アライアンス!

松脂松明

遺跡攻略

 インニョート遺跡群…誰が残したのか定かではない遺跡だが少なくとも現在のアナーバ同盟の諸国あるいは諸部族とは関係が無いと言われている。まず色が違う。ルーチェに限らず南方一帯は白を好んで用いるがこの遺跡はカーキ色だ。形も現在の南方文明が角ばった形状を好むのに対し円形が主だ。
 ルーチェのさらに南方。海を隔てる山脈に位置するこの地は今、初の挑戦者達を迎え入れようとしていた。

「というわけで我々がこの遺跡に一番乗りする!トワゾス騎士団の初陣だ!張り切っていきましょう!」

 騎士団長の訓示というよりは会社の朝礼と言ったケイの言葉に団員たちは律儀に鬨の声を上げてくれる。
 堅苦しい仕事から解放されたケイのテンションは少しばかりおかしい。その熱が伝播しているのだった。遺跡の探索が初陣とは奇妙な騎士団もあったものだが、そもそも星界人が含まれている騎士団自体が世界初だろう。いまさら気にする者もいなかった。

「ふふふ…未踏の遺跡!そこに転がる神秘!ワクワクするねぇ…」

 紫の髪を持つ怜悧な美女が興奮を滲ませながら呟く。それを見て現地人の団員たちは誰だこの人という目を向け、5人の星界人たちは口を揃えた。

「「「「「珍しい人がいる!」」」」」

 日頃引き篭もって出てこないビーカーであった。


 ビーカーは自称元うだつの上がらない学者もどきだ。かつては生活のために仕方なく研究や学問をしていたらしいが、この世界に来てからは魔法や錬金術などの虜だった。彼女が引き篭もっていたのは研究のためだったのである。

「いや待て待て。なんでここにいるんですか!?貴方の役割は拠点の警備でしょう?」
「よく聞いてくれた団長くん。滅びて以来誰も訪れなかった遺跡と聞いて、神秘への探究心がうずいて止められなかったのだ」
「見れば分かりますよ!?そっちじゃなくてなんで任務放棄してるんです!?」

 堅いことを言うな、と手を振りつつビーカーは遺跡の壁にかじりつき始める。一体壁に何があるのかケイにはさっぱり分からない。今更帰すのもどうかと思うので放っておくしか無い。ビーカーはレベル上限値の魔法職であり自分の身は自分で守れるだろう…。


 この遺跡がトライ・アライアンスで言うインスタントエリアならば一定人数以上は入れないのだろうがそんな制限は世界のどこにももう無い。
 地道に1部屋ごとを攻略していく。この日のために準備した鉄製の棒や板で罠がありそうな場所はあらかじめ封印していく。冒険というよりは発掘作業に近い感覚だ。とはいえ

「また出た。大型の敵は第4隊で対処して、小型は第1が。慎重にね」

 現実世界における発掘ならばこのような障害は立ちふさがらないであろう。積もったホコリを巻き上げ、石畳をひび割れさせながらゴーレムらしき岩人間が立ち上がる。それと同時に石でできた蜘蛛がわらわらと這い出してくる。どちらも知識に無いエネミーだ。外観で言うならばゴーレムは【狂える地の精霊】に似ているがここまで強力ではなかった。蜘蛛は【岩石蟹】に似ているが逆にここまで弱く無かった。まさに未踏に相応しい。ケイは未だ誰も見たことがない敵と戦っているのだ。
 少し広い部屋では岩人間と石蜘蛛が同時に、通路では石蜘蛛のみが立ちはだかって来る。彼らが守っているのが財宝であれば助かるのだが、と思いながらケイは自分の騎士団を眺めた。

 埃っぽい広間行われている岩人間の戦いはあまり気にしてはいない。率いているのがタルタルである以上は敗北はない。遠征をこなしてきたタルタルやグラッシーは既にエネミー相手ならばケイより遥か上だろう。同じ人間や亜人種相手ならば戦いに喜悦を見出すケイの方が上手だろうが。

 装備が統一された団員たちが一体となって敵に躍りかかる姿は頼もしい。馬に乗らせる事を考えて胸甲に革鎧という装備にしたが、こうした徒で戦う場合はもう少し防御を固めさせたほうが良かっただろうか?
 武装は光都の衛兵に習ってハルバード。ただし短めにしてある。短いのが幸いして混乱するまでは言っていないが、これも密集するときは考えたほうが良いかもしれない。事実適応の早い者は腰のブロードソード…これは団長であるケイに合わせて団員たちが自分で選んだ…を抜いている。
 岩蜘蛛がレベル的に低いエネミーであっても一般団員達には十分脅威だ。岩で出来た外殻はハルバードが当たってようやくひび割れる程度。ブロードソードでは上手く隙間を狙わない限り、肉まで届かない。
 だがそれは逆に言えば隙間があればいいということだ。しばらくすると団員たちはハルバードでヒビを入れそこに剣をねじ込むという戦法を取り出した。岩蜘蛛が上に乗った団員を攻撃しないようハルバードで動きを封じる光景は時代劇の捕物のようだった。
 団員たちも癒し手が少ないトワゾス騎士団の現状を理解しているのだ。この世界でも癒し手ヒーラーが少ない傾向にある。団内の癒し手は第4隊のカイワレと、今ケイの横に立つラウレーナだけだった。思えばタルブ砦のジェロックの他で初めて見た“現地人”の癒やし手となるラウレーナは褐色の肌が美しい女性だ。腰まで伸びた艶やかな黒髪が似合っていた。堅い性格のわりに露出の多い服を着ていて目の毒でもある…軽装の正装までは手が回らなかったのだが、慌てて用意しようとすると他の団員から反発を食らった。

 岩人間が倒れる音が響く。すぐに音が再開されたのを聞けば撃破されたわけではないようだ。通路にひしめく石蜘蛛との戦いは団員たちの有利に進んでいた。

「要らぬ心配だったかな?」
「失礼ですが、団長様はもう少し部下を信頼された方がよろしいかと」

 凛としたラウレーナの声に思わず「はい、すいません」と返しそうになるのをケイは堪えた。威厳、威厳と頭の中で唱える。ケイは団員から死者が出ないように一般団員の方に張り付いていたのだ。

「そう言うなラウレーナ。君たちは死んだら本当に死んでしまうのだから」
「それはわたくしに対する侮辱ですか?わたくしもトワゾス騎士団の第一隊員。眼前で自分より先に仲間を死なせるなどさせません」

 ぴしゃりと言い返されてケイは怯んだ。ラウレーナは部下ではあったが、持ったことが無い姉のようで少しばかり苦手だった。
 ラウレーナの言うことはいちいちもっともだった。この場のみの効率を重視するならばケイが戦闘に立つのが一番良い。それをしなかったのは団員に実戦経験を積ませるためだったのだが、どうにも半端なことをしていたようだ。

「…アルレット、ドルファー、ラウレーナ。この場は任せる。私はゴーレムの方に行く」
「行ってらっしゃいやせ!」
「うん、こっちは任せて団長」
「それがよろしいかと」

 三者三様の声を受けて同胞の元に参戦することをケイは決めた。岩人間はかなりの高レベルだ。戦うのが楽しみだとケイは高揚感で心配を打ち消した。

 土煙が舞う広間に足を踏み入れたケイの身体を黄色い光が包んだ。物理防御力を上昇させる〈ディフェンスプロテクション〉の光だ。

「ありゃ団長もこっち側?ハブられ?」

 陽気なカイワレの声が聞こえて、ケイはそちらの方に走り寄った。声を掛けるより早くバフをかけて来たのはカイワレの成長の証か。いや、このリトルフットは元々周囲に目をやれる子だった。

「自分で来たんですよ!…岩人間はどうなっていますか?」

 敬語に戻ったケイは状況をまず尋ねた。第4隊は星界人のみで構成されているためここではケイも素に戻ることが出来た。威厳を取り繕ったりする必要はないのだ。

「んー、折角来てくれて悪いんだけどもう終わりそう」


 岩人間の巨大な腕が床に向けて振り下ろされる。タルタルが捧げ持つ銀の分厚い輝きがそれを受け止めた。小柄な体格のドワーフが見上げるほど高い威容が放つ一撃を盾で防ぐその光景は一枚の絵のようだった。
 その光景を入口の上。突き出した上枠から眺めていたグラッシーは冷静に岩人間の頭部を撃ち抜いた。生物であるなら急所であるはずだが岩人間の動きは止まらない。

「弱点は頭部じゃないっすか。端から削っていってもいいっすけど、こういう時はっと」

 この世界のエネミーは紛れもなくこの世界で活動している生き物で、急所というものが存在する。かつてならば考えられないことだったが、脳を破壊すれば死ぬ。心臓を潰しても死ぬ。腕を切断すれば攻撃の手段は減り、足を粉砕すれば動きを止める。
 とはいえ相手は何かに製造されたように感じられる岩人間だ。では弱点が無いかと言えばそんなこともない、とグラッシーは経験から狙いを絞る。タルタルに手指で合図を送る。意味は「こちらに相手を向けて」だ。敏いタルタルがジリジリと横に移動していけば岩人間もそれに釣られる。頭はあまり良くないらしい。
 グラッシーが狙うは人間で言う正中線。岩人間が完全に前面をさらけ出した時、グラッシーの手元から高威力の矢が放たれる。【パワーショット】…のもどきだ。連射が可能なように込める“力”を抑えてある。威力は当然落ちており喉に命中しても貫通はしなかった。グラッシーの攻撃は心臓のあたりに的中した時、岩人間の目を模した部分から光が消えて崩れ落ちた。そこに恐らくは動力源というべきものでもあったのだろう。

「ふぅ…。造ったヒトは人間っすかねぇ?右のビットが本体!とかじゃなくてよかったっすよ」
「出番無かった…」
「あ、いたんすか団長」

 グラッシーが無情な言葉を投げつつ降りてくる。タルタルも丸っこい顔に苦笑いを浮かべながら近付いてきていた。活躍はできなかったがこれはこれで良かったと思えるような雰囲気が広い部屋に満ちたその瞬間に。

「興味深いぃぃ!」

 ビーカーが乱入してきた。遺跡そのものよりも興味を引いたのかゴーレムの残骸に取りすがり、鼻息荒くいじくり回すその姿はかなり気色が悪い。見た目の良さも台無しである。戦闘中の自分も他人からこう見えているのかもと考えるとケイの気分も盛り下がってくる。

「ああっ!核らしき部分が砕けている!誰だこんなことをしたのは!貴重な研究資料がぁぁ」

 先の会談で出会った地公あたりと会話が合いそうな性格だ。今度会わせてみようかとケイが考えているとグラッシーの耳がピンと跳ねた。エルフ特有の聴力の高さが何かを感知している。ビーカーを除いた三人は慣れたもので周囲の警戒に当たろうとした。

「違う!上っす!」
「散開!」

 咄嗟に散らばり――ビーカーはケイが引きずった――上を見上げると、天井が開き始めているのが目に入った。丁度中央部分を境にスライドして収納されていく天井。

「なにこの無駄ギミック」
「あー、ひょっとしてこの部屋って、遺跡の丁度半分あたりになるんじゃないっすかね」
「あーじゃああれだね、お約束で」

 開ききった天蓋から何かが降ってきて振動を起こした。もはや地震もかくやという衝撃であり、落ちてきた物体が半端ではない質量を持つことが察せられる。
 土煙が晴れる。そこにいたのは先程までとは比べ物にならない大きさの岩人間だった。

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