アライアンス!

松脂松明

光都騒乱

(厄介事ではあるのだろうが、好機でもある)
 黒髪の星界人は侍女に連れられて歩く。光都の最奥に位置する一際大きな四角い塔こそがルーチェ国女王の居城だった。外観は雪のような白さだったが中は柔らかな乳白色で覆われている。
 そこかしこに直立している衛兵の鎧も白を基調としている。律儀に兜の面頬を降ろしたまま微動だにしないその姿は「一国の城を護る兵とはこうしたものか」という感慨をケイにもたらした。加えていえば手に携えているハルバードにも目が行く。ハルバードと同様の見た目の武器はゲーム時代にもあったが、大抵は槍か斧のどちらかに分類されていてモーションや効果もそれに準じていた。だがこの世界でならハルバードならではの戦い方も使えるのだ。
 階段を登り始めるとケイは内心で首を傾げた。謁見の間は1階にあったはずだったのだ。トワゾス騎士団のアナーバ同盟に対する貢献を称するならば公式の場で行うはずである。丁度マリユーグの裁きのために各国の人間が来ているのだから尚更だ。招待されたのもケイのみであり、他の仲間は別の建物で饗応を受けている。

(つまり…女王個人による招待というわけか。他の国の人間に横槍を入れられないように…となれば話は分かりやすいな)
 恐らくはトワゾス騎士団もしくはケイ個人を取り込みたいという考えだろう。拠点を得たいと考えていたケイにとっては渡りに船である。ルーチェ国はアナーバ同盟の盟主とは名ばかりで、国力は主要国家のうちで最も低い。同時にお飾りであるが故に他の国とも表面上の仲は悪くない。何より各種施設が揃っており、密集しているため利便性が非常に高い。エリア移動を挟まずに生産から倉庫まで利用できるという点でゲーム時代でも人気があったのだ。
 しかし、女王は余程切羽詰まっているのだろうか?現在の星界人は非常に少ない。数少なくなった超常の戦士を引き入れてしまえば、責められるとまではいかずとも同盟参加国に快くは思われないだろう。思い当たる節といえば先程転移門に映ったウガレトとプロヴランの様子だが…。

 ケイが通された部屋は意外に小じんまりとしていた。公的な応接室…というよりは個人的な客と談笑する場のようだ。そこに一人の女性が微笑んでいる。
「そなたがトワゾス騎士団の団長であるケイ殿か。妾はクラリーナ。ルーチェ光女王である」
 涼やかな声が響いた。しかしどことなく無理をしているようにも感じられる。
(案外、王侯貴族という人々もプライベートでは砕けた喋りをしているのかもしれないな)
 ケイは改めて眼前の人物も同じ人なのだと思い直した。想像ができない立場や職にある人と接する時、偉い人、雲の上の人、そういった内心の大雑把な括りに放り込みそうになるのだ。
 椅子を勧められ、ケイは初めて女王の顔を観察できた。
(なるほど美人だ…歳はイマイチ分からんが)
 プラチナブロンドの髪を結い上げ、サークレットを嵌めている。目はつり上がり少し険があるように見える。装いのドレスも瀟洒でいかにも女王のイメージ通りで、クラリーナが可憐さよりも威厳を重視しているのが窺える。
「女王陛下に殿付けされるほど、偉くはありませんがね?」
「謙遜は必ずしも美徳ではないぞケイ殿。まぁ正直なところを申せば、そなたら星界人は立場が特殊過ぎてどう扱ってよいのか分からんのだ。とりあえず敬意を払っておいて悪いことはあるまい?」
 侍女から伝えられた「親しく面会したい」という希望は嘘ではないのか、あけすけな物言いからは虚飾は感じられない。この女王が海千山千の国主であるなら、その腹の内を読むことはケイには不可能であるのだが。
 こういう時はさっさと話を進めるに限るものだ。流れに乗ってしまおうと考えたケイは前置きを省いて切り出すことにした。

「さて、今日お招きいただいたのは勧誘のためだと考えて良いんでしょうか?」
 流石に役者が違うというべきか、突然の話題の転換にもクラリーナは動じる様子を見せない。それどころか珍獣を見るような愉快げな表情を浮かべる。
「話が早くて助かる。我がルーチェの国力は貧弱だ…特に戦力がの。かといって大勢の兵を養う余裕も無い。そこで一騎当千のそなたに白羽の矢を立てたというわけでな」
 クラリーナの話は概ねケイが予想していた通りだった。ルーチェ国は同盟を成立させる際に神輿として盟主に祭り上げられた国だ。理由は参加国の元となった部族時代を政略結婚による縁組で乗り切ったことによる。中央や北の血まで混ざっており外交に便利、というのも理由の1つだった。

(つまりは究極の雑種というわけだ)
 利用するのは便利なルーチェ国だが、調子に乗られては困る。そう考えた他の同盟参加国は盟主としての責務をできるだけ多く押し付け、負担をかけることでルーチェ国の成長を阻害させていた。マリユーグが裁かれる予定の裁判所を初め、この地に様々な機関が設置されているのもその一環だ。これらの事情をケイはリンピーノの書斎で学んでいる。
「我々の利益は?」
「並べられるだけの飴は全て並べる…といっても妾の自由になるものはそれほどないがの。しかし他の勢力では出せぬ味の飴もある」
 勿体ぶるように一拍置いたクラリーナをケイは胡散臭げに見つめる。それこそがクラリーナの思惑だとケイは気付かない。光女王からしてみれば注目を促すことができればいいのだから。
「妾と妾の臣下に対するある程度の自由だ。簡単に言えば態度を咎めんということだの」

 ケイは堪えきれずに笑い声を上げた。
(なるほど、この女王は星界人というものをよく分かっている!)
 元が元だけにケイ達星界人は基本的に礼儀知らずと言っていい。細かい身分制度に対してはピンと来ない上に作法も身につけてはいない。
 それでいて肉体的にはこの世界の大抵の存在よりは強力と来ている。この世界の住人にとっては始末に負えない面があり、血を見る事態になりかねない。だがそれを女王が容認してくれるのであればケイ達にとっては金銭や名誉などより素晴らしい報酬となる。居心地がいいということは拠点を作るにあたって、何よりも重要な点だとケイは考えているのだ。勿論他の飴玉も出されたものは全て平らげるつもりでもあるが。
「私はあなたが気に入りましたよ女王陛下!人を載せるのがお上手だ!他の条件と報酬に折り合いがつくようなら私はあなたの下につきましょう」
「そこは手を組むと即答するところではないのかの?」
 クラリーナは顎に手を当てながら呆れたように笑った。この白金の女王は苦笑まで憎らしいほど様になっている。見かけもまた主に必要な素養だ…少なくともマリユーグのような者に命令されるよりはクラリーナに指示されたほうが良いとケイは思った。
「では条件を詰めていくとするかの。なに、損はさせぬつもりだ」

 いつの間にか出されていた紅茶が冷める頃、ケイは奇妙な違和感を覚えはじめていた。
「ぬぬぅ…そなた欲が深いのか無いのか分からんの。あっさりと了承したかと思えば絶対に譲らん。はいかいいえしかないのか己は。妥協という言葉を知っておるか?」
「その分報酬はお安いと思うんですけどねぇ…まぁ私だけなら戦争にでも何でも行くんですから良いじゃないですか。…ところで騒がしくありませんか?」
 クラリーナは首を横に振った。光女王は何も気付いていないようだ。
 ケイとて仲間のグラッシーほど聴覚が優れているわけではないが、それでも僅かに感じる騒音。知覚内の気配も増えているが、どれも微弱なものばかりだ。だが身体に戦意が沸き立ち、戦闘が近いと訴えかけてくる。戦闘好きが高じてか、歴戦の猛者が感じるような戦の匂いをケイは既に嗅ぎ分けられるようになっていた。
「悩んでいる暇は無いようですよ?正騎士としての初仕事が近付いてくる気がします…」
 ケイが続きを言いかけたその時、侍女が緊迫した面持ちで現れた…明らかに緊急の事態なのだろうが、それでもゆったりとした動作を崩さないのは流石というべきか。侍女がクラリーナの耳元に顔を寄せた。
 囁かれた言葉を受けた光女王はわずかの間だけ目を閉じたが、すぐさま決然とした顔を見せる。
「よかろう…先の条件は全て飲む。我が騎士よ、行け。行って直ちに我が新しき剣の切れ味がどれほどのものか教え込んでやれ」
 先程までの親しみやすい女性の影は消え、主君としての威容がクラリーナの身体に漲る。その瞳の輝きをして、クラリーナは光女王と呼ばれているのかとさえ思われた。
「御意…と言いたいところですが、御身の護りは?」
「城兵たちとてカカシでは無い。それでも我が身を案じるなら、早々に賊を平らげて戻ってくるがよい」
「心得ました。では失礼して…」
 開け放たれていた窓からケイは飛び降りた。落下の風圧が高揚する肌に心地よい。
 感覚を研ぎ澄ませば騒動は広範囲に広がっているのが分かる。強い気配は…無い。些か残念に思うが相手にも戦意があるならば力量差があろうと、それだけでも楽しめる。
 地面に接触する。かつてあったはずの落下によるダメージも硬い靴で足を痛めることも今は無い。耳障りな金属音を奏でつつ、騒ぎに向かってケイは飛び込んでいった。

 一体これはどういう状況なのか。それが光都に居合わせた者達全員が抱いていた困惑だった。そして、思いを共有していても行動が同じになるわけではないのが問題である。
 城壁の外にも小規模だが傭兵と思しき集団が攻め寄せて来ており、内側では各国の使者に着いてきた護衛達同士で小競り合いを起こしている。同盟参加国という枠組みで辛うじてまとまっていた各国の兵士達は、降って湧いた機会を逃すまいと火に油を注いでいる。のみならず傭兵とも山賊ともつかない連中は一体どういうからくりなのか、城壁の中で増えつつある。
 ある者は事態を収拾して名を上げようと、ある者はこの機に鬱憤を晴らそうと、思いこそ様々だが誰も彼もが他者を警戒し功名心と敵対心の鎖で己を縛り上げていた。
 10年間の平和による軋みは、流れなかった血の帳尻を合わせようとしているのかもしれなかった。

 混乱極まる中、一際熱を上げているのも冷めているのもフィアンマ王国の人間たちだった。前者はフィアンマから派遣されてきた使節団と護衛達、後者はシンティッラ騎士団の面々だった。
 使節団の面々は10年前の戦乱の最中も政争に腐心して戦場に足を踏み入れたわけでもない。彼らにとって争いは新たな利権の種にしか見えていないのだ。
 一方のシンティッラ騎士団…特にラーイーザは実際に血と泥に塗れた経験がある。平和と言われた期間でも諸々の鎮圧に当っていたのだ。

(若い私たちが冷静で、いい年をした連中が血気盛ん…普通逆じゃないかしら?)
 ラーイーザは嘆息した。困ったことに彼らの皮算用には英雄たるラーイーザの力が計算に入っている。この分では敵より味方を止めねばならない。
 もっとも、ラーイーザはどちらにせよ動けなかった。暴徒じみた雑多な装備の賊がどこから現れたか不明だが、どこかに糸を引いている者がいる。だがこの騒動の目的が見えない。最初はマリユーグの口封じのための陽動かとも思われたが、聞いていないことまで喋り尽くしてしまったあの男にそんな価値はない。となればこの都市にいる誰かの暗殺のためなのか。もしくはこの都で生じた不和そのものが目的なのか。
 ラーイーザはフィアンマ王国の大使館から動かないことに決めた。少なくともフィアンマが不利益を被らないように使節団を抑えておかなければならない。盟主の筈である光女王の護りはルーチェの戦士次第。結局ラーイーザも老人達を笑えないようだった。

「楽しいのか楽しくないのか。面倒ですねぇ!」
 振り向きざまの一閃は継ぎ接ぎ鎧の男の顎を切り飛ばす。ケイにしては珍しく狙いがズレているのは、斬る相手を選ばなければならないからだ。次々と湧き出してくる粗末な身なりの敵は斬っても構わない側の敵だった。
 一方面倒なのは統一された装束の戦士たち…恐らくは各国の兵士であり、後々の厄介事を避けるため優しく柄で小突いて気絶させる。先の山賊相手の戦いでの失敗が手加減を可能にしていた。
 敵とそうでないものを区別して戦うことは植物の剪定、あるいはひよこの雌雄の見分けめいていて作業感が愉悦を上回る。
 暴れまわっている者達は目が虚ろな者、熱に浮かされたように燥いでいる者とに別れているがどちらもマトモには見えない。誰かに狂わされていると思われるのだが、操縦者の姿は未だに見えない。
 城壁の外の様子も気になるため、中はできるだけ早めに片付けておきたい。それには裏で操っている者を倒すか、敵が湧き出す源泉を断たなければならない。
 正常を保っている連中は関わり合いを避けて閉じこもっているようだ。ルーチェの兵達は城壁から離れられない。頭数が足りていない、仲間たちと合流しなくてはならないだろう。
「おやあれは…」
 少し離れた区画に“目印”が見えた。

「この酔っ払い!しつこいっす!」
 グラッシーの放った矢は正確に兵士の足を射抜き、地面に縫い付けた。そこをドルファーとアルレットが手に持った棒で打擲し気絶させていく。
「最近戦ってなかったから怖い!怖い~!」
 言葉とは裏腹にカイワレはこの局面でもっとも有効な駒となっていた。カイワレの魔法ならば致命傷にはなり切らず、動きを止めることができる。戦いの後でも死ななかった敵に治癒を施していけば、トワゾス騎士団の名は上がるだろう。
 タルタルもなるべく手加減はしているのだが、ドワーフとしてのボーナスなのか力が強すぎる。試しにそのあたりにあった角材で突いてみれば、邪魔者の頭はザクロと化してしまった。以降は盾を構えて仲間の防衛に尽くしている。
「…大丈夫かな団長…」
「アルレット様…あの人の心配はするだけ無駄だと思いやすが」
 ケイの人となりを考えればこの騒ぎに喜々として加わっているだろう。そう考えたタルタルはメイスを
抜き放つ。
「では団長を呼んでみますか!」
 狙いはできるだけ品の無さそうな戦士、装備も錆が浮いておりとても兵士には見えない男を選んだ。下から上に思いっきり振り上げると哀れな男は遥か上空で血肉の花火と成り果てた。
「ちょっ!タルさん何してんの!?うわっグロっ!?」
「あっホラ来ましたよ団長」
 街路の先に手を振りながら近付いてくる影がある。その速度はさながら機関車のごとしで明らかに人外の領域にある。気配も慣れ親しんだものだ。タルタルらのリーダーに違いなかった。
「ピラニアか何かっすかあの人!?」
 グラッシーの叫びは騒乱に巻き込まれて掻き消えていった。

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