アライアンス!

松脂松明

転移の真実

 ゲームマスターというのはゲームを管理する側の立場に立つ存在である。マスターとはいっても全体を運営管理しているわけではなく、暴言を吐き続けるプレイヤーや卑猥な言動を止めないプレイヤーを隔離したりといった雑務をこなす存在で、大抵は専用のキャラクターを持っている。
 ケイがそのキャラクターが持つ戦闘能力の高さを知ったのはオープンβテストの頃であった。

 正式サービスが開始されると事務的な対応に終止するゲームマスターも、オープンβテストの時はフレンドリーに接する事が多い。正式な開始を前にプレイヤーの意見を汲み上げるという名目があるからだ。
 そんな時期に何かの切っ掛けで一人のゲームマスターが自分の位置を教えたことから、ふざけたプレイヤーが攻撃を試みた。それは次第に広がっていき、とうとう野次馬を含めれば1000人近いプレイヤーが騒ぎに駆けつけた。
 興が乗ったゲームマスターを相手にしたPVP…対人戦闘の突発的なイベントとなってしまったわけだったが…

「確か、何百人かで攻撃して2時間がかりでようやく倒したんでしたかね」

 公式なイベントでも無い。ケイ自身は野次馬側だったこともあり、正確な数字は分からないが…それを可能にしたのはゲームマスター側のデタラメなHPやMP、TPの回復速度だった。
 一般のキャラクターの自然回復速度とは文字通りの桁違い。常時、アイテムで回復し続けているかのような状態を倒せたのは単に数の暴力でそれを上回った結果であり、プレイヤー側の技量など関係がなかった。
 管理者側がキャラクターを使用する機会がある以上は、圧倒的な差は致し方ないところだろう。
 …『GM、所持金2000しかなかった』という参加側の発言で笑ったことを覚えている。もう何もかもが懐かしい。

 その肉体を魔軍の長は持っている。
 つまり、魔軍の長を倒すには当時のレベル制限などを考えても100人は星界人が必要になる。
 唯一、救いなのは消費型のステータス以外は大差ないことにあるが、それだとてアクセスを制限するなどの権限まで持ったままなら消え失せる有利だ。
 この世界に来たのは何人だ?現状で会ったこと、聞いた子のある人数を考えれば三桁の数には遠い。実際に来ているのは50人いれば良いほうだろう。
 加えて言えばレベルもバラバラな上に現実化した戦闘に適応できているかも個人差がある。戦闘では勝ち目が無いと言っていい。

 艶やかな黒髪を揺らしながら少女は頷いている。
 いつの間にかルムヒルトは席を外していた。主の身を守る必要が既に無いと見たのか、あるいは話を聞かないように気を遣っているのか。

 美しい少女と二人きり、と言えば夢があるがそんな気にはなれなかった。
 よく晴れた晴天の下で、集落の広場の瓦礫に腰掛けている姿に強烈な異物感がある。
 それは魔軍という言葉の印象と風景の乖離から来るものだけではないように思えてならなかった。
 そして、それは正しかったことはすぐに分かった。

「そうだね。本当に懐かしい。君にとっては体感で何年か前くらいだろうけど、僕にとっては…さて何年前の出来事だろうね?兆ぐらいまでは・・・・・・・数えていたんだけれども」

 もう止めてしまった。
 そう言い切った存在を前に寒気がする。初めてケイは敵に対して本当の恐怖を覚えていた。強敵に対するそれではなく、自分を蟻のように潰せる存在に対する恐怖だ。
 余りに高い山。大きな海。急流の川。
 そういった自然に対する恐怖に近い。

「つまり、ここはやはりゲーム内というわけではなく、完全な異世界で」

 そこまではいいだろう。そちらの方が分かりやすいし、気分的にも救いがある。今まで見聞きしたものにも合っている。
 だが、億年どころか兆年というのはどういうことか。一番“まさか”と思うような答えを口にしてみることにする。

「あなたは…それを宇宙ごと一から作った?」
「そうだよ。いやぁ本当に大変だった。宇宙を作るのはともかく、定められた歴史通りに動かすのは骨が折れたよ。僕の本体に骨なんて無かったけどね」

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 “それ”は神と呼ばれる程に強大な存在だった。しかし、神ではなかった。巨大過ぎる存在故に大抵のことは可能であったかもしれないが、ただ世界に浮いているだけだったのだ。
 全知全能というには余りにも知が欠けていた。死ぬこと自体が無いのだから発達する理由が無かった。
 “それ”が地球という星を眺めることにしたのも、そこにある少しばかりマイナーな電子遊戯に目を向けたのもたまたま。偶然という以外に理由は無かった。

 しかし、目をつけた『トライ・アライアンス』という世界から“それ”は多くのことを学んだ。感情さえ生まれた。生まれたモノの中には他者への配慮ということさえあったのだが、それに強大さが加わって奇妙とも言える行動に入った。
 数あるうちの1つに過ぎないサーバーと内包されたデータ。それが廃棄されることを惜しんだ“それ”は余人にとっては過剰な、“それ”にとっては控えめな反応を示した。
 打ち捨てられる世界とこれから打ち捨てられる者達を拾い上げようとしたのだ。
 そして既存世界への配慮をした結果、新しい宇宙を作るというとんでもない気遣い・・・をしてしまったのだった。

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 なんでもない事のようにつらつらと語られる創生譚は全く現実味が無かった。

 信じられないし、信じたくもないことを聞いたケイは震えを隠すように、自分も地べたに座り込んだ。

 その声を聞いていると否応なく信じてしまいそうになるのは、少女が放つ気配と異世界に生きてきた経験からか。違う世界に来るなどということが起きたのなら、異常な存在くらい関わっている方が自然かもしれないのだ。
 ケイにも、聞いておきたいことはまだあるから会話は自然と続いた。

「…我々はデータに過ぎないとでも?」

 それを聞かれた魔軍の長にして世界の創造主は傷付けられたような顔をした。
 とても心外であるかのように。
 その顔は見たものに罪悪感を覚えさせて…見た目通りの生き物だと錯覚してしまいそうになる。

「勘違いをさせてしまったようだ。君たち・・・は正真正銘、あの世界の君たち自身・・・・・だよ。『トライ・アライアンス』を、あのサーバーで遊んでいた君たちを連れてきたのさ」

 …意味が分からない。この少女が自分で明かしたような強大な存在であるなら、なぜそんなことをする必要があったのか。
 それこそ造れば良かった筈だ。宇宙を作ることに比べれば人間のコピーを作ることぐらい、大したことではあるまいに。
 創造主が『トライ・アライアンス』という存在に、敬意と愛着を持っていることは理解しようと思えばできることではあるが…

「我々だけ、というのが理解できませんね」

 選定基準が分からないのだ。
 世界を作って、元の世界から人間を引っ張り込んで、ゲームと同じ肉体を与える。その方法やら原理だとかの諸々が不明なのは置いておくにしても、自分達を選ぶ理由が欠けたままだ。

「言っただろう?贔屓さ。それに、僕にだってあの世界に対する敬意や配慮はある。君たちを選んだのは僕が気に入っていた人間の中で…」

 微笑みに戻った魔軍の王を前に、ケイは思った。

「あの世界で不幸な最後を迎える確率が非常に高かったからだ」

 聞かなければ良かった、と。

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