アライアンス!

松脂松明

光都

「こいつはすげぇや!」
 バラボー男爵領の兵士達がおのぼりさんよろしく声をあげる。表に出すか出さないかの違いはあれど、その言葉は踏み入った者達全てが抱いている。
 真白い尖塔が立ち並び陽光を受けて輝いている。白いのは塔のみならず、壁も住居らしき建物も全てが雪のようだ。
 そしてやはり白に染まったアーチが導くその先に立つ、一際巨大な塔。他の塔とは異なり先まで四角く、何より太い。高さも抜きん出ている。一体どれほどの歳月と技術、そして労働力を投入したのか。ヒトの手によるものでなく、神の御業と言ったほうがまだしも信じられるだろう。
 この都こそがアナーバ同盟の盟主国、ルーチェ国が誇る光都“スプレンドーレ”。ケイ達護送団の目的地だった。

 澄まし顔でいなければならないのが残念だ。ケイはそう思う。
 ケイ達星界人はかつてここを訪れたことがある…ということになっている。でなければケイもまた阿呆のように口を開いて呆然としていたかった。
 かつてこの世界がゲームであったころ、モニタを通して見た感想は「建物の色がどれも同じで、施設が分かり難い」であった。それが実際の存在を得るだけでこれほど見違えるのか、ケイは内心で唸る。
 灰がかった色の石畳は妥協の産物などではなく、地面を強調し白の建造物をより際立たせるためだ。街路沿いの花壇に咲く花の色も淡く整えられ、控えめに目を和らげる。住居と思しき四角い白壁でできた家も、その横に立つ背の低い木々も全てが白の塔を輝かせるためにあるのだ。

 慣れているのか、シンティッラ騎士団の面々は堂々と列を組んで動く。華やかな女騎士達が旗を掲げながら白のアーチを潜る様はさながら一枚の絵だ。
 ケイ達は自身が美を汚す蛮人になった気分を味わいながら進む。無骨な鉄鎧の汚れは戦陣においては誉だろうが、この場には相応しくないように感じられて兵士達は縮こまった。
(本来の装備を今からでも着れないだろうか?あの淡い魔法の輝きがあればまだしもマシになるというものだろう)
 だが行進を乱すことの方が無粋だろう。この物語めいた一幕においては、無骨な戦士たちもせめて誰の目も引かぬ端役でいることを祈るしか出来ない。白の栄光は美しき者達にこそ相応しい。
 黒髪の星界人は血と埃に塗れた戦場を恋しく感じた。

「全く肩が凝りますね。山賊の相手でもしていた方が気も楽ですよ」
 ようやく粛々とした行進に次いで行われた査問から解放されたケイはボヤいた。
 型通りの査問は眠くなるようなもので、思い出したくなるようなものでもない。
「肩が凝ったのは僕の方ですよ。一月もあの豚の見張りをさせられたんですからね。御者台に乗って面白かったのも最初だけで」
 豚というのは言い得て妙だった。食事などの待遇こそ悪くは無かったマリユーグだったが、余計なことをしないよう三月程も閉じ込められていたのだ。護送馬車から現れたマリユーグは確かに豚に見えなくもなかった。この世に存在するだけで迷惑な食べられない豚がいるとしたらだが。

 城と思しき巨大な四角い塔の根本から僅かに離れた場所に一行は腰を下ろしていた。このエリアの建造物は比較的低く、圧迫感が薄い。横に大きすぎる所を見れば、人が住まうためのものというよりは何がしかの施設なのだろう。現代における官庁街のような区画と思われた。
「そういや気付いたっすか?この街ってなんかこう…普通の人見ないっすよね」
 日頃は悪ノリした言動が目立つグラッシーだが、周囲を良く見ている。元々世慣れした雰囲気を時折出していたが、エルフの視覚を得たことでその観察眼はさらに磨かれていた。血に酔う傾向のあるケイや思い詰めて視野が狭くなりがちなタルタルには無いものだ。
「あぁー、そういえば野次馬とか全然見なかったもんねぇ」
 それはケイにも感じられていた。戦勝パレードでは無いのだから歓迎などは望めないとはいえ、物見高い住人などはもっといても良いはずだ。それがない…つまり。
「…あんまり人が住んでない?」
「加えて言えば、住んでいる人達も政府関係者や施設の保守に必要な職についてる人々が大半…ということになるんですかね?」
 アルレットもタルタルも考察に熱心だ。つられてつい考えこみそうになる。 
(そういった街は無いでは無いだろうが、一国の首都丸ごと…あり得ることなのだろうか?)
 現実にも企業城下町やモノゴロドといったものは存在したので何とも言えない。白い輝きの裏に何があるのか…考えようとしてケイは止めた。気になることほど案外何もないものだ。

「さて…ラーイーザもまだ帰って来ないですし、先に施設の確認に行きますか」
 共に旅をしたのだ挨拶ぐらいしておきたい…が、マリユーグの裁判のために同盟参加国から人が集まっている。当然フィアンマ王国からも来ており、ラーイーザはそちらに合流するようだ。別れの挨拶は後回しにしてでもやっておきたいこともある。
 これから騎士団を創設すべく動くのだ。どの国に所属するのか、あるいは流浪を決め込むのか。どちらにせよ先立つものは必要であり、今後の活動のために各施設が稼働しているのかを確認しなければならない。

 結論から言うと、倉庫は使用できた。ただ使用方法が些か意外だった。
 寂れた倉庫管理棟を訪れると、眠たげな目をした女性が小さな金庫を差し出してきた。それに手を入れるとマジッグバッグと同じ要領で取り出されるのだ。
 倉庫がアカウント共通なのだから納得行く方法ではあるが、ではこの金庫の中はどこに繋がっているのか?余りに奇妙だった。
「ねぇねぇ団長達ってどれくらい溜め込んでたの?お金持ち?」
 カイワレが目を輝かせて聞いてくる。商人としての活動を好んで行っているので気になるのだろうが何となく身の危険を感じる。
 資産ランキングに名を連ねたことなど無いが、同時に散財をしていたわけでもない。武具の等級強化に入れ込み過ぎると、銀貨はとんでもない勢いで消費されて行ったものだ。。ちなみに金貨は課金通貨なのでそれほど持っていない。
 それでも預けてあった銀貨はかなりの量になる。ドルファーへの給金を基準に考えれば彼の人生が100回ほど買えるかもしれない。グラッシーとタルタルの分も合わせれば質の低い部隊ぐらいは組織できそうだった。

 問題は転移門の方であった。
 星界人が使用する各地へのワープゲート。その外観は勢力によって僅かに異なる。光都のほぼ中央に据えられたそれはオベリスクのような石柱と、その先端を囲んだ宙に浮く中空円盤で構成されている。
PCパソコンの電源マークを逆さにしたような…)
 意を決してケイが触れると、中空円盤がさらに広がり中央部分に宇宙を思わせる青黒い膜が現れる。青黒くも輝いている膜は水面のよう。
 緩やかに回転する星空を見て、ケイは初めて星界人という言葉に納得した。この肉体も故郷に近付いた歓喜で震えているのだ。星の海こそ我が故郷であり、かつて生まれた国など無かったかのような気さえしてくる。
 ケイが我に返ると周囲の者達が固唾を飲んで見守っているのが分かった。共に転移してきた同胞達は期待に胸を膨らませ、この世界で生まれた者達は珍しいものを見る思いで。
 起動することはわかったのだ。ならばいざや識ってはいるが知ってはいない地へ――
 …
 …
「で、これからどうやって飛ぶんですかね?コレ」
 ため息が広がった。

 待っていれば“飛ぶ”のだろうか?もしくはこの星空の水面に入れば良いのか?恐らくは後者なのだろうが、このまま入っても宇宙に放り出される気しかしない。
「えぇと?団長?ほらTP使うとか…」
 タルタルの勧めに従い、腹の奥にある源から力を引き出して手を通じて門に流す。水面の回転が加速する。おおっ、とどよめきが上がるがしばらくすると沈静化する。回転が速まるだけで何も起きないのだ。
「じゃあさっ!じゃあMP行ってみよう団長!」
 カイワレの様子はまるで祭りで射的を見守る子供のそれだ。完全に楽しんでいる。
 魔法に関連するクラスを取得していなくとも、ステータスとしてのMPは存在する。TPが腹の奥の臓器から絞り出す感じなのとは対照的に、MPは頭の奥。魂のような物から引きずり出す感覚がある。“死霊術師の洞窟”においてレイスが魔法を延々と放てたのは、魂のみに近い存在だったからもしれない。
 “力”と比べて“魔力”を引き出すのはかなり不格好になった。手まで流すのに1分ほどの時間がかかってしまう。
 結果は先程と同じ。円の中の宇宙が加速するだけに終わった。

「あー、もっとシンプルに行き先を想像するとかでいいんじゃないっすか?漫画とかだと定番な気がするっすけど」
 詳細に想像できる場所となると、各勢力の首都がまず思い浮かぶ。試しにウガレトの緑溢れる大集落を思い浮かべる。すると、水面に映る光景が変わった。だが、そこに映ったのは緑に彩られた光景ではなく赤と黒によって塗り固められた様子だった。
 木々は灰になり、未だに燃えているものもある。土が剥き出しになった地面には、奇妙な形に縮んでいる人影が蹲っている。焼け焦げたヒトだった。
 あまりの光景に皆言葉がない。ケイ自身、どこか別の場所を想像してしまったのではないかと疑っている。だが、写った光景の中央には巨木があり、転がっている焼死体も小さいものに細いもの、巨大なものがある。異種族による共同集落…ウガレトに間違いなかった。
 皆の不安を背に受けたケイはウガレトの成れの果てと思しき景色を消し去った。

「今のって…ウガレトですか?団長」
「ウガレトを想像して起動させたのは確かですけど…あまり魅力ある街には見えませんでしたね?恐らくは今の状態で水面に飛び込めばワープできるのでしょう」
 何やら変事の跡だったことは確かだが、状況が分からない以上ケイとて飛び込む気にはなれない。アチラ側の転移門が破壊されている可能性も入った後で転移門が破壊される可能性もある。
 ならばと、次はプロヴラン王都の光景を写してみることにした。

 王都は惨禍に会った様子は無かった。建物は健在で人間も生きている。石でできた厳しい城もそのままだ。
「相変わらずギスギスしてそーだねぇ」
 カイワレが手を頭の後ろで組みながら言った。なるほど、見れば確かに活気というものが欠けている。映る人々もその顔は暗い…というよりは。
「…こっちを見ている?」
 向こうからも光都側が見えている…わけでは無いらしい。彼の地の人々が見ているのは転移門そのものだ。通りすがる人々は薄気味悪そうに、兵士達は敵を見る目で転移門を窺っている。
 プロヴランの星界人に対する警戒心は行くところまで行ってしまったらしい。この門を通れるのは星界人だけなのだから敵の通り道、というわけだ。

 仲間たちも入れ替わり立ち代わり、覚えている景色を描いていく。やはりゲーム時代と同じく転移先は転移門がある場所に限られた。
 今見た光景を考えれば拠点を置くのはアナーバが無難だとケイは考えている。
 タルタルの望みは探索なのだから転移門はやはり必要だ。そうなるとアナーバ同盟参加国のどこに肩入れするかが問題となる。ウガレトの有様を見るに、全くの無関係を貫くのは難しい。
 フィアンマとヴェントの仲が悪いように各国には各国の事情がある。ギブアンドテイクならいいが、友人でもない連中に良いように使われるのは避けたい。

 立ったまま唸るケイ。その横に立ち、粛々と声をかけてきた者があった。
「ケイ団長様でいらっしゃいますね」
 見ればメイド風の格好をした女性が立っていた。くすんだ赤髪は短めで、顔にはソバカスがある。顔だけ見れば素朴な村娘と言った感じだが、スカートの裾を摘んで礼をする姿はいかにも堂に入っている。
「おおっ!?メイドさんっすよ団長!興奮するっすか!?」
 うっかり「まぁ多少は」と応えそうになるのを飲み込む。どうしてこういう時は空気を読まないのか、グラッシーの考えはイマイチ読めない。
「いかにも私がケイです。見ればどなたかに仕えているようですが、ご用の向きは?」
「女王陛下の使いで参りました。我が主は、数多の武勲を上げ我らがアナーバに大きく貢献された星界人様と親しく面会を望んでおられます。どうかお越しください」

 ケイは思わずタルタルと顔を見合わせた。厄介事の匂いしかしなかった。

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