あるバーのマスターの話
『月のしずく』
今日は、立春を抜け、天気が悪い。
しかし、しばらく雨もなく乾燥気味で、砂ぼこりがたつことも多い。
マスターは、今日は柴咲コウのアルバムをかけていた。
女優兼歌手でもあり、映画のなかではRUIと言う役柄で歌っていた。
カラン……
ゆっくりと扉が開き、現れたのはカップルに見えない二人である。
何故なら、
「だから、姉ちゃん方向音痴だからやめろって‼」
「そやさかいに……10年ぶりに図書館いこかおもて……」
「今何時だよ?」
「そやねぇ……何時ごろかいなぁ?」
着物姿の女性は首をかしげる。
「時計つけとる?」
「あぁぁ~‼もう、姉ちゃん‼何で来るんで‼妊娠しとるのに、フラフラするなや‼」
「やっくんいけずやなぁ」
頬を膨らませる。
可愛らしいが仕種は優雅である。
弟らしいものの、年が上に見える青年が、スマホを取りだし、耳に当てると、
「あ、かず兄ちゃん?姉ちゃん捕獲‼えっと、バーに連れてきた……うん。兄ちゃんは解るかな?えっと……」
マスターは名刺を差し出す。
「あ、ありがとうございます。……あ、かず兄ちゃん。住所は……で、ここにいるから」
と電話を切る。
そして頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました。俺たち、10年位前までこの街に住んどったんですが、しばらく別のところにいて、姉ちゃん……姉の旦那さんの実家に帰ってきたんです」
「10年前までおりましたよってに、大丈夫やとおもとりましたん。でも、迷子になりましてん……。だんはんはおとうはんたちとおりたかろとおもて……」
「かず兄ちゃんがおらんなった言うて、すぐに電話してくれて探し回ってようやく見つけたんです。俺も、これから兄ちゃんの家に帰れ言うたら困る……ほんとに、姉ちゃん、頼むわ~‼もう、かず兄ちゃんに怒って貰えや」
「だんはんは怒らへんで?」
「だぁぁ‼かず兄ちゃん~‼連れて帰ってくれ~‼」
どことなく良く似た顔立ちだが方言が違う、従姉弟らしい二人に微笑み、
「迎えの方が来るまで、こちらでいかがですか?」
「ありがとうさんでございます」
「姉ちゃん‼酒駄目‼」
「座らせてもらおかと思うて……」
「どうぞ」
カウンターに並んで腰を下ろした二人は、
「う~ん。やっくん。おおきゅうなったなぁ」
「背は伸びんかったけどな」
「会う度に大きゅうなって、一緒やのうて、悲しいわ」
哀しげに目を伏せる。
「仕方なかろ?親父は入院して、俺は親父とばあちゃんとこ、姉ちゃんたちは養女に行ったんや。時々会いに行ったやろ?」
「解っとります。でもなぁ……」
「あ、図書館言うて、あそこにいっとんやなかろな~?」
「……っ……」
俯く。
肩が揺れ、涙が零れ落ちる。
「やけん、絶対に姉ちゃんは泣くけん、行くなって言うたやろが‼忘れって言うたやろが‼どうして聞いてくれんのや‼」
「でも……す、姿だけでも……」
「見ても意味ない‼それに、会いたいって姉ちゃんが言うてどうすんで‼アホやないんか?向こうが悪いんや‼姉ちゃんが泣くことやないわ‼」
「……やっくんのいけず……」
ハンカチを出して女性は涙を拭っていたが、すぐに迎えが来たらしく、青年が送っていくと戻ってくる。
「すみません。さわいで……」
「いいえ、お客様は優しいですね……」
苦笑すると椅子に座る。
「俺は優しくないですよ。姉ちゃんに怒ってばっかりで……。姉ちゃんは優しいけど……と言うよりも甘いんですよ。それに弱い。いつも泣かしてしまって……」
ため息をつく。
「姉ちゃんにとっても、俺ももう一人の姉ちゃんも。10年前から空港には行くんですけど、街には辛すぎて来んかったんです。10年前に両親が離婚して俺は親父に引き取られて、姉ちゃんたちは養女に。言葉で解ると思いますが、京都に行きました。姉ちゃんは俺の親代わりだったので、3歳違いなんですけど、今でも」
「兄弟仲が良いのですね」
「まぁ……姉ちゃんはこの曲みたいやと思います。いつも泣いてばかり……かず兄ちゃんに任せとったらエェと思たのになぁ……」
「あのなぁ……」
扉が開き、現れた青年。
地味な眼鏡姿である。
「康弘。えぇか?頼むさかいに、なかせなや」
「げっ!かず兄ちゃん」
「お邪魔します」
礼儀正しく頭を下げた青年の後ろから、細身の青年が、
「康弘。龍樹が『後でしばいたる‼』言うてたで?」
「のりにいちゃんまで‼姉ちゃんたちは?」
「俺の兄貴に頼んどいた」
「あっちゃぁぁ……」
頭を抱える康弘を見つつ、マスターは、
「お二人もいかがですか?」
「あ、構いませんか?」
席につくと、こづきあう3人の前に、何か準備をしていたマスターは、グラスを置いた。
「どうぞ」
「これは?」
康弘は首をかしげる。
「ブルームーンと言います。お姉さんのことを優しい月のようだと言われていましたので……。確か10年ほど前にブルームーンがあったと思いまして」
「ありました。な?実里」
「あぁ、見ました」
「こいつ、龍樹にスルーされて……アハハ‼」
「うるさいな。お前に言われたくないね」
「アハハ‼のりにいちゃん、お疲れさん‼」
3人は顔を合わせると、笑いながらカクテルを手にしたのだった。
しかし、しばらく雨もなく乾燥気味で、砂ぼこりがたつことも多い。
マスターは、今日は柴咲コウのアルバムをかけていた。
女優兼歌手でもあり、映画のなかではRUIと言う役柄で歌っていた。
カラン……
ゆっくりと扉が開き、現れたのはカップルに見えない二人である。
何故なら、
「だから、姉ちゃん方向音痴だからやめろって‼」
「そやさかいに……10年ぶりに図書館いこかおもて……」
「今何時だよ?」
「そやねぇ……何時ごろかいなぁ?」
着物姿の女性は首をかしげる。
「時計つけとる?」
「あぁぁ~‼もう、姉ちゃん‼何で来るんで‼妊娠しとるのに、フラフラするなや‼」
「やっくんいけずやなぁ」
頬を膨らませる。
可愛らしいが仕種は優雅である。
弟らしいものの、年が上に見える青年が、スマホを取りだし、耳に当てると、
「あ、かず兄ちゃん?姉ちゃん捕獲‼えっと、バーに連れてきた……うん。兄ちゃんは解るかな?えっと……」
マスターは名刺を差し出す。
「あ、ありがとうございます。……あ、かず兄ちゃん。住所は……で、ここにいるから」
と電話を切る。
そして頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました。俺たち、10年位前までこの街に住んどったんですが、しばらく別のところにいて、姉ちゃん……姉の旦那さんの実家に帰ってきたんです」
「10年前までおりましたよってに、大丈夫やとおもとりましたん。でも、迷子になりましてん……。だんはんはおとうはんたちとおりたかろとおもて……」
「かず兄ちゃんがおらんなった言うて、すぐに電話してくれて探し回ってようやく見つけたんです。俺も、これから兄ちゃんの家に帰れ言うたら困る……ほんとに、姉ちゃん、頼むわ~‼もう、かず兄ちゃんに怒って貰えや」
「だんはんは怒らへんで?」
「だぁぁ‼かず兄ちゃん~‼連れて帰ってくれ~‼」
どことなく良く似た顔立ちだが方言が違う、従姉弟らしい二人に微笑み、
「迎えの方が来るまで、こちらでいかがですか?」
「ありがとうさんでございます」
「姉ちゃん‼酒駄目‼」
「座らせてもらおかと思うて……」
「どうぞ」
カウンターに並んで腰を下ろした二人は、
「う~ん。やっくん。おおきゅうなったなぁ」
「背は伸びんかったけどな」
「会う度に大きゅうなって、一緒やのうて、悲しいわ」
哀しげに目を伏せる。
「仕方なかろ?親父は入院して、俺は親父とばあちゃんとこ、姉ちゃんたちは養女に行ったんや。時々会いに行ったやろ?」
「解っとります。でもなぁ……」
「あ、図書館言うて、あそこにいっとんやなかろな~?」
「……っ……」
俯く。
肩が揺れ、涙が零れ落ちる。
「やけん、絶対に姉ちゃんは泣くけん、行くなって言うたやろが‼忘れって言うたやろが‼どうして聞いてくれんのや‼」
「でも……す、姿だけでも……」
「見ても意味ない‼それに、会いたいって姉ちゃんが言うてどうすんで‼アホやないんか?向こうが悪いんや‼姉ちゃんが泣くことやないわ‼」
「……やっくんのいけず……」
ハンカチを出して女性は涙を拭っていたが、すぐに迎えが来たらしく、青年が送っていくと戻ってくる。
「すみません。さわいで……」
「いいえ、お客様は優しいですね……」
苦笑すると椅子に座る。
「俺は優しくないですよ。姉ちゃんに怒ってばっかりで……。姉ちゃんは優しいけど……と言うよりも甘いんですよ。それに弱い。いつも泣かしてしまって……」
ため息をつく。
「姉ちゃんにとっても、俺ももう一人の姉ちゃんも。10年前から空港には行くんですけど、街には辛すぎて来んかったんです。10年前に両親が離婚して俺は親父に引き取られて、姉ちゃんたちは養女に。言葉で解ると思いますが、京都に行きました。姉ちゃんは俺の親代わりだったので、3歳違いなんですけど、今でも」
「兄弟仲が良いのですね」
「まぁ……姉ちゃんはこの曲みたいやと思います。いつも泣いてばかり……かず兄ちゃんに任せとったらエェと思たのになぁ……」
「あのなぁ……」
扉が開き、現れた青年。
地味な眼鏡姿である。
「康弘。えぇか?頼むさかいに、なかせなや」
「げっ!かず兄ちゃん」
「お邪魔します」
礼儀正しく頭を下げた青年の後ろから、細身の青年が、
「康弘。龍樹が『後でしばいたる‼』言うてたで?」
「のりにいちゃんまで‼姉ちゃんたちは?」
「俺の兄貴に頼んどいた」
「あっちゃぁぁ……」
頭を抱える康弘を見つつ、マスターは、
「お二人もいかがですか?」
「あ、構いませんか?」
席につくと、こづきあう3人の前に、何か準備をしていたマスターは、グラスを置いた。
「どうぞ」
「これは?」
康弘は首をかしげる。
「ブルームーンと言います。お姉さんのことを優しい月のようだと言われていましたので……。確か10年ほど前にブルームーンがあったと思いまして」
「ありました。な?実里」
「あぁ、見ました」
「こいつ、龍樹にスルーされて……アハハ‼」
「うるさいな。お前に言われたくないね」
「アハハ‼のりにいちゃん、お疲れさん‼」
3人は顔を合わせると、笑いながらカクテルを手にしたのだった。
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