【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

71 - 「強化計画(後編)」

「だがマサト、い、痛みとかは…… ないんだろうな?」

「えっ? 痛み? ああ、ないと思うよ」

「なんだ小娘、そなたは暗殺者なのに痛みを気にしておるのかの? お可愛いことだの」

「レイアってこういう可愛いとこあるよね」


 俺とシュビラが赤くなるレイアを見てニタニタと笑う。


「う、うるさい! 痛いのは誰でも嫌だろ! いいから笑ってないで早くやれ!」

「あいよ〜、《 火の加護 》!」


 マサトがレイアに向かって掌を向けると、紅色の粒子がマサトからレイアへと流れ込んでいき、レイアの身体を淡い光の粒子で包み込んだ。


「身体の中に何か入ってくる…… 温かい…… 不思議な気分だ……」


 レイアは自分の胸を抱きながら、俯き加減に優しく微笑んだ。


「これで加護の付与完了。はい、水晶」

「分かった」


 レイアが水晶に触れると、水晶の中に新たに炎が舞い上がるのが見えた。


「レイアって、今まで火の魔法使えたりしたの?」

「ああ、少しならな」

「じゃあ試したら何か変化分かるかも?」

「分かった。試してみよう」

「あっ! 念のため控えめに、ね?」

「……そうだな。じゃあ詠唱を省略しよう。それでかなり威力が落ちるはずだ」


 レイアが10mくらい先にある岩に向けて魔法を唱える。


「 《 火炎玉ファイアボール 》」


 すると拳大の火の玉がレイアの掌から火花を散らして発現し、そのまま凄い勢いで岩へ当たり爆発した。


「なっ……!?」


 驚愕の表情を浮かべるレイア。


「ほぅ。旦那さまの召喚した紅蓮ゴブには劣るが、牽制には使えそうな火炎玉ファイアボールだの」

「どう? レイア手応えは?」

「どうだと!? 私は詠唱を省略して、更には魔法触媒なしで呪文を行使したんだぞ!? それでこの威力!? ふざけてる!!」

「うおっ!? ま、まぁまぁ抑えて抑えて…… 威力が弱くなった訳ではないんだよ、ね?」

「お前はバカ者か! あれのどこが弱いと言うんだ!? ちゃんと詠唱と魔法触媒を介せば、宮廷魔術師にも匹敵する程の威力になるんだぞ!? 今まで火系の魔法を訓練していなかった私でこれだ! これがその道の熟練者だったらどうなって……」


 興奮したレイアはそのままブツブツと何か呟きながら自分の世界へと飛び立ってしまった。


「小娘! 旦那さまをバカ者呼ばわりしたな! 許さぬぞ!」

「おわ、ちょ、ストップ! シュビラも参戦したら収拾つかなくなるからちょっと我慢してて……」

「むぅ…… 旦那さまはこの小娘に甘過ぎるの……」

「そう言わずに。よしよし、いい子いい子」

「くふふふ……」


 シュビラは頭を撫でてあげるだけで機嫌を直してくれるから楽だ。嬉しそうに撫でられている姿が小動物みたいで可愛い。それにしても大人と子供くらいの身長差があるのに、小さい方のシュビラがレイアを小娘呼ばわりするのはなんか笑える。


「マサト、この加護を付与できる力は外には絶対に漏らすなよ?」

「努力します……」

「はぁ…… その感じだと期待はできないな…… だが、マサトから貰ったこの加護があれば、私が手助けできる幅も増える」

「頼りにしてます! 本当に。じゃあ、次の付与はっと」

「……次? まだ何かあるのか?」

「あるよ。炎の翼に、火吹きの焼印に……」

「ま、待て待て待て! お前は一体私を何にしたいんだ!?」

「さ、最強の戦士に…… って言うのは冗」

「最強の戦士っ!?」

「あ、いや、あの……」

「…………」

「あのー、レイアさん? もしもーし?」

「…………」

「くふふ、旦那さまよ、もう小娘には聞こえておらぬよ。また自分の世界へ飛び立ってしまっておる」

「まぁ、いいか……」

「そのまま進めてもいいのではないかの?」

「そだね。よし、《 炎の翼ウィングス・オブ・フレイム 》!」


 再びレイアの方へ掌を向けて能力付与エンチャント呪文を唱えると、先ほどと同じように掌からレイアへと光の粒子が空中を流れていった。


「なっ!? マサト!? ちょっと!? あ、あんっ……」


 我に返ったレイアが慌てながらも悩ましい声をあげた。心なしか顔が赤く、もじもじと身をよじっている。


「はぁ…… はぁ…… あんっ……」

「あれ…… レイアさんさっきと反応が違いますが、もしかして身体に何か変化あった?」

「なんだかエロい反応だの。旦那さま、一体今度は何をしたのだ?」

「いや、さっきと同じ能力付与エンチャント呪文だけど…… 炎の翼が生やせるっていう……」

「ほぅ。ではそれが理由かの」

「な、なるほど…… 能力付与エンチャントの内容によっては付与された側がこうなると……」

「はぁ…… はぁ…… あ、あんっ」


 ドキドキしながらシュビラと2人で見守ること数分――

 ようやく話せる状態になったレイアは、息を切らせながら覚束ない足取りでマサトに詰め寄った。


「マサト…… 次から同じことを突然やったら…… 怒るからな……」

「はい…… 心に留めておきます」


 唇同士が触れてもおかしくない距離まで顔を近付けられ、先ほどの恍惚状態の名残が見られる表情で言われると、さすがにくるものがある。


「旦那さまよ、妻の前で他の女に欲情するのは感心せぬぞ?」

「いやいや、不可抗力だって! それは男の悲しいさが!って痛い痛い!?」


 シュビラに太ももを捻られ、悲鳴をあげるマサト。


「そ、それより、レイアどう? 背中から炎の翼を生やせる力を付与したんだけど」

「…………」

「いや、その…… そんな睨まなくても…… ま、まぁいきなり背中から炎出せって言われても無理だよね、ははは……」

「……はぁ、なんとなくだが、できる気がする」

「おっ! 良かった。じゃあ、さっそく試せる?」

「……ああ」


 レイアは曖昧に頷くと、少し前屈みになりながら――何かを出そうと踏ん張るように力み始めた。


「炎ではなく、うんちが出るんじゃないかの」

「こらこら、茶化さないの」

「という考えが旦那さまから流れてきたのだ」

「えっ!? マジで!? そんなどうでもいいアホな想像すらもバレんの!?」

「くふふふ……」


 本当かどうか分からない曖昧な反応を見せるシュビラ。

 マサトとシュビラがふざけ合ってる間も、レイアは一人で顔を赤くしながら何かを出そうと踏ん張っている。


「出、出る!!」

「つ、ついに!?」

「どっちが出るのかの? くちゃいのは嫌だぞ」


 するとレイアの背中から、ポワッと少量の炎が噴き出した。


「オナラみ…… んぐっ」


 再び茶化そうとしたシュビラの口を手で塞ぐ。


「もう一息!」

「うっ、ううんっ…… 」


 顔を真っ赤にして踏ん張り続けるレイア。

 背中からは絶えず火花がパチパチと噴き出している。

 そしてついに翼の形をした炎が揺ら揺らと発現した。


「おお! 出た出た!」

「や、やったか!?」

「ぷわぁっ! ふぅ…… 旦那さまも激しいの。しかし、随分と可愛い羽だの」


 レイアの背中には、20cm程の小さな炎の翼が生えている。


「た、確かに。思ったよりは小さい、かも。レイア、これで精一杯?」

「精一杯だ…… 」

「どのくらい維持できそう?」

「出す時にかなり魔力マナを消費したが…… 維持はそれ程辛くない。数分は維持できる」

「羽ばたいたりとかは?」

「まだ…… コツが必要なようだ…… 毎日少しずつ練習すればできる気がする」

「意外に難しいのかぁ。それは実際に付与するまで分からないよなぁ。……あっ」

「なんだ?」

「いや、何でもない」

「旦那さまは自分で試すのが一番早かったことに今気づいたのだ」

「ちょ!? バラすなし!!」

「はぁ……」

「露骨な溜息されると意外に辛いからね!?」


 まずは自分に試してコツを掴んでから付与すれば良かったかなと反省していたらシュビラにバラされた。


「でも、火の加護を付与した、更に言えば魔力適性の高いダークエルフのレイアで難易度が高いとなると、能力付与エンチャント次第では効果を活かしきれないものとかありそうだなぁ」

「マサト、私はこの能力をきっと使いこなしてみせる。根拠はないが、何故だかできそうな気がするんだ」

「おっ、いいね! なら大丈夫かな。じゃあ次だけど……」

「ま、まだあるのか!?」

「火吹きの焼印は取り敢えず保留にするとして、後は古代魔導具アーティファクトの召喚かな」

「そうか……」


 少しホッとしたような表情のレイア。

 そんなにプレッシャーだったのだろうか?


 その後、マサトは「火走りの靴」と「火投げの手袋」を召喚し、レイアに装備させた。

「火走りの靴」は高速移動ができる古代魔導具アーティファクトだが、実際は踏み込んだときの爆発力が凄まじいというだけの代物だった。これもMEのときと少し勝手が異なっているように思う。もしかしたら、ゲーム特有のアシスト機能が、現実世界の住人には効かないとかかも知れない。「火走りの靴」を装備して最初の一歩を踏み出したレイアが、強過ぎる反動を制御できず、空中を蹴るように綺麗に一回転して背中から落ちたときは、さすがに焦った。シュビラはそれを見て大笑いしていたが…… この古代魔導具アーティファクトも使いこなすのに少し時間がかかるだろう。

 その点、「火投げの手袋」は優秀だった。特に小難しい技術は必要なく扱うことができたようだ。炎を粘土を捏ねるように手で丸めたり、掴んだりできたときは、レイアも柄にもなくはしゃいでいて少し可愛いかった。


「これでレイアは火に対してかなりのアドバンテージをもてるようになったんじゃないかな」

「ああ…… そうだな…… これだけの力と古代魔導具アーティファクトが揃えば、敵に殺されるリスクはかなり減るだろうな……」


 レイアは驚きの連続と、魔力マナと体力の消耗でかなりの疲労が見て取れた。まだ朝飯前だと言うのに……


「取り敢えず、朝食貰いに行こうか。お腹空いたし」

「賛成だの! 待ちくたびれたのだ」

「ああ、私も少し休憩がしたい」


 炊き出し場へ向かいながら、マサトは土蛙人ゲノーモス・トードの洞窟をどう攻略しようかと、思考は既に次のことを考え始めていた。



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