アライアンス!

松脂松明

人里へ

 ケイは、剣を静かに構えた。意識を集中させると腹の奥、そこに力を感じる。それを身体を伝わせて腕に流し込む。流し込んだ力を引き伸ばし、腕と剣を覆うように纏わせる。

「〈スティンガー〉!」

 叫ぶと、衝撃波を纏った突きを繰り出す。【フェンサー】適正の一番最初のスキルだ。再使用までの時間が短く、高位のスキルを覚えたあとでも、中継ぎに使うことができる。〈スティンガー〉の威力は通常攻撃よりも遥かに高い。その威力は、的として使った木の棒を粉々にしたことで実感できた。


 ケイ達は、初戦闘のあと一度移動を止めてスキルの検証に務めることにした。タルタルが発見したスキルの使用法は戦闘力の著しい増大をもたらしたと言っていい。『トライ・アライアンス』に限った話でなくMMORPGにおいて、通常攻撃はおまけ程度の威力しか持たないゲームは多い。
 ただ、この方法で全てのスキルが使用できるという訳ではないようだ。ケイでいえば衝撃波を飛ばす〈ソニックブレード〉や炎を纏わせて敵を叩く〈バーンハック〉などが使えない技だ。
 それは他の二人も同様のようで、グラッシーは〈アローレイン〉のように矢が大量に発生する技などが使えないし、タルタルなら周囲に盾を作り出す〈フロートシールド〉などだ。
 どれも超常現象的な要素のある技なので、恐らく力を身体に纏わせるといった使い方では駄目なのだろう。魔法のような感覚がいるのかもしれない。


「結局、技名叫ぶことにしたんっすか団長」

 グラッシーの声で我に返る。随分と集中していたのか接近に気付かなかった。

「はい、この世界だと味方にまで攻撃が当たるようなので、周囲に知らせるためですね。まぁ…敵にも伝わってしまうでしょうが」

 試しに行った模擬戦で、観戦していた残り一人が巻き込まれたことで発覚した事実だった。こうなると範囲系の攻撃は使用するタイミングが実に難しくなる。といっても大半は風などを伴うせいか、使用不能の部類に入っているのでしばらくは問題ない。

「グラッシーさんの方はどうですか?」

 水を向けると、グラッシーは少し笑顔になる。

「最初は腕にしかあの力を纏わせられなかったっすけど、全身にできるようになったっすよー。これで
〈ホークアイ〉や〈ラピッドステップ〉も使えるようになったっす。攻撃系は全然ですけどねー、〈爆裂矢〉とかもうアイテム名じゃないっすかそんなの」

 〈ホークアイ〉は命中率を上げる技で、〈ラピッドステップ〉は移動速度と回避率を上げる。
 足を使う技は、力を足に流す必要があったのは、ケイにも分かっていたが、目にまで力を流せたのは凄いことだ。ケイにそういった感覚強化ができないのは、スキル自体を習得してないためかも知れない。〈パワーチャージ〉などは使用可能だったが、グラッシーにはこれは使用不能のようだった。
 いくらか法則が見えてきて充実感を覚える。

「タルタルさんは何と言っていましたか?」
「似たような感じだったみたいっすよ、ただタウントスキルが意味あるかは分からないって言ってたっす。この世界のエネミーって知性あるみたいでしたから…っす」

 タウントは敵愾心を高めて、攻撃を集中させる技だ。しかし、この世界のエネミーは戦法を使ってくる。あえて無視することも可能なのかもしれない。

「お、団長。良いものを見つけましたよ」

 噂をすれば影。タルタルが草をかき分けてやってきた。

「良い物ってなんですか?」
「水場です」


「水っす!これでようやく身体が洗えそうっす!」
「サイズ的には湖というより池ですね。グラスウルフや鳥がいたあたり、あるとは思っていましが…。地理的に妙な感じもしますね」
「水たまりにしてはキレイに見えますから湧き水でしょうかねぇ。にしても綺麗すぎでしょう、ファンタジーとはいえ」

 はしゃぐグラッシーとは対照的に男二人は真剣に眼前の池を見据えていた。
 魚も見えるから、毒性ではないだろう。などと二人で話し合っていると、グラッシーは既に飛び込んでいた。水しぶきが上がり、しばらくするとグラッシーは男二人を睨んで言った。

「あ…覗いたら殺す。」

 素で警戒するグラッシーに二人は答えた。全く何を馬鹿なことをというような態度で肩を竦めて、同時に口を開く。

「「覗きませんよ?」」
「身の程を知れ」
「恥じらいがないので減点1、水に入る前に言わないので減点2です。というかそういうのをあなたに求めてません」
「こいつら…」

 まぁ良いだろう。こういう掛け合いができるのも仲が良いからこそだ。そう考え直してグラッシーは水浴びを開始した。


 グラッシーは念のためにテントの布を利用して覆いを作り、水を浴びる。身体能力が高く、あまり汗をかかないと言っても、土や砂、戦闘での返り血などは避けられない。
 身体を見下ろすと、自分で驚くほど白い肌に、細い体だ。

(元の世界に戻ると、コレが失われるのだけは惜しいわね…)

 顔も比較にならないほど、整っているだろう。本当に惜しい。 
 布で拭っていると男の声がして、身を固くする。

「剣の手入れってどうやるんですかねタルタルさん。油を引くとか聞いたことありますけど」
「いやぁ分かりませんねぇ…とりあえず拭うだけにしておきましょう。人里に付いたら普段使い用の安い武器とか用意してもよさそうです」

 本気で覗く気は無いようで、流石にいらついてくる。ソレはソレで女の矜持を傷つけるのだ。
 元の服を着て、元の位置に戻ると二人は布を水に浸して洗っていた。グラッシーもそれにならってテントの布を洗う。ここまでのサイズになると乾くのに時間がかかるだろうから、今日の前進はここまでになると思われた。


 布を乾かす。物干し竿の代わりにテントのポール部分だ。水は飲用に適しているか分からないが、念のためにポットに入れてマジッグバッグに詰め込む。中で溢れないのは本当に不思議だった。
 単純な作業をしてくると、様々な考えが浮かんでくる。有用そうな思いつきをケイは口にしていく。

「水があるってことは、人里が近い可能性も出てくるのではないでしょうか?」

 問われたタルタルは、うーむと唸る。

「生活に水は必要。とは言え、井戸などで済ませている可能性もありますしハッキリとは…こうした水辺には肉食獣の方が多く寄ってくると聞いたこともありますしねぇ」

 この世界で通用する知識とも限りませんが、とタルタルは締めくくる。
 水源のことを考えると、やはり山林のほうに行くことになるだろう。ゲーム時代の村も方角的にあっている。ただそれだけでは、アバウト過ぎる。やはり何か目印が欲しいところだ。

「そうだ、グラッシーさん?」
「…なんっすか団長」
「〈ホークアイ〉って探索には使えないんですか?」


 翌日、ちょうどいい木の上にグラッシーは立つ。腹から力を絞り出し、目に流し込む。

(この腹の力って、漫画とかで言う気みたいなものよね。生成する内臓でもあるのかしら)

 益体もないことを考えなから、〈ホークアイ〉を発動させる。

「おおっ!気色悪っ!」

 望遠鏡のように拡大されるわけではないが、小さいものが何か判別できるようになった。輪郭がハッキリしてくるとでもいうべきか。
 今回見るべきは、遥か先に見える山の裾一帯だ。木の上に立つのはできるだけ、多く視界に入れるためである。いくら見えるようになっても、頭が見逃してしまっては意味がないので集中する。

「んん?…屋根かなあれ?」

 色が同じなので見逃すところであったが、ログハウスの屋根のような物が見える。視点を下げれば柵もだ。〈ホークアイ〉の効果が切れると、急に視界が戻ったため今度は気色ではなく気持ちが悪かった。
 下におりて、ケイたちに見たものを話すと、その位置の近くまで移動することが当面の目的となった。グラッシーは、仲間に道を示したことで、子供のように得意げな気分になるのだった。


 ようやく、目指す場所が示されたことでケイはホッとする。当て所ない旅路は、生活基盤がない状態では楽しめないようだった。もっとも餓死する心配は今のところはない。

(ポテトとアップルパイとフライはもう飽きてきたからな…)

 マジッグバッグの一種類あたりの限界所持数は99個なので、数だけは異常にあるのだ。しかし、現代人の飽和した感覚では、食事を全て3種類のローテーションで構成するのは意外なほど辛かった。

 もっとも、不安が無いではない。見えた村のような場所に、人が住んでいるか。言葉は通じるのか。友好的なのか。そういった情報は今のところは不明だ。それでも目標が見えてきたことで、かなり楽天的な気分になり、三人は歩を進めていく。
 幾度か、グラスウルフだけでなく【ブラッドビースト】との戦闘があったが、アクティブスキルが使用できるようになった今では、問題はない。血と戦闘行為に慣れるかは別としてだが、ケイ自身はそういった行為への忌避感は薄いようだった。
 時折、グラッシーの〈ホークアイ〉による偵察を行い、進路を修正する。問題がなければ、ダッシュを使用して走り抜けることもあった。

 幾度もそれを繰り返すと、ケイの目にも村が見えてきた。しかし、かつてゲーム時代にあった廃城近くの村とは別物のようであった。
 開拓村とでも言うべきか、家の作りはログハウスめいたものであり、木材が山積みとなっている場所もあった。

「グラッシーさん、人影は見えますか?」
「いるっすね…種族はこっから見る限りは人間。若い人たちは腰に剣とか吊ってて、なんか物々しい感じ。ちょっと離れたところに農場みたいなのも見えて、そっちの方が人多いっすね」
「ゴブリンとかの村で無かったのは幸いでしたが、僕とグラッシーさんを受け入れてくれますかね?」
「『トライ・アライアンス』の設定通りなら、大丈夫なはずですけどね。ドワーフやエルフとかと人間は同盟組んでるはずですし」

 『トライ・アライアンス』は名前通り、プレイヤーが所属できる連合が3つある。勢力はもう一つあるのだが、こちらは敵役であり参加できない。その3つとも思想的には善側であり、種族問わず参加できる。

「ともあれ、行ってみるしか無いですよね。誰か隠れてるってのも手ですが、求める物資の量とかで感づかれるでしょう」

 結局3人全員で行くことになる。不審者に思われないよう、出来る限り身だしなみを整える必要があるということもあり、訪れるのは翌日だ。


 騎士のような鎧を着た3人組が訪れた、と聞いて、ハトラギ村の村長ザールは頭を抱えた。

(悪いことは重なる、というが…)

 老人のような風貌だが、実際にはそこまでの年齢ではない。まとめ役として立ち働かなくなると、それまで身体を酷使した反動か、見るも無残に老いさらばえてしまった。心労も原因だとザールは思っている。
 もっとも悪いことばかりでなく、村としてやっていけるようになってまだ日が浅いこの村では、古老のような風貌は尊敬の的となっている。
 わざとらしく杖を持って、村の入り口に向かうと、自警団の者たちに囲まれた鎧姿が見えた。

(エルフ?それにドワーフだと?)

 わけの分からない組み合わせだ。ことさら害をなす種族ではないが、滅多に見ない姿形に警戒心が沸く。足を止めて口を開こうとすると、向こうの方から口火を切った。

「私はギルド【トワゾス騎士団】の団長、ケイと申します。後ろの二人はグラッシー、とタルタル。旅を続けるための食料や、日用品を求めております。代価はお支払いたしますので…」

 騎士にしては、腰が低い。敵意は無いようだが…

(ギルドだと?まさか星界人か?見るのは10年ぶりほどだ)

 星の海から来たという星界人は、様々な逸話をこの世界に残している。星の導きによって、この世界に降り立ったというが、善星もいれば悪星もいるとされ、必ずしも善良とは言えない。
 もっとも、彼らの悪事は専ら同じ星界人に向かうとされているが。

「…儂はこの村の取りまとめ役、ザール。生憎とこの村には星界人の方々が使うような店など、ありませんでな…お引き取り願いたい」

 事実だ。また、現在のこの状況では物資を大量に譲ることもできない。今すぐ不足するわけではないとはいえ、事態は解決していないのだ。
 そう考えて、相手の反応を待っていると、自警団の長が耳打ちしてきた。

「村長。星界人は大層強いと聞きます。見たところ、すぐさま暴れるような連中でもない。彼らを使ってみては?」

 一理ある。報酬は過剰な作物や、使い古しの品で満足してくれるなら無いも同然。事態を解決するのに、村の人間を割く必要も無くなる。自警団とは言っても、若い彼らはできるならば日々の労働に回したいのだ。ザールは覚悟を決める。

「とはいえ、このような村にお越しくださった方々を無下にするのも忍びない。どうですかな、簡単な仕事と引き換えの、取引と参りませんか?」

 しばらく待つと、依頼を聞く旨の返事が返ってきた。余程切羽詰まっているのか。そう考えながら、ザールと奇妙な騎士たちは連れ立って村の奥に向かった。 

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