【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
85 - 「トレンとマーチェ」
堅牢な鉄柵に囲まれた屋敷――竜語りの拠点の書斎では、トレンがクラン運用に必要な備品の資料整理を行っていた。
そのリストには、各備品の仕入先や相場、貯蓄量から保管場所、交換時期やら売り先まで、それこそ購入から経年劣化による買い替え時までの一連の流れ全てが、丁寧に記入されていた。商人であれば、きっと金を出してでも欲しいと言うであろう資料の上部には「馬鹿でも分かる備品管理の手引き」と書いてある。
すると、突如書斎のドアを蹴破るくらいの勢いで突入してくる者がいた。
――マーチェだ。
マーチェは、書斎に敷いてあった絨毯の端に躓き、両手を前に伸ばした状態でダイナミックに頭から滑り込んだ。
「ぎゃー!!」
「5点」
「何が!?」
「ギャグとしての採点」
「笑わせようとしてない! 乙女が躓いて転んだのに何その態度! もっと他にかける言葉があるんじゃないの!?」
「乙女はノックもせずにいきなり頭から滑り込んでこない」
「ぐっ…… 」
「因みに100点満点採点な」
「採点辛過ぎる! ……じゃなくて! き、緊急事態!」
「あー、お前絨毯めくれ上がっちゃってるじゃないか…… 棚を一度持ち上げて直さないとダメだな…… また面倒な仕事増やしやがって…… いや、おれがやらなくてもいいのか。マーチェ、ちゃんと直しておけよ」
「絨毯なんてどーでもいいから!」
「お前、絨毯めくれ上がってたら気持ち悪いだろ……」
「もう! は、早く逃げるよ!」
「逃げる? なんで」
「なんで!? 警鐘聞こえてたでしょ!?」
「ああ、警鐘か。さっきから耳障りだとは思ってたんだが……」
「何呑気なこと言ってんの! 土蛙人が攻めてきたの!」
「それは数日前に……」
「違ぁーーうっ!」
息を切らしたマーチェが、両手で机をバンと叩く。その振動でインク入れが倒れそうになり、トレンは慌ててインク入れを押さえた。
「あ、危ないだろ! おれがお前の為に何日かけてこのリストまとめたと思って」
「そんなこと今はどーでもいい!」
マーチェにどうでもいい呼ばわりされたトレンが、ショックで片方の頬を引き攣らせる。だが、次のマーチェの言葉で、別の意味で顔をしかめることになった。
「街中に土蛙人が侵入したの!」
「はっ? 城壁越えられたのか?」
「だぁーかぁーらぁ! 中央広場に大穴開いてそっから湧き出てきてるって言ってるのっ!」
「広場に大穴?」
「そう! だから早く逃げないと!」
早く逃げようと焦るマーチェに対し、トレンは首をかきながら疑問を口にした。
「……どこに?」
「そ、それは……」
「城壁の外にはまだ土蛙人がいるんだよな? じゃあ逃げ場ないだろ」
「そ、そうかも知れないけど…… あ、地下の倉庫に逃げよう! あそこなら保存食料が」
「土蛙人は、地下を掘り進んできたんだろ? なのに地下へ逃げて大丈夫か?」
「うっ…… じゃ、じゃあ冒険者ギルドに! あそこなら心強い味方が」
「中央広場から土蛙人が湧き出たってのなら、強い奴は皆出払ってるんじゃないか? 同じ事を考えて避難してくる奴らは多そうだが…… それだと逆に身動き取りにくくなりそうではあるな。目立ちそうだし」
「キーッ! ああ言えばこう言う! じゃあどうすればいいのさ!」
「おれはここに居た方がいいと思うが」
「な、なんで!?」
「この屋敷の元々の所有者はかなり…… いや過剰な程に外からの侵入に対してだけは用心深い人でね。秘密を守るために屋敷の守りを徹底的に強固にしたんだよ。それこそ、この街中で一番守りが堅いと言ってもあながち嘘にならないくらいに」
「ほ、本当に?」
「嘘言ってどうする。まぁ静かにしてれば、当分はあの槍の突き出た鉄柵をわざわざ飛び越えたり、突き破ったりはして来ないだろ」
「……あ」
マーチェの呟きに、トレンは嫌な予感を覚えた。
そして一番可能性の高いミスをしていないかマーチェに聞く。
「おい…… お前…… まさか、ちゃんと門閉めてきたよな?」
「ご、ごめん…… 急いでたから……」
強固な守りも、入口が開いていればその意味を成さない。「阿呆か!」と言いながら書斎から飛び出し、通路の窓から門のある入口を盗み見るトレン。すると、丁度開いた門から土蛙人が入ってきたのが見えた。
「くそっ! なんてタイミングだ! もう土蛙人が敷地内に入ってきやがった!」
「ど、どどどうしよう!?」
「どうもこうもないだろ! とにかく武器を取りに行くぞ!」
「えっ!? えっ!? トレン戦えるの!?」
「おれが戦えるとでも思ったか!? 自慢じゃないが、行商やってるお前の方が強い!」
「それ自慢することじゃないからっ! トレンの役立たず!!」
「お前に言われたくねー!」
口論をし始めた二人を止めたのは、招かざる客の来訪を告げるドアベルの音だった。リンリンという澄んだ音色が屋敷に響き渡る。
「お前…… 屋敷のドアも開けっ放しだったのか……?」
「ご、ごめん、なさい……」
頭を抱えるトレン。
そのまま姿勢を低くし、侵入者の出方を窺う。
すると、土蛙人の低くしわがれた声が聞こえた。
「上だぎゅ。人間の臭いがすぎゅ」
ペタペタと、階段を上がる複数の足音が聞こえる。
トレンの服を後ろから掴んで怯えていたマーチェが、小さい声で喋る。
「か、隠れてやり過ごそうよ」
「無理だろ。どうやら鼻が利くらしいぞ。逃げ場のない場所で見つかったらそれこそ終わりだ」
「じゃ、じゃあどうするの? あたいまだ死にたくないよぉ……」
涙声になるマーチェ。トレンの服を掴む力が強くなる。
トレンはここでカッコイイ事を言えない非力な自分に「はぁ」と溜息を吐くと、どうしたらこの状況を切り抜けられるか思考をフル回転させる。
武器になりそうな魔導具は、今は倉庫で保管している。そしてその倉庫は外にあり、そこまで行くには入口から出る必要がある。その入口へ行くには土蛙人が上がってくる階段を降りる必要があるのだが……
(おれが囮になったところで、マーチェが倉庫から魔導具を探し当てて戦うというのも非現実的だな…… 少なくとも魔導具の扱いに関してはおれの方が上だろう。一人でも戦える者が残っていれば…… 戦える者? そうか! あの魔導具があった!)
何かを思い付いたトレンは、マーチェを連れてそのまま書斎へと駆け込む。
階段からは、土蛙人がその物音に気付き、ぎゅぎゅと騒ぎながら階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「ど、どうするの!?」
「とにかく時間稼ぎだ! この棚をドアに! ……お、重っ!?」
ドアに鍵をかけ、マーチェと二人で棚を書斎のドアへと移動する。するとその直後、ドアに衝撃が走った。
「うおっ!?」
「ぎゃー!?」
驚きのあまり声を上げる二人。その声を聞いた土蛙人が何やら笑い声をあげた。
「ぎゅぎゅぎゅ。隠れても無駄だぎゅ」
「人間、そこから出てくぎゅ」
書斎のドアがミシミシと軋む。それを見たマーチェは、恐怖で顔が真っ青だ。
「ふ、ふぇー…… 死にたくない、死にたくないよぉ……」
「よ、よしあった!」
机の中を探していたトレンが、銅のような輝きを放つ鈴を取り出して声をあげた。
「な、なに? それ」
「ボスから買い取った魔導具。ゴブリンを召喚して使役できるらしい」
「ゴブリン!? それ本当なの!?」
「おれの目利きが確かならな。召喚したゴブリンがどこまで戦えるかは賭けだが…… なんせ弱小種族だからな……」
「なんでもいいから早く使って! 今のあたい達よりは頼りになるでしょ!」
「その言い方も酷いな。マーチェならまだしも、おれもゴブリン以下かよ」
その間も、土蛙人は仕切りにドアを開けようと体当たりを繰り返している。ドアへの衝撃が大きくなり、ついには鍵が壊れ、少しだけ開いてしまう。棚を転がしておいたお陰で、土蛙人が入ってくる程には開いていない。だが、開いた隙間から蛙人族特有の大きなギョロ目がマーチェを捉え、ニヤニヤと口元を歪めながら見つめていた。
その瞳に恐怖したマーチェが再び叫ぶ。
「ぎゃー!? 早く早く! トレン早くっ!!」
「わ、分かった」
ゴブリン呼びの鈴を片手で持ち上げ、できれば土蛙人より強いゴブリンをと願いを込めて鈴を鳴らす。
トレンの魔力に鈴が反応し、書斎をチリンチリンと小さな音色が鳴り響く。
すると鈴は淡い紅色の粒子に変化し、そのまま書斎の中央に二体のゴブリンを型取り――弾けた。
目の前にはドワーフとも見間違えそうな筋骨隆々で背の低いゴブリンが、鉈のような武器を片手に少し猫背気味に立っている。
「な、なにこのマッチョゴブリン……」
「ドワーフみたいなゴブリンだな……」
呆気に取られる二人。だが、そんな二人の沈黙も、土蛙人がドアに体当たりする音で我に返る。
「ゴ、ゴブリン! おれとそこにいるマーチェを守ってくれ!」
「ゴブ」
ゴブリンが応答したのと、土蛙人がドアをぶち破って書斎へ侵入してきたのは、ほぼ同じタイミングだった。
ドアの前に転がる棚に足を掛け、周囲を見下ろす体長2m程の土蛙人。手には石槍を持っている。
その身体の大きさに、顔を引き攣らせた人族が二人――トレンとマーチェだ。
そして土蛙人を睨み、手に持つ鉈を強く握り直すゴブリン。
蛙人族、人族、子鬼族――異なる3つの種族が、それぞれ二人一組で顔を見合わせている。
そして、その沈黙を最初に破ったのは……
「敵ぃーーッ! やっつけてぇーーッ!」
――マーチェだった。
土蛙人を指差しながら、ゴブリンへ指示を出すマーチェ。
突然のマーチェの命令に、ゴブリンが一瞬顔を見合わせるも、次の刹那、土蛙人へと姿勢を低くしながら突っ込んで行った。
そのリストには、各備品の仕入先や相場、貯蓄量から保管場所、交換時期やら売り先まで、それこそ購入から経年劣化による買い替え時までの一連の流れ全てが、丁寧に記入されていた。商人であれば、きっと金を出してでも欲しいと言うであろう資料の上部には「馬鹿でも分かる備品管理の手引き」と書いてある。
すると、突如書斎のドアを蹴破るくらいの勢いで突入してくる者がいた。
――マーチェだ。
マーチェは、書斎に敷いてあった絨毯の端に躓き、両手を前に伸ばした状態でダイナミックに頭から滑り込んだ。
「ぎゃー!!」
「5点」
「何が!?」
「ギャグとしての採点」
「笑わせようとしてない! 乙女が躓いて転んだのに何その態度! もっと他にかける言葉があるんじゃないの!?」
「乙女はノックもせずにいきなり頭から滑り込んでこない」
「ぐっ…… 」
「因みに100点満点採点な」
「採点辛過ぎる! ……じゃなくて! き、緊急事態!」
「あー、お前絨毯めくれ上がっちゃってるじゃないか…… 棚を一度持ち上げて直さないとダメだな…… また面倒な仕事増やしやがって…… いや、おれがやらなくてもいいのか。マーチェ、ちゃんと直しておけよ」
「絨毯なんてどーでもいいから!」
「お前、絨毯めくれ上がってたら気持ち悪いだろ……」
「もう! は、早く逃げるよ!」
「逃げる? なんで」
「なんで!? 警鐘聞こえてたでしょ!?」
「ああ、警鐘か。さっきから耳障りだとは思ってたんだが……」
「何呑気なこと言ってんの! 土蛙人が攻めてきたの!」
「それは数日前に……」
「違ぁーーうっ!」
息を切らしたマーチェが、両手で机をバンと叩く。その振動でインク入れが倒れそうになり、トレンは慌ててインク入れを押さえた。
「あ、危ないだろ! おれがお前の為に何日かけてこのリストまとめたと思って」
「そんなこと今はどーでもいい!」
マーチェにどうでもいい呼ばわりされたトレンが、ショックで片方の頬を引き攣らせる。だが、次のマーチェの言葉で、別の意味で顔をしかめることになった。
「街中に土蛙人が侵入したの!」
「はっ? 城壁越えられたのか?」
「だぁーかぁーらぁ! 中央広場に大穴開いてそっから湧き出てきてるって言ってるのっ!」
「広場に大穴?」
「そう! だから早く逃げないと!」
早く逃げようと焦るマーチェに対し、トレンは首をかきながら疑問を口にした。
「……どこに?」
「そ、それは……」
「城壁の外にはまだ土蛙人がいるんだよな? じゃあ逃げ場ないだろ」
「そ、そうかも知れないけど…… あ、地下の倉庫に逃げよう! あそこなら保存食料が」
「土蛙人は、地下を掘り進んできたんだろ? なのに地下へ逃げて大丈夫か?」
「うっ…… じゃ、じゃあ冒険者ギルドに! あそこなら心強い味方が」
「中央広場から土蛙人が湧き出たってのなら、強い奴は皆出払ってるんじゃないか? 同じ事を考えて避難してくる奴らは多そうだが…… それだと逆に身動き取りにくくなりそうではあるな。目立ちそうだし」
「キーッ! ああ言えばこう言う! じゃあどうすればいいのさ!」
「おれはここに居た方がいいと思うが」
「な、なんで!?」
「この屋敷の元々の所有者はかなり…… いや過剰な程に外からの侵入に対してだけは用心深い人でね。秘密を守るために屋敷の守りを徹底的に強固にしたんだよ。それこそ、この街中で一番守りが堅いと言ってもあながち嘘にならないくらいに」
「ほ、本当に?」
「嘘言ってどうする。まぁ静かにしてれば、当分はあの槍の突き出た鉄柵をわざわざ飛び越えたり、突き破ったりはして来ないだろ」
「……あ」
マーチェの呟きに、トレンは嫌な予感を覚えた。
そして一番可能性の高いミスをしていないかマーチェに聞く。
「おい…… お前…… まさか、ちゃんと門閉めてきたよな?」
「ご、ごめん…… 急いでたから……」
強固な守りも、入口が開いていればその意味を成さない。「阿呆か!」と言いながら書斎から飛び出し、通路の窓から門のある入口を盗み見るトレン。すると、丁度開いた門から土蛙人が入ってきたのが見えた。
「くそっ! なんてタイミングだ! もう土蛙人が敷地内に入ってきやがった!」
「ど、どどどうしよう!?」
「どうもこうもないだろ! とにかく武器を取りに行くぞ!」
「えっ!? えっ!? トレン戦えるの!?」
「おれが戦えるとでも思ったか!? 自慢じゃないが、行商やってるお前の方が強い!」
「それ自慢することじゃないからっ! トレンの役立たず!!」
「お前に言われたくねー!」
口論をし始めた二人を止めたのは、招かざる客の来訪を告げるドアベルの音だった。リンリンという澄んだ音色が屋敷に響き渡る。
「お前…… 屋敷のドアも開けっ放しだったのか……?」
「ご、ごめん、なさい……」
頭を抱えるトレン。
そのまま姿勢を低くし、侵入者の出方を窺う。
すると、土蛙人の低くしわがれた声が聞こえた。
「上だぎゅ。人間の臭いがすぎゅ」
ペタペタと、階段を上がる複数の足音が聞こえる。
トレンの服を後ろから掴んで怯えていたマーチェが、小さい声で喋る。
「か、隠れてやり過ごそうよ」
「無理だろ。どうやら鼻が利くらしいぞ。逃げ場のない場所で見つかったらそれこそ終わりだ」
「じゃ、じゃあどうするの? あたいまだ死にたくないよぉ……」
涙声になるマーチェ。トレンの服を掴む力が強くなる。
トレンはここでカッコイイ事を言えない非力な自分に「はぁ」と溜息を吐くと、どうしたらこの状況を切り抜けられるか思考をフル回転させる。
武器になりそうな魔導具は、今は倉庫で保管している。そしてその倉庫は外にあり、そこまで行くには入口から出る必要がある。その入口へ行くには土蛙人が上がってくる階段を降りる必要があるのだが……
(おれが囮になったところで、マーチェが倉庫から魔導具を探し当てて戦うというのも非現実的だな…… 少なくとも魔導具の扱いに関してはおれの方が上だろう。一人でも戦える者が残っていれば…… 戦える者? そうか! あの魔導具があった!)
何かを思い付いたトレンは、マーチェを連れてそのまま書斎へと駆け込む。
階段からは、土蛙人がその物音に気付き、ぎゅぎゅと騒ぎながら階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「ど、どうするの!?」
「とにかく時間稼ぎだ! この棚をドアに! ……お、重っ!?」
ドアに鍵をかけ、マーチェと二人で棚を書斎のドアへと移動する。するとその直後、ドアに衝撃が走った。
「うおっ!?」
「ぎゃー!?」
驚きのあまり声を上げる二人。その声を聞いた土蛙人が何やら笑い声をあげた。
「ぎゅぎゅぎゅ。隠れても無駄だぎゅ」
「人間、そこから出てくぎゅ」
書斎のドアがミシミシと軋む。それを見たマーチェは、恐怖で顔が真っ青だ。
「ふ、ふぇー…… 死にたくない、死にたくないよぉ……」
「よ、よしあった!」
机の中を探していたトレンが、銅のような輝きを放つ鈴を取り出して声をあげた。
「な、なに? それ」
「ボスから買い取った魔導具。ゴブリンを召喚して使役できるらしい」
「ゴブリン!? それ本当なの!?」
「おれの目利きが確かならな。召喚したゴブリンがどこまで戦えるかは賭けだが…… なんせ弱小種族だからな……」
「なんでもいいから早く使って! 今のあたい達よりは頼りになるでしょ!」
「その言い方も酷いな。マーチェならまだしも、おれもゴブリン以下かよ」
その間も、土蛙人は仕切りにドアを開けようと体当たりを繰り返している。ドアへの衝撃が大きくなり、ついには鍵が壊れ、少しだけ開いてしまう。棚を転がしておいたお陰で、土蛙人が入ってくる程には開いていない。だが、開いた隙間から蛙人族特有の大きなギョロ目がマーチェを捉え、ニヤニヤと口元を歪めながら見つめていた。
その瞳に恐怖したマーチェが再び叫ぶ。
「ぎゃー!? 早く早く! トレン早くっ!!」
「わ、分かった」
ゴブリン呼びの鈴を片手で持ち上げ、できれば土蛙人より強いゴブリンをと願いを込めて鈴を鳴らす。
トレンの魔力に鈴が反応し、書斎をチリンチリンと小さな音色が鳴り響く。
すると鈴は淡い紅色の粒子に変化し、そのまま書斎の中央に二体のゴブリンを型取り――弾けた。
目の前にはドワーフとも見間違えそうな筋骨隆々で背の低いゴブリンが、鉈のような武器を片手に少し猫背気味に立っている。
「な、なにこのマッチョゴブリン……」
「ドワーフみたいなゴブリンだな……」
呆気に取られる二人。だが、そんな二人の沈黙も、土蛙人がドアに体当たりする音で我に返る。
「ゴ、ゴブリン! おれとそこにいるマーチェを守ってくれ!」
「ゴブ」
ゴブリンが応答したのと、土蛙人がドアをぶち破って書斎へ侵入してきたのは、ほぼ同じタイミングだった。
ドアの前に転がる棚に足を掛け、周囲を見下ろす体長2m程の土蛙人。手には石槍を持っている。
その身体の大きさに、顔を引き攣らせた人族が二人――トレンとマーチェだ。
そして土蛙人を睨み、手に持つ鉈を強く握り直すゴブリン。
蛙人族、人族、子鬼族――異なる3つの種族が、それぞれ二人一組で顔を見合わせている。
そして、その沈黙を最初に破ったのは……
「敵ぃーーッ! やっつけてぇーーッ!」
――マーチェだった。
土蛙人を指差しながら、ゴブリンへ指示を出すマーチェ。
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