【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
245 - 「プロトステガ攻城戦4―鳥の子色の羽根」
助けて、と伸ばされたその手を掴み、身体を引き寄せる。
すぐさまその女の背中に手を回すと、首に抱きつかせる形で抱き寄せ、前方を落ちていく鷲獅子へと加速。
すると、上空を見た女が耳元で叫んだ。
「ま、まだ追っ手が!」
「分かってる」
ヴァートがして見せたように黒い靄を身に纏い、空を自在に飛行する魔法使いが、その進路をマサトへ変えていたのだ。
敵の数は3人。
流石に鷲獅子の巨体を支えながらの交戦は厳しい。
かと言って、敵を追い払う時間の余裕はない。
地面はもうすぐそこだ。
「ファージ!!」
――キィィイイイイ!!
マサトの命令に3体の飢えるファージが応じ、迎撃へと向かう。
すれ違いざま、ファージの不快な奇声が耳をつんざき、女が顔をしかめるも、夜の帳に紛れたファージをしっかりと捉えていた。
「で、悪魔!?」
「安心しろ。あれは敵じゃない」
「ど、どういうことだ!?」
「話は後だ」
追っ手をファージ達に任せ、マサトは鷲獅子へと更に加速する。
身体にかかる過度な重力の負荷に、女がくぐもった声を漏らすも、マサトは構わず速度を上げた。
(間に合うのか……?)
地面までの距離が短く、十分な減速ができそうにない。
だが、やれることはやろうと、鷲獅子まで接近すると、その太い片足を両手で掴んだ。
「減速する。全力で掴まれ。でないと落ちるぞ」
「え…… どういう…… きゃぁ!?」
アネスティーの返事を待たず、炎の翼を大きく広げて減速を開始する。
女は先程とは比較にならない重力に頭を大きく後ろに垂らしたが、マサトに抱き着く力を込めて何とか耐えた。
マサトも背中と両腕にかかる、身体が引きちぎれそうなほどの負荷に歯を食いしばって耐える。
だが、完全に減速するには距離が足りず、また、全力で減速するには鷲獅子が重く、首に掴まっている女が邪魔だった。
(このままじゃ間に合わない。諦めて手を離すか……?)
そう考えたマサトを、突然青い光が包み込み、身体にかかっていた重力がすうっと消えた。
「これは……」
「はぁ、はぁ…… 空中浮揚だ。まさか、この距離で空中浮揚を使わずに強引に減速するとは思わなかったぞ……」
女の機転により、落下せずに地面へ降り立つことができた。
「ホーネスト!!」
ぐったりと横たわる鷲獅子に、女が慌てて飛び付き、すぐさま治癒をかけ始める。
「今治してやるからな…… もう少し、もう少しの辛抱だ……」
重度の火傷は少しずつ回復していくが、女の表情はみるみる曇っていった。
「治癒! 治癒! 治癒!」
涙を流し、必死に鷲獅子へ呼びかけるも、鷲獅子はピクリとも動かない。
「嘘だ…… 嘘だ嘘だ! ホーネスト! 諦めるな! まだ頑張れるだろ!」
傷は少しずつだが良くなっていくのに、気配は少しずつ薄れていく。
マサトの目から見ても、目の前の鷲獅子の命の火が消えようとしているのが分かった。
「私を、私を置いて勝手にいくな! まだ私と、私と一緒に空を飛びたいだろ!? なぁ!? ホーネスト!!」
だが、女の願いは届かなかった。
事切れた鷲獅子に、女が縋り付き、子供のように泣き叫ぶ。
マサトは女を置いてプロトステガへ向おうと考えた。
まだ戦いは始まったばかりなのだ。
マサトが上を向くと、その気配の機微を察したのか、女は突然上体を起こし、涙を手で払いながらマサトへ問いかけた。
「追っ手は……」
「もうすぐ仕留め終わる」
「そうか。あの悪魔は貴殿の――いや、良い。例え悪魔根絶が我らの悲願だとしても、恩人に斬りかかるような真似は私自身が許さない。どんな形であれ、貴殿の加勢に感謝する」
「偶然居合わせだけだ」
「だとしても、私は死なずに済んだ。貴殿と、相棒のホーネストに救われた命だ」
「そうか。なら、無駄にするな」
「無駄にはしない。無駄になどするものか」
女が拳を握りしめ、悔しさで顔を歪めた。
大切なものを失った悲しみが、大切なものを奪われた怒りへと変わったのだ。
だが、その感情もすぐ心の底にしまうと、立ち上がり、マサトへ向き直った。
「私の名はアネスティー・グラリティ。金色の鷲獅子騎士団、第十五部隊隊長を務めている。貴殿の名を聞いても良いか」
「俺は…… セラフだ」
「セラフか。しかと覚えた。何か困ったことがあれば、グラリティ家を頼れ。力になる」
そう告げて差し出された手を見つめる。
その手は小刻みに震えていた。
(気丈に振る舞っているだけか。……少しだけ付き合うか)
「そうさせてもらう」
差し出された震える手を握る。
すると、白い光の粒子がアネスティーの周囲を舞った。
「な、なんだこれは!? ま、まさかホーネスト!?」
その光の粒子は、ホーネストの亡骸から上がっていた。
光はアネスティーを抱き締めるように包み込む。
「ホーネスト……」
アネスティーの瞳から再び涙が溢れる。
「今まで、ありがとう」
その言葉に答えるように、アネスティーの目の前で光の粒子がくるくると舞うと、光はアネスティーの手へと移動し、その繋がれた手からマサトへ移っていった。
「ホーネスト……?」
そして同じようにマサトを包み込むと、ゆっくりとその胸へ吸い込まれていった。
アネスティーは驚いた目でマサトを見ている。
光が全て消えると、マサトの目の前にシステムメッセージが表示された。
『鳥の子色の羽根、ホーネストカードを獲得しました』
[UR] 鳥の子色の羽根、ホーネスト 3/3 (白)
[風の加護]
[飛行]
鷲獅子のモンスターカードを獲得できたのは運が良かったが、マサトはアネスティーの反応が気になった。
アネスティーの相棒から発生した光をマサトが吸収する形になったのだ。
問い詰められても仕方がない状況だ。
だが、アネスティーは少し悲しそうに微笑んだだけだった。
「そうか…… ホーネストは貴殿を選んだのだな」
実際はマナ喰らいの紋章のせいなのだが、それを話せる訳もなく、マサトは少し考えた後、口を開いた。
「それは違う。あの鷲獅子は、まだあなたの力になりたいから俺のところへ来たんだろう」
「私の力に……? どういうことだ……?」
マサトは無言で手を地面に向け、魔法を行使した。
「鳥の子色の羽根、ホーネスト、召喚」
白い光の粒子がマサトを中心に、旋風を伴って足元から舞い上がり、手を向けた先の地面へ集まる。
その光は鷲獅子を形どると、大きな翼を広げながら、後脚で立ちつつ前脚を振り上げ、クォオオオオンと鳴いた。
「なっ!?」
直後、光が霧散し、鳥の子色の翼が美しい鷲獅子が姿を現した。
「ホーネスト!?」
アネスティーが驚愕しながら、ホーネストの亡骸の方を振り向く。
すると、地面に横たわっていたホーネストの亡骸は、急速に色を失い、灰が風に攫われて消えるようにサラサラと消えていった。
(亡骸の前でURを召喚するとこうなるのか)
URには2つ以上場に存在できないという制限がある。
既に場に存在していた場合は対消滅してしまうのだが、対象が死んでいた場合は問題ないようだ。
「ど、どういうことだ!?」
「俺の中に入ってきたホーネストの魂を、再びここへ呼び戻した」
「魂を呼び戻す!? そ、そんなことが……」
動揺するアネスティーへ、ホーネストが甘えるように頭を擦り付け、クゥウウンと鳴いた。
「ほ、ホーネスト…… ホーネスト!!」
アネスティーがホーネストの頭に抱き着く。
それを見て、マサトはもう良いだろうと踵を返した。
「ま、待て! 待ってくれ! まだ話が」
「もう戦いは始まってる。これ以上、ここでお喋りを続けるつもりはない。あなたはあなたのすべき事をすることだ。そのホーネストに乗って」
「え……」
ホーネストは、優秀なカードだった。
1マナ3/3飛行と、1マナの飛行モンスターとしては群を抜いてコストパフォーマンスが良い。
URであることが唯一のデメリットになるが、1マナ故にそのデメリットも薄い。
だが、ゲームの時と違い、この世界ではマナが潤沢に手に入るため、コストパフォーマンスの良いカードより、召喚コストが重くても強いカードの方が貴重になる。
3/3飛行クラスであれば、まだ手持ちのカードに代わりはあるため、偶然獲得することになったホーネストをアネスティーへ預けても影響はないと判断したのだ。
そう判断するに至ったきっかけに、アネスティーの涙があったのだが、マサト自身、女の涙に弱いという自覚はなかった。
「俺はここでプロトステガを堕とす。その後の海亀は、あなたに任せる」
「なっ、あ、ま、待って!」
アネスティーの叫びを背に受けながら、空へと飛び立つ。
ファージ達は魔法使いを仕留め終わったようで、上昇するマサトに追従する形で並んだ。
上空では、まだ健在の鷲獅子騎士達と、魔法使い達が交戦を続けていた。
▼おまけ
・モンスターカード
[UR] 鳥の子色の羽根、ホーネスト 3/3 (白)
[風の加護]
[飛行]
「鷲獅子は賢く、気高い生き物だ。自身の命を預けるのに、これほど頼りになる相棒はいない。その中でも、私の相棒は世界一だがな――金色の鷲獅子騎士団、第十五部隊隊長アネスティー・グラリティ」
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