勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第十三話




 時は流れ、翌日。ディーネは様々な人々が見守る中、水樹やメリエルと共に練兵場へと赴いていた。

 辺りを見回すと、ディーネが資料で事前に確認していた顔触れが並んでいる。勇者召喚されたクラスの面々だ。ディーネ達が決闘に使うとはいえ、勇者達の訓練が中止される訳ではない。直前まで彼らは戦闘訓練を行っていた訳である。その証拠か、練兵場には所々魔法の余波によるものと思われる穴が空いており、勇者達の額にも汗が滲んでいる。それなりの鍛練は積んでいるようだ、とディーネは彼らを評価した。

 さて、そんな彼らも好奇心旺盛な世代であり、クラス内での決闘と聞けば興味を示さない訳がない。しかもその対戦カードが魔物を前にして逃げ出したと言われている『薫』と、クラス内でも強いスキルを持つ宇野と聞けば何かあるのかと寄ってくるのも致し方の無い事だろう。臆病な生徒は既に引っ込んでいるが、訓練後で血気盛んな生徒は積極的に彼らを煽っていた。

『行け宇野! そんな臆病者ぶっ潰しちまえ!』

『古谷は死なねぇように精々頑張れよ!』

「……なーんかヤな感じ。みんな揃いも揃って乱暴になっちゃってる」

「話に聞くラグナール帝国のコロッセウムの様だな……」

 なるほど、確かにそっくりだ。ディーネは彼らの様相を見て、内心でメリエルに同意する。規模こそ違うが、人間の本性は変わっていないということか。

 と、腕を組み相変わらずの嫌らしい笑みを浮かべている宇野が、彼らに向かって声を張り上げる。

「よお古谷! 魔物からは逃げたみたいだが、今日は大丈夫だったみたいだな!」

 一斉に沸き起こる笑い声。メリエルや水樹、それに一部の冷静な人々は苦い顔をしているが、当の本人であるディーネはあっけらかんとしている。

「まあね。君より魔物の方が数倍怖かったから」

 言外に「お前の方が弱そう」と言われた宇野。ディーネの上手い返しに思わず吹き出した観衆を一度睨み付けると、そのまま紅潮した顔を隠そうともせずディーネへと向き直る。

「……テメェ、嘗めてんのか?」

「少なくとも友好的にする意味はないよね。これから決闘するんだし」

「ケッ、殊勝にしてたら少しは手加減してやろうかと思ってたが、気が変わった。お前が泣いて許しを乞いても止めねぇからな。半殺しにしてやる」

 半分しか殺さないとは優しいな、とディーネは思わず苦笑する。少なくとも暗部規準であれば、心か体、どちらかが死ぬまで止めることは無いのだが。

 が、そんな彼の笑いも宇野の目にはバカにされたように写ったらしく、より一層彼の機嫌を逆撫でする結果に終わったようだ。ギリリと音が鳴るほどに歯軋りをすると、自らの手を天に掲げる。

「これを見ていつまでその余裕が保てるかな!? 『詠唱:爆熱炎剣』!」

 彼がそう唱えた瞬間、掲げた掌から爆発的に炎が迸る。辺り一帯に熱風が撒き散らされ、ディーネ達の衣服や髪を揺らした。

「あいつ、まだ決闘の合図もしていないのに…!」

「くっ、外道ではあるがこの魔力は…」

「……二人とも、離れててくれ。ここからは僕一人の戦いだ」

 戦いに合図も外道も無いだろう。そう思いつつもディーネは背後にいる水樹とメリエルに下がるよう声を掛ける。二人は不満げな表情をしつつも、大人しく下がっていった。

(さて、と……)

 目の前の巨大な炎に対し、しかし僅かに動揺した様子も見せないディーネ。周りの観衆がその火柱に驚く中、彼は宇野についての分析を行っていた。

(魔力は上々。魔法にも上手く魔力が乗っている。控えめに言って帝国の魔導師団で一隊を任せられる位にはあるだろう)

 惜しむらくはその魔法が只の力押しである事だが、その力押しだけでどうにかなってしまう程のスペックであることは事実だ。ディーネはその目で確認することで、改めて『勇者』という存在の脅威を思い知っていた。

 そして更に驚異であるのは、これが『スキル』によってもたらされた物ではないという事である。先程宇野が唱えた呪文も、この世界では比較的オーソドックスな攻性呪文だ。

 彼のスキルの概要は、ディーネが宇野に決闘を仕掛けた後、水樹とメリエルに教わっていた。ディーネはその時の事を思い出そうとして……

(……いや、止めておこう。)

 首を振って止める。詳しくは記述しないが、それほど酷い内容だったということだけは分かるだろう。

 ディーネは部下から預けられた宝具を取り出し、事前に用意していた腕部コネクタに取り付ける。僅かな駆動音と共に青いラインが本体に走り、確実にコネクタへと接続された事を示していた。

「さあ、懺悔の準備は出来たか!? この俺の魔法で、その自信もろとも吹き飛ばしてやる!!」

「御託はいいさ、宇野くん」

 使い方は事前に確認済みだ。本体の先から伸びる柄に手を掛け、後は一気に引き抜くのみ。ディーネは構えをとり、その冷徹な視線を宇野に向ける。

「――早く掛かってきなよ」

「っ!?」

 思いもよらない視線に寒気を覚える宇野。思わず体を震わせた自分に納得がいかなかったのか、それともプライドが傷つけられたのか。彼は怯えを振り払うように大声をあげる。

「潰れろォォォォォォォォ!!」

 一気に降り下ろされる炎の剣。ディーネはそれに合わせるように……

(……ってあれ?)

 ガッ、となにかが引っ掛かるような感覚が手に伝わってくる。勿論宝具は引き抜けず、固まったままだ。

(え? 嘘? 故障? は?)

 一瞬混乱で埋め尽くされるディーネの脳内。そして戦闘中には、その僅かな隙が命取りだ。

 次の瞬間、ディーネが立っている所に炎剣が降り下ろされ、激しい砂煙が彼の姿を覆い尽くした。

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