あるバーのマスターの話

ノベルバユーザー173744

閑話……『home』

今日の最後のお客を送り出すと、一旦鍵を閉め、片付けを始める。
最初の頃は起きていたはるかと一緒に片付けていたが、遼は帰ってから洗濯と掃除、料理をする生活で、寝る時間が減っていった。
結婚前は遮光カーテンで覆い、空腹でも寝ていた彰一しょういちも、毎日遼の作った朝食を食べ、昼まで熟睡するが、遼は洗濯物を洗い、彰一の邪魔にならないように掃除をして、洗い物をしてと細々しく動き回るようになって、これではいけないと夫婦で話し合った。

遼は、どうしても一緒にお店にいたいと言い張る為、お店を開けてしばらくは起きて、その後は奥に下がり、布団で眠る。
店は彰一が片付けて、その後、遼を起こし、共に家路に着く。
遼は、準備しておいたご飯の支度をし、共に食事をして、彰一は眠り、遼は家の中のことをする。

彰一は、遼が時間を見ては着替えを置いてくれ、掃除をしてくれる寝室に入り、あくびをこらえながら着替えをすると、

「そういえば……遼の誕生日が……近いな……何か欲しいものはないか聞いてみよう……」

と呟き、眠りについた。

遼は、主寝室よりも離れたリビングに、生まれてくる赤ん坊のためのものを用意していた。
彰一は、朝、眠ることが多く、それでなくとも睡眠時間は短い。
自分もある程度手伝いたいが、子供のためには夜起きてよりも、昼間を中心とした生活の方がいいだろうと夫に勧められたのである。
それでは、赤ん坊が主に眠るところは、夫の睡眠の邪魔にならないところがいい。
そして、昼間自分が主に動く場所……。
と、ここに決めたのである。

「……それにしても……彰一さんも皆さんも、気が早いと思うの」

呟く。
リビング一杯にベビーベッド、タンス、まだ赤ん坊だというのに滑り台、積み木がそこかしこに並べられ、タンスにしまいきれない服や、紙おむつの袋が占領している。
リビングも狭くなり、彰一はどう思っているかと思いきや、起きてくると嬉しそうにベビーベッドの様子をチェックしたり、貰った服を畳むのを手伝ってくれる。
午後は暑いのだが、一緒に買い物や、赤ちゃん教室にも一緒に手を繋いで行ってくれる。
恥ずかしいと言うよりも、こんなに幸せでいいのだろうか……。

「良かったね……ママはとっても幸せ。あなたがいて、彰一さんが……パパもいて……一杯幸せ」

お腹を撫でる。
リビングの一角には、あまり語ることのない彰一の親族の小さい仏壇が置かれている。
今は正座が厳しく、申し訳ないなぁと思いながら、ソファに座ったまま手を合わせる。

「皆様、ありがとうございます。彰一さんや赤ちゃんを見ていてください」

昼過ぎに起きてきた彰一と昼食を取った後、午後は2人で手を繋ぎ、買い物に行く。

「今日の晩御飯は何が食べたいですか?」
「そうだねぇ……あっさり系?」
「でも、彰一さん、いつもそう言いますよ?夏だから……と言うか、ちゃんとご飯は食べないとお仕事大変ですよ」
「そうだね」
「……と言っても、彰一さんは私より料理上手だから」

夫を見上げる。

彰一は遼の微笑みにホッとする……それ以上に自分の胸にも温かいものが灯る。

「遼の料理は美味しいよ。それに一緒に食べられる……それが嬉しい」
「私も嬉しいです。今日は、頑張って作りますね」
「ありがとう」

いくつか買い、そして、ベビー用品を見る。

「あっ、彰一さん。もう、これ以上買っちゃダメですよ?まだ生まれていないのに、使いきれないなんてなったらどうするんですか?」
「あ、そうだねぇ……じゃぁ、遼は何が欲しい?」
「えっ?」
「誕生日もうすぐでしょう?本当は内緒でとも思ったのだけれどね、聞いてみたいなと思って……」

遼は瞳を潤ませる。

「……彰一さんと赤ちゃんと一緒にいたいです……」
「それは、プレゼントじゃないと思う……」
「えと、じゃぁ、お揃いのパジャマ……?」
「欲がないね……もっと甘えてもいいのに……」
「一杯甘えてますよ」

買い物を終え、買い物袋を取ろうとして、彰一が取り上げる。

「ダメだよ。重いものは」
「全部持たなくても……」
「じゃぁ、これを持って。手を繋いで帰ろう」
「はい!」

2人は手を繋いで家に帰っていったのだった。

夕食を食べ、店に出勤した2人は、準備をする夫の代わりに、CDをかける。

「おや?これは?」
「木山裕策さんの曲です。彰一さんにプレゼントです」
「嬉しいですね……ありがとう」



マスターのお店は、今日も温かく灯る……。

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