アライアンス!

松脂松明

地盤を得るために④

「アーロイスの髭にかけて!君たちこそ我が家のチャンピオンだ!まさか本当にやり遂げてくれるとは!こうしてはいられない…各所に報せを届けねば!ああ!勿論君たちの武勲も書かせてもらおう!ああ…!ビルギッタの弓にかけて!」
 頼むから落ち着いてくれ。というかどの神様の信者なんだ。
 そう言いたくなるほどリンピーノは興奮している。家が潰れる瀬戸際から開放されればこうもなるのだろうが、見ている側はかえって冷静になってしまうものだった。
「あ、これお土産です」
 そう言って背負っていた男を床に放り投げると、リンピーノは流石に興奮の波が引いたようだった。

 自分は高貴な生まれであり、貴様らごときに話すことは何もない。
 そう主張していた男だったが、尋問役がタルタルに代わるとあっさりと白状し始めた。余程タルタルに恐ろしい目に遭わされたと見えて、顔色を伺っているようにさえ見える。
 聞いてないことまでまくし立てた男に最低限度の手当としてポーションを口にぶち込んだ後、念入りに縛り上げる。
「しかしこれは…全くどうしたものか」
 リンピーノの呟きは部屋にいるもの全員の気持ちを代弁していた。
 この悪い貴族の見本のような男…マリユーグという名前らしい、が率いていた一党は100人ほどの集団だった。それほどの数の兵が動いて誰の目にもつかない、などということはあり得ない。ゲーム時代よりも遥かに広くなったこの世界においてでもだ。
 マリユーグの一党を引き入れた、というよりはその通行を黙認したのが他ならぬリンピーノの配下の兵士たちだったのだ。

 彼らがどんな気持ちでそうしたのかは分からない。だがマリユーグの発言を信じるならば、マリユーグの背後にいたのは魔軍の将だ。
 魔軍…『トライ・アライアンス』において敵役として配置されていた4つ目の勢力。どの勢力を選んでもメインのストーリーは魔軍に対抗する展開を見せるのだ。善の3勢力全てに対してあだなす仇なすといえた。
 つまり、リンピーノの配下は間接的に魔軍と手を組んでいたということになる。

「魔軍に与した“善の種族”出身者はどう扱われるのですか?」
「死刑だ。余程の事情がない限りはね」
 タルタルの疑問に淀み無く応えたリンピーノだったが、再び机に突っ伏して頭を抱え始める。この様子は…。
「あー、男爵?その場合あなたも?」
「ああ…死刑とはならんだろうが、監督不行き届きで家名断絶となるね。なぜ私ばかり…このような…」

 こうなると流石に無関係を決め込むわけにも行かないだろう。そうケイは考える。要は荒っぽくてもさっさと問題そのものを排除してしまえば良いのだ。つまりはケイ達が採るいつもの方針とも言える。
「男爵殿?決断する時…というやつでは?」
「分かっている…分かってはいるのだ。だが彼らとて魔軍との繋がりは想像していなかっただろう。何とかならないだろうか?穏便に…そう穏便にだ」
 祈るような声を聞く限り、本当はそうならないということは誰よりリンピーノが分かっているのだろう。
 例え今回上手く収めたとしても、そこまで主を軽んじるようになった兵たちなら再びろくでもないことを仕出かすことは想像に難くない。
 結局リンピーノは折れた。追加の依頼をトワゾス騎士団は受けることにした。
 しかしこれはリンピーノにとって大きな転機ともなるのでは無いだろうか?いかにやむを得ないことでも、決意したのは彼自身だ。臆病者の一歩が良い方向に転ぶことをケイは祈ることにした。

 なぜこうなったのだ…そうバラボー男爵領の兵士たちは思った。
 青空の下の長閑な村。人々が田舎と聞いて思い浮かべる牧歌的な光景。そんな場所で正規の装備に身を包んだ兵士たちが我先にと逃げ出す光景はあまりにチグハグで、異様だった。いっそ混沌とした戦場のほうが景色としては似合うだろう。
 さらに異様なのは兵士たちを追い詰めているのがたった一人だという事実。村の住人たちはひさしを少しだけ開けて、事の成り行きを見守っている。
「おーい、そこの兵士さん達ー。逃げたり抵抗しなければちゃんとした裁判が受けれますよー!降伏して下さーい!」
 鎧を着た騎士風の青年の声が響く。声量こそ大きいものの、およそ緊迫感というものが欠けている。
 だが兵士たちにとって、それは死神の囁きにも等しい。この若い騎士を侮って突っかかった者達は全て首と胴体が離れた。その光景を兵士たちは目の当たりにしている。
「くそっくそっ!化け物め!」
 一人の兵士が矢を放つ。訓練された彼の腕は確かで、矢は見事に騎士へ向かった。弾けるような音がしたが、騎士に傷を負った様子は無い。
「嘘だろ!矢を手で払いやがった!」
「あー、今の一撃は見なかったことにしますので降伏して下さーい!」
 ふざけるな、と言いたい。間接的にせよ、魔軍に関わっていたなどと知れたらどうなるか、兵士たちにも想像がつく。それに“あのこと”まで露見してしまえば、甘い男爵とて許してくれるかどうか。
 だがどうすればいい?追手は人の姿をした怪物で、軽い罪の連中は既に降伏してしまっている。
 結局彼らは降伏することにした。少なくとも裁判が行われるまでは生きながらえることができるのだから。

 直接関わっていたわけでもないのにこの抵抗。やはり魔軍に関わるのは相当に重い罪なのだと感じさせられる。一部とは言え、降伏してくれたのは幸いだったとケイは感じる。ケイにとって戦いは充実感を伴っていたが、逃げ惑う相手を斬ることはあまり楽しいとは思えなかった。
(それぐらいの分別は自分にも残っていたらしい)
 分別があった方が良いのか、無い方がいっそ良いのか。それが分かる日が来ると良いのだが。そう思いつつもケイは最後の集団を処理することにした。わざわざ手加減して捕らえる気は無い。

「…団長は大丈夫かな?」
 アルレットが心配そうに考え込んでいる。ケイの強さは信頼しているのに、それはそれとして気になるものらしい。タルタルは苦笑して言う。
「心配するだけ無駄だと思いますよアルレットさん。むしろ僕としては団長に追われている連中の方が気の毒ですね。まぁ、不必要に痛めつけることはしないでしょうが」
 アルレットとタルタルはリンピーノの護衛兼降伏した兵士たちの監視役として屋敷に残っていた。勿論、今回の騒動に全く関係してない兵士たちもいたが、捕らえているのが彼らの同僚だと考えると、任せきる訳にもいかない。その結果、リンピーノの執務室の前の廊下で寿司詰め状態という何とも暑苦しい状態になっていた。
 リンピーノは砦を無事奪還した報告やら、兵士たちの愚行に対して自分は関係していないという釈明の連絡やらで右往左往している。もっとも、忙しい方が今の彼には救いとなるだろう。
 マリユーグの一党がリンピーノ男爵領に流れ着くまで潜伏していた場所も問題だった。規模から考えれば匿われていたか、他の領地でも黙認されていたことになる。今回の騒ぎは想像以上に大きくなるようだった。
 タルタルからすれば好都合だ。トワゾス騎士団の名が広まり、今後の探索も有利になる。仲間たちも幸福に近づくだろう。味方でないものがどうなろうと、タルタルにとってはどうでもいいことだった

「只今もどりましたよっと…これはまた狭苦しいですね」
 ケイが屋敷に戻ってくると、捕らえられていた兵士達は必死にもがいて距離を取ろうとした。
(縛られてるのによく動けるなぁ…しかし、凄い嫌われっぷりだ)
「おかえり団長。怪我は無い?」
「ええアルレット。大した腕の人は居ませんでしたから、無事過ぎて拍子抜けしたぐらいです。男爵殿は?報告ぐらいはしておきたいのですが」
 アルレットの頭を撫でながら聞くと、タルタルが横から答えた。
「先程、手紙との格闘が終わったようでしたので入ってもいいと思いますよ。…おや、団長は何か収穫があったみたいですね」
 タルタルは目ざとく、ケイが右手に持ったものに気付いたらしい。
 それは丁寧に綴じられた一冊の本。有り体にいえば裏帳簿だった。

 ケイが追っていた兵士たち。その最後の集団はみすぼらしい小屋から出てこようとしなかった。
 なんのかんのと言い訳をして出てこないので、ケイは扉を叩き割って無理矢理踏み込んだ。兵士たちはそこまで追いつめられたにも関わらず、降伏しない。かといって戦うわけでもない。流石に不審に思ったケイが家探しすると出てきたのが、この一冊の裏帳簿だったというわけだ。

 人はなぜ悪事の記録を律儀に残すのだろう。便利なのは分かるが、こうなってみると笑い話にしかならない。
 帳簿にはマリユーグ達を見逃した際に得た金品だけでなく、誤魔化した税に商人からの袖の下まで記録してあった。リンピーノの屋敷が羽振り良く見えないのはこれが原因なのかもしれなかった。
 帳簿を閉じ、顔をあげたリンピーノの顔は能面のようだ。
「なんとまぁ…よくやるものだ。私の目は一体何を見ていたのだろうな?私が味方だと思っていた者の名前がある。父の代から仕えていた者の名も。かと思えば私が苦々しく思っていた兵の名は出てこなかったりもする…そして私を助け、家臣の罪を白日の下に晒したのは今まで会ったことも無かった君たちだ」
 そのあたりのことはケイには分からない話だ。だが彼にとっては世界が土台から無くなっていくようなものなのだろう。
「その縁もゆかりもなかった者から言わせて貰えば。男爵が友人をご自分で選ぶ時が来た、ということなのでしょう。不正を行っていた者を一掃し、新しい臣下を迎え入れるのです。今度はご自分の目で選んで。そうすれば次に同じことが起こっても、諦めもつきますし後悔もできます」
 リンピーノに対して責任がある立場でもないケイは、好き勝手に言ってみる。それなりに良いことを言っているはずなのだが、なぜか悪事を吹き込んでいる気分になる。
「そうか…そうだな。目が覚めた思いだ。君たちがいてくれれば心強いが…いや、君たちの力は私の下に収まるようなものではないな。だがせめて友と呼ばせて貰いたい」
「喜んで。リンピーノ殿…で呼び方は良いんですかね?どうにも礼儀作法は苦手です」
「構わないさ。この国に限らず、我らがアナー場同盟の諸国はさほど作法に重きをおかない。…改めてありがとう友よ。次の行き先が決まるまで、いや…君たちならいつでもこの屋敷を好きに使ってくれて構わない。我が家の門は君たちに常に開いてることを覚えていてくれると嬉しい」
 数時間前と比べれば、リンピーノは別人のように見える。それは彼の決意が輝いているのだろう。ケイ自身も彼の厚意に胸が熱くなるのを感じた。
 こうしてトワゾス騎士団は当面の宿を確保したのだった。

 バラボー男爵領での騒動から数日。タルタルは出発したコリピサの町に戻ってきていた。依頼の窓口である酒場への報告とグラッシー達を呼びに行くためだった。ケイとアルレットは虜囚達の護送の日までリンピーノの護衛を努めているため別行動である。ちなみに護衛も追加の依頼として扱われ、キチンと報酬は支払われる予定でタルタルとしても文句は無かった。
 そしてコリピサの町では…
「おータルやん、何だか随分久しぶりっすねぇ。まぁどうっすか?一杯」
 やけに羽振りのよさそうなグラッシーが豪遊していた。

 金に輝く髪と長い耳はエルフの特徴だ。そこに何故かかけている古典的なぐるぐるメガネは彼女のトレードマークといえる。そんな彼女が取り巻き達に囲まれながら豪遊している姿はかなりシュールだった。
 横には小柄な種族…リトルフットの少女が突っ伏している。見るも鮮やかな緑色の髪などそう見るものではないため、トワゾス騎士団の見習いであるカイワレに間違いは無い。
「タルさん、おひさー。あたし疲れてダウン中ー。そっちはどうだった?」
「上手く行きましたよ。団長が敵の首をちぎっては投げちぎっては投げで。…そっちはなんだってこんなことになってるんです?」
 グラッシーは取り巻き達に囲まれてテンションが上っており、話にならなそうなのでカイワレから事情を聞くことになった。

「採集…ですか。確かにそれは考えていなかったですねぇ。」
 グラッシー達は難所にある植物や鉱石を採集しては町に卸して財産を築いたらしい。カイワレが疲れているのは売り子も兼ねていたためであった。
 確かに現在の身体能力なら貴重な代物がどんな場所にあろうとも軽く取ってきてしまえるだろう。実際この町に最初に訪れた際は、山脈を超えて来たのだから。
 採集の許可を得るために冒険者としての登録を行う必要があるとの事実も初めて知った。グラッシーの周りの取り巻きは活躍目覚ましいコンビに取り入ろうという連中らしい。…顔がいい男性ばかりな気がするのは気の所為だと思いたいところだ。
「団長も、タルさんも戦うことばっかり考えてたみたいだからねー。それだけじゃないことを身を持って示したわけですよカイワレちゃんたちは」
 彼女たちは彼女たちで思うところがあったということだ。仲間が荒んでいくことを心配していたのもあるだろう。豪遊しているところを見ると台無しだったが。

 タルタルも彼女たちが大人しくしているとは思わなかったが、ここまで大成してるとは思わなかった。一本取られたというべきだろう。
 しかしどうであろうか?すっかりこの世界の戦闘に順応したタルタルやケイが穏やかな生活に戻れる
気はやはりしなかった。むしろ役割分担するべきなのかもしれない。
「まぁその辺はおいおい考えるとして…。しばらくリンピーノという男爵殿のお屋敷で活動することになるので移動しましょう。…できます?」
「採ったものを領地から持っていくには別の許可がいるらしいけど、河岸を変えるのはいいんだってさー。ややこしいよね。おーいグラ姉ー出発だってさー」
 えー、もうちょっとーっすーという声に背を向けつつ足を進める。彼女たちはかけがえのない仲間ではあるが、この世界で戦い以外にも目を向けることができるのだ。この先共に歩み続けることはできるのだろうか?タルタルには今はまだ分からないことであった。

 

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