【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
233 - 「闇魔法の申し子ヴァート」
帆を畳んだ巨大奴隷船オサガメが、港都市コーカスで最も規模の大きい1番ドックへ入港する。
突然の海亀の来訪に、ジーソン家に雇われている船大工達は困惑した。
「な、なんで海亀が1番ドックに?」
「もしや1番ドックまで海亀の所有に変わったんじゃねーだろな!?」
「おい、あれアカガメじゃないぞ!? あれは――オサガメだ!」
ワンダーガーデン西部をテリトリーとするオサガメが、アカガメのテリトリーである南部まで足を向けることは滅多にない。
同じ海亀でも、幹部同士の仲が悪いためだ。
本来なら協力することのない海亀のNo.2とNo.3が集まったことにより、船大工達はどちらに転んでも悪いことが起きると真っ先に考えた。
「アカガメだけじゃなく、オサガメまで南部に集まってるのか!? 一体何の用が…… まさか、北部みたいにここ一帯も海亀の所有になったりしないよな!? なぁ!?」
「俺に聞くな! 俺だって知りてぇーよ!」
「まさか、アカガメの不在を狙ってきたんじゃないのか!? オサガメもコーカスの港を狙ってるとかじゃ……」
「どっちにしろ、良くねぇことが起きるに違いねぇ。おい坊主! 至急キャロルド様へ連絡しろ!」
腕の立つ親方達の指示を受けて、下っ端の船大工がキャロルドのいる屋敷へと走る。
その一報は、瞬く間にキャロルドへと伝えられた。
「と、とうとう実力行使で来たんだな。うかうかしていたら1番ドックも海亀に横取りされてしまうんだな。動くなら今しかないんだな」
顔を真っ赤にして憤るキャロルドに、執事も賛同する。
「全くもってその通りでございます! ジーソン家の領地であるコーカスを荒らした無法者達を、早く追い出してしまいましょう!」
執事も海亀の度重なる狼藉に辟易としていたのだ。
しかし、それに水を差したのは、屋敷に招かれていた白い服に身を包んだ壮年の男だった。
「本当によろしいのですか? 海亀とはいえ、港にとってはお客様でしょう。営業妨害などがない限り、1番ドックを利用する権利は彼らにもあるかと思いますが」
「せ、先生は、な、何を言ってるんだね。海亀は存在自体が営業妨害なんだよね。あ、あれがいると他の客が敬遠してしまうからね。それに海亀は既に他のドックを所有しているんだよね。自分たちのドックに行かずに1番ドックに来たということは、そ、そういうことなんだよね」
「そうですか。分かりました。では、これは最後の意思確認です。私に依頼するということは、もう後戻りできないことになりますが、それでもよろしいですか?」
ライムの香りがする整髪料でしっかりと塗り固められた金色の髪に、銀色の縁の眼鏡。
男は冒険者とも、傭兵とも似つかない気品あふれる見た目でありながら、歴戦の強者にも似た威圧感を放ちながらそう告げた。
これには、さすがのキャロルドも気押されてしまう。
だが、同時にその男の放つ気配に頼もしさも感じていた。
「か、構わないんだな! この大陸の連中は海亀を恐れて依頼を受けてくれないからね! 先生だけが頼りなんだよね! う、海亀の連中は、ぜ、全員始末してほしいんだな!」
「分かりました。では、承りましょう」
先生と呼ばれた男が涼しい表情で屋敷を後にする。
もう引き返せない状況に、キャロルドは身体を震わせながら、顔に笑みを浮かべて呟く。
「Sランク冒険者に匹敵すると呼ばれる先生の力があれば、海亀なんて怖くないんだな」
震える手で拳を作りながらそう呟いたキャロルドに、執事が恐る恐る話しかけた。
「しかしキャロルド様、あのお方一人で本当に大丈夫でございましょうか…… 今からでも傭兵ギルドか闇ギルドに依頼した方が」
「問題ないんだな。先生はそこらへんの傭兵や暗殺者が束になってかかっても勝てないほど強いんだな」
「そ、そうでございましたか。そのようなお方をコーカスにお招きになっていらしたとは。さすがはキャロルド様でございます」
「そ、それほどでもないんだな。それに、先生は一人じゃないんだな。先生には恐ろしい闇魔法の申し子が弟子にいるんだな」
「闇魔法の申し子…… それは初耳でございました」
「たった二人で悪魔を討伐した実績があるとも聞いたことがあるんだな」
「で、悪魔を二人で…… しかし、そのような有名な方であれば私の耳にも入っていておかしくありませんが…… 何か理由があり、身分を隠されている方でしょうか?」
「それは禁句なんだな。先生は詮索を心底嫌うらしいんだな。素性を詮索したら最後、一切協力しなくなるとも言われてるんだよね。だから、先生に関する詮索を固く禁じるんだな」
「そ、そうとは知らず、し、失礼いたしました。詮索はするなと他のものにも伝えておきます」
「海亀の始末が終わったら、なんとかして先生達をお抱えにしたいんだな。金や土地に糸目は付けず、提示できる最大を用意しておくんだな。それと、海亀に奪われた3番ドック以降を取り戻す準備を今からしておくんだな」
「しょ、承知いたしました。ではそのように」
執事が深々と頭を下げ、退出する。
部屋に残ったキャロルドは、高まる緊張で大きく脈打つ胸を拳で押さえながら、ぶつぶつと独り言を呟き、部屋を歩き回った。
「大丈夫。大丈夫なんだな。きっと上手くいくんだな」
◇◇◇
男がジーソン家の大豪邸から出ると、黒いフードローブ姿の男が出迎えた。
「師匠。依頼は?」
あどけなさの残る声に、屋敷から出てきた白い服の男が応じる。
「受けましたよ。これから港にいる海亀を叩きにいきます。当初はアカガメを潰す予定でしたが、少し状況が変わりました。先にオサガメが相手です。ヴァート、あなたも付いてきなさい」
「ああ、もちろんそのつもりだよ。母ちゃんに言われたんだ。必ず父ちゃん見つけて連れて帰ってこいって。もしかしたら海亀に囚われてるかもしれないからな」
ヴァートと呼ばれた青年が白い服の男へ決意の眼差しを向ける。
日差しがフードに隠れた素顔を照らすと、右頬まで伸びたアシンメトリーの前髪と、薄紫色の肌が露になった。
瞳は、他の種族にはあまり見られない特殊な白眼で、髪は至極色。
フードローブで身体全体を隠していなければ人目を引く容姿だ。
ヴァートの言葉に、師匠と呼ばれた男は少し呆れた表情を見せた。
「何度も言うように、君のお父さんは囚われるような弱い男ではありませんよ。殺しても果たして死ぬのかどうか。それすらも怪しい。言うなれば異端者です」
「父ちゃんの悪口はやめろよ。例え師匠でも怒るぞ」
「はぁ、これは悪口ではありません。尊敬の念を込めて褒めています」
「師匠の表現はいちいち分かり難いんだよ……」
「何か言いましたか?」
「……何も。父ちゃんが囚われてないなら、なんで今回の依頼を受けたんだ?」
「私はあなたのお父さんを捜すために動いている訳ではありませんが…… まぁ良いでしょう。あなたに協力しているのは事実ですし。あなたのお父さんについて少し気になる情報がありましてね。いえ、情報というほどのものでもありませんか。ただの勘です」
「なっ、勘かよ」
「フッ、そうです、勘です。ですが、根拠はあなたのお姉さんが齎した情報が元になっています。闇雲に探すよりは確度が高いでしょう」
「あんな奴、姉でもなんでもない」
「……何か、あったのですか? 答えなくてもよいですが」
「先に生まれてきたってだけで姉面しやがる。歳も変わらないのに何で姉面されなきゃいけないんだよ。父ちゃんは一緒みたいだけど、そもそも母ちゃんが違うのに。威張りやがって」
「はぁ、そういうことですか…… 実にくだらない」
「くだっ!? 師匠にはくだらなくてもおれには――」
「さぁ、無駄話もここまでです。仕事に取り掛かりましょう。標的がばらける前に早く向かいますよ」
「あ、し、師匠。待ってよ!」
海亀をも恐れぬ二人の男が、マサトのいる港へと向かう。
直前まで大荒れだった空は晴れ渡り、これから起きるであろう惨劇とは似つかない程に心地良い陽気へと変わっていった。
日差しを浴びた葉末の雫に、白と黒の背中が並んで映り込む。
それは、父と息子が共に歩く後ろ姿のようにも見えた。
▼おまけ
[UR] 闇魔法の申し子ヴァート 2/3 (黒×5)(赤)
[(黒×3):眷属召喚、地獄の猟犬 2/2 ※召喚上限1]
[闇魔法攻撃Lv5]
[黒死病攻撃Lv1]
[火魔法攻撃Lv1]
[魔法障壁Lv3]
[疫病耐性Lv5]
「母ちゃんは怖い。恐ろしく怖い。父ちゃんは知らない。生まれたときにはいなかった。姉ちゃん? 誰それ。師匠は厳しいけど優しい。それに凄く強いんだ。父ちゃんには完敗したみたいだけど、おれは今まで師匠の負ける姿を見たことがないね」
[R] 地獄の猟犬 2/2 (黒×2)(1)
[(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限3]
「ただの地獄の猟犬であれば子犬と変らぬ。だが、黒炎を身に纏った地獄の猟犬には気を付けよ。あれは別の生き物だ。その力は鷲獅子をも噛み殺す――金色の鷲獅子騎士団団長ネメシス」
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