【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
177 - 「蛙人討伐戦2」
「バ、バケモノケロー!?」
「ワームの頭を持った怪物ケロー!!」
「に、逃げるケロー!?」
突然の来訪者に、ゴブリン迎撃の為に水辺へ身を隠していた蛙人達が慌てふためく。
そして、つい先程まで余裕の笑みを浮かべていた青蛙人王もまた、その黒い怪物を見て驚き、無意識のうちに叫んでいた。
「あれは何だケロ!?」
その場にいた青蛙人王含めた蛙人全員がパニックに陥る。
「誰か答えるケロ! あれは何ケロか!?」
当然、その問いに答えられる者はいない。
むしろ、青蛙人王が見下ろした視線の先には、慌てふためく部下達しかいなかった。
「ぐぐ…… 敵襲だケロォオオオ! 全員出てくるケロォオオオ!」
青蛙人王が鳴嚢を大きく膨らませ、低周波にも似た低い叫びをあげる。
――ゲロロロロロォオオオ!!
その叫びは水面に波紋を作り、地下に眠る同志達を呼び覚ました。
青蛙人王だけが使える、蛙人の口寄せ術だ。
青蛙人王の叫びに応じ、周囲に点在している水辺の水面から、続々と蛙人達が姿を現す。
背が低く、兜や楔帷子といった防具の類いは一切身に付けていない。
皆、背中側の緑色の肌と、腹側の白い肌が綺麗なアマガエルのような見た目をしている。
衣類も身に付けておらず、ほぼ全裸に近いが、唯一、腰には剣帯のようなベルトが巻き付けてあり、そのベルトには毒針にも似た黒い鋭利な棘がつるされていた。
「撃ち殺すケロォオオオ!!」
青蛙人王の攻撃命令に、姿を現した蛙人達が一斉に肉裂きファージへと手をかざす。
「「「ケロケロケロケロ」」」
蛙人特有の簡易詠唱。
短い合唱の後、かざした蛙人達の掌に、微小な光の粒子がキラキラと光る。
直後、拳大の水球弾が猛烈なスピードで肉裂きファージへと放たれた。
360度、全方位からの水球弾による集中砲火。
過去に侵入してきたどんな敵をも蜂の巣にして仕留めてみせた、蛙人達の必勝戦術だ!
「フロロロ!」
青蛙人王が満足気に笑う。
土蛙人が補助系の土魔法を得意とするのに対し、蛙人は攻撃系の水魔法を得意とする。
体格の小さい蛙人種が、土蛙人よりも勢力を伸ばすことができたのは、この水魔法が強力であったからだ。
そこに地の利が合わさり、フログ湿地帯は王都ガザの兵士数万でも攻略できない難攻不落の城と化していた。
「余所者にはあの世にお帰りいただくケロよ! フロロ!」
蛙人種が得意とする水魔法――水球弾が肉裂きファージに襲い掛かる。
体格の大きい肉裂きファージは恰好の的だ。
水球弾が次々に肉裂きファージへと当たり、水が被弾したとは思えないような荒々しい音が周囲に響き渡る。
その苛烈な攻撃に、肉裂きファージが身を丸く屈め、弾ける水飛沫に周辺が白く霞んでいった。
青蛙人王が勝利を確信する。
「もうその辺で良いケロ」
青蛙人王が手を挙げて止めさせると、水球弾の攻撃により発生した白い靄が急激に晴れていく。
そして、そこには――
「な、何で生きてるケロ……?」
傷一つ負っていない肉裂きファージの姿があった。
元々皮膚がないため、多少の傷があったところで青蛙人王は気が付かなかったかもしれないが、実際、肉裂きファージにダメージはなかった。
青蛙人王が驚きのあまり後退る。
「ま、まさか、奴には水耐性があるケロか!?」
見当違いであるが、青蛙人王はそう信じることで、崩れ落ちそうになる自信を繋ぎ止めた。
蛙人の必勝戦術である水球弾による集中砲火で、傷一つ付けられない相手がいるなどと信じたくなかったのだ。
「そ、そうに違いないケロ! 奴は毒針で仕留めるケロ!!」
蛙人達が腰に付けていた黒く長細い棘――フログ湿地帯に生息するヌマエイの毒針を手に取り、再び獲物を物色するように周囲を睥睨し始めた肉裂きファージへと一斉に飛びかかる。
肉裂きファージは瞬時に身体を回転させ、飛びかかってくる蛙人達を尻尾で薙ぎ払った。
薙ぎ払われた蛙人が、内臓をぶちまけながら弾き飛ばされる。
だが、次々に飛びかかる蛙人の数は圧倒的だった。
一匹、一匹と肉裂きファージの身体にまとわりつき、毒針をその剥き出しの筋肉へと突き刺していく。
蛙人達磨になった肉裂きファージが、鬱陶しいとばかりに翼を大きく広げ、超音波声で飛びかかってくる蛙人達を威嚇した。
――キシャァアアア!!
肉裂きファージの超音波声を受けた蛙人達の動きが止まる。
否、近くに居た者は、そのまま仰向けに倒れて絶命した。
死ななかった者も気を失うか、戦意を喪失させた者が大半だった。
「ただのでかい声だケロ! 弱気になるなケロ! 奴の身体に突き刺さった毒針の山を見るケロよ! 奴は虫の息ケロ!!」
青蛙人王の言葉に、肉裂きファージから比較的離れていた蛙人達が気持ちを持ち直す。
だが、肉裂きファージに近かった蛙人達は、青蛙人王の命令を聞かずに我先にと水の中へ逃げ始めた。
逃げる蛙人達へ、顔のない口を向ける肉裂きファージ。
身体中に黒い棘が突き刺さってはいるが、それを気にすることもなく動く。
そして、次の瞬間には、水の中へと逃げた蛙人目掛けてその巨体を空中へと飛躍させていた。
ザパーンッと豪快に水飛沫が上がり、肉裂きファージの巨体が水の中へと消える。
『ケロォ!? 怪物が水の中まで追って来たケロォ!?』
『逃げるケロ! 喰われるケロォ!?』
『ケロォ!?』
水の中を羽ばたくように泳ぐ肉裂きファージ。
物凄い速さで泳いでくる怪物の姿に、蛙人達は恐慌状態に陥っていた。
水の中を逃げ惑う蛙人達へ、肉裂きファージの頭部が追い縋る。
牙のみっしりと生えた大きな口が迫ってくる光景は、蛙人でなくとも恐怖しただろう。
大量の水と一緒に、蛙人が肉裂きファージの口へと吸い込まれていく。
肉裂きファージが水面から顔を出した時には、その口から数本の蛙の手足が飛び出ていた。
ゆっくりと地上へ上がり、獲物の匂いを嗅ぎ分けるように口をヒクヒクと震わせながら周囲を見回す。
その姿は、上位捕食者の姿そのものだった。
「な、なんであんなのがここへ来たケロ……」
突如現れた絶対強者の存在に、青蛙人王が恐怖を覚え始める。
安全だと信じていた住処が、目の前の怪物の登場で、一瞬にして狩場と化した。
もちろん、蛙人は狩られる側だ。
だが、青蛙人王にとっての悪夢は、これからが本番だった。
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