のご用件は?」

「新たに冒険者登録を頼みたい。五人分だ」

初老と思われる受付の男は、片眼鏡モノクルを付けるとディーネ達を無遠慮にジロジロと睨め付ける。

「……旅のお方ですか? 失礼ですが、身分を証明する物は」

「ふむ、これでどうだ?」

フィリスが差し出したのは『冒険者アメリア』の冒険者カード。男はそれを見て僅かに目を見開くと、急に笑顔となって対応を始めた。

「承知いたしました。五人分の冒険者カードを直ちに発行いたしましょう。お名前をお伺いしても?」

「ああ。ほら、名前を」

フィリスの促しに従い、彼に名前を告げていくディーネ達。全員の名前を伺うと、暫しお待ちくださいと言い残して男はバックヤードへ引っ込んで行った。

彼がいなくなった後、水樹は愚痴を呟く。

「ちょっと、あの人の対応露骨すぎない? アメリアさんのカード見た途端に明らかに対応変えたじゃない!」

「うーん、確かに少しわかりやすかったかなぁ。まあ、確かに僕達とアメリアさんとでは信頼度が違うけどさ」

ディーネもとりあえず同調しておく。ボロが出ない様に余り水樹達とは話したくは無いが、かといって話を一切しないのも逆に疑いが深くなる。その為、無難な話題である程度会話をこなしていく必要があるからだ。

ちなみに、ディーネがこの対応を受けるのも最早二回目である。このあからさまな手のひら返しには、裏切りや手のひら返しのプロと言えるディーネからしてみてもある種清々しい物を感じる。

「まあ、良くも悪くもそういう場所という事さ。確かな物には丁寧な対応をするが、不確かな物は排斥する。この街全体にそういった傾向がある事は確かだ」

だからあまり来たくなかったんだがな、と溜息をつくフィリス。

「やっぱりアメリアさんも苦い思い出が?」

「ああ。最初にこの街に来た時はまだ駆け出しの頃だったかな……その頃はロクに話を取り合ってもくれなかったよ。まあ、結局これを見せれば奴らは黙るんだがな」

フィリスは力瘤を作って見せ、ポンポンと叩く。実力で個人の評価が決まるという事だろう。その面だけ見れば結構なシステムだが、それにしても水樹達にとってあの対応は少し目に余る。

サービスにはうるさい元日本人だから、というのもあるのだろうか。春斗はあからさまに肩を竦めてみせる。

「難儀な物ですね」

「ああ、全くその通りだよ」

と、そこで先程の職員が戻ってくる。手には五枚の書類とペンを握り締めており、それらをフィリスへと手渡した。

「こちらが登録用の情報記入用紙となります。代筆も用意できますが……問題ありませんか?」

「む、そういえばそうだったな……どうする、雇うか?」

「いえ、ご心配なく。全員問題なく書けますよ」

勇者達がこの世界の人間ではないという事をすっかり失念していたフィリス。申し訳無さそうにディーネ達を見やるが、彼等は特に気にする事なく紙を受け取る。

勇者達には召喚時に翻訳のスキルが付与される。それは無能と言われた薫も例外ではなく、言語の類であれば支障なく操れるようになるのだ。

話すだけでなく、書くことも可能になるのは画期的なスキルだという他無いだろう。必死で各国の言語を頭に入れたディーネからしてみれば、喉から手が出るほど欲しい垂涎の一品である。

「む、そうなのか……なら向こうのテーブルで各自記入しておいてくれ。私は少し飲み物でも取ってくるとするよ」

フィリスはそう言うと、ギルドに併設してある食堂へと足を向ける。ちなみに彼女は勇者達の翻訳スキルを知らない為、今頃何故彼等がアルテリア法国の言語を知っているのか疑問に思っていることだろう。後で教えておいてやろうとディーネは心に留めておいた。

「……そういえば、俺たちここに飛ばされたのは良いけど何をすれば良いんだろうな?」

と、そこで春斗が呟く。確かに、アルテリア法国は勇者の存在を知らない筈だ。わざわざ内情をバラすリスクまで背負って、勇者達を左遷する意味がわからない。

本当ならばディーネ自ら理由を調べたいところだが、生憎現在の身分では自由に動くことが出来ない。上層部の詮索は部下に任せ、こうして報告を待っているのだ。

「さてね。いくら僕達が知ってはいけない事を知ったからって、普通別の国まで飛ばすなんて考えられないや」

「……普通なら監禁、または口封じが妥当だと思う」

物騒な事を口にする骸だが、ディーネからしても言っていることは至極最もである。もし帝国の秘匿情報が漏洩したならば、まずその漏洩対象を確保し、次いで口封じの方法を考える。場合によっては命も奪わなければならない。情報というのはそれだけ重いのである。

「ペナルティとしてのギルドでの奉仕活動……みたいに平穏な話なら良いのですが」

「うーん、十中八九それは無いでしょうね。ギルドなら王国にもあったし、態々法国まで飛ばすという事はきっとそれなりの理由があるのよ」

水樹はそう言ったものの、余り納得したような顔はしていない。『理由』とは言ってみたが、彼女自身にもその理由は考えも付いていないからだ。

一同は理由を考えて唸ってみるも、良いアイデアは浮かんでこない。一番のネックは、『何故態々アルテリア法国まで飛ばす必要があるのか』という点である。

ディーネすら考えつかないというのは、恐らく知られていない情報がまだあるという事なのだろう。これ以上の思考は無駄だと判断したディーネは、諸手を挙げて降参を表す。

「……ダメだ、全く思いつかないや。いっそのことくじ引きで決めましたって言われた方がまだ納得できる」

「……ワンチャン」

「ワンチャン、じゃ無いわよ骸。幾ら上の方でいがみ合ってても、流石にそこまで愚かな事はしないわよ」

こめかみに人差し指を当て、呆れた様子を示す水樹。まあ、流石にディーネも荒唐無稽と思いつつ口にした話だ。仕方のない反応だろう。

「冗談だよ。この話は一旦置いといて、とりあえずアメリアさんが帰ってくる前にこれを書き終えないと」

コツコツ、とテーブルに置かれた紙を叩く。ディーネの分は既に記入されているが、水樹達は未だ白紙のままだ。

一同が色々と考えを巡らせている内に、彼はスラスラと書き進めていたのだ。一度や二度は書いたことがある物、特に集中せずとも書く事はできる。

「ちょ、薫早くない!?」

「やべ、早く書かないと……」

焦った水樹達は、慌てて目の前の紙と向かい合った。

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