あるバーのマスターの話

ノベルバユーザー173744

『みんな夢の中』

深夜に、寒さが堪えると思っていたが、玄関の扉を少し開けて外を見ると、雪が降ってきていた。

今日は高田恭子のアルバムを選んでかけていたが、寒さにエアコンの温度をあげて、カウンターに戻った。

マスターの携帯電話は、仕事用と私用を持っている。
お店の客や取引のあるお店からの電話は、すぐに取れるように、手を伸ばせる棚に置いている。
しかし、私用の携帯電話はカウンターの奥にある休憩室のテーブルの上に置いていた。

仕事中は絶対に取らないようにしている。
その為、友人でもあった高坂こうさかなどは、店に来るようにしていた。

マスターの私的の携帯電話は、もうほとんど鳴らなくなっていた。
思い出したように充電をするだけで、見ることもない。
教えていた知人や友人も、縁遠くなり、親族とも距離を置くようになった。
遺産相続、借金を頼み込むような電話も、嫌になり、取らないままだ。



「もう、どうにでもしてくれ……‼」

あの時、マスターはそう言い放った。

「何をいっているんだ‼お前は……」
「うるさい‼いつもそうだ、あんたたちは、じいさんたちの金目当てじゃないか‼面倒なことを全て、俺に押し付けておいて、じいさんたちが病気が悪化している今になって、病院じゃなく、これか‼」
「遺産相続権は平等だ‼」
「遺産遺産……うんざりだ‼」



今日は、誰も来ない……。
このような虚しい思い出を、繰り返し思い出すのは、過去の選択を後悔していると言うよりも、孤独が心を蝕みそうになる時があるからだ。

小さくため息をつき、思い出したように、一つのカクテルを作る。

「……『午後の死』……ヘミングウェイに乾杯」

壁にあるのは愛読書のヘミングウェイの小説。
そして、スピーカーから流れるのは、『みんな夢の中』……。



全て……夢であったら、良かっただろうに……。
私は、夢の中に微睡もう……。

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