勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第二十四話




 突然の魔物の襲撃。ディーネにとっては驚くほどの事でもなかったが、それは全員に共通することではない。メリエルは兎も角、水樹達は予想だにしない事態に思わず固まってしまっていた。

「ミズキ殿! ムクロ殿! 」
「くっ、『紋章解放メダリオン・リベレート』!」

 幸いだったのはオークの第一目標がディーネだった事だろうか。彼がオークの攻撃を受け止めている間に、メリエルは水樹達の正気を醒まさせる。

「……っ! ゴメン、つい――」

「謝るのは後だ! カオル殿が足止めしている間にこちらも戦況を立て直す必要がある。カナデ殿は何処へ行ったのだ!?」

「テントの中には、居なかった……!」

 その奏はディーネのテントで呑気に倒れているのだが、そんなこととは露知らず。彼女らの心には焦りが募っていく。

「……やむを得ん。カナデ殿には悪いが、ここは一先ずオークの対処に当たろう」

「そんな! 奏がどこにいるかも分からないのに!」

「ならばミズキ殿。貴奴を倒してからゆっくりカナデ殿を見つけるか、貴奴に追われながら宛てどもなく探し続けるか。選んで頂きたい」

「……それは……」

 水樹も頭では理解していた。あの魔物が非常に強力で、下手をすれば自分達が危機に陥るほどの存在だと。メリエルの厳しい言葉に、苦しそうな顔をして口を噤んでしまう。

「……厳しいことを言いましたが、私もカナデ殿を見捨てたい訳ではない。ただ、優先順位を間違えないで頂きたいのです。自分の見も守れず、他人を守る事など出来ません。今は自分を優先に考えていただきたいのです。」

「……わかった。ごめんメリエル、まだ少し気が動転してたみたい」

「何、何時もの図太いミズキ殿に戻ったようで、私としては実に残念だ。そのまましおらしくしていれば良いものを」

「お生憎様、どっかの年増の思い通りには行きませんよーっと」

「なにおう!?」

「やるの!?」

(……喧嘩するほど、仲が良い)

 心の中でボソリと呟く骸。口に出して巻き込まれに行くほど愚かでは無かった。

 さて、戦場でも言い争いが出来るその根性は見上げた物であるが、それで戦局がどうにかなる物では無い。にらみ合っている彼女らの元に、吹き飛ばされて体勢を立て直したディーネが滑り込んでくる。

『……仲がよろしいのは結構だけど、僕のことも忘れないでくれると嬉しいな』

「……けっ、決して忘れていた訳では無いぞカオル殿!! ただ此奴が絡んでくるから……」

「最初に喧嘩売ったのは貴女じゃ無い!!」

 責任を擦り付け合うその姿は、とてもヒロインとは思えない醜態だ。ディーネからしてみれば日常茶飯事でもあるが、こんな状況で日常を繰り広げるわけにも行かない訳で。

『ブオォォォォォォォォォォォ!!』

 再び咆哮を上げるオーク。巫山戯た雰囲気は一瞬にして吹き飛び、辺りの空気をビリビリと震わせた。

『皆、来るよ!!』

 地響きを上げながら突進してくるオークに合わせ、全員がその場から飛びすさる。目標を見失ったオークはそのまま森へと突っ込み、木々を薙ぎ倒しながらその勢いを弱めた。

「とんでもない威力……こんなのまともに受けちゃったら一溜まりも……」

「いや、私とカオル殿ならば足止めくらいは出来る。その間にミズキ殿とムクロ殿が貴奴に攻撃を加えると良い」

「ん、わかった」

「うう……やるっきゃ無いわね」

 ゆっくりと身を起こすオーク。口の端から漏れ出た息が、白い煙となって夜空に消える。煌々と光る赤い目が、ディーネ達を向いた。

「っ……」

「狼狽えるな! 進めミズキ殿!」

 ターゲットを取るため、メリエルとディーネが駆け出す。オークは右に握った棍棒を振り上げると、それを全力で振り下ろした。

「『詠唱:心身硬化』!」

 黄金色の光に包まれたメリエルは、頭上に盾を構える。彼女とオーク、どちらの方が堅いかなど論じるまでも無いだろう。

「フッ!」

 ――勿論、メリエルの方だ。

 激しい金属音を上げて盾にぶつかった棍棒は、しかしそれ以上動くことは無い。想像以上の抵抗に、オークに驚愕の感情が生まれる。

『――後ろがガラ空きだよ』

『行け行けマスター! 倒せよマスター!』

 そしてその意識の間隙につけ込み、ブースターを吹かしたディーネが後ろに回り込んでいた。AIの応援を受けつつ、その勢いのまま右の剣を振るう。

 コースは首筋。威力を高めるため、左のブースターも同時に吹かす。獲った。そうディーネは確信した。

『なっ!?』

 が、そんな空想はあえなく打ち砕かれる。火花を散らしてディーネの剣は弾かれたのだ。

『ブオォォ!!』

『チッ、面倒な……』

 ディーネは振るわれた左腕を避けつつ、メリエルの元へと戻る。長時間の飛行は魔力を非常に消費する為、なるべく節約する必要があるのだ。

『ごめんメリエルさん。あいつの肌、予想以上に堅かった』

「それは又、実に面倒な事実だな。今のカオル殿の実力で切れないとなると、とんでもない物理抵抗力だぞ」

 苦虫を噛みつぶしたような表情をするメリエル。甲皮の如く堅いといわれるオークの体表であるが、それでもディーネの一撃に耐えられるほど堅くはない。わずかに覚えた不審点を、ディーネは心に刻んだ。

『こうなったらミズキ達に頼るしかないね。それで駄目なら、もう逃げるしかない』

「薫にそこまで言われたらやるしかないわね!」

「……ん、私もか」

 後ろで準備を整えていた二人が反応する。各々の武器を手に取った彼女らは、オークに向かって攻撃を仕掛けた。

「派手に行くわよ! 『詠唱:刺突氷河』!」

「……開け、闇の門よゲートオブダーク

 水樹の杖から放たれた氷の槍と、骸のスキルで生み出された剣が射出される。オークは抵抗しようと構えるが、それもむなしく体表に深く突き刺さった。

「やった!」

『魔法は問題なく効くようだね……だけど、本番はここからみたいだ』

 ディーネがそう言うと、ゆっくりとオークが構えた腕を下ろす。その先には、憤怒に塗れた表情が。

「……あれ、謝れば許して貰えると思う?」

「まあ、無理でしょうな」

「ですよねー……」

 水樹の若干弱気な発言に、飄々とした雰囲気で答えるメリエル。

『初めから逃げ場なんて無いようなものだし、仕方ないんじゃ無い? それより注意して、また来るよ!』

『ブオォォォォォォォォォォォ!!!』

 魔物の咆哮が、第二ラウンドの合図となった。

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