勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第二十二話





(……ホント、面倒な事が多くて困るわ)

 ディーネは自らに割り振られたテントの中、これからの事を考えて人知れずため息を付いていた。

 紅一点ならぬ黒一点である彼は、女性陣である水樹達とは別のテントにて休息を取っている。軍隊ならば性差を気にしている余裕はないのだが、如何せん彼らは学生であり、その上勇者である。待遇の差と、何より下手な間違いを起こしてはいけないという気遣いにより、このような棲み分けと相成ったのだ。

 ちなみに間違いを起こすのがディーネであるとは言っていない。むしろ間違いを起こされる側である。

(別に任務が毎回楽な訳じゃないが……ここまで気を遣う任務だとは思ってもなかった)

 いくつもの修羅場をくぐってきたディーネであるが、今回ばかりは勝手が違う。全く知らない文化に、全く知らない習慣。おまけに知らないことを知られてしまってはすぐさま疑われてしまうときた。いかなディーネといえど精神をガリガリと削られる難行にはそうそうまともでいられる訳もない。

 なお精神を削ってくる存在であり、尚且つ一歩でも道を間違えれば即アウトという存在が一番ディーネに絡んで来ている模様。誠に不幸な男である。

「……あーくそ、これからも予定ガン詰まりだよ。マジでやってらんねぇ」

  なるべく外に聞こえないよう、小さく毒づくディーネ。これまでに起こった問題を振り返る為、一連の問題を羊皮紙に書き出していた。

・魔族と繋がっている勇者
・自分のことを狙っているパーティーメンバー
・魔族の復活

「……こうして書いてみると王国マジで魔境。何これ、外患誘致し放題じゃん。外患誘致してる側が言うことじゃないけど」

 ここまで王国が災難に見舞われていると、最早同情心すら沸いてくるというものだ。

「しっかし、俺に降りかかってる問題はこれだけじゃないよな……なんかこう、足りないというか……」

 ディーネはしばらく羊皮紙を見つめると、やがて再びペンを走らせる。

・魔族と繋がっている勇者
・自分のことを狙っているパーティーメンバー
・魔族の復活
・ミズキ
・メリエル

「……これでよし」

 少し気が晴れたような表情になるディーネ。なんとも小さい男である。こんなのが主人公とは世も末だ。

 と、ディーネはテントの外で蠢く気配を感じ取る。魔獣であれば持ち回りである見張り役が警戒を促しているはずだ。となればこの気配は――

「……ようやっと動いたか」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるディーネ。袖に忍ばせたナイフを確かめると、彼女を迎え入れる準備を整える。

「ここまで俺を待たせたんだ。精々楽しませてくれよ――?」







『……マスター、なんか凄くかっこわるいのです』

「うるせぇよ! 変なタイミングで出番求めて出てくるんじゃねぇ!」

 ディーネの宝具のサポートAIロリ妖精が口を挟む。出番がほしいのは、人間に限ったことでは無いのだ。

『えー、でもここの所やること無かったしぃ。具体的には七話くらい』

「そのやかましい口を閉じろスクラップにするぞ……!」

 メメタァ。




◆◇◆




 この世界で野営をするには、様々な脅威がつきまとう事となる。

 例えば世界共通の脅威である魔獣。彼らには昼夜の概念がなく、常に活動することが出来る。その上、獲物を追いかける時は自らが限界になるまで追ってくる為、旅をするものにとっては厄介なことこの上ない存在なのだ。

 また、同族である人間も大きな脅威となる。旅人の大きな死因として上げられるのは、魔獣の次に人間だ。この世界では盗賊による被害も頻発しており、大きな問題となっている。

 そんな被害を防ぐために必要なのが夜の番である。持ち回りで夜間の警備を担当し、いざとなったら仲間に警告を発する。その役割が夜営には必須だ。

 その為、必然的に旅をするには仲間が必要になる。それも、一人や二人ではなく、四人から五人の複数人での行動だ。余りに大人数では意思の統一がとれず、かといって少なければ危険が増幅する。その点、四、五人というのはバランスのとれた丁度いい構成だ。

 ……ただ、その役割が普通の学生だった者達に務まるかというのは別の問題な訳で。

「くー……すー……」

「……幸せそうに寝てますわねぇ」

 自らの役目も忘れ、呑気に居眠りをする水樹。交代の為に来た奏は、悪戯半分でその頬をつつく。

「ううん……もう食べられないよ……」

「寝言すらベタですわねぇ」

 幼馴染属性に、好きな男子にライバルが出現。その上素直になれないツンデレ気味と来れば最早ベタの塊である。寝言がベタなのも仕方がないと言うべきか。

「ほーら、早く起きてください。交代の時間ですよ」

「……うーん」

 徐に手を突き出す水樹。そのまま彼女の手は奏の胸へと向かい……

「……この感触は……奏?」

 何故か揉みしだき出した。

「はい、その通りですよ。なぜ感触で分かったのかは小一時間ほど問い質したい所ですが」

「むーん……あと五分」

「ダメです。起きてください」

「揉ませて」

「そこは寝かせてって言いましょうよテンプレの如く……」

 ペシリと水樹の手を払うと、彼女に肩を貸しながらテントまで運ぶ。

「骸ー? ちょっと手伝って貰えます?」

「……ん」

 モゾモゾとテントから出てきた骸。片手にはいつ充電されていたのかポータブルゲームを持ち、その目は深夜だというのにしっかりと開かれている。

 お察しの通り、彼女はゲーマーの夜型人間である。地球にいた頃から夜営でもないのに夜通し起きており、それは異世界に来てからも変わっていない。一体どうやったのかゲームなどの電子機器の充電に成功しており、異世界でも快適な自堕落ライフを送っているようだ。

 そして何を隠そう、彼女はキャラ付けの為だけに口を開かなかった訳ではない。昼ということもあり、眠気の絶頂と余りの怠さに話すのも面倒だったというオチがあったのだ。

 ディーネすら気づけなかった表情の変化は、ただ単に眠いから表情も動かなかっただけの話である。深読みしすぎて空回りするディーネの努力。憐れとしか言いようがない。

「ちょっとこの寝坊助を引きずり込んでくれません? さっきから私の胸を執拗に揉んできて困ってるんです」

「うへへー……」

「……生理的に無理」

 だらしなく歪んだ水樹の表情を見て、思わず本音が出てしまう骸。主人公が主人公ならメインヒロインもメインヒロインである。

「うー……むくろぉー!」

「わぷっ!? 離れ、むぎゅう……」

「まあそう言わずに……揉まれる胸も無いと思いますし」

「水樹どいて。そいつ殺せない……うきゅ!?」

「うへへぇ、ちっぱいもええなぁ……」

「こ、殺す……!!」

 こうなったらもう止まらない。狭いテントで暴れまわる二人を残し、奏は気付かれないようにその場を離れた。

 彼女はそのまま見張りの場所へ向かう……事は無く、もう一つのテントへと目を向ける。

「さて、本題は……」

 奏は腰元から荒縄を取り出す。痺れ薬で動きを止めた薫を拘束するための道具だ。昼の淑やかな姿には似合わない、サディスティックな笑みを浮かべると、ゆっくりと明かりのついた薫のテントに向かう。

 テントの入り口に掛かった布を上げ、寝入っているはずの薫の元へと近づく。彼の寝顔を確認するため、ゆっくりと彼の体に手を掛けた。

 しびれ薬も手伝って、この計画に穴は無い。そう、その筈だった。

 唯一残された問題と言えば……

「ふふ、さあ薫君……大人しくしてて下さいね?」

「いや、それは無理だな」

 薫が薫で無かったことだろうか。

「っ!?」

 眠っているはずのディーネから発された声に驚き、体を仰け反らせる奏。その腕を掴み、ディーネは強引に引きずり込む。

 奏の上に馬乗りになり、助けを呼ぶための口も手で覆い隠す。先ほどとは体の位置が逆になり、奏は一気に危機的な状況に陥ってしまった。

「くっ、こんな……」

「さて、ようやく尻尾を出した阿呆が。散々俺を苦労させやがって、ったく……」

 奏は首筋に冷たい感触を覚える。何が当たっているのか、想像するには難くなかった。

「さあ、キリキリ吐いて貰おうか? お前の目的、それに正体もだ」



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