【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

176 - 「蛙人討伐戦1」


 フログガーデン大陸の北東に位置する蛙人フロッガーの生息地――フログ湿地帯。

 背の低い水草が一面に生え渡り、そのいたる場所には、紅碧べにみどり色に染まった円状の水辺が点々と存在している。

 水辺では、小人のような背丈の蛙人フロッガーが無数に顔を出しており、時よりケロケロと楽しそうに合唱していた。

 その湿地帯の中央部に、背丈の高い水草と樹木に囲まれた密林地帯がある。

 水辺から立ち昇る蒸気により、常に霧がかった湿地帯において、更に霧が濃くなる密林の中に、他の蛙人フロッガー種とは異なる二匹の個体が対峙していた。


「ゴブリンが攻めてぎゅる!」


 そう訴えているのは、元土蛙人ゲノーモス・トードの王、赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングだ。

 土蛙王の視線の先には、小さな王冠を被った青色の蛙人フロッガーが、フワーと大きな欠伸をしながら退屈そうに聞いている。


「ぎゅっと奴に違いないぎゅ! 舐めてかかると全滅させられぎゅ!」


 そう必死に訴えるが、小柄な蛙人フロッガーは、フロロと鳴嚢を震わせて嘲笑で返しただけだった。


「人族でもゴブリンでも、何が来ても同じケロ。この湿地帯に居れば、蛙人フロッガーは無敵ケロ。この湿地帯で蛙人フロッガーに勝てる種族なんていないケロよ。ケロロ」

「奴は普通の人族とは違ぎゅ! 油断したら滅ぼさぎゅる!」

「フロロ。面白い冗談ケロ。自虐ケロか? 蛙人フロッガーは、人族に負けた土蛙人ゲノーモス・トードのような間抜けとは違うケロ」


 先程から土蛙王を嘲笑し、ついには間抜けと吐き捨てたのは、フログ湿地帯に生息する蛙人フロッガーの王――青蛙人王フロッキングだ。

 余裕の笑みを浮かべる青蛙人王フロッキングとは対照的に、青蛙人王フロッキングに間抜けと罵られた土蛙王は、怒りに身体を震わせていた。


「ドラゴンもいぎゅ! それでも同じことが言えぎゅか!?」

「ドラゴン? フロロロロ! そんなものいる訳ないケロ。仮に居たとしても、ドラゴンが人族と行動する訳ないケロよ」

「嘘じゃなぎゅ! ドラゴンがいなければ、人族に土蛙人ゲノーモス・トードが負ける訳なぎゅ!」

「プフー。やっぱり、土蛙人ゲノーモス・トードはバカケロね。人族に負けた時点で、土蛙人ゲノーモス・トードが人族以下だということに気付いていないケロよ。ケロロ」


 その言葉に、蛙人フロッガー達が一斉に笑う。
 

「つい最近も、何万もの人族が攻めてきたケロ。でも、ケロ達は誰の手も借りず、攻めてきた人族達を返り討ちにしてやったケロ。この違いが分かるケロか?」

「ぐ…… 蛙人フロッガーごとぎゅが……」


 そう呟いた土蛙王の顔に、どこからか投げられた泥玉がぶつかった。

 土蛙王の顔にビチャっと音を立てて泥がくっ付き、ボトボトっと地面へ落ちる。

 その直後、ドッと笑いが起こった。


「フロロ! 用が無いならとっとと帰ってほしいケロ。土蛙人ゲノーモス・トードは、臭くてたまらんケロよ。おっと、臭いのは糞玉の方だったケロ? 違うケロな。この臭いは糞玉より酷いケロ! ケロロ!」


 その言葉に、他の蛙人フロッガー達がケロケロと笑い転がり始める。

 投げつけられた泥玉は、泥ではなく、蛙人フロッガーの糞玉のようだ。

 だが、土蛙王は低く唸るだけで手を出すことはしなかった。

 多勢に無勢。

 流石の土蛙王も、一人で無数にいる蛙人フロッガー相手に喧嘩を売るほど馬鹿ではなかった。


「もう、いいぎゅ」

「おや? もう帰るケロか? じゃあ少しでも綺麗になって帰ってほしいケロよ」


 そう青蛙人王フロッキングが話すと、立ち去ろうとする土蛙王に向けて、無数の糞玉が投げつけられた。

 糞玉を身体中に浴びながら、土蛙王は立ち止まることなく湿地帯を歩いて抜けていく。

 土蛙王は、はらわたが煮えくり返るほどの怒りに震えながらも、じっと耐え続けた。

 そして、何とか湿地帯を東へ抜けることに成功する。


蛙人フロッガーの糞塗れだぎゅ……」


 肩を落とした土蛙王が、身体についた蛙人フロッガーの糞を落としつつ、湿地帯を抜けた先にある小高い丘へと登っていく。

 本来、蛙人フロッガー種は例外なく見晴らしの良い場所を嫌う傾向にある。

 視界の開けた高台へ登ることは、空に天敵の多い蛙人フロッガー種では自殺行為に等しいからだ。

 だが、岩の武装ストーン・アームドで岩へと擬態できる土蛙王は、唯一その例外から外れる存在でもあった。

 見晴らしの良い丘の頂上で、丁度良い高さの岩に腰掛けると、土蛙王は湿地帯を見下ろしながら呟く。


「お前達はあの男に滅ぼされるといいぎゅ。せめてもの同種の情けとして、我がその最後をここで見届けてやぎゅ」


 目の座った土蛙王が、「ぎゅぎゅぎゅ」と低く唸るように笑う。

 仲間を失い、蛙人フロッガーにも拒絶された土蛙王には、もはや何も残されていなかった。

 その瞳に唯一存在していたのは、自分を馬鹿にした蛙人フロッガーに対する怨みだけだった。
 


◇◇◇



「はぁ、なんで付いてきちゃったかな〜? あのおっぱいおばさん」


 ゴブリンの大群の先頭を走るのは、木蛇ツリーボアことスネークの背に乗ったゴブリンの革命王――オラクルだ。

 その脇を、ゴブリンの戦士長こと――ゴブ戦長が並走している。

 後方には、約20万もの禿山のゴブリンが列を成して追走しており、その中央には、神輿を担ぐゴブリン達と、その神輿の上に足を組んで座っている黒死病の魔女ペストウィッチ――ヴァーヴァがいた。


「ぼくたちだけで十分なのになぁ。ま、邪魔だったらしれっと殺しちゃえばいっか」


 そうあっけらかんと呟いたオラクルだったが、すぐ何かに思い当たり、顔をしかめた。


「待てよ…… 確かあのおっぱいおばさん、おにいさまといたしてたよね…… となると、おにいさまの子を授かってる可能性もあるのか…… げぇ、めんどくさいなぁ、もう…… 無理にでも禿山に置いてくれば良かったよぉ……」


 愚痴りながら口を尖らせるオラクルだったが、次の瞬間には「うん、考えても仕方ないから、気にしないことにしよっと」と言って鼻歌を歌い始めたのだった。

 後続に続く禿山のゴブリン達は、オラクルのもつ [ゴブリン持続強化+2/+2] 能力の効果で、2/3サイズまで強化されている。

 それだけでも十分な――過剰な戦力だとオラクルは判断していたが、駄目押しで土蛙人ゲノーモス・トードを1万ほど連れて来た。

 純粋な戦力比較だと、土蛙人ゲノーモス・トード一体で蛙人フロッガー三体を相手にできる計算だ。

 仮に湿地帯であっても、強化されたゴブリン達なら、最低でも一対一にまで持ち込めるはず。

 いざ戦いになれば、ゴブ戦長のもつ [攻撃時にゴブリン一時強化+1/+0] で 3/3サイズになる。

 空には肉裂きファージもいる。

 後程、おにいさま――マサトも到着する。

 負ける要素は皆無だ。


「セオリー通りに攻めるなら、まずは土蛙人ゲノーモス・トードを突っ込ませて様子見だよねぇ〜。でも、土蛙人ゲノーモス・トードの兵力回復には時間がかかるからなぁ〜。やっぱり、すぐ補充できるゴブリンを先行させるのがいいかな? 湿地帯だから苦戦するかもだけど」


 そう零すオラクルの視線の先に、霧のかかった水辺が見え始める。


「にししっ、楽しみだなぁ。うん! 取り敢えずゴブリン一万で様子見しよう! さぁ! いよいよ攻めるぞ〜!」


 暫くして、湿地帯に戦いの太鼓がドンドンと鳴り響いた。

 蛙人フロッガー討伐戦、開戦である。



◇◇◇



「なんだい!? まだ後続が全て到着してないのにおっ始めやがったのかい!?」

「ぜぇ…… ぜぇ…… ほ、ほんとだど。よ、ようやく、きゅうけいできるとおもっだのに、おだ、しんでまうど……」


 神輿の上で、ヴァーヴァが身を乗り出して叫ぶ。

 その声に律儀に答えたのは、ヴァーヴァのお供のオークゴブリン――タドタドだ。


「ばぁば、おだもそれにのせてほしいど…… もう、おだはしれないど……」

「はぁ〜、嫌だね。この豚は。馬鹿言ってんじゃないよ。アンタみたいな豚を乗せる訳ないだろ!それにここは一人用だよ。誰も乗せるスペースなんてありゃしないのさ」

「ば、ばぁばのひざのうえでがまんするど……」

「はぁん!? 冗談は顔だけにしな! なんでアンタをアタシの膝の上に乗せて、それに我慢するのがアンタなのさ! これ以上アタシを怒らせると、地獄の猟犬ヘルハウンドの餌にするよ!」

「ぜぇ…… ぜぇ…… それはいやだど……」

「だらしないねぇ。あの貧弱なゴブリン達ですら、今ではあんなに屈強そうなオーラを身に纏うようになったのに、なんでアンタだけは貧弱なままなんだい?」

「それは…… おだがおしえてほしいくらいだど……」

「そうかい。まっ、興味ないから良いんだけどさ。アタシは特等席でこの戦いが見られればそれで満足だからね」

「あいかわらず、せいかくがわるいど……」

「豚が何を鳴いても、アタシにはブヒブヒとしか聞こえないよ」

「ぶひぶひ……」


 左手で団扇のようなものを扇ぎながら、妖艶な笑みを浮かべたヴァーヴァが足を組み直す。


「ようやく人生が楽しくなり始めたんだ。少しくらい満喫したっていいじゃないのさ」

「さつりくのうえでしかまんきつできないなんて、ばぁばかわいそうだど……」

「全く、本当に煩い豚だね! アンタに同情されても嬉しくないんだよ!」

「どうじょうされて、うれしいあいてがいるだか?」

「そうだねぇ。あの男になら同情されてもいいね」

「あのおとこ…… りゅうきしさまだか?」

「そうだよ! 悪いかい!?」

「いいとおもうど。タドタドもりゅうきしさますきだど。りゅうきしさまやさしいど」

「豚に同意されてもねぇ。って、アンタ! 誰が神輿に登って良いって言ったんだい!? 降りな! ここはアタシだけが乗っていい専用の神輿なんだよ! シッシッ!」

「や、やめるど!? けったらおちるど!? い、いだ!? いたいど! おち、おちるど、ど、どわぁぁああ!?」


 ヴァーヴァに蹴り落とされたタドタドが、隊列を組んで進むゴブリン達の中へ転がりながら消えていく。


「さてと、煩い豚も消えたことだし、旦那の晴れ姿でも見せてもらおうかねぇ」


 そう呟いたヴァーヴァが見上げた空には、真紅のドラゴンが飛んでいた。

 そのドラゴンの背には、ヴァーヴァが旦那と呼んだマサトの姿が見える。

 マサトの姿を見つけたヴァーヴァは笑みを深くすると、手を股に伸ばし、悩ましい吐息を吐き出し始めたのだった。



◇◇◇



 霧がかった湿地帯を見下ろしながら、マサトは突如身体を駆け巡った寒気に、ぶるぶると身体を震えさせた。


「なんだ今の…… もしかして武者震いってやつ?」


 マサトの問いに、真紅の亜竜ガルドラゴンがブフンッと鼻から炎を吹いて答える。


「その反応から、何処と無く感じる失笑感…… まぁいいか」


 地上では、ゴブリンの大群が湿地帯へと攻め込んでいる。

 水溜りを避けてはいるが、陸に見える場所も沼地と化しており、進軍速度はかなり遅い。

 霧のせいで全貌を把握することはできないが、ゴブリン達に気付いた蛙人フロッガーがぴょんぴょんと軽快に跳びながら退いていくのが見えた。


蛙人フロッガーは応戦せずに逃げているのか。それとも、ゴブリンを誘ってるのか? 逃げるにしては、余裕がありそうだが……」


 少し嫌な予感がする。


「いっそのこと、何かある前に上空から火の雨を降らせて先制するか?」


 馬鹿正直に歩兵戦を仕掛ける必要はない。

 だが、地下に住処があるかもしれないので、闇雲に空爆すると、敵拠点の出入り口を見失ってしまう恐れがある。

 一応、その対策として土蛙人ゲノーモス・トードを連れているので問題ないかもしれないが、だからといって、目の前で自軍が減るかもしれないと分かっていて行動を起こさないのはどうなんだろうか?


「突っ込むか? 俺なら被害を最小限にできるはず……」


 そう考えた直後、マサトが行動を起こすのよりも早く、黒い物体が猛スピードで霧の中へ突っ込んで行くのが見えた。

 黒い筋肉が剥き出しになった、頭部のない奇形の竜。

 そう、肉裂きファージだ。


「あいつ…… 無茶苦茶だな……」


 霧の中へ躊躇なく突っ込んで行ったファージの背中を見送ると、大気を震わすほどの超音波声バインドボイスが鳴り響いた。


「うおっ…… ヤル気満々だな。ファージの奴。あ、そうか! ファージは視覚で地形を判断している訳じゃないから、霧とか関係ないのか!」


 肉裂きファージが、ただ闇雲に敵陣へ突っ込んで行ったのではないと気付き、少し嬉しくなる。

 頼もしく見えてきたファージの存在に、俺も加勢に行かなければという思いが強くなっていく。


「となると、あいつのいる場所に何かいるのか!? よし! 俺達もファージに続くぞ!」


――ギャォオオオ!!


 マサトに真紅の亜竜ガルドラゴンも応える。

 蛙人フロッガーというご馳走を前に、お預け状態だった真紅の亜竜ガルドラゴンは、主人の無謀とも言えるこの突撃命令に喜んだ。

 炎の翼を生やした一人と、真紅の翼を広げた一頭は、肉裂きファージの気配を頼りに、先の見えない濃霧の中へと突撃。

 その光景を地上から見ていたオラクルが、「えぇえええ!? 嘘ぉおお!? おにいさま自ら突っ込んじゃうのぉおお!?」と頭を抱えながら叫んだ。


「ああ! もう! おにいさまはほんと脳筋なんだから! なんで王が自ら敵陣の真っ只中に突っ込んで行っちゃうかな!? ぼくが来た意味! もうもうもう! 仕方ないから予定変更するよ! 皆、総突撃ぃいいい!!」


 ――キシャァァアアアア!!

 ――――ガアアァァ!!


 木蛇ツリーボアとゴブリンが雄叫びをあげ、20万もの軍団が総突撃をかける。

 地面が揺れ、水面には無数の波紋を発生させながら進むゴブリン軍団は、最弱種族とは思えぬほどの、見る者を圧倒させる力強さがあった。


「はぁ、ここで総突撃命令出しちゃうあたり、ぼくもおにいさまの影響受けてるのかな? 嬉しいような、悲しいような。でも、楽しいからいっか! それに、今回のお兄さまの目的はマナ回収だし、味方にも被害が大きい方が結果的には良いんだったよね? うん、そうそう。そうだった! よーし、行くぞ〜! 蹂躙だぁー! ひゃっはー!!」


 脳筋から流れてくる思念に触れたオラクルもまた、危険を顧みない向こう見ずな勇ましさを見せたのだった。

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