アライアンス!

松脂松明

遺跡を制する

 岩騎士の残骸を紫の髪が床に張り付くのにも構わずビーカーが漁っている。腰部を粉砕して撃破したために核とも言うべき部分が無事に残っている可能性は高い。華奢な腕が瓦礫を放り投げていく様をケイはポーションの瓶を片手に眺めていた。彼女ほどの高レベルになれば魔法中心の適性を選んでいても膂力に関わるステータスはそれなりのものだ。驚くには値しない。
 しばらくその光景を何となく眺めていると岩蜘蛛を倒し終えた団員達が合流してきた。先頭はラウレーナ。しっかりとしたラウレーナは団員達の中でも姉のような存在に収まっているようだ。ドルファーとアルレットがそれに続いてくる…ケイの直属とも言える二人はそれなりの敬意を持って見られているのだ。
 先程見た戦況を考えると遅い到着だが、恐らくは団員の負傷を癒やし終えるまで合流を控えたのだろう。

「団長。通路の確保終了しました…なんです?その瓶の山は?」

 ラウレーナの声は咎めるような響きがあった。答えが分かっていて聞いている、とわかる程にはケイはラウレーナと付き合いがあった。

「いやー、少し油断しましてね。顔面がこうグシャッとピザみたいになってしまいました。ああ、ビーカーさんが調査中のアレでですね。はい」
「…大丈夫?団長」

 アルレットが気遣わしげにケイの顔を撫で回してくる。感触もくすぐったいが団員たちの目があるため別の意味でもくすぐったい。この砂色の髪をした弓手は相変わらず距離感が近い。今では良い仲とも言える間柄ではあったが慣れるのにはもう少しかかりそうだった。

「大丈夫ですよアルレット。もう治っていますから、そんなに心配しないで下さい」
「団長が強いのは良く知ってるけど無理はしないで」
「あー、団長。一応傷を見せてください。〈ヒール〉をかけておきますので」

 見ていて赤面したラウレーナが顔の前に手を出して淡い光で癒やしてくれる。香油のような香りが鼻をくすぐる。ラウレーナは格好が扇情的なので少々刺激が強い光景だが約得というものだろう。女性達に心配されてケイが鼻を伸ばしそうになっていると、ビーカーが頭上に宝石のようなものを掲げながら踊りだした。

「いよっし!核はほとんど無傷だ!良くやった団長君!拠点に帰るのが楽しみというものだ!できれば完全に無傷が良かったけど!良かったけど!」

 どうやらビーカーは探索行に最後まで付き合うつもりらしい。正直なところケイはゴーレムの核を手に入れたらビーカーはさっさと帰るものだと考えていた。意外に付き合いが良いのかもしれなかった。
 その横ではカイワレとグラッシーが岩騎士の残骸を武器で突いている。何をしているんだコイツラは、と耳を向けてみれば。

「ねぇねぇグラ姉。どう?この瓦礫って売れそう?」
「いやだめっすねこりゃ。どういうわけか死んだ後は硬さも普通の石ころっす。惜しいっすね」
「えー、大儲けできそうだったのにぃ」

 どんな時でもこのカイワレは商魂たくましいようで、笑みが溢れてしまう。グラッシーも相変わらずだ。騎士団として活動を開始してから離れることが多くなってしまったが、仲間が変わらずにいてくれるということは素晴らしいことであった。自分は変わらずにいられるだろうか、と思いつつケイは立ち上がった。

「では…そろそろ進みましょう。恐らくはあと半分ほど。ゆっくりと慌てずに一区画ごと制圧していきましょうか」

 おおっ!っという声が団員達から上がった。石蜘蛛との戦いで自信を深めたらしい。自分達よりも格上の相手が出てこようとも仲間がいれば恐れることは無い。そうした自信が声から感じられた。逞しさや強かさならばこの過酷な世界を生き抜いてきた彼らの方が優れているのだろう。何とか威厳を保ちつつ取り込みたいものだとケイは考えながら岩騎士の広間を後にした。


 通路を進んでいく。進むごとに幅は狭くなっていき、今では3人が並べる程度しかなかった。石蜘蛛も出てこないため何かの罠かとも思われたが、そうでないように感じられるのだ。幅が狭まる度に壁面に装飾のような模様が描かれ始めていたからだ。
 模様は全て曲線を描き、建造物の外観同様にかつてこの遺跡群を遺した文明にとって円というものが何か象徴的な意味を持っていたかのようにケイには感じられた。かつてケイ達が暮らしていた世界においても円というものは無限を表したりと、そうした意味合いを持っていたのだ。

「何かの文字のようにも見えますが…僕には読めませんね。団長はどうですか?本とか読み漁っていたでしょう?」
「いや、さっぱりです。知力が関係するのなら少しぐらいは読めるはずなのですが…。これは文字では無いか、はたまた我々には読めないようになっているのか。この遺跡群が未踏のままだったあたり、この世界の人々にも意味が分かるかは怪しいです」

 一行の真ん中ほどでタルタルとケイは遺跡について語り合う。真相を知る者がいない以上、単なる雑談に過ぎないのだがダンジョンを攻略するパーティーというものはそういうものだという意識が二人にはあった。
 ケイとしては学者らしい所感をビーカーに期待したいところなのだが、紫の星界人は付いてきたは良いものの、岩騎士の核を手にブツブツとつぶやいていて役に立ちそうも無かった。
 騎士団総員が列をなして狭まっていく通路を進んでいく。とうとう一本道になり、先程の岩騎士がごとき強敵でも出ようものなら一網打尽にされかねない。仕方なくケイは部隊を幾つかに分けて先遣隊を出すことにした。
 こうしたとき本当は自分自身で先を見たい。見たいのだがそうするとまた「団員が育たない」だとか「団長がすることではない」とかの文句が飛んできてしまう。ケイとしては我慢する他は無い。
 未だ顔も名前もうろ覚えな団員達は一番槍の栄光を掴もうと喜々として名乗りを上げる。ケイはなるべく慎重そうな団員にその栄誉を与えることにした。既に攻略が開始されているのに一番槍も何も無いかもしれないが最奥への一番乗りは魅力的なことらしく、選ばれた3人は勇んで駆け出した。

「さて、何も無ければ良いのか、何かあったほうが良いのか…」

 部下の後ろ姿を見送りケイは焦れつつも腕を組んで待つことにした。


 先遣隊として選んでいるのだ3人は妨害が無いことに拍子抜けしつつ進んだ。ケイがそういう基準で選んだため、彼らは基本的には物を考えることができる人間だった。しかし緊張と警戒というものを長続きさせるのは難しいものである。

「蜘蛛すら出てこないな。あるのは埃ばっかりだぜ」

 ハルバードを担いだサタキーノが呟いた。長年使用されていない通路は奥に行くほど黄土混じりの誇りが積もっている。埃の色は壁が劣化して表層が剥がれ落ちたのだろう。サバトンの跡が一歩歩くごとに生まれていくほどだ。

「出てこないほうが良いだろ。あいつら一体でも俺達よりは強いんだから」

 ブロードソードを抜いているバレオはあくまで慎重だ。腰に帯びる剣をブロードソードにしようと団に提案したのは彼で、ケイに大して尊敬と恩義を感じていた。
 身につけた鈍色の胸甲、質のいい素材の武具。いずれも普通の軍ならば新兵に与えられる物ではない。うだつの上がらない傭兵だったバレオなどにとっては身につけているだけで誇らしい気分になる。
 二人の後ろに弓を構えたウリレオが続く。ウリレオは傭兵出身ではなく元猟師だ。他の団員達とは毛色が異なり、あくまでも淡々としている。
 何も無い小部屋を2つ程横に見た後は代わり映えのしない直線が続く。カーキの壁をひたすらに見続けるというのも中々に目に悪かった。
 やがてそれも終わりを迎えた。曲がり角が見え、角から顔だけを出せばそこには扉があった。他の部屋には扉など無かった。材質もそこだけ金属製で、壁と同じような装飾が施されており、そこが特別な場所だと主張していた。
 3人にミスがあったとするならばそこで引き返さずに扉を調べようとしたことだろう。声も発さず門前に罠が無いかも確認した。部屋に立ち入る気もなかったのだから、そこで引き返すべきだったのだ。だがそれで彼らを責めるのは酷というものだ。事態が起こった原因はサタキーノが僅かに扉に触れてしまっただけなのだから。
 扉が耳障りな金属音を立てながら開いていく。ここで初めてバレオが声をあげた。

「何やってんだサタキーノ!あくまで偵察だろう!?」
「違う!押してなんかいない!か…勝手に開いたんだっ!嘘じゃねぇよ!」

 開いた先に遺跡の主は待ち構えていた。その場からウリレオが逃げ出せたのは弓使いであるために後方にいたこと、主が部屋から出てこなかったこと、そして生粋の兵士でないために戦うことより逃げることに注意を割いていたためだった。


 送り出した団員が一人だけ戻ってくる。その速度も様子も尋常のものではなく、何かが起こったことを思わせる。団の近くまで戻ってきた兵…ウリレオはたどり着くなり、もう僅かの重みにすら耐えられぬとばかりに兜と弓を放り投げた。その只ならぬ様子に無礼を咎める者は誰もいない。

「わ…わたっ以外全滅…奥のとび…の向こうに待ち構え…何かを、飛ばして、来ます!」
「…分かった。良くやった、休め。ラウレーナは彼の面倒を見てやってくれ。グラッシー、タルタル、カイワレ!我々が行くぞ!他の者は待機!」

 ケイが張り上げた声に、我が意を得たりとタルタルが駆け出し先頭を行く。小柄ながら重装姿が頼もしい。グラッシーとカイワレは軽快に、ケイは努めて平常心を保つべく足取りをしっかりと続いて走り出した。


 件の扉は未だに開いていた。曲がり角から様子を窺うこともせずに、大盾を構えながらタルタルが部屋に踊りこんだ。腕に衝撃が走る。経験からそれが重いというよりは鋭い一撃であることをタルタルは感じ取った。
 盾の影からケイとグラッシーも飛び出した。ウリレオの言葉は無駄では無かったのだ。カイワレは扉の影で覗き見ている。相手が素早いならば未だレベルの追いつかない彼女は姿を晒すのは危険である上に役に立たない可能性もあった。
 遺跡の主と思しき存在と目が合う。瑞々しいミイラというべきか。死蝋化した肉体は生者と言うには生気に欠け、死者というには存在感に溢れていた。頭には王冠のようなサークレット。片手に剣を、もう片方に2つの首を携えて。
 死体はこれ見よがしに生首を放り投げて寄越す。それが侵入者達の仲間だと理解していると見えて、変わらぬ表情で侵入者をあざ笑っていた。対する星界人達は無言の戦意を滾らした。

「なるほど…お墓だったのですか。それはさぞお怒りでしょうね」

 ケイの声は丁寧でありながら底冷えのする殺意に満ち満ちていた。既に相手が死んでいようとも、罪人がコチラの側であろうとも構わない、部下の仇を討つべく理不尽な剣を振るうのだ。

「それはそれとして…くたばってください。謝るのは貴方が動かなくなった後にしましょう」

 玉座にも見える椅子の下、謁見の間のような広々とした部屋において瞬く間の死闘が開始された。


 この世界における戦闘はHPという概念が無くなり、急所も存在するため相手によって全く異なる。遺跡の主は速度と剣に優れ、その身体能力は星界人以上だった。加えてケイと同じく剣風をよくするらしく、近のみならず遠にも対応していた。死体らしからぬ速度で目まぐるしく駆け回り、必殺の一撃を打ち込まんとするその姿を雑魚とは誰も言えまい。こうした技巧派との戦いは殺るか殺られるか、一瞬で決まる。
 明暗を分けたのは人数差。グラッシーの放つ矢が動死体の移動範囲を限定し、タルタルが負傷覚悟で押し込まんとした。遺跡の主が向かう先はケイの方角にしか無くなった。死体にも覚悟というものがあるのか、ケイを袈裟懸けに斬るべく疾走を開始した。
 時代劇のごとくに二人の長がすれ違う。ケイの肩から血が吹き出すのと同時に遺跡の主は唐竹割りとなった。自身の肉体が裂かれようとする最中の覚悟の一閃が決まったのだ。最後まで表情を変えぬまま遺跡の主は盗掘者の前に敗北した。

「今日の団長は怪我しまくりっすねぇ。大丈夫なんすか。血の噴水みたいになってるっすけど」
「良くも悪くもこれぐらいじゃ死にはしませんよ。我々は…それより、アレを」

 戦闘の終結を見て入ってきたカイワレによる治療を受けながらケイが剣で一点を指し示す。そこにあったのは遺跡の主の剣風によって斬り割られた石棺。そこからは金の輝きが漏れている。依頼を受けたときにクラリーナ達が語ったお約束通りに財宝はあったのだ。副葬品という形で。

 強敵から受けた痛みを心地良く感じながらケイはさて、どれくらいの取り分が貰えるだろうかと皮算用をすることにした。

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