【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

297 - 「黄金のガチョウのダンジョン11―ヴィリングハウゼン組合」


 新たに現れた冒険者たちが、周囲を見渡している。

 100人くらいはいるだろう。

 多くの者が、上級悪魔ハイ・デーモンかロンサム・ジョージのどちらかに気付き、驚愕の表情を浮かべたが、取り乱したりはしなかった。

 その中のひとり、一際体格の大きい、サイドに剃りこみが入った青髪オールバックの男が、ロンサム・ジョージを眺めながら話し始めた。


「おぅおぅ、あれが噂の神獣ってやつかぁ? 冗談だろ? あれが頭なら、この地面は甲羅の上ってことになるぜ? いくらなんでもそりゃデカ過ぎだろぉが」


 最初こそ驚いた声をあげていたが、首に手を当て、首の骨をボキボキと鳴らし終えると、納得したような表情に変わった。


「だがまぁ、あれが出現してるなら、狙い通りになったってことか」


 その男を見るや否や、ランスロットが突然声をあげた。


「ジャコ!? やっぱりあんたらの仕業ね!?」


 ジャコという名に、先程の青髪の男が反応する。

 ジャコとは、先程から話題にあがっていた腐敗の運び手ロット・ライダーのクランリーダーの名だ。

 青髪の男が振り返りざまに不敵な笑みを浮かべると、ランスロットの顔を見るなり鼻で笑った。


「フンッ、ようランスロット。まだ生きてやがったか」

「生きてやがったですって!? 仕組んだことを認めるのね!? あんた、これがどういうことか分かってるのッ!? 内容次第じゃただじゃおかないわよッ!?」

「相変わらずキーキーとうっせぇ女だな」

「なんですって……ッ!!」


 ランスロットが殺気立つも、マーティンが手で制して止め、代わりに質問を投げた。


「ジャコ、久し振りだな」

「ようマーティン。頭の悪い番犬連れて、こんなところまで散歩とはご苦労だなぁ?」


 にやにやと笑みを浮かべたジャコに、挑発されたランスロットが更に殺気を放つも、マーティンは毅然とした態度で言葉を返した。


「我々、祝福された庭師ブレスト・ガーデナーにとっては、ここも庭のようなものだからな」

「チッ」


 そう淡々と返すマーティンに、ジャコが苛立つも、マーティンは気にせず質問を続けた。


「それより、俺たちをここへ呼んだ目的はなんだ?」

「あぁ? 言うと思うか?」

「なら話すまで何度でも聞くだけだ。お前たちは、ここで何をするつもりだ?」

「てめぇも大概しつけぇな。ダンジョンなら討伐目的に決まってんだろぉが。それ以外に何があるってんだ」

「討伐……ロンサム・ジョージの討伐が目的か? 冒険者ギルドにそんな依頼は出てなかったはずだ」

「ハッ! 冒険者ギルドなんかがそんな依頼出す訳ねぇだろバーカ。まぁガーデナーの寄生一家にゃ一生来ねぇ依頼だがな」

「……なに?」


 今まで冷静だったマーティンが、自身の家格を愚弄されたことで返事に怒気がこもる。

 だが、ジャコは鼻で笑っただけだった。


「おいおい見ろよ、育ちのいい僕ちゃんはお家のことを馬鹿にされると頭にきちゃうらしいぜ?」


 ジャコのおちゃらけた言い方に、腐敗の運び手ロット・ライダーのメンバーたちが反応し、皆でマーティンを嘲笑った。

 笑い声があがる中、ジャコが話を続ける。


「育ちのいい僕ちゃんよぉ、本当に先代の爺たちから何も聞いてねぇのか? それともすっとぼけてるだけか?」

「だから何の話だ? なぜガードナー家の話になる?」


 マーティンが疑問の声をあげるも、ジャコは気にせず、顎を触りながらひとり思案し始めた。


「まぁ知ってたら、ここまで来てねぇか? いや、実は知っていながら監視のために騙されたフリをしている可能性もあんのか……?」


 独り言を呟きながら勝手に悩み始めると、少ししてメンドクセェと吐き捨てた。


「マーティン、てめぇはそこで大人しくしてろ。下手な真似したらぶっ殺す」

「だからどういうことだ!? その程度の説明で俺たちが納得できると、本当に思っているのか!?」

「うるせぇッ! 何も知らねぇなら、黙ってろッ! 黙って待ってりゃ、そのうち嫌でも知ることになるだろうよ」


 それだけ告げると、ジャコはマーティンとの会話を無理矢理切り上げ、上級悪魔ハイ・デーモンに視線を移した。


「それよりなんだあれは。悪魔デーモンの上位に見えるが、なぜ大人しく座ってやがんだ?」


 ジャコの疑問に、マサトが答える。


「こちらの使役モンスターだ。気にするな」

「はぁ? そんなふざけた使役モンスターがいるかよ。つか、誰だお前。見ねぇ顔だな。妙な古代魔導具アーティファクトでも持ってんじゃ……」


 ジャコが胡乱な視線を向けるも、ふと何かを思い出したかのように部下を呼んだ。


「おい、例の魔導具アーティファクトを使って、ヴィリングハウゼン組合に合図を送れ」

「了解でさぁ」


 命令された男が、紙のようなものを取り出し、燃やし始めた。

 それがこの空間外にいる者たちに向けた合図になるようだ。

 マサトが隣にいたアシダカに聞く。


「ヴィリングハウゼン? どんな組織だ?」

「ヴィリングハウゼン組合は、芸術として魔法を追究しながら、傭兵業を営む組織です。その組織を率いているのは、タコスという名の大男で、肉体強化魔法を極めた最強の武人としても名を上げています。一部では、フログガーデン大陸から海を渡ったギガンティアの末裔という噂も」

「ギガンティアの……?」

「はい。[状態異常無効] の適性持ちでもあります」


 もしその話が本当であれば、ベルの親戚ということになる。


「もう少しだけ様子を見るか。この状況を予め想定していたなら、ロンサム・ジョージ攻略についても何か情報を持っているかもしれない」

「承知しました」


 マサトたちが何もせずに待機していると、マーティンが話しかけてきた。


「頼みがある」

「何だ?」

「もし腐敗の運び手ロット・ライダーと戦うことになったら、力を貸してほしい。もちろん、相応の報酬は用意する」


 何を言い出すのかと思えば、共闘の依頼だった。

 黒崖クロガケと合流したことによって、ワンダーガーデン大陸にとって明確な侵略者となったマサトとしては、心底どうでもいい依頼ではあったが、要らぬ問題を呼び込んでしまうリスクもあるため、この場は濁すだけに留めた。


「状況次第だな。俺はあいつらと同じくらい、お前たちのこともよく知らない」

「……そうだな。すまない。それであれば、せめて中立でいてくれることを願おう」


 マーティンはそれだけ告げると、視線を落とした。

 執拗に食い下がってこない態度に好感はもてるが、ただそれだけだ。

 マサトにとっては、どちらも初見で因縁をつけてきた相手に過ぎず、共闘する義理もメリットもなかった。

 だが、ランスロットにとっては納得のいく交渉ではなかったようで、あっさりと戻ったマーティンに対して声を荒げていた。


「もしあいつらの裏に、本当にヴィリングハウゼン組合がついているなら、さすがに私たちふたりだけじゃ無理よ!?」


(……そこまで警戒する必要のある組織なのか?)


 一戦交えただけとはいえ、マサトから見てもランスロットの実力は相当高いように思えたが、そのランスロットが慌てるということは、それ以上の実力者がいるのだろう。

 すると、ヴァートが突然声をあげた。


「父ちゃん、あれ!」


 ヴァートが指を指した方角に視線を向けると、菫色の空から無数の光の線が降り注いでいた。

 場所は、腐敗の運び手ロット・ライダーの隣、10メートルくらいの位置だ。

 どうやら例のヴィリングハウゼン組合が到着したようだ。

 全員が青色の軍服を着ており、その左胸には、人形のようなものが描かれた黄色の紋章が記されている。

 軍服の上からも見て分かるくらいに鍛え抜かれた肉体の持ち主が多い。

 その中でも一際体格の大きいスキンヘッドの大男が姿を現すと、全員がその大男の前に整列し、点呼を始めた。


「第一班隊長ケイ・チャムが報告します! 第一班、全員揃いました!」
「第二班隊長メストが報告します! 第二班、全員揃いました!」
「第三班隊長リュウ・オウが報告します! 第三班、全員揃いました!」
「第四班隊長ユージが報告します! 第四班、全員揃いました!」
「第五班隊長サヤ・マサヤが報告します! 第五班、全員揃いました!」
「第六班隊長カシが報告します! 第六班、全員揃いました!」


 一糸乱れぬ動きで全員が一斉に敬礼すると、スキンヘッドの大男が敬礼で応じた。


「よろしい! 休め!」
「「「ハッ!」」」


 全員が片足を開き、手を後ろで重ねて、休めの体勢へと移る。


(あれがヴィリングハウゼン組合か……芸術家で傭兵らしいが、見た目は軍人そのものだな)


 それもかなり練度の高い軍人だ。

 だが、スキンヘッドの大男越し――マサトたちの方角に見える上級悪魔ハイ・デーモンが気になるのか、体勢はそのままに視線だけがちらちらとこちらに流れてきているのが分かった。

 一方で、ロンサム・ジョージの方を見ているであろうスキンヘッドの大男が話し始めた。


「あれがロンサム・ジョージか。随分と大きく育ったものだ」


 そう呟き、一度大きく頷くと、スキンヘッドの大男は、腐敗の運び手ロット・ライダーの方に目を向け、その流れでマサトたちの方を見、上級悪魔ハイ・デーモンを見て驚きの声をあげた。


「んなわぁんと!? なぜ上級悪魔ハイ・デーモンがそこで大人しく座っておるのか!?」


 白く太い眉毛と口髭が特徴的な大男が、コミカルな動きで驚いている。


(あれがベルの親戚……)


 厳格な見た目とギャップのある振る舞いに、若干困惑したマサトだったが、ジャコと違ってまともな対話ができそうな相手だと感じたため、話をするために近付くことに決めた。

 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開し、地面を蹴って飛び上がる。

 すると、それまで大人しかった腐敗の運び手ロット・ライダーの面々が急に騒ぎ出し、ヴィリングハウゼン組合の軍人たちも一斉に陣形を組み始めたのだった。


「お、おい! 見ろ!!」
「炎の翼だと!?」
「こっちに飛んで来るぞ!?」

「前方より火の能力者が接近!」
「各班、迎撃態勢に移れ!」
「攻撃はするな! 首領の合図を待て!」


――――
▼おまけ

【UR】 灼髪のケイ・チャム、3/2、(赤×2)(2)、「モンスター ― 人族」、[火の加護Lv3(能力補正+3/+3、火魔法攻撃Lv4)]
「ヴィリングハウゼン組合のエースであり、第一班隊長。熱い性格で思い込みが激しく、一度敵と認識した相手には容赦がない。四大元素加護のひとつである火の加護を持ち、更にはその加護の力を伸ばすことに成功した稀有な存在。ただし、女癖が悪いので要注意――冒険者ギルド受付嬢オミオ」


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