【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

216 - 「双頭の噛み付き亀」

 次々に湧いてくる看守供を焼き払っていくと、一際大きな扉のある袋小路へと行き着いた。

 その大扉は鋼鉄製で、何やら文字が刻印してある。

 恐らく倦怠の印マークトーパーだろう。

 扉の側には、看守達の見張り部屋があっただけで、ここ以外に出口は見当たらない。


(出口はこの扉の先か……?)


 扉に触れる。

 その瞬間、黒い鉄格子に触れた時のような倦怠感が身体を襲った。

 身体から溢れていた炎が消える。


(やっぱりな…… これにも倦怠の印マークトーパーとやらが刻んであるのか)


 倦怠感はあるが、大したことはない。

 それどころか、頑丈な鋼鉄製の扉に触れているのに、手から伝わる鉄の感触は、とても脆いものに触れているかのような感覚すらあった。

 鉄格子を握った時の感覚と同じ、感覚的にいける・・・と思わせてくれる感触だ。


(この扉も、壊せそうだな)


 扉から手を離し、半歩だけ距離を取る。


(一発でいけるか?)


 右手に拳を作り、道中で回収した無のマナとともに力を溜める。

 淡く輝く拳。

 その輝きは、どんな物でも破壊できるという自信を俺に与えてくれた。


(いけるッ!!)


「――シィッ!!」


 左足を踏み込み、腰、上半身へと身体全体をしならせ、目の前の鋼鉄製の扉目掛けて全力で右拳を打ち込む。

 そして、拳が扉に当たるその瞬間、拳に込めていたマナを解き放った。

 白い閃光とともに、目の前に感じていた圧迫感が消え、風が勢いよく前方へ流れる。


「……ふぅ」


 溜め込んでいた空気を吐き出す。

 目の前の大扉は、跡形なく吹き飛んでいた。

 余程衝撃が大きかったのか、扉だけでなく、その周囲の壁まで大破させ、半円状に穴が開いている。


(無色マナでも使いようか。これ程の威力が出るならかなり使える。後は実戦で使えるようにするのみ……)


 以前、Bランククランである熊の狩人ベアハンター魔法剣士オールラウンダー――マーレから訓練を受けた時、魔力マナを使って戦う武術、魔法武技マジックアーツを教わったことがあった。
 
 魔法武技マジックアーツとは、体内の魔力マナを操作することで、肉体強化だけでなく、魔力マナそのものを攻撃として利用することができる技だ。

 ただ、会得するには難易度が非常に高く、すぐに使い熟すことはできなかった。

 それに加え、今まではマナが潤沢にあったので、それほど重要視もしていなかったのだ。

 それでは上達する訳がない。

 だが、これからは違う。

 利用できるものは徹底的に利用していくと決めた。

 備わった能力を使うだけじゃ、今後また現れるかもしれないプレイヤーに勝てないかもしれないからだ。

 ME初心者の俺では、MEをやってきたプレイヤーより確実に知識で劣る。

 知識で劣るのであれば、その分、現地で使えるスキルを学び、鍛えるしか方法はない。


(扉は壊せたが…… 派手にやり過ぎたか?)


 扉を大破させてできた穴の先へと目を細める。

 目の前から大扉はなくなったが、その代わりに大扉を大破させた衝撃で大量の土煙が舞い上がり、穴の先が見渡せなくなっていた。


(何か…… いるな……)


 舞い上がった土煙の先から、得体の知れない気配が流れ込んでくる。

 その気配に、肌にピリピリと痛みが走り、無意識に身体が臨戦態勢を取った。

 数秒の間を経て、視界一杯に広がっていた土煙がゆっくりと晴れていく。

 煙の晴れた先には、船内とは思えぬ程に大きな部屋が広がっていた。

 部屋の壁面は黒い鉄板で覆われ、壁面上部には、鉄格子で隔たれている。

 まるでコロシアム場を連想させるような円形の大部屋だ。

 そして、部屋の中央には、まるでこの場所の主かのように、巨大な甲羅が圧倒的な存在感を放ちながら鎮座していた。


(……亀?)


 すると、俺の後を追ってきた囚人達が、部屋に入ってくるなり、その巨大な甲羅を見て顔を青ざめさせた。


「お、おい、あいつは……」

「う、嘘だろ……」

「ま、間違いねぇ! あ、あれは! 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルだ!!」


双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートル? 知らないな…… 双頭の噛み付きトゥーへデッドドラゴンなら知ってるが…… もし亜種なら、似た能力を持っているはず)


 俺が知っているのは双頭の噛み付きトゥーへデッドドラゴンだけだ。

 だが、もし仮に双頭の噛み付きトゥーへデッドシリーズとして亜種が存在するなら、その固有能力は共通で保持していることが多い。

 俺が知ってる双頭の噛み付きトゥーへデッドドラゴンの能力はこうだ――


[SR] 双頭の噛み付きトゥーへデッドドラゴン 8/8 (赤×4)(8)  
 [二段攻撃]
 [火ブレスLv2]
 [飛行]


 空飛ぶ8/8の大型モンスターにして、[二段攻撃] と [火ブレスLv2] を持つ超攻撃的なモンスターだ。

 このクラスの大型モンスターにしては、マナ拘束も(赤×4)と少なく、倒された際のリスクも然程ない。

 イラストも格好良く、人気の高いカードの一つだった。

 そして、肝心の共通能力だが、目の前の双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの姿を見る限り、[飛行] はないだろうと真っ先に考えた。

 [火ブレスLv2] は、まだ可能性がある。

 火ブレスでなくとも、水ブレスや風ブレスなど、属性違いの可能性もある。

 なので、本命は [二段攻撃] だ。

 [二段攻撃] は、通常の攻撃に加えて、追加で同じ攻撃を与えことができる能力で、単純計算で二倍のダメージを一度に与えられるため、とても価値が高い。

 仮に [火ブレスLv2] を持っていたとすれば、その攻撃が二回連続で発動することになるのだ。

 強くない訳がない。

 だが、俺にとっては然程問題には感じなかった。


(攻撃力が高いだけなら対処できる。問題は防御力だが…… まぁ問題ないだろ)


 俺のステータスは 7/7。

 魔法武技マジックアーツを駆使すれば、8点以上のダメージを与えることが可能なはず。

 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルは見た目からして防御力が高そうだが、最強のドラゴン種である双頭の噛み付きトゥーへデッドドラゴンよりも強いとは考えにくい。

 所詮は被食者のタートル種で、野良モンスターだ。

 素のステータスが優秀でも、プレイヤーの加護がなければ脅威は半減する。


(やるか……)


 未だ動く気配のない双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルを見据え、一歩踏み出す。

 すると、囚人達が声をあげた。


「お、おい!?」

「あ、あんた、やれんのか!?」

「相手は双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルだぞ!?」


 俺は一言、「問題ない」とだけ告げると、炎を発生させて身に纏った。

 囚人達が「おお……」と感嘆の声を漏らして後退る。

 俺が双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルへ向けて更に一歩踏み出すと、壁面上部の鉄格子越しに、人の陰が見え始めた。

 その陰は増え続け、まるで俺と双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの戦いを観戦するかのように壁面上部を埋め尽くす。

 同時に何処からか響く男の叫び声――


双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートル! 起きろ! 餌の時間だ!!」


 直後、ピィーーーという高音の笛が響き、目の前の巨大な甲羅から太い手足が生え始める。

 その手足は巨大な甲羅をゆっくり持ち上げると、甲羅の上部に付いていた二つの突起を持ち上げた。

 いや、持ち上げたと思った突起はその亀の頭部だった。

 瞼が開き、金色に輝く瞳が露わになると、ぐるりと周囲を見回し、俺の方を向いて止まる。


「お、起きた!?」

「不味いぞ、どうするんだ!?」

「なんだよなんだよ…… 見ろよ壁の上…… 看守共がどんどん集まってきやがる!!」

「くそっ! ここで俺たちを見世物にしようってのか!?」


 背後で囚人達が狼狽始めたが、今更だ。

 双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルが目覚めたところで、逃げる選択肢など最初からない。

 敵が俺の戦う光景を見て楽しみたいなら、今のうちに楽しんでおけば良い。


「……次はお前達の番だ。せいぜい今を楽しんでろ」


 そう吐き捨て、目の前に意識を戻す。

 そこには、竜のような頭部を二つ生やした、体長5mは優に超える巨大な亀が、部屋に入ってきた侵入者を見つけ、ゆっくりと首を伸ばしているところだった。

 その光景に、自然に笑みが零れる。


「また亀か。俺はとことん亀と縁があるな」


 この世界へ転移してきた直後に戦ったガルドラの岩陸亀のことを思い出す。

 あの時は不意を突かれて噛み付かれたが、その時ですら大した傷を負うことはなかった。

 強くなった今であれば、恐れる相手ではない。


(フッ…… よくよく思い返せば、俺は人を喰らう神獣マンティコアにも噛み付かれてたな)


 自分の間抜けさに笑いが込み上げてくる。

 俺はそのまま視線を双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルの瞳へと向け、語りかけるように話しかけた。


「そういや、あの時食べた亀鍋は美味かったな。お前はどうだ? 美味いのか?」


 俺の挑発を察したのか、双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルが目を見開きながら勢い良く首を持ち上げた。

 そして――


――クゥゥオオオオ
――――クゥゥオオオオ


 吠えた。

 普通の亀には声帯などの発声器官はないため、鳴くことはできないはずなのだが、どうやら目の前の亀は違ったようだ。

 二重の超音波声バインドボイスが壁に反射し、対峙していた俺や囚人達の鼓膜を襲う。

 俺は目を細める程度の反応で済んだが、囚人達は尻餅をついたようだ。

 背中越しに短い悲鳴が聞こえたが、放置でいいだろう。

 それよりも今は目の前の亀だ。

 超音波声バインドボイスも二重となると、二段攻撃持ちだということは確定だろう。

 警戒はするが、俺の防御力は7。

 然程ダメージは通らないはず。

 [二段攻撃] は、その特性上、実質二倍のダメージを叩き出せるため、素の攻撃力が低い場合が多い。

 防御力を貫けなければ、0のダメージを二倍にしても0は0。

 故に、プレイヤーによって強化される心配のない野良モンスターが [二段攻撃] を持っていようが、既に高い防御力を得た俺の敵ではない。


「やるか」


 そう吐き出しつつ、更に一歩踏み出すと、今度はキングの声が聞こえた。


「馬鹿! 今は出ていくな!!」

「ん?」


 誰かが走ってくる。

 気配のした方向へ視線を向けると、緑色の髪を靡かせた狼娘――アタランティスが、看守から奪ったであろう剣を構えて、俺の横に並んだのだった。


「か、加勢する!!」

「下がってろ。邪魔だ」

「だ、駄目だ! 一人じゃ危険過ぎる! オレも戦う!!」

 
 そう返したアタランティスだったが、顔色は悪い。

 冷や汗を流しつつも、低く唸りながら双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルへ剣を向けて身構える姿には、とても勝機があるように思えなかった。


「何か勝機があって飛び込んできたんじゃないんだろ?」


 一瞬、狼耳がぺしゃんと萎れるも、次の瞬間にはピンと立て直した。


「勝機は、ないが…… 恩人のセラフだけを戦わせて、一人安全な場所で傍観なんてできない!」


 その返答に、一瞬言葉を失う。


(くそ…… こいつ良い奴過ぎるだろ…… 邪魔なのは確かなんだが)


 こういうタイプには何を言っても無駄だろう。

 そう思い、すぐに説得を諦める。


「……はぁ、勝手にしろ」

「勝手にする!!」


 そう告げたものの、やっぱり邪魔ものは邪魔だ。

 俺は身に纏った炎の出力あげる。

 突然の発火に、アタランティスが「あぢゅい!?」と若干噛み気味に悲鳴をあげて飛び退く。


「な、何をする!?」

「だから邪魔なんだよ」

「だ、だが」


 尚も食い下がろうとするアタランティスに溜息を吐きつつ、俺は無視して双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルへと向き直った。

 炎を纏った俺を警戒しているのか、双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルがすぐに襲い掛かってくる様子はない。


「待たせたな。じゃあ、やろうか」


 俺は姿勢を屈めて、右手の指三本を床に付けた。


「一発勝負でいこう。お前の甲羅と俺の拳。強いのはどっちだろうな」

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