アライアンス!
怪鳥④
砦の中に入ると、その大きさに驚かされた。作りは単純で、広間のようなエリアを壁で囲んでおり、四方に物見塔のような部分がある。広間の中央にそびえ立つ塔が、この砦の本体であるらしい
。
(タワーキープだったかな…本でそんな名前を見た覚えが。このタワーが居住区兼司令部という感じだ)
「馬があまり見えないっすね。外に小さい厩舎があっただけ」
「…大きい馬はあまり山に向かないからね。物を運ぶ時にはロバとかを使うことが多い」
建物に目を奪われていたケイだが、グラッシーとアルレットの会話でようやく地面の側に目を向けた。兵士たちもそう多くないが、騎士のような鎧を着たものは見えない。
「お嬢さん方の言うとおり、ここの軍馬は私のものと伝令用のものぐらいでね。なにせ軍馬というものは高価だ。活躍の機会も少なければ、怪我をする可能性もあるここには中々置けないのだよ」
あまり考えたことは無かったが、騎士団にも予算というものはあるらしい。世知辛い話では有るが、確かに木も多い山で馬に乗って戦うのは難しいだろう。むしろ伝令のために置いてあるのは、立派なことかもしれない。
「ここは、ラシアラン卿の領地になるのですか?失礼ですが、収益があるような土地には見えませんねぇ」
タルタルの無礼とも取れる発言にも、ラシアランは気分を害した様子は無い。
「いや、ここは王家の直轄領という扱いだ。かつて貴族同士の領地が接しないように配慮した時代に、買い上げたのだ。砦があるのもその名残というわけだ。さぁ、中へどうぞ」
塔の内部はやはり住みやすいようには見えなかった。無骨な階段を延々と登っていく。外から見た感覚で言えば最高層あたりに来たところで、内側に進み部屋に通される。ここだけ扉があり、他の場所とは違う印象を与えていた。団長室もしくは執務室とでもいうべきか、室内は書類の乗った机といくつかの椅子があり、禿頭の男が一行を待っていた。
「その方たちが?ようこそタルブ砦へ…と私が言って良いものですかな?」
歓迎の言葉は優しげな声と丁寧な口調だった。
「紹介しよう。こちらは、この砦で治癒などに当たってくれている神殿騎士のジェロック殿だ」
ジェロックと呼ばれた男は静かに頭を下げる。
(騎士や神父さんよりお坊さんといった感じだな…)
顔が細い三角顔なので一見そう思ったのだが、着ている鎧がガッシリとしたフルプレートなので意外と首から下はマッチョなのかもしれない。
「初めまして、トワゾス騎士団のケイです。ジェロック…卿とお呼びすれば?」
「貴族ではありませぬ故、ただジェロックと呼んでいただきたい…そういった意味ではあなた方と同じですな」
(騎士という役職に付いているのであって、爵位としての騎士ではない…ということか?まぁ神殿騎士というぐらいだから神に仕えるのが本分なのかも)
もっと勉強しておけばよかったとも思うが、仮に勉強していてもファンタジーな世界に活かせる気はしない。
揃って椅子を勧められ、一同は腰を下ろした…アルレットが随分と恐縮していたが。思えば、ちゃんとした椅子に座るのも随分と久しぶりのような気がした。
「さて、まずはあなた方のお話から伺いたい。星界人に訪れた危機とは何か、ということですが」
いきなり核心を突いてくるようなジェロックの発言に、やや面食らう。すると、ラシアランも口を挟んだ。
「いや、我々も興味本位で聞いているわけではないのだ。これまで我々は、星界人の力に頼ること大きかった。それがここに来て、大きく変わろうとしているのやもしれん。ならばこそ、いち早く情報は掴みたい。場合によっては王にご報告申し上げなければならないのだからな」
「どうも言葉足らずだったようで申し訳ない。だが、我々に悪意があってのことではない、ということはご理解いただきたい。して、ケイ団長殿?」
ジェロックはどうも虚飾を嫌う性質であるようだが、言葉にまでそれが現れると、こちらとしては心臓に悪い。とはいえ、予想できていた質問なので落ち着いて話の流れを作る。
「いえジェロック殿。当然の疑問だと思います。…質問に質問で返すようで申し訳ないが、我々に関する噂というのはどのようなものでしょうか?ある程度想像はついていますが」
きまり悪げに咳払いをしたラシアランが、あくまで噂だが、と前置きして話し始める。
「ここ10年ほど、星界人の姿を見なくなった。それが先日突然、王都に現れた。事はそれだけに収まらず、彼らは暴動を起こし…鎮圧された。そう聞いている」
やはりこの世界に来たのは、自分たちだけではなかった。彼らは事態に混乱し、周囲の人間に危害を加えたのだ。ケイ達が人里離れた廃城で転移したのは、こうなるとかなりの幸運だったことになる。周囲に誰もいなかったからこそ、少なくとも落ち着くまでの時間があったのだ。
「それにしても…そんな噂があったのに、良く僕らを招き入れる気になりましたねラシアラン卿」
「言ったでしょう?勘ですよ、錯乱しているようにも見えなかったのでな」
「んー10年?アタシ達の感覚だと一瞬だったっすけど、やっぱり弊害っすかね。」
グラッシーはさらりと会話を違和感なく仕上げるので、ケイは“もうコイツが説明したほうがいいんじゃないか”という気分になる。そういうわけにもいかないので、最終的にはケイが答えることになる。もしかしたら考える時間を稼いでくれてるのかもしれないな、と思いながらケイもまた言葉を紡ぐ。
「我々になにが起こったか。それを説明するのはひどく難しいことです。なにせ我々にとっては、こうなるまで当然のことだったのですから」
ふむ、とジェロックが続きを促すように言う。
「我ら星界人は、なんと申しますかこの地で活動するときでも精神は星界とつながっていたのです。つい先日までは」
「それが途切れてしまった、と?」
「はい。例えるなら、海に投げ出された小舟と言った感じですね。その状態では思うように身体も動かせない、おまけに時間が経過しているようで知識も役に立たないと。まぁそういうわけなのです」
「我々は自分たちで思っている以上に星界人に対して無知であったようだな。しかし、それだけで暴動を起こすものですかな?確かに星界人は善人ばかりでは無かったとも聞く。だがその悪事は主に同じ星界人に向けられていたはず」
(ああ…PKとか窃盗とかプレイヤーに対する詐欺とかそういうもののことか?)
確かにわざわざNPCを襲うものは少ない。クエストなどに関わるキーパーソンとはそもそも敵対できないし、名前も無いモブキャラを殺害したところで実入りは全く無い上にすぐ補充されて反応も無い。ついでにいえばそういった悪事は割に合わないよう調整がされており、プレイヤーを対象にしたところで得るものは少ない。好んでやるものが極少数いたのも事実だが。
(上手い返しが思いつかないな…適当に濁すか)
「それは個体差なのかもしれませんね…信じてもらえるかは別として我々はそこまでならなかったからこそ、こうしてここにいるわけで。正直なところ、分かりませんね」
「アタシ達は種族意識や性別意識どころか同胞意識まで微妙っすからねぇ…」
しばらく場が静かになる。ラシアラン卿は小手で覆われた手で髭をしごいており、どうやらそれが彼の考えるときの癖のようだった。
「まぁ…事情は分かったとしておきましょう。私も全て話してもらえるとは思っておらぬ。さしあたって簡単な報告ができればよいので」
(やっぱり信じてもらえないよね!)
というか星界人を種族として捉えることに無理がないだろうか、同じ世界の出身なだけで種族はバラバラであり、グラッシーがいうようにギルドメンバーやフレンドの身内以外には基本同胞意識も無いのだ。中身は多分ほとんど同じ民族なのだろうがそれを話せばさらに混乱するだろう。
「ところで先程の挨拶を聞いている限り、ジェロック殿はジュリュカ騎士団の団員では無いのですか?」
タルタルが話を切り替えた。無理矢理な気もするが、沈黙していても仕方が無いのは向こうも同じなようであっさり話に乗ってくれる。
「ああ、出向という形になっております。本来はヘルミーナ神殿騎士団の所属ですが、実はラシアラン卿とは個人的に友人でして」
ヘルミーナというのは確か慈愛と誠実の女神だったはずだ。治癒を任されているというのは案外似合っているのかもしれない。
プレイヤーも最初に信仰神を決定できるが、恩恵が微妙なために完全に見た目で選ばれている。ちなみにケイの設定した神は探究心と執着の女神ビルギッタであり胸が大きいため2番人気の神様だ。さらにいえば一番人気は子供の姿をした女神ルトラウトで、男の神を選ぶやつはほとんどいない。
「平時とは言えこんな山ですと怪我人は出ますからな。助かっておりますよ」
雑談がしばらく続いた後、今度はこちら側の要求についての話になる。一拍置いたおかげで話はトントンと進み、ケイたちには次の村までの案内人が付くこととなる。地図を渡すのは軍事上駄目らしい。
「無事たどり着いたことを見届ける役が必要なのですよ、貴殿らは悪人ではないが武装した人間をただ通過させると面倒が多いもので」
「ちゃんとした騎士様は面倒が多いっすね」
「給料が良いですからな」
下手な領地持ちよりも経費をある程度国が負担してくれるお抱え騎士団の方が割はいいと、苦笑混じりにラシアランは語る。その分規則には逆らえないということなのだろう。
「あなた方星界人はかなりの自由が認められているから、これでもかなり身軽な方ですよ。小作人など所属する領地から一歩でることすら面倒なのですから」
ラシアランとジェロックが鷹揚なおかげで思いがけず常識講座が始まってしまう。ありがたいことだが、向こうから始められると何故かやる気が無くなってくるのだから不思議だ。
「となるとアルレットちゃんはどういう扱いっすか?」
「少しばかり調べさせましたが、アルレット嬢はこのあたりに領主より早く住んでいた民族なので黙認する他ないでしょう。というか星界人がこちらの世界の人間を仲間に引き入れた前例が無いので正式に裁くのは難しいでしょう。私刑ならありえますが」
(ゆるいのか厳格なのか分からない世界だ…この国だけなのかもしれないが)
「…まぁ狩りなれた場から離れていく人も稀。だからハトラギ村が建っても皆残ってたの」
アルレットはその辺の事情は理解しているらしい。だからこそ付いていくと決心できたのかもしれない。
ラシアランとジェロックは外部の客に飢えていたのかもしれない。あれこれと話しを振ってきたり、この世界のことを語ってくれる。星界がどういう世界かも知りたがっていたので、天衝く塔が一面に立ってるとか適当に盛った話をすると真剣に聞き入っていて罪悪感すら覚えた。
話題がケイ達の武器についてに移ろうとしたとき、グラッシーの耳がピンと跳ねた。
ケイ達は咄嗟に物音を立てないように固まる。
「一体どうしたのだ貴殿ら?」
「…グラッシーはエルフ。凄く耳が良いから、グラッシーがこうなると何かが起こる」
グラッシーと旅をしていないラシアランとジェロックは困惑している。その時部屋の扉が叩かれた。
「入れ」
入ってきたのは中年の兵士だ。彼は姿勢を正すと声を張り上げた。
「物見塔からの報告であります!黒い雲が近付いているとのこと!」
「雷雲か?天気は良いと思っていたがな、雨が振らぬうちに外に出している物を中に入れろ」
「それっす!」
突然グラッシーが大声をあげたため、兵士は礼の途中の奇妙な体勢で止まってしまっていた。
「どうしたのだグラッシー殿?雷雲が何か…」
「いいから!その物見塔に連れて行って欲しいっす!」
ケイ達は顔を見合わせた。グラッシーの感知能力が鋭いのは知っていたが、このようになりふり構わなくなるのは初めてのことだ。
「ラシアラン卿。連れて行った方が良いと思いますが?勘が大事、というのはあなたの持論でもあるはず」
ラシアラン卿は手を髭に持っていこうとして途中で止めた。
「客人たちを物見塔に案内する。先導せよ」
「はっ!」
兵士に付いて、凹凸のついた城壁の上を進み件の物見塔へと辿り着く。そこにいた兵士は団長と噂の客人が持ち場に突然現れて縮み上がっていた。
「黒い雲というのは?」
「はっ!あちらです!」
兵士が指差した方向を見ると確かに黒いものが見える。
「いや雷雲にしては変じゃないですか?動きが速すぎるし、なんかうねってるような…」
「…子供の時に見た鳥の群れに似てる」
「言われてみればそうだな…ここまでの群れは見たことがないですがね」
「違う…」
グラッシーがボソリと呟いた。全員の視線が集まる。彼女は手を耳に当て目を閉じていた。
「羽音がする…」
「鳥のだろ?」
「朝に聞いたのと同じ音…」
そこまで聞けばそれがなにを指しているのか全員が理解した。
「まさか…」
「アレが全てハーピー?」
。
(タワーキープだったかな…本でそんな名前を見た覚えが。このタワーが居住区兼司令部という感じだ)
「馬があまり見えないっすね。外に小さい厩舎があっただけ」
「…大きい馬はあまり山に向かないからね。物を運ぶ時にはロバとかを使うことが多い」
建物に目を奪われていたケイだが、グラッシーとアルレットの会話でようやく地面の側に目を向けた。兵士たちもそう多くないが、騎士のような鎧を着たものは見えない。
「お嬢さん方の言うとおり、ここの軍馬は私のものと伝令用のものぐらいでね。なにせ軍馬というものは高価だ。活躍の機会も少なければ、怪我をする可能性もあるここには中々置けないのだよ」
あまり考えたことは無かったが、騎士団にも予算というものはあるらしい。世知辛い話では有るが、確かに木も多い山で馬に乗って戦うのは難しいだろう。むしろ伝令のために置いてあるのは、立派なことかもしれない。
「ここは、ラシアラン卿の領地になるのですか?失礼ですが、収益があるような土地には見えませんねぇ」
タルタルの無礼とも取れる発言にも、ラシアランは気分を害した様子は無い。
「いや、ここは王家の直轄領という扱いだ。かつて貴族同士の領地が接しないように配慮した時代に、買い上げたのだ。砦があるのもその名残というわけだ。さぁ、中へどうぞ」
塔の内部はやはり住みやすいようには見えなかった。無骨な階段を延々と登っていく。外から見た感覚で言えば最高層あたりに来たところで、内側に進み部屋に通される。ここだけ扉があり、他の場所とは違う印象を与えていた。団長室もしくは執務室とでもいうべきか、室内は書類の乗った机といくつかの椅子があり、禿頭の男が一行を待っていた。
「その方たちが?ようこそタルブ砦へ…と私が言って良いものですかな?」
歓迎の言葉は優しげな声と丁寧な口調だった。
「紹介しよう。こちらは、この砦で治癒などに当たってくれている神殿騎士のジェロック殿だ」
ジェロックと呼ばれた男は静かに頭を下げる。
(騎士や神父さんよりお坊さんといった感じだな…)
顔が細い三角顔なので一見そう思ったのだが、着ている鎧がガッシリとしたフルプレートなので意外と首から下はマッチョなのかもしれない。
「初めまして、トワゾス騎士団のケイです。ジェロック…卿とお呼びすれば?」
「貴族ではありませぬ故、ただジェロックと呼んでいただきたい…そういった意味ではあなた方と同じですな」
(騎士という役職に付いているのであって、爵位としての騎士ではない…ということか?まぁ神殿騎士というぐらいだから神に仕えるのが本分なのかも)
もっと勉強しておけばよかったとも思うが、仮に勉強していてもファンタジーな世界に活かせる気はしない。
揃って椅子を勧められ、一同は腰を下ろした…アルレットが随分と恐縮していたが。思えば、ちゃんとした椅子に座るのも随分と久しぶりのような気がした。
「さて、まずはあなた方のお話から伺いたい。星界人に訪れた危機とは何か、ということですが」
いきなり核心を突いてくるようなジェロックの発言に、やや面食らう。すると、ラシアランも口を挟んだ。
「いや、我々も興味本位で聞いているわけではないのだ。これまで我々は、星界人の力に頼ること大きかった。それがここに来て、大きく変わろうとしているのやもしれん。ならばこそ、いち早く情報は掴みたい。場合によっては王にご報告申し上げなければならないのだからな」
「どうも言葉足らずだったようで申し訳ない。だが、我々に悪意があってのことではない、ということはご理解いただきたい。して、ケイ団長殿?」
ジェロックはどうも虚飾を嫌う性質であるようだが、言葉にまでそれが現れると、こちらとしては心臓に悪い。とはいえ、予想できていた質問なので落ち着いて話の流れを作る。
「いえジェロック殿。当然の疑問だと思います。…質問に質問で返すようで申し訳ないが、我々に関する噂というのはどのようなものでしょうか?ある程度想像はついていますが」
きまり悪げに咳払いをしたラシアランが、あくまで噂だが、と前置きして話し始める。
「ここ10年ほど、星界人の姿を見なくなった。それが先日突然、王都に現れた。事はそれだけに収まらず、彼らは暴動を起こし…鎮圧された。そう聞いている」
やはりこの世界に来たのは、自分たちだけではなかった。彼らは事態に混乱し、周囲の人間に危害を加えたのだ。ケイ達が人里離れた廃城で転移したのは、こうなるとかなりの幸運だったことになる。周囲に誰もいなかったからこそ、少なくとも落ち着くまでの時間があったのだ。
「それにしても…そんな噂があったのに、良く僕らを招き入れる気になりましたねラシアラン卿」
「言ったでしょう?勘ですよ、錯乱しているようにも見えなかったのでな」
「んー10年?アタシ達の感覚だと一瞬だったっすけど、やっぱり弊害っすかね。」
グラッシーはさらりと会話を違和感なく仕上げるので、ケイは“もうコイツが説明したほうがいいんじゃないか”という気分になる。そういうわけにもいかないので、最終的にはケイが答えることになる。もしかしたら考える時間を稼いでくれてるのかもしれないな、と思いながらケイもまた言葉を紡ぐ。
「我々になにが起こったか。それを説明するのはひどく難しいことです。なにせ我々にとっては、こうなるまで当然のことだったのですから」
ふむ、とジェロックが続きを促すように言う。
「我ら星界人は、なんと申しますかこの地で活動するときでも精神は星界とつながっていたのです。つい先日までは」
「それが途切れてしまった、と?」
「はい。例えるなら、海に投げ出された小舟と言った感じですね。その状態では思うように身体も動かせない、おまけに時間が経過しているようで知識も役に立たないと。まぁそういうわけなのです」
「我々は自分たちで思っている以上に星界人に対して無知であったようだな。しかし、それだけで暴動を起こすものですかな?確かに星界人は善人ばかりでは無かったとも聞く。だがその悪事は主に同じ星界人に向けられていたはず」
(ああ…PKとか窃盗とかプレイヤーに対する詐欺とかそういうもののことか?)
確かにわざわざNPCを襲うものは少ない。クエストなどに関わるキーパーソンとはそもそも敵対できないし、名前も無いモブキャラを殺害したところで実入りは全く無い上にすぐ補充されて反応も無い。ついでにいえばそういった悪事は割に合わないよう調整がされており、プレイヤーを対象にしたところで得るものは少ない。好んでやるものが極少数いたのも事実だが。
(上手い返しが思いつかないな…適当に濁すか)
「それは個体差なのかもしれませんね…信じてもらえるかは別として我々はそこまでならなかったからこそ、こうしてここにいるわけで。正直なところ、分かりませんね」
「アタシ達は種族意識や性別意識どころか同胞意識まで微妙っすからねぇ…」
しばらく場が静かになる。ラシアラン卿は小手で覆われた手で髭をしごいており、どうやらそれが彼の考えるときの癖のようだった。
「まぁ…事情は分かったとしておきましょう。私も全て話してもらえるとは思っておらぬ。さしあたって簡単な報告ができればよいので」
(やっぱり信じてもらえないよね!)
というか星界人を種族として捉えることに無理がないだろうか、同じ世界の出身なだけで種族はバラバラであり、グラッシーがいうようにギルドメンバーやフレンドの身内以外には基本同胞意識も無いのだ。中身は多分ほとんど同じ民族なのだろうがそれを話せばさらに混乱するだろう。
「ところで先程の挨拶を聞いている限り、ジェロック殿はジュリュカ騎士団の団員では無いのですか?」
タルタルが話を切り替えた。無理矢理な気もするが、沈黙していても仕方が無いのは向こうも同じなようであっさり話に乗ってくれる。
「ああ、出向という形になっております。本来はヘルミーナ神殿騎士団の所属ですが、実はラシアラン卿とは個人的に友人でして」
ヘルミーナというのは確か慈愛と誠実の女神だったはずだ。治癒を任されているというのは案外似合っているのかもしれない。
プレイヤーも最初に信仰神を決定できるが、恩恵が微妙なために完全に見た目で選ばれている。ちなみにケイの設定した神は探究心と執着の女神ビルギッタであり胸が大きいため2番人気の神様だ。さらにいえば一番人気は子供の姿をした女神ルトラウトで、男の神を選ぶやつはほとんどいない。
「平時とは言えこんな山ですと怪我人は出ますからな。助かっておりますよ」
雑談がしばらく続いた後、今度はこちら側の要求についての話になる。一拍置いたおかげで話はトントンと進み、ケイたちには次の村までの案内人が付くこととなる。地図を渡すのは軍事上駄目らしい。
「無事たどり着いたことを見届ける役が必要なのですよ、貴殿らは悪人ではないが武装した人間をただ通過させると面倒が多いもので」
「ちゃんとした騎士様は面倒が多いっすね」
「給料が良いですからな」
下手な領地持ちよりも経費をある程度国が負担してくれるお抱え騎士団の方が割はいいと、苦笑混じりにラシアランは語る。その分規則には逆らえないということなのだろう。
「あなた方星界人はかなりの自由が認められているから、これでもかなり身軽な方ですよ。小作人など所属する領地から一歩でることすら面倒なのですから」
ラシアランとジェロックが鷹揚なおかげで思いがけず常識講座が始まってしまう。ありがたいことだが、向こうから始められると何故かやる気が無くなってくるのだから不思議だ。
「となるとアルレットちゃんはどういう扱いっすか?」
「少しばかり調べさせましたが、アルレット嬢はこのあたりに領主より早く住んでいた民族なので黙認する他ないでしょう。というか星界人がこちらの世界の人間を仲間に引き入れた前例が無いので正式に裁くのは難しいでしょう。私刑ならありえますが」
(ゆるいのか厳格なのか分からない世界だ…この国だけなのかもしれないが)
「…まぁ狩りなれた場から離れていく人も稀。だからハトラギ村が建っても皆残ってたの」
アルレットはその辺の事情は理解しているらしい。だからこそ付いていくと決心できたのかもしれない。
ラシアランとジェロックは外部の客に飢えていたのかもしれない。あれこれと話しを振ってきたり、この世界のことを語ってくれる。星界がどういう世界かも知りたがっていたので、天衝く塔が一面に立ってるとか適当に盛った話をすると真剣に聞き入っていて罪悪感すら覚えた。
話題がケイ達の武器についてに移ろうとしたとき、グラッシーの耳がピンと跳ねた。
ケイ達は咄嗟に物音を立てないように固まる。
「一体どうしたのだ貴殿ら?」
「…グラッシーはエルフ。凄く耳が良いから、グラッシーがこうなると何かが起こる」
グラッシーと旅をしていないラシアランとジェロックは困惑している。その時部屋の扉が叩かれた。
「入れ」
入ってきたのは中年の兵士だ。彼は姿勢を正すと声を張り上げた。
「物見塔からの報告であります!黒い雲が近付いているとのこと!」
「雷雲か?天気は良いと思っていたがな、雨が振らぬうちに外に出している物を中に入れろ」
「それっす!」
突然グラッシーが大声をあげたため、兵士は礼の途中の奇妙な体勢で止まってしまっていた。
「どうしたのだグラッシー殿?雷雲が何か…」
「いいから!その物見塔に連れて行って欲しいっす!」
ケイ達は顔を見合わせた。グラッシーの感知能力が鋭いのは知っていたが、このようになりふり構わなくなるのは初めてのことだ。
「ラシアラン卿。連れて行った方が良いと思いますが?勘が大事、というのはあなたの持論でもあるはず」
ラシアラン卿は手を髭に持っていこうとして途中で止めた。
「客人たちを物見塔に案内する。先導せよ」
「はっ!」
兵士に付いて、凹凸のついた城壁の上を進み件の物見塔へと辿り着く。そこにいた兵士は団長と噂の客人が持ち場に突然現れて縮み上がっていた。
「黒い雲というのは?」
「はっ!あちらです!」
兵士が指差した方向を見ると確かに黒いものが見える。
「いや雷雲にしては変じゃないですか?動きが速すぎるし、なんかうねってるような…」
「…子供の時に見た鳥の群れに似てる」
「言われてみればそうだな…ここまでの群れは見たことがないですがね」
「違う…」
グラッシーがボソリと呟いた。全員の視線が集まる。彼女は手を耳に当て目を閉じていた。
「羽音がする…」
「鳥のだろ?」
「朝に聞いたのと同じ音…」
そこまで聞けばそれがなにを指しているのか全員が理解した。
「まさか…」
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