【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

180 - 「銀色の産声」


「くっ、まさかここまで浸食が早いとは……」


 王都ガザの地下、シルヴァーを封印している古代遺跡であり、太陽教徒が代々守り続けてきた神聖なる祠。

 その祠で、今は亡き王国アローガンスの元騎士団長――ルーデントは、ルーン文字の刻まれた両手剣を地面へと突き刺し、じっと目の前を見据えていた。


「駄目だ…… 抑えきれん……」


 そこへ、異常事態を察した部下のサイラスが駆け付け、その異様な雰囲気に息を呑む。


「だ、団長!? こ、これは!?」


 壁に埋め込まれた小さい光石が、暗闇に染まる空間を薄っすらと照らす中、ルーデントの周囲だけが眩い光を放っている。

 ルーデントは地面へと両手剣を突き刺した姿勢で立っており、その足元には、突き刺さった両手剣を中心に、光り輝くルーン文字で描かれた魔法陣が広がっていた。

 その魔法陣は、目の前に聳え立つ巨大な銀色の岩へと伸び、岩全体を光り輝くルーン文字で縛っている。

 そして、その岩は昨日見たものとは比べられないほどに巨大化していた。


「封印岩が…… 膨張してる!?」


 サイラスが驚きの声を上げる。

 昨日確認した時には、自分の背丈よりも低かったはずの封印岩は、ほんの一日で――いや、ほんの数時間で何十倍ものサイズに膨れ上がっていたのだ。

 今ではその先端が天井へと突き刺さり、亀裂の入った天井からは、大小様々な壁の破片や土が降ってきていた。


「つい先程から急激に封印が弱まり始めた。昨日までが大人しかったと言えるほどに。まるで何かに呼応しているかのようだ…… 今は私の封印術で抑え込んではいるが、それも時間の問題だろう」

「で、では至急封印班の招集を!」

「無駄だ」

「団長!?」

「封印の加護をもつ私の全力ですら、もって後数分だ。今から招集したところで間に合わん。膨張したこの封印岩は直に天井を突き破る。そうなればここは崩落するだろう。今更ここへ集まっても、生き埋めになるだけだ」

「で、では……」

「サイラス、このことを直ちに陛下へ報告せよ。そして、地上に配備している騎士団の指揮をとれ」

「は、はっ! だ、団長は!?」

「私はここで出来る限り時間を稼ぐ」

「し、しかしそれでは!!」

「急げッ! 早くしなければ迎撃も間に合わなくなるぞッ!!」


 ミシミシと天井を突き破る音が響く空間に、ルーデントの怒号が木霊する。

 しかし、命令を受けたサイラスはすぐ行動に移さなかった。

 いや、今回に限っては、行動に移せなかった。

 幼少期からの恩師であり、父の代わりでもあったルーデントを、この死地に一人残すという判断ができなかったのだ。

 ルーデントの命令を聞かなければと思う使命感と、身寄りのないサイラスの唯一の肉親代わりでもあったルーデントを想う情の狭間で、サイラスは顔を歪めながら瞳に涙を浮かべ、ルーデントを見捨てられず酷く葛藤していた。

 そんなサイラスへ、ルーデントは溜息を吐きながら諭すように声をかける。


「情けない。そんな顔をするなサイラス。私はここで死ぬ気はない。私が死ねば、誰がシルヴァーを封印できるというのだ。私はこのシルヴァーを再び封印する為に母国まで売った男だぞ? その男がここで死を選ぶと、本当にお前はそう思うのか?」


 ルーデントの言葉に、サイラスは目を見開く。

 サイラスには、ルーデントが死ぬ前提で迎撃準備のための時間を稼ぐと聞こえていたのだ。

 だが、ルーデントのその言葉で、サイラスはルーデントがここで死ぬ選択をするような男ではないと思い出した。

 サイラスの知っているルーデントは、長年この大陸の真の平和のことだけを考えて行動していた信念の強い男であり、その信念の為であれば、王国を裏切った売国奴と罵られ、石を投げつけられようとも、歯を食いしばって生きる選択を取れる男なのだと。


「い、いえ! 思いません!」

「ならば行け。仮に危ない状況となっても、私なら多少の防御円ルーンが扱える。死ぬ可能性は低い。だが、お前まで護ってやれるほどの余裕はない。意味は分かるな?」

「はい!」

「行けッ! 時間の猶予はないぞッ! 急げッ!!」

「はっ! 団長もどうかご無事でっ!!」


 踏ん切りのついたサイラスが、決意の表情でこの場を後にする。

 そんなサイラスにフッと笑みをこぼしたルーデントは、再び目の前の大岩に視線を戻した。


「これほどの強力な結界をもってしても、完全に封印しきれなかったほどの魔物だ。その魔物を、私が再封印とは。よくもまぁそんな大層な大見得が切れたものだな。フッ、フフ」


 そう、自嘲気味に笑う。

 だが、その瞳に絶望の色はなかった。


「私には無理かもしれないが、あの者なら…… マサト王ならそれも可能かもしれない。であれば、私は私の最善を尽くし、この大陸を、この世界を救うのみ!!」


 剣の柄を握り直し、更なる詠唱を行使。

 その言葉に応じるかのようにルーン文字の光が増幅し、光源のすくなかった祠は、たちまち明るくなっていく。


「この世界はお前達の好きにはさせんッ! 光よッ! 戒めの鎖となりて、邪悪なる陰をこの地に貼り付けよ!!」


 ルーン文字が輝き、膨張し続ける大岩を縛り上げる。

 だが、銀色に鈍く光る大岩の膨張は止まらなかった。

 遂には天井を突き破り、ゴゴゴと唸りをあげて祠の崩落が始まる。


「うぉぉおおおおッ!!」


 その崩落の中、ルーデントは封印の力を更に強め――


 大岩の中から発生した銀色の閃光とともに、光の中へ消えていった。


 そして――


 銀色の閃光の中から、世界を破滅へと導く銀色の怪物が、大地を揺るがすほどの大音量の産声を上げたのだった。


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