アライアンス!

松脂松明

新しい仲間とアンデッド退治②

「へぇ村長さんが。そうならそうと直接言ってくれればいいのに」
 カイワレという少女は若々しい声で答えた。容姿からすると大人びた声だが幼いという程でもない。
 カイワレはやはりプレイヤーで、幼い容姿は“リトルフット”のものだ。 
“リトルフット”という種族は背が低いという点ではドワーフと同じだが、太めにデザインされたドワーフと違って細い子供のような見た目の種族だ。
 選択したクラスやレベルを明かしてはくれなかったが、白のローブを着て両手棍を背負っているところを見るに魔法系の職業――それも回復系。装備のデザインが簡素なことからすると低レベルのプレイヤーだと推測できる。
 カイワレが荷物を纏め始める。思っていたより簡単に済みそうでケイは安堵した。この世界の人々とはなるべく友好的でありたいが、数少ない同胞と敵対したいわけでもなかったのだ。
「話が早くて助かりますよ」
「別にあたしは他の人の商売を邪魔しようとか儲けようとかって思ってたわけじゃないし。単に面白いからやってただけ」

「あんた達があたしと同じ世界の人だって言うなら手伝って欲しいことがあるんだけど?」
 いきなり切り出したカイワレの口調は素っ気なさを感じるが不自然さは感じない。恐らく日常でもこういう言葉遣いなのだろう。
「依頼と言うことならお断りします。私達は王都へ向かう途中なので」
「だったら丁度いいじゃん。あたし王都から来たんだし。色々知ってるよ?」
 ケイは目を丸くしてカイワレを見つめる。子供の姿をした同胞は意地の悪い笑顔を浮かべて言う。
「じょーほーは高く売れるってのがここであたしが勉強したことだよ。実際噂話にもお金払う人いたし」

「懐かしいですね…最初は誰と来たんだったかな」
“死霊術師の洞窟”――自然にできたともアヴブルー村での騒動を起こした死霊術師自身が掘ったのだとも言われる洞窟。常に瘴気が濃く漂い、魔術の儀式を行うには最適の場所である。真っ当な儀式であることは無いが――
 カイワレがケイ達に持ちかけたのがこの洞窟の攻略だった。“死霊術師の洞窟”は選んだ勢力、あるいは訪れるルートによっては最初に訪れるダンジョンであり、初めて訪れる者が熟練者に引率を頼むことも不思議では無かった。もっともゲームであった時代の話だが。
「なぜここを攻略しようと?今ではわざわざ訪れる必要は無いでしょうカイワレさん」
 タルタルの疑問はもっともだ。現実化したこの世界では未知のダンジョンに首を突っ込む必要はない。星界人が復活可能かどうかはまだ不明だが、痛い目に遭うことはあるのだ。
「こっちに来る前にやってなかったクエストだからだよ。区切りってーの?そういうの大事っしょ」
 カイワレの答えにケイは呆れると同時に感心する。どうやらこのダンジョン攻略は彼女にとってかつての世界に別れを告げ、今の世界に向き合おうとする儀式らしい。呆れはそれでわざわざ危機に突っ込んでいく軽さに、感心はそういう律儀さを持ち合わせていることに対してだ。
「気合入ってる所、悪いっすけど。この洞窟ってそもそもまだ敵いるんっすかね?」
 どういうこと?と首を傾げるカイワレにケイ達はこの世界がかつてより10年ほど経過した後であり、この洞窟の死霊術師も倒されている可能性が高いことを説明する。
「じゃああたしの依頼無駄じゃん!」
 叫ぶカイワレ。ケイ自身もこれでカイワレにへそを曲げられても困るので、とりあえず入ってみようと提案しようとすると、先にアルレットが洞窟を覗き込みながら口を開く。
「…でも、この洞窟って嫌な感じがまだしてるよ?」
 確かにアルレットが言う通りだった。洞窟にはまだモヤのようなものがかかっており、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。ひょっとするとゲーム時代と同じようにエネミーがリスポーンする可能性も考えられる。
「皆静かに。グラッシー、頼む」
「あいよーっす」
 ケイの指示に応えたグラッシーが床に耳をつける。カイワレは意外と雰囲気が読めるようで、ちゃんと静かにしていた。
「んん…。確かに何か音がするっすね。聞きなれない音っすけど」
 少なくとも何かがあるということだ。
「どうしますか依頼主さん?この際ですから進むかどうかはあなたに任せますよ」
 しばらくするとカイワレは意を決した表情で宣言した。
「行こう。ここまで来たんだし」

 ひんやりとした洞窟を進んでいく。紫のモヤがかかっている以外はただの洞窟に見える。昼間でも暗いためカンテラで辺りを照らしているが、あまり先までは見えない。
「ゾンビ…はいないっぽいですね団長」
「いなくていいですけどね…ここまで来たんですし、職業とか教えてくれませんかカイワレさん。【聖光】と【軽装】が入っててレベルは20ほどと見ましたが?」
「言う必要無いじゃん。確か【聖光】と【演奏】に【軽装】で説法師だよ」
 楽器は?と聞きたくなる構成だが、趣味は人それぞれなので口には出さないようにする。
「魔法使えるっすか?」
「最初は苦労したけどね。他の人にやり方教えてもらったんだ」
 やはり魔法も肉体を使ったスキルと同様にやり方があるらしい。
「そのあたりも聞きたいっすねぇ」
「【聖光】の魔法が使えるなら回復もできますね…この世界で意味があるかは分かりませんが、シンプルに役割を決めましょう」
「じゃあ僕はタンクですね」
 タルタルが大盾を掲げながら言う姿は頼もしい。ケイでもできなくは無いだろうが中装ではやはり不安が残る。
「お願いしますタルタルさん。私が近距離アタッカーでアルレットが遠距離アタッカー。カイワレさんが回復役です」
「…あたっかー?」
「攻撃すれば良いってことっすよアルレットちゃん。二人が注意するのは戦闘開始はタルやんが相手に一発カマしてからってことっすね。…あれ?アタシは?」
「私も少し遊ぼうと思ってるので、二人のフォローをお願いします。まぁ敵が出てくると決まったわけでもないですが」
 アヴブルー村で造ったバックラーを取り出す。バックラーは敵の攻撃を受け流す使い方が基本の小型の盾だ。腕に固定するベルトタイプではなく、取っ手を持つタイプのものなので使えなかったり壊れたらその場で捨てる予定である。
「…使えるっすか?盾持ってるの初めて見たっすけど」
「盾を使うスキルは2つ持ってますが、タンク役はしたこと無いですね。なのでまぁ単に受け流す練習です」
 2つのうちの1つである〈シールドバッシュ〉はエネミーの注意がこちらに向いてしまうので今回は使わない。もう一つの〈セルフヒール〉は自己回復手段であるため使えたら良いとは思っているが。
「うー緊張する。ヒーラーってめっちゃ難しいらしいじゃん」
 役割がハッキリしているMMORPGでは確かにその傾向が強い。主に敵の注意を引き続けるタンクとそれを支援するヒーラーの負担が大きいのだ。もっとも〈トライ・アライアンス〉はそのあたりは緩いゲームだったので最新のコンテンツに行かなければかなり簡単な部類に入る。
「まぁ元の世界通りなら緩い方ですから,そこまで気にしなくて良いですけどね。レベル的にそもそもヒール必要無いかもしれませんし」
 その言葉はカイワレと同時に自分たちに向けたものだ。わずかに安堵した表情で一行は前に進んでいく。

「暗いぃ…何で皆平気なの…?」
 カイワレが震えながら話しかけてくる。どうも彼女は行動力はあるくせに臆病なところがあるようだった。
「アルレットとグラッシーさんは夜目が効きますからね」
「そんでもってタルやんは怖いもの知らずで団長は戦闘狂っす」
「暗い所に対する恐怖と戦闘に対する恐怖は別だと思いますが…」
 ケイとて暗い場所は人並みに嫌いだ。特にこのような薄気味悪い洞窟であれば尚更だった。
気味悪さを振り払うようにケイ達はできるだけ明るい話題を選びながら進んだ。声は洞窟に反響し響いたが構わなかった。明かりを点けている以上、隠密行動など最初から望めないのだ。

 かなりの距離を歩いたところで、曲がり角が見えてくる。そこでグラッシーが身振りで止まるよう促した。
「聞こえてた音が近付いてきてるっすね…」
「全員構え。この場で待ち構える。タルタルより先に攻撃しないよう」
 しばらくするとケイの耳にも音は聞こえてきた。音の主は恐らく明かりを目指して進んでいるのだろう。止まること無く近付いてくる。
 曲がり角から現れたその姿は人間の骸骨。スケルトンと呼ばれるエネミーの一種だった。

 こちらに視線――目玉は無いが――を向けるとスケルトンは顎の骨を鳴らす。獲物を笑っているのだろう。
「〈シールドバッシュ〉!」
 タルタルの構えた大盾を用いた体当たりでスケルトンは壁に叩きつけられる。
「団長!」
「容赦ないですね…!〈アサルトスラッシュ〉!」
 追撃の一撃を受けたスケルトンは弾けるように自身の骨をばら撒いた。このダンジョン初の遭遇戦は実にあっさりと終わりを迎えた。

「…出番なかった」
 アルレットが呟いた。アルレットに経験を積ませる機会だったのだが、ケイもこれほど脆いとは思っていなかったのだ。
「ビビったぁ…。なにこの骸骨…」
 カイワレの膝が笑っていた。彼女の場合は出番が無かったというより敵との遭遇にフリーズしていたようだった。
「どう見ます団長?」
「出合い頭で粉砕してしまいましたが…剣を持っていますね。手応えからするとレベルは30に届かないぐらいかな…とすると“ボーンウォーリアー”ですかね」
 しかしなぜスケルトンがこの洞窟にいるのかが分からない。かつてこのダンジョンにいたのはゾンビ系のエネミーだったのだが。
「ひょっとして…ゾンビの肉が10年で無くなってスケルトンになったとかっすかね」
「スケルトンはゾンビから進化した存在だった。本当にそうなら衝撃の新事実ですねぇ」
 考えても答えがでることでもない。スケルトンの持っていた剣をいただいて、ケイ達は先に進むことにした。

「で…なんかめっちゃ迫ってきてるんっすけど」
 曲がり角を曲がった先は直線の通路になっていたのだが、その奥にはスケルトンの群れがひしめいていたのだった。
 足はあまり速くないが、洪水のように迫ってきている光景は圧巻だった。
「あまり格好良くはありませんが…引き撃ちしましょう。タルタルは〈シールドバッシュ〉でなくともかまわないからとにかく弾いて下さい」
 こうしてスケルトンとの鬼ごっこが始まったのだった。

 ゲームであった頃は無かったことだが、追ってくるスケルトンの列に段々と乱れが出てきていた。身につけている武具に纏まりがないために速度差が生じているのだ。両手武器を持ったスケルトンは明らかに遅れ初めているし、なにも身につけていないスケルトンが先行しすぎていた。
 洞窟の幅はせいぜいが人4人分であるため、仮に追いついてもタルタルの横を抜けることは難しいだろう。
 しかも盾の陰からはケイ達4人の遠距離攻撃が放たれており、スケルトンは着実にその数を減らしていった。
「ひぃぃっ〈ライトアロー〉!」
 カイワレが魔法を使えるというのは本当のようで光の矢を放っている。威力はまだ低く、食らったスケルトンも怯んだり骨が欠けたりする程度だった。怯えるあまり狙いが定まっていないのも原因だろうが。
「…〈パワーショット〉」
 アルレットは威力は低くとも狙いが正確だ。一発では倒せないと見切りを付けると足を狙って動きを止めている。
 先頭の動きが鈍ると最後方から矢が怒涛の勢いで放たれた。
「〈ラピッドアロー〉っす!」
 最高レベルに達している上に、“TP”で矢を生成するイメージに優れたグラッシーの攻撃はもはや災害と言っていい。生成すればするほど消耗が激しくなるため連続使用には限度があるようだが、短時間における火力ではケイも遠く及ばない。
「そろそろいいですかね…タルタル!伏せろ!〈ソニックブレード〉!」
 ケイは剣を壁に突き立て思いっきり振り抜く。通常は地面を走らせる〈ソニックブレード〉を応用して、横向きにしたものだ。アルレット達によって消耗していたスケルトンの先頭集団がまとめて切り裂かれた。
 残っているのは遅れていた両手武器のスケルトン達。ケイはバックラーを前に突き出してタルタルの横に並ぶ。
「残りは地道に潰す。アルレットとカイワレは待機。グラッシーには前衛を抜けたやつがいたら任せる」
 アルレットとカイワレは息が上がっている。後方への移動と“TP”あるいは“MP”の使用による疲労が合わさったためだろう。二人はこの中ではレベルも低く、無理をさせるべきではない。
「どうも元の世界の知識はイマイチ役に立ちませんね団長」
「視界からして違いますからね。経験するしか無いんでしょう」
 かつてのような俯瞰視点が使えるなら容易なのだろうが、現実化したこの世界では集団相手ではどうしても焦りが出る。
 話しているとスケルトンが大剣を振りかぶってきた。
「ようやく試せそうですね…!」
 バックラーで受け流そうと迫ってくる剣に意識を集中する。刃の錆や欠けた部分までハッキリと見える。大剣がバックラーに当たった瞬間バックラーを左に向けてそのまま弾く。体勢が崩れたスケルトンに右手の剣を叩き込む。
「扱いが難しいですが…楽しいですね…!」
「細かくて僕には向いてなさそうですね。それ」
 一方のタルタルは斧を持ったスケルトンを相手にしている。相手が大きく振りかぶると大盾を間に挟んで動きを妨害し、メイスで足の骨を砕く。スケルトンが倒れると大盾をそのまま頭蓋に叩きつけた。
「しかしこの骨共は弓とか全く持ってませんね。引き撃ちとかしなくてもよかったのかもしれませんね。っと!」
「持ってても手入れとかできないんじゃないですかね…」
 話しながらも次々にスケルトンを砕いていく。しばらくすると動いてるスケルトンはいなくなっていた。

「二人の戦いは改めて見ると引くっすねぇ…」
 戻ってきた前衛二人を出迎える言葉は呆れを含んでいた。
「そうですか?ハーピーを斬ったりするよりはマシだと思うのですが…」
「いやそうなんっすけどね…」
 タルタルとグラッシーの会話を聞き流しながら、ケイはスケルトンの使っていた武具を拾ってはマジッグバッグに詰めていく。
「そんなに集めてどうすんの?」
「お金とか落とさないようなので、使ったり売ったりしようかなと。…もう大丈夫なのですかカイワレさん」
 横に来たカイワレは一緒になって武器を拾っている。思い返せば魔物の素材などを村で売っていたのでこういうことは好きなのかも知れなかった。
「もう大丈夫。みっともなかったけど次はもっとちゃんとやるよ。…あんた達凄いんだね」
 みっともなくは無いだろう、とケイは思う。骨が迫ってきたら誰だって怖い。
「まぁレベル差ありますからね…私達はアルレット除いて限界のレベル80ですし」
「そうだけどそうじゃなくてさ。何というかちゃんと戦ってるし」
 カイワレ自身も良く分かっていないのだろうが、言いたいことは何となく分かる。要は気構えの問題だ。
「ここに来るまで何度か戦っていますからね。アルレットはこっちの世界の子ですから肝が据わってますし」
「そうなの?変わった子だなとは思ってたけど、何で一緒に?」
「色々あってうちのギルドに入ったんですよ。拾い終わりましたし、そろそろ行きましょうか」
 ケイ自身はともかく、アルレットの話は本人がいないところでするべきでもないだろう。会話を打ち切って仲間のところに戻る。

「うーん。ギルドかぁ…」
 背後から聞こえてきたカイワレの呟きが妙に耳に残った。


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