【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
151 - 「タドタドだど」
サーズを飛び出してきたは良いが、一人で飛ぶ空は、自分が想像していた以上に心寂しいものだった。
真紅の亜竜に跨っているとはいえ、視界に広がるのは人が住んでいる気配の感じられない見知らぬ大地であり、北へ進むほど、上空の風が肌を刺すほどに冷たくなっていく。
身体が冷えると、心も冷えるようで、不安感からか、ついつい地上に人がいないか探してしまう。
すると、村らしき痕跡の残る一帯が目に留まった。
(あれは…… 廃墟か。もう人は住んでない? 取り敢えず確認してみるか)
村跡に近付くと、壊れた木造の家屋の陰で、何かが動いた気がした。
(お、何かいる……)
真紅の亜竜に指示を出し、村跡まで急降下していく。
すると、突然の真紅の亜竜に驚いたのか、物陰に隠れていた何かが慌てふためいた様子で転がった。
「どぉどぉー!? どどどどらごんだどぉー!?」
緑色の肌に、豚の顔。
ゴブリンのようにも、オークのようにも見える。
そんな謎の生き物が、真紅の亜竜の姿を見て腰を抜かしていた。
「お、おだ、た、たたたべたら、ははらこわすどぉー!?」
「子供のオーク? いや、ゴブリンか?」
「どぉわー!? ど、どらごんから、にんげんはえてきたどぉー!?」
突然話しかけた俺に、ゴブリンっぽいオークが指をさして叫んだ。
よく喋るゴブリンだ。
言葉が通じるのであれば、尋問も可能だろう。
しかし、ゴブリンってこんなに喋れるものなのか?
俺が召喚したゴブリンは、そんなに上手に喋れなかった。
となれば、こいつは希少種か変異種?
こんなところで何をしていたのか。
気になる。
「お、おだはゴブリンじゃないど…… オークゴブリンだど…… んだから、きっとたべてもまずいど!」
「いやいや、そんな流暢に言葉を話す奴を喰わせたりはしないから」
「ほ、ほんとうか? しんじていいだか?」
「あー、時と場合による」
「どぉわー!? やっぱりおだたべられてしまうんだどぉー! おだまだしにたくないどぉー!!」
そういうと、そいつは急に立ち上がり、ボテボテの下っ腹を上下に揺らしながら全力で逃げ始めた。
だが、あまり走るのは上手くないのか、それとも背後に真紅の亜竜がいる恐怖からか、すぐに足をもつれさせると、地面に転がっていたガラクタに躓いて自滅。
盛大に転がった。
「どぉわー!? い、いたいどぉー!? だ、だれだこんなところにオタカラおいたやつはー!? だぁー! それはおだだったどぉー! おだのオタカラがぁー!!」
「それがお宝? 木でできた食器類に見えるけど」
「どぉわー!? い、いつのまにおいつかれただ!? だぁー!? どらごんこわいどぉー! お、おおだのオタカラぜんぶやる! んだから、おだをみのがしてほしいどぉー!!」
「いや、それはいらない」
「がーんだどぉー! ぜったいぜつめいだどぉー!」
「それより、ここで何してたんだ? まさか、この村を滅ぼしたのはお前か?」
「な、なななにをいってんだどぉー!? おだにそんなちからはないどぉー! このむらは、はやりやまいでぜんめつしたってきいたどぉー!」
「流行病?」
「そうだど! ばぁばがいってたど!」
「ばぁば? お婆さんがいるのか?」
「どぉー!? それはきんくだど! ばぁばにそれをいったらころされるど!」
「いやいや、自分がさっきそういったんじゃん」
「おだはばぁばといったんだど! ばぁばはおそろしいまじょのなまえだど!」
「ばぁばって名前の魔女? 声がこもりすぎてて聞き取りずらいな…… まぁいいや、で、お前はそこで何してたんだ?」
「おだはオタカラさがしてたんだど! オタカラあつめて、ゴブリンにうるんだど! おだはじぶんのみせをもつのがゆめなんだど!」
「へぇー、自分の店持ちたいのか。ゴブリンでも、そういう夢を持つのがいるっていうのは、やっぱファンタジーだなぁ。面白い」
「おだはオークゴブリンのタドタドだど! ゴブリンでないとなんどいったらわかるんだど!」
「あー悪い悪い。ゴブリンと一緒くたにされるのは嫌な訳ね。じゃあ、タドタド、俺をそのゴブリンがいる場所まで案内してくれるかい?」
「な、なにするきだど……?」
俺が笑顔でお願いすると、タドタドが緊張した面持ちで、唾をゴクリと飲み込んだ。
さて、何て答えるか。
このオークゴブリンを見ていると、大人しく生活しているゴブリンを皆殺しにするのは、それはそれでどうなのと思ってしまわなくもないが……
かと言って、紋章Lvを上げないことには始まらない。
やっぱり、ゴブリンには糧になってもらおう。
「蹂躙と征服」
俺がそう答えると、タドタドは両手を口に入れてあわあわし始めた。
「ま、またやばいのにかかわってしまったど…… おだ…… どうなってしまうだか……」
◇◇◇
「うおお…… 凄いいっぱいいるな…… 山の中にこんな大きなコロニーがあったのか…… ゴブリンって、やっぱり繁殖力凄いんだな」
オークゴブリンのタドタドに案内させて辿り着いたのは、村跡から少し離れた禿山の中だった。
地下へ深く空いた巨大な空洞に、木や土で作られた足場が無数に張り巡らされており、所々に光源となる紅い光が見える。
松明というよりは、石が紅く光っている感じだ。
その紅い光に照らされて、小柄で痩せ細ったゴブリンがギャアギャアと騒がしく動き回っているのが分かった。
「お、おだ、ちゃんとあんないしたど。おまえといっしょにいるのみられたら、おだころされるど。だからもういくど!」
「あー、まぁいいか。案内ありがとな。自分の店開けるように頑張ってな」
「……おだ、かんしゃされたのうまれてはじめてだど」
「それは難儀な人生だったな。まぁゴブリンはお礼言わなそうだしなぁ、確かに」
「おまえ、じんぞくなのにいいやつだど。おだのこともいじめなかったど。ばぁばとちがうど」
「へー、魔女って人族なのか」
「そうだど! ばぁばはいじめっこのわるいまじょだど! むらをはやりやまいでほろぼしたのもばぁばだど! しょうねのくさったわるいまじょだど!」
「誰が性根の腐った悪い魔女だって?」
「おめーのことだど! ばぁ…… ば? ど、どわぁああああ!? で、でただぁあああ!? ばぁばだどぉおおお!?」
「アンタ挽肉にされたいのかいッ!? その呼び方をやめろと何度言ったら分かるんだ! アタシのことはちゃんとヴァーヴァ様とお呼びと言っただろ! 本当に物覚えの悪い豚だねぇ!!」
「い、いつからそこにいただか!?」
タドタドの視線の先には、地面に付きそうなほどに長い髪で顔半分を隠した女が、鋭い光を帯びた白眼を向けて立っていた。
髪は濃い紫色で、色白の肌には無数の黒い刺青が刻まれている。
相当イラついているのか、先ほどから右手に持っている大杖――髑髏の装飾が禍々しい黒い大杖を、左手の掌へと振り下ろし、バシバシと音を立てて威圧していた。
背は高く、見に纏っている雰囲気やその形相からは狂気しか感じない。
だが、露出した胸元から覗く、こぼれ落ちそうな程に豊満な胸と、腰上まで大胆に入ったスリットからチラチラと覗く美脚が、その狂気を魅惑的な何かへと昇華させていた。
俺の視線など眼中にないのか、はたまた気付いていない振りをしているのかは分からないが、ヴァーヴァと名乗った魔女とオークゴブリンのタドタドは、俺を無視して勝手に二人で口論を続けた。
「そんなことはどうでも良いんだよ。全く、誰が部外者をここへ案内して良いって許可を出したんだい? えぇ?」
「ぶ、ぶがいしゃをあんないしちゃだめとも、いわれてないだ……」
「はぁ〜、全く嫌だよ。そんな見苦しい言い訳する豚なんて飼うんじゃなかった。これはアタシの落ち度だね。他のゴブリンと比べたら少しは賢いからって何かと目を掛けてやったけど、はぁ〜、本当、残念だね。ここまで馬鹿だとは。これならゴブリンの方がまだ使えるよ」
ヴァーヴァが溜息を吐きながら、左右に首を振った。
「お、おだはぶたじゃないだ。タドタドだど!」
「はいはい。じゃ〜ブヒブヒくんは、一体誰をここへ連れてきたんだい? まさか、アタシの首を狙う賞金稼ぎじゃないだろうね?」
「し、しらないど…… お、おだはどらんごにおどされてあんないさせられただけだど……」
「ドラゴンだって? また嘘つくようならアタシも容赦しないよ」
「う、うそじゃないど! そとにどらんごいるど! お、おまえからもせつめいしてほしいど!」
タドタドが魔女の正面から退くと、魔女と視線が合った。
怖いお姉さんが凄い形相で睨んでいる。
「どうも。お邪魔してます。えーっと、竜騎士のマサトです」
取り敢えず挨拶しておく。
「……竜騎士?」
「ど、どらごんらいだーだどぉー!? か、かっこぇええどぉー! お、おだ、はじめてみたど! たしかにどらごんにのってただ! んだから、どらごんらいだー! すごいどぉーー!!」
「はぁ、馬鹿な豚が連れてきたのは、とんでもない大法螺吹き野郎だったっていうオチかい? それとも、二人してアタシを騙して揶揄ってるんじゃないだろうね? もしそうなら、二人とも生きてここから出られると思うんじゃないよ」
「ばぁばしんじてないど。お、おまえちゃんとせっとくしないと、いきてここからでられなくなるど! お、おだそれだとこまるど!」
「説得って…… まぁ証明出来なくもないか」
心の中で、外で待機させている真紅の亜竜へ、穴へ向かって咆哮するよう指示を出す。
その直後――
――ギャォオオオ!!
大咆哮とともに、洞窟内が地震でも起きたかのように揺れ、土がパラパラと降り注いだ。
「な、なんだい今のは!?」
「ど、どらごんのほうこうだど!!」
「これで証明になったかい?」
ヴァーヴァが咆哮に驚き、一瞬慌てふためいた後、今度は目を細めながら俺を観察し始めた。
「そうかい。仕方ないね。アンタが竜騎士だってことは認めてあげるよ。で、ここへは何しに来たんだい?」
何て答えたらいいものか。
素直にゴブリン殲滅に来ましたって言ったら怒られそうな雰囲気。
ここにいるゴブリンは、この魔女の手下みたいだし。
さて、どうしたものか。
「ごぶりんをじゅうりんしてせいふくするといってたど」
素直なタドタドくんに先にバラされてしまった。
魔女の瞳が、背筋を凍らせるほどの不気味な光をおびる。
「ほう〜。蹂躙と征服ね。いい度胸じゃないかい。ここのゴブリン達が、アタシの可愛い部下達だと知って喧嘩売ってきてるんだろ? ドラゴンを外に置いてきた間抜けな竜騎士さんよ」
「あ、あわわわわ…… ま、まずいど…… ばぁばほんきでおこってるど…… おだもおまえもころされるど……」
「そら、素直に言ったらそうなるでしょーに……」
にじり寄ってくる魔女に、後退りするオークゴブリン。
俺の背後に道はない。
その先にあるのは、巨大な空洞。
ゴブリン達がうじゃうじゃいるゴブリンの巣窟だけだ。
「覚悟を決めな。アタシは寛大だからねぇ。特別に、ゴブリンどもの餌になるか、アタシの奴隷になるか、どっちか好きな方を選ばさせてあげるよ」
「う、うう…… どっちもいやだど…… ばぁばのどれいになっても、けっきょくみんなしんでごぶりんのえさになるだど…… おだしってるど……」
「はぁん! それをアタシのせいにするのかい? 奴隷がひ弱だっただけじゃないのさ! どいつもこいつも、アタシの美貌を受け止めきれず、心を病んで勝手に死んでいっただけだよ!」
「ち、ちがうど! あ、あれははやりやまいだったど! ばぁばのちかくにいると、じんぞくはみんなはだにくろいてんてんができてしんでしまうんだど!」
タドタドのその言葉に、ヴァーヴァの瞳がカッと大きく見開かれると、鬼の形相で吠えた。
「アンタ! それをアタシのせいにするってのかい!? もういいさ! 使えない豚はそこの間抜けと一緒に、とっとと消えちまいなッ!!」
ヴァーヴァが手に持っていた大杖を振りかざす。
すると、黒煙が暴風となって襲いかかり、俺とタドタドを盛大に吹き飛ばした。
そして、目の前に浮かぶメッセージ。
『黒死病Lv1に感染しました』
「うおっ!? 黒死病!? 、っつか落ちる!?」
「どわぁー!? おだまだしにたくないどぉおおお!!」
吹き飛ばされた俺とタドタドが、ゴブリンの巣窟へと落下していく。
「いきなり突き落とすとか、マジかよ…… 怖い見た目だったけど、美人だったから正直油断してた」
「も、もうおだしんだだか? お、おだそらとんでるど」
落下中に炎の翼を展開し、落ちていくタドタドを空中でキャッチ。
その後、ゆっくりと減速。
轟々と燃え盛る炎の翼のお陰で、壁際に大量にいるゴブリン達が照らされ、何事かという表情で全員がこちらを見ていた。
そして数十メートルほど降下し、ようやく地面へと着地。
タドタドを解放すると、口を開けながらポカーンとした表情で俺を――いや、俺の背から生えた炎の翼を見つめていた。
「せなかが、もえてるど」
「惜しい。これは燃えてるんじゃなくて、炎の翼。他にも、ほらこれ。光の剣」
「す、すごいど…… どらごんらいだーってすごすぎるど!」
両手を合わせて祈るようなポーズで感動し始めるタドタド。
なんだか愛くるしいキャラだ。
顔は醜い豚だが。
そうしている間にも、周囲からは続々とゴブリン達が群がってきていた。
「タドタド、俺はここで少し暴れるから、巻き添えくらって死なないように、どこかに避難してろ」
「ひなんするばしょなんてないど」
「あーそうだね。俺が悪かった。じゃあ、流れ弾に当たらないよう身を屈めてて」
「わ、わかったど!!」
タドタドが、素直に頷くと、その場で頭を抱えて蹲った。
頭を抱えるといっても、手が短いために頭まで届かず、両耳を押さえているように見える。
だが、残念なことに、タドタドは短足な上に、お腹が出ているせいで上手く屈めなかった。
案の定、重心が後ろにずれ、コロンと転がり、仰向けになってしまった。
それでも本人は気にしていないようで、仰向けになりながらも、俺の指示通り膝を丸めてじっとしている。
「タドタドは面白い奴だな。本当に。じゃあ、いっちょ経験値稼ぎしますか」
俺は心繋の宝剣を握り直すと、炎の翼を大きく広げた。
丁度そのタイミングで、洞窟内に女の声が響き渡る。
「オマエ達! 飯の時間だよ! その二人を食っちまいな!!」
――グギャァ!! ギャァギャァ!!
ヴァーヴァの合図で、周囲を取り囲んでいたゴブリン達が一斉に襲いかかってくる。
「この数相手にタドタド守って戦うのは厳しいな…… しゃーない、護衛一人付けるか」
手をかざし、召喚呪文を行使。
「礼拝堂の守護霊、召喚!」
白く、淡い光が周囲を照らす。
突如現れた光の騎士に、ゴブリンは一瞬躊躇したが、周りのゴブリン達と顔を見合わせると、何事もなく襲いかかってきたのだった。
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