【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

142 - 「鉄拳制裁」


 グーノムに向かって歩いていく。

 一歩進むごとに、抑えていた怒りが沸々と湧き上がった。

 ノクトが具体的に何をされたのかまでは分からない。

 でも、ノクトは泣いていた。

 我慢するのは辛いと、涙を流して耐えていた。

 普段から表に感情を出さない、あのノクトが。

 拳を作った両手に力が入る。

 ノクトを泣かせたあいつは許せない。

 私情が入っているのは認める。

 俺はあの手の軽薄な男が嫌いだ。

 大嫌いだ。

 自己中心的で、傲慢で、不誠実。

 弱者だけを痛ぶり、自分に危害が加えられないと過信して、平気で他人を見下し、挑発してくるような男。

 俺は、自分が納得できる形で、こういう軽薄な男をぶちのめしてやりたいと、心のどこかで望んでいたのかもしれない。

 そうだ。

 俺が身体を鍛えたり、格闘技をやり始めたのも、きっかけはこの手の連中に嫌がらせを受けたからだ。

 自分より弱いと見るや、急に態度がでかくなり、まるで自分の命令が絶対かのように振る舞い、いびってくる卑怯者。

 ああ。

 思い返せば思い返すほど、嫌な記憶が蘇ってくる。

 目つきが気に入らないだの、ただ単純に楽しいからという無茶苦茶な理由で、何かしら因縁をつけては突っかかってくるムカつく野郎ども。

 日本にいた頃は、周りの目や、法で裁かれるのが怖くて手が出せなかった。

 だが、この世界は違う。

 力が正義だ。

 倫理観など二の次。

 故に、この手のふざけた野郎は野放しになる。

 なら、誰かが止めなければ止まらない。

 そうだ。

 俺がやらなければ、ノクトはずっとこの男に付きまとわれ続ける。

 俺がやらなければ。

 そう、自分を正当化する。

 婚約者だろうが、何だろうが関係ない。

 ノクトは俺の仲間だ。

 そのノクトを追い込んだあいつを俺は許さない。

 警告はした。

 だが、奴は聞かなかった。

 言っても聞かないなら、今後も更生などしないだろう。

 俺は胸の前で手を合わせ、指の関節をポキポキと鳴らす。


「お、おい。何する気だ! 俺はノクトの旦那だぞ!」

「だから何だよ」

「な…… に……!?」


 主張を無視されたグーノムの左目が、ピクピクと痙攣し始める。

 まだだ。

 まだこの程度のストレスを与えたくらいでは、俺の気が全く晴れない。

 傲慢な奴には、それ以上の傲慢で蹂躙してやる。


「俺はローズヘイムの王だ。王の連れに危害を加えた罪で、俺はお前を裁く」

「ふ、ふざけるな! 嫁をどうしようと俺の勝手だろうが!!」

「お前を裁くのも、俺の勝手だろ? お互い様だな」

「なっ!? ふ、ふざけるなぁ!!」


 我慢の限界にきたグーノムが殴りかかってくる。

 狙いは顔。

 怒りのあまり我を忘れているのか、拳の軌道がバレバレだ。

 俺はすぐさま姿勢を落とし、グーノムの拳に向け、自分の拳を放った。

 拳と拳がぶつかり、ゴッと音とともに、何かが弾ける鈍い音が周囲に響く。

 グーノムが反動でよろけ、自分の腕を見て、目を見開き、悲鳴をあげた。


「う、うわぁああああああ!?」


 グーノムの右腕がだらんと垂れ下がり、その肘からは白い骨が無数に突き出していた。

 皮膚だけで繋がったそれを見て、グーノムの顔が一瞬で青ざめる。


「お、俺の腕がぁっ」

「グ、グーノム!?」

「ま、まずいぞ! グーノムが死ねばいよいよ俺たちも終わりだ!」

「くそぉっ! やっぱり上手くいかなかったじゃねーか!」


 グーノムの仲間と思わしき男達が、グーノムを庇うように立ちはだかる。

 すると、周囲を囲んでいた者達が、各々に勝手なことを叫び、俺達を煽り始めた。


「殺せぇー!」

「タン族は皆殺しだ!」

「今まで散々威張り散らしやがって! 罰を受けろ!!」

「タン族に付く部族も同じだ! 殺せ! 殺せ!」


 グーノムを囲んでいた男達の顔色が悪くなる。

 一斉にかかってこられたら、その瞬間に死ぬのが目に見えているからだ。

 それぞれが手に剣を持っているが、その剣先は小刻みに震えていた。

 すると、そのうちの一人がサイドポーチから何か球状の物を取り出し、周囲を囲んでいた者達へ向けて振りかぶった。


(何か嫌な予感がする。潰しておくか)


 男が手に取った物を投げようとした動きに合わせて手をかざし、魔法を行使する。


「《 遺物爆破ブラスト 》!!」


[UC] 遺物爆破ブラスト (赤)(1)
 [遺物破壊クラッシュ Lv2]
 [爆破Lv2]


 耐久Lv2までの魔導具アーティファクトを破壊できる効果―― [遺物破壊クラッシュLv2] をもつ簡易魔法(インスタント)だ。

 更にその魔導具アーティファクトを爆破し、2点の追加ダメージを発生させる効果―― [爆破Lv2] 効果も併せもつ。

 初めて使う魔法だが、その効果は想像した以上に劇的だった。

 男が手に持っていた球体が一瞬で赤く変色、膨張すると、その男の手ごと弾け飛んだのだ。

 ドンッと爆発音とともに肉片が飛び散り、周囲はその爆発の閃光で一瞬だけ明るくなった。

 その場に飛び交っていた怒号も止み、その場に静寂が訪れ――

 新たな悲鳴が上がった。


「あ、あ、あぁあぁああ!? て、手がぁああ!?」


 その男の腕は、肘から先が無くなっていた。

 それだけでなく、その男の顔半分も、赤黒く灼け爛れている。

 周囲の目線が、突如腕を失った男に向けて手をかざしていた俺へと向けられた。

 騒つく外野。


「な、何をしたんだ?」

「魔法か……?」

「詠唱がなかったぞ」

「いや、何か口ずさんでいたように見えたが、一瞬だった」

簡易詠唱ショートキャストか……? それで腕が吹き飛ぶほどの威力だと……?」

「お、おい、視認もできなかったぞ」

「奴が手を挙げた途端に、バンッだ」

「どういうことだ……」

「背中から翼が生えたり、何者なんだあいつは……」

「ローズヘイムの王と名乗っていなかったか?」

「あれが…… 王? 魔族じゃ…… ないのか?」


 外野が騒つく一方で、矛先を向けられたグーノムの仲間達は、皆が皆、絶望の表情を浮かべていた。


「無理だ…… 勝てっこない……」

「あのニドにも勝った男だぞ!? はなから勝てる勝算なんてなかっただろ!?」

「終わった…… 殺される……」


 すると、怒りと痛みで顔が赤紫色に変わったグーノムが、仲間達に発破をかけた。


「てめぇらあいつを殺れぇええ! ここで死にたくなかったらなぁっ!!」

「く、くそぉおおお!!」

「うわぁああ!!」


 後が無くなった男達が、叫びながら迫ってくる。

 俺は宝剣を取り出し、光の刀身を発現させると、一人、また一人と、まるで空気を斬るような感覚で斬り伏せた。

 輪切りになった肉塊が地面にどさどさと倒れ、月明かりでぼんやりと照らされた地面を黒く染める。


「ゆ、許してくれ! 俺らはグーノムに従ってただけだ!す、全てグーノムの指示だったんだ!」


 片腕を失った男が、泣きながら懇願してきた。
 
 誰に従おうが、誰の指示だろうが、行動したのは己の責任だ。

 許しはしない。

 許すことはできない。

 ここで許せば、同じような輩が思い上がるだけだろう。

 命令した者のせいにすれば、全てが許されるとでも思っているのだろうか?

 それとも、俺はそんなにも生温い男だと思われているのだろうか?

 それでは、この世界では駄目だ。

 法の抑止力がないこの世界での唯一の抑止力は、力だ。

 そして、恐怖。

 単純なことだが、言うのとやるのとでは全く違う。

 だが、やるしかない。

 力を持つ俺が。

 この者たちには、見せしめ役になってもらう。

 俺は泣き喚く男の首を、すれ違い様に斬り落とした。

 頭部を失った首から鮮血が噴き出す。


「く、くるなぁああ!?」


 尻餅をついた男が、腰砕けになりながらもこちらへ手を向けた。

 そして早口で何かをつぶやき――


「ば、万物に宿りし母なる魔力マナよ、火の魔力マナよ、始原の炎と成りて、我にその力を与え給え、ふ、《 火炎フレイム 》!!」


 男の手から炎が噴き出した。

 それを片手で受け止めて見せると、そのまま半円を描くように手を動かし、掌に小さな火の玉を作る。

 火投げの手袋による [火系の攻撃を全て火の玉に変換できる] 効果だ。


「う、うそだ…… そ、そんな……」


 火炎フレイムを放った男は、口を開けて呆然としていた。

 俺はその男へと近づくと、その男の口へ、先程作ったお手製の火の玉を押し込んだ。

 そして、そのまま掌で口を塞ぐ。

 男の顔が恐怖で小刻みに震え、眼に大量の涙溜めながら見開いた。

 その直後、男の鼻から火花と煙が噴き出し、男は俺の手を剥がそうと必死にもがく。

 だが、心臓の紋章の力で超絶パワーアップした俺の力には抗えなかった。

 暫くそうやってもがいた後、白目を剥き、身体を痙攣させながら意識を失った。

 この行為に、外野もいつの間にか静かになっていた。

 皆が固唾を飲みながら俺の行動に注目している。

 そう。

 そうだ。

 見せしめにするのであれば、より強い恐怖を与えなければ駄目なんだ。

 誰もが逆らう気持ちなど起きなくなる程の恐怖を。

 誰もが俺を怒らせたらまずいと思う狂気を見せ付けなければ――


 俺は笑った。


 まるで殺しを楽しむかのように、ニタリと。

 そして、炎の翼を具現化させる。

 だが、いつもの一対の翼ではなく、三対の翼だ。

 飛ぶには適さないが、より印象に残るだろう。

 鼻から息をゆっくりと吐く。

 その息は朱色の炎となり、俺の顔を下から照らした。


「ば、ばばば、化け物」


 グーノムが歯をガチガチと鳴らしながら呟く。

 俺は無言で笑いながら、怯えるグーノムへと近づいていく。


「や、やややめろ…… よ、よせ……」


 グーノムが後退る。

 あまりのビビリように、自分が本当に化け物にでもなったかのような錯覚を覚えた。

 だが、ここで止めることはできない。

 俺は中腰になり、地面に腰を付けているグーノムまで、目線の高さを下げると、グーノムの顎を掴み、その怯える瞳を見据えながら、最後の言葉を告げた。


「俺の仲間を傷つけ、俺に殺される奴が死後に行く先は、消えることのない無限の炎が燃え盛る地獄だ。そこに希望はない。死ぬこともない。あるのは、全身を炎で焼かれ続ける苦痛だけ。さぁお別れだ。終わることのない苦痛の旅が、お前を待ってるぞ」


 グーノムが恐怖で顔を引きつらせる。

 今にも失神してしまいそうな程に。

 俺がグーノムの顎を離し、そのまま首を掴むと、グーノムの視線が俺の手と顔を交互に行き来した。

 俺の手を掴むグーノムの手が震えている。

 手を首から引き剥がそうとしているようだが、全く力が入っていないようだ。

 俺が再び笑うと、グーノムは涙を流しながら怯えた。

 ふと、グーノムの瞳に映った自分が見えた。

 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムによって逆光になった俺の顔は、全体的に暗く、大きく見開いた瞳の白と、三日月型に開いた口の赤だけが際立っていた。


(まるで悪魔か何かだな……)


 自分の姿に身震いすると、大きく息を吸い込み――

 グーノムの顔目掛け、フゥーと息を吹きかけた。

 その息は青から朱色へと変化し、グーノムの顔を容赦なく焼いていく。

 火吹きの焼印による [火ブレス攻撃Lv1] だ。

 首を絞められているために悲鳴も上げることが出来ず、ただだだ踠き苦しむグーノム。

 首を左右に何回か振って踠いていたが、暫くすると動かなくなった。

 再び訪れる静寂。

 さぁこの後どうするか。

 そこまでは考えていなかった。

 取り敢えず、真紅の亜竜ガルドラゴンを念で呼ぶ。

 月明かりを隠す巨大な物体が上空に現れると、周囲を囲んでいた者達が皆慌てて下がった。

 相変わらずの荒々しい着陸方法で、ドスンと着陸する真紅の亜竜ガルドラゴン

 俺は手に持ったグーノムを、そのまま真紅の亜竜ガルドラゴンへと放る。

 頭部が真っ黒に焦げたグーノムが宙を舞い――

 真紅の亜竜ガルドラゴンが大口を開け、凶悪な牙を剥き出しにした。

 そして、バクンッと一飲み――

 ――ではなく、バキバキと音を上げて豪快に噛み砕き、時折ボロボロになったグーノムの半身を口から覗かせたりしながら、念入りに咀嚼した後、ゆっくりと味わうように飲み込んだ。

 その光景に、か細い声が周囲から上がる。


(ま、まぁ、これくらいで十分だろう)


 俺は周囲へ向けて声をあげた。


「俺は仲間に手を出す奴を許さない! 覚えておけ!!」


 俺の言葉が山彦のようにこだますると、一時、場を静寂が支配した。

 その直後――


「「「うぉおおおおおお!!」」」


 まるで雄叫びのような、熱狂的な大歓声が上がった。


「な、なんで……?」


 その予想外の反応に、呆気に取られ、その場に立ち尽くす。


「すげぇぞ! 何だ今のは!? もう何が何だかんだ分からねぇ程にすげぇ!!」

「まずは光の剣でしょ? 人の身体を空気みたいにスパッ!って。すごい斬れ味だったね!」

「それだけじゃないわ! 三対の炎の翼に、口から灼熱の業火よ!? 口からぶぉおおって! 一瞬でグーノムが丸焦げになったわ! 一体どんな魔法なの!?」

火炎フレイムを受け止めただけでなく、火の玉に変えてみせたあれは何だったんだ?」

「ドラゴンも本物だ…… あの牙…… あの顎…… グーノムをバキバキと美味そうに食ってたぜ……」

「あれがローズヘイムの王……」

「あれがローズヘイムを救った若き英雄か……」

「実力は本物だ」

「ニドさんが言っていた通りだ」

「彼が世界を変える」

「あのお方が世界を変える力を持つ英雄」

「俺たちの新たな王」

「私たちの新たな導き手」

「マサト王……」

「「マサト王!」」
 
「「「マサト王!!」」」


 いつの間にか大合唱が始まってしまった。


(な、何で讃えられてんの……?)


 これもニドの策略か? と疑っていると、ノクトが小走りで走り寄ってきて――


「うおっ!? ノ、ノクト、さん?」


 胸へと飛び込んできたノクトを受け止めると、そのまま無言で強く抱き締められる。

 状況が理解出来ず、でも何となくノクトが泣いている気がしたので、抱き着くノクトの背中を優しく叩いた。

 すると、周囲を囲んでいた村人達が、一人、また一人と駆け寄ってきた。


「あんたはすげぇや! あんたなら誰も文句は言わねぇ!」

「あなたは私たちの王に相応しい! その実力は十分過ぎるほど示したわ!」

「ローズヘイムの王、私たちの新たな王!」

「「「マサト王!」」」


 村人達の興奮は冷めるどころか、より白熱していった。

 その中心で、尚も状況が理解出来ず、呆然と立ち尽くすマサト。

 空には満月が輝き、騒ぐ人間達を祝福するように照らしている。

 そして、まるでお祭り騒ぎになったような人垣の外には、酒の入った小ダルを抱えた女騎士が佇んでいた。


「なんだこの馬鹿騒ぎは……」


 一人、この騒動に気付かず、酒を探し回っていたオーリア。

 彼女にとっての戦いは、これからだった――

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