アライアンス!

松脂松明

お仕事②

「見たか!あの連中の顔!全く愉快だ!こんな日が来ようとはな…」
「はぁ…」

 クラリーナの愉快げな声にケイとしては生返事を返す他は無かった。グラッシーが危惧していた通りにどうにも光女王の野望はスケールが小さく、アナーバ同盟内での主導権を握りたいというだけのようだった。随分と危なっかしい橋を渡っているな、という思いがケイにはあったが口には出さない。戦力で列強を刺激するより他はない事情があるのやもしれないからだ。

「雷伯と地公はどうだった?」
「アルベルト殿とマルカルロ殿ですか…強いですね。性能的には私より上でしょう」

 人目がある手前表に出さないようにはしたが、内心の冷や汗と強敵を前にした高揚感を押さえ込むのにケイも必死だったのだ。目に少しばかりの非難が宿っていた。いきなり呼び出されたかと思えば、政治的な思惑に巻き込まれるとは思わなかった。ケイとしてはもう少し分かりやすい対決のほうが好みだ。
 常人ならばそれだけで卒倒しそうな強者の視線を受けてもクラリーナは気にするそぶりを見せない。議場の光景を見れば既に慣れてしまっているのだろう。度胸は大したものであった。護衛として横に立つ老騎士も苦笑している。

「それは重畳。楽しんで貰えているようだな…で、ここからは相談なのだが金が無い」
「はぁ?」

 いきなり何という事を言い出すのかと、駆け引きを知らないケイは素っ頓狂な声を上げる。もしそうなら契約を見直さねばならない。そう考えた時、老騎士が前に出てきた。
 見事な白髪の四角顔の老騎士はクラリーナの守役だった男で名をヴェネリオという。老齢により引退した
チャンピオンで、ケイの前任者とも言える。鍛錬は欠かしていないのか、そこらの騎士よりは遥かに気配が強い…が、ケイには大きく劣る。

「まぁ待ってくれシーカ卿。どうも陛下は前置きを省くところがあってな、ご教育を間違えたようだ」
「爺は相変わらず口うるさい。ケイ殿も妾の騎士なのだからもう少し信頼して欲しいものだ。トワゾス騎士団への予算が足りぬという話ではない」

 クラリーナの話を聞いてケイはようやく話が見えてきた。神輿としてルーチェ国は様々な式典や儀式、会議を開催せねばならないため、常に財政が圧迫されている。トワゾス騎士団の予算もクラリーナ自身が財務卿と顔を突き合わせて工面したが、国庫はカツカツの状態だ。新たな札を見せた以上は各国はさらに負担をかけようとしてくるのは当然であり、そうなれば赤字になってしまう…そこで、新たな財源が欲しい。そういった話のようであった。

「…それで、なぜその話を私に?」

 事情は分かったが、それを自分に話す意味が見えてこない。新たな事業を起こしたり、地域を盛り上げたりするような企画を立ち上げることがケイにできるはずもない。かつていた世界においてもしたことがないため、無理があるのだ。かといってケイの得意分野である戦闘で稼げる金額では国をどうこうするような額にはならないだろう。

「インニョート遺跡群の探索を貴殿らに依頼したいのだ。遺跡にはお宝が付き物であり、特に神秘の力を宿した物は巨額の富となる」

 聞いたことが無い地名にケイは頭を捻る。だがヴェネリオが広げた地図とクラリーナの話を聞いて、納得が行くと同時に驚愕を禁じ得ない。そう、ケイはその遺跡を知っている。だがどんなヘビーユーザーでもその内部を知る人間はいないだろう。なぜならば…トライ・アライアンスにおいてただの背景として設置されていた地だったためだ。

(かつてはただの背景でも、現実化した…いやこの異世界でならば内部は当然に存在するということか!)

 今まで通過してきた村々もゲーム時代に無かったのではなく、NPCの会話などで出てきた地域の可能性も出て来る。ただ…そう考えると疑念が1つ残る。

「なぜ…そんな遺跡が未踏のままなのですか?」

 遺跡には遺産。迷宮には秘宝。そんなお約束をこの世界の人々も共有しているのならば当然獲得しようと試みる筈だ。今この時代にラーイーザやアルベルトといった存在がいるように、過去にも英雄はいたはずであり例え魔物がひしめいていようとも戦力的には攻略可能だったはずだ。現に今クラリーナがそうしようと思い至ったように。

「さて?そういえばなぜであろうな?爺はなにか知っておるか?」
「儂は武骨者ゆえ、そうしたことは存じませんな。学者先生にでも聞かれるがよかろうかと」

 実に奇妙なことだった。考えれば考えるほどチグハグで目眩がする・・・・・。ともあれ方針は決まったのだ。彼らを呼び戻さねばなるまいとケイは気持ちを切り替えた。誰も立ち入ったことのない遺跡。そこは誰がどのように作り、中にどんな困難を収めているのか。久方ぶりの探検の予感にケイは胸を踊らせた。


 その彼ら…タルタル達、トワゾス騎士団第4部隊はウガレト近くのエリアで探索を行っていた。“黒幕”に相応しい存在といえば突如活動を再開した魔軍に関わりがありそうだ、というフワフワとした発想の下にタルタル達は行動を開始していた。
 現在、トワゾス騎士団は4つの部門に分かれている。ケイが直率する第1部隊…主に現地人で構成され各種表向きの行動を行う。第2部隊は拠点の保持整備を行う部隊で一応はビーカーが担当しているが、彼女は引き篭もってばかりいるので隊長と読んで良いのか分からない。第3部隊は物資の補給を行う生命線、即ち輸送部隊でトメメがいずれは統率することになる。
 そしてタルタルが率いる第4部隊は星界人のみで構成され、各種探索を行っていた。元の世界へと至る情報と、ケイ達星界人が「なぜこの世界に来たか?」という謎を追う部門であり、星界人としての活動に重点を置いた部隊だ。勿論同胞である団長の要請とあればすぐさま駆けつける気ではあったがそれは彼らの友情に基づくもので別に義務ではなかった。
 なぜこんな構成になっているかといえば、正直な所これ以上複雑になると団長であるケイの処理能力を超えるからに他ならない。いかに超人の肉体を得ようと中身は現代日本人、それも平のサラリーマンには荷が重かった。

「ひー。もう死ぬぅ~」

 カイワレの間の抜けた声が響く。だが偽らざる本音であろうことはべったりと地面に張り付いていることからも見て取れる。ウガレトの支配領域を見渡せるこの高地に出現するエネミーの平均レベルは60ほどであり、カイワレからしてみれば敵が全てボス級と言っていい。タルタルが常に敵意を集めていなければ実際に死んでいたのだろう。
 死という単語が出たことでタルタルの顔が奇妙に歪んだ。この世界に来たことで一種の狂気を得た団長とタルタルは既に試した。結果は奇妙な回転感と苦痛と共に最寄りの拠点…村や街で蘇るだけだった。思えばこの世界に来てもう何ヶ月になるのか?だというのに髭も髪も同じ長さのままである。不老不死…人類の夢ともいえるそれを喜ぶべきだろうか?嘆くべきだろうか?元の世界に帰還する際の重荷が増えた気がするだけだった。

「あーでも何か少ないっすね敵。高レベになればなるほど少なくなってるような…この辺とかもっとわんさかいた覚えがあるんっすけど」
「調整されているんじゃないかと僕は思いますね。生態系に気を遣ってとか」
「偉いマメな黒幕さんっすねぇ…」

 横に倒れ伏すエネミーの死体をタルタルは見やる。ワニの手足を無理矢理伸ばしたような形態に赤い鱗…【ヒルドレイク】だ。レベルは確か62。例えばこの生物が弱いエネミーの生息域に引っ越しでもすればその一帯は滅ぶだろう。そこで個体数を減らしたうえで縄張りから離れないように設定することで防いでいる…黒幕の存在を信じるタルタルにはそう見えた。

「しかし…ウガレトに目立たずに辿り着くのはやはり難しいですね」
「占領されたとこに目立たずってその時点で無理だよ。そりゃ虐げられてる…とかならできるだろうけど、魔物っぽい人以外誰もいないじゃん。やっぱり残党さん達がどこにいるか把握して、迂回路を探さないと」

 地面に伏したままのカイワレが真っ当な事を言う。このリトルフットの少女は時折このような一面を見せた。見た目と相まってその度に周囲の者は驚かされるのだ。
 タルタル達がウガレト近辺を探索しているのは何も“黒幕”を探してのことだけではない。この地にも星界人は幾人かはいるはずであるし、この地の英雄を初め有能な人材は豊富だろう。可能ならば取り込み、でなければ友好関係になっておきたい。
 タルタル達3人は幸いにしてウガレト部族の構成種族であるドワーフやエルフといった亜人種だ。少なくとも初対面で印象が悪くなったりはしない。だからこそこうして遠征に来たのだが道のりは遠かった。

「おーい!タルさん!グラッシーさん!」

 その時来た方角から少年の声がかかった。本拠に留まっているはずのトメメだった。トメメはレベル限界値の戦士職ではあったが、戦闘には向かない。だがこうした地域への伝令には非常に重宝していた。システムメニューが出ない以上覚悟はしていたがいくら試してもメールやチャットといった機能は使用できないままだったのだ。
 かつてはシステム的に今では生存本能とでもいうべき縛りで、エネミーもレベル差がありすぎれば追ってこない。仮に敵対しても基本的には一定距離離れれば追跡を諦めるので、トメメは無理に戦わず走って切り抜けて来たのだろう。

「なんであたしを省いたんよトメちゃん…」
「うわぁ!カイワレちゃんいたの!?…まぁいいやタルさん!一段落したら戻って欲しいってケイさんが!」

 ケイはすぐさま呼び寄せるということをしない。一段落というのは相も変わらずの言い回しだったが、団長が呼ぶということは力が必要になる状況になったと理解しているタルタルは即座の帰還を決める。

「ではすぐ戻ります。トメメくんも一緒に帰りましょうか」

 滅び行くウガレトの人々には悪いとも思うが、タルタルにとっては自身の帰還と友人たちが最優先である。


「カイワレさん。レベルは上がりましたか?」
「あーなんか上がった気もするー。ガンガン上がるとなんかこうみゅいーんって感じになるんだよね」
「どういう感じっすか。…なんか最近アタシ突っ込みになってる気がするっす」

 仲間たちと顔を合わせての食事は随分と久方ぶりだった。領主…ケイの屋敷となっているログハウスめいた家は内部はそこそこの値段がする調度品が置いてある。マトモな屋敷が完成した後にも使うつもりであったためだ。この世界における南方の食事は元の世界においての南欧風のようで、ケイ達星界人にもどことなく馴染みがあるものだった。

「タルタルさん。探索は大変だったでしょう?」
「団長ではないですが僕としてはあちらの方が気楽ですね。団長の方が忙しいでしょうに」

 現況についての話になったときケイの顔が無表情と化した。一度光都へ出向いてしまったらあれやこれやと付き合わされた。その反動である。フォークとスプーンを握りしめたままプルプルと震えだす。

「大変というか、何というか。本当にタルタルさん達が帰ってきてくれて助かりましたよ。来る日も来る日も神殿での儀式参加やら良く分からない精霊への祈りやら祖霊へのお参りだのに付き合わされて。判子とサインの間の護衛とか本当に必要なんですかねぇ…!同じ仕事でも遺跡攻略のほうがまだしも興奮しますね!今の私ならレイドボスですら倒せる…!」

 ケイは単純作業は嫌いではない。だがそれをただ眺めているだけの仕事というのはむしろ疲れる。頑強極まりない現在の肉体で疲れるというのは精神的な疲労が大きいことを意味する事が多い。ハーピーとの戦いで意識が途切れたように。

「ケイさんが壊れた」
「…団長はあんまり細かいことに向いてない」

 初めて見るケイの醜態にトメメが目を丸くし、アルレットは労るような視線を向けている。だがタルタルとグラッシーには嬉しいことだ。この世界に腰を押し付けてはや一年近い。元のトワゾス騎士団の面子にとってはコチラの方がケイらしかった。

「ストレス溜まってるっすねぇ。発散方法がどうかと思うっすけど。そういえばアタシとカイワレちゃんは最近戦闘ばかりでむしろ素材乱獲したいっす」
「人がいないエリアなら根こそぎ取っても怒られないかな…」
「そういえばビーカーさんの姿が見えませんが…」
「あ、日干しにしたままだった。取り入れて来ます」
「…扱いが洗濯物みたい」

 宴は続く。未踏の遺跡に誰一人脅威を感じていない。むしろ楽しみにしてさえいる。この世界に来て強靭になったのは肉体だけではないようだった。




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